Vol. 2May 2026

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〔編輯雑記〕

牧野信一

△銀座通りで夜更迄話した、「雑誌をやらう」と、それでも足りないで家へ帰つて夜明しなどした。五年も前の話である、鈴木と二人で、春の夜だつた。感傷的な事を云ふやうだが、今度「金と銀」が四月に出る、沈丁花の香りを窓にしながら私はこれを書く、つまらない因念だが、それも自分の悦びの一つだ。 △あの頃なら自分は全部を投げて、雑誌の仕事に従事する事が出来た、今は、この他に

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編集者今昔

正宗白鳥

この頃は回顧談が流行してゐる。昔の有名人の噂などはことに雜誌の讀者に喜ばれてゐるらしくも思はれる。讀者の喜ぶか喜ばぬかは別として、筆者自身いい氣持で書いてゐるらしい。芥川に關する回顧談、回顧的作品など、私の目に觸れただけでも幾つあつたことか。芥川龍之介といふ大正期の作家が、どれほど傑かつたにしろ、どれほど人間的妙味に富んでゐたにしろ、その噂はもう澤山だと云つ

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練習曲

岸田国士

練習曲 岸田國士 ――おれはかうして雲を見てゐる。君はさうして新聞を読んでゐる。彼女は、こゝへ来て、どつちに先づ話しかけるだらう。――二五高女卒頗富愛嬌不幸無支度先方職不望温情有方至急。――あの下駄の音はあんまり落着いてるね。君は珈琲を飲むかい。――飲む。信用及商品持込家財其儘証人不要手軽月賦も可。――来たぞ、おい……。――長くお待ちになつて……?――ねえ、

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縁談

佐藤垢石

縁談 佐藤垢石 一 私のように、長い年月諸国へ釣りの旅をしていると、時々珍しい話を聞いたり、また自らも興味のある出来ごとに誘い込まれたりすることもあるものだ。これから書く話も、そのうちの一つである。 外房州の海は、夏がくると美しい風景が展開する。そして、磯からあまり遠くない沖で立派な鯛が釣れるのだ。私は、その清麗な眺めと爽快な鯛釣りに憧れて、毎年初夏の頃から

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ロマンスと縁談

佐々木邦

会社に勤めること三年余、僕も少し世の中が分って来たような心持がする。公私、いろ/\と教えられるところがあった。 公に於ては、上のものに認められなければ駄目だと悟った。出世の階段を自分の足で一段々々上って行くのだと思うと違う。自分の足もあるけれど、上のものが認めて引っ張り上げてくれるのである。それだから空々寂々では一生下積みを免れない。誠心誠意に努力するものが

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縁起に就いて

原民喜

就職のことがほぼ決定してその日の午後二時にもう一度面会に行けばいいと云ふ時、恰度午後一時半、彼は電車通りで下駄の鼻緒を切った。で、すぐ何処かで紐を貰へばまだ間にあったのに、円タクを呼んでその儘彼は自宅へ帰ってしまった。 親爺は息子がこんな理由で帰って来たのを知ると、「フン。」と云ったきり賛成も批難もしなかったが、腹の底では、「こいつ俺のやり方を真似てあてこす

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縛られたあひる

小川未明

流れの辺りに、三本のぶなの木が立っていました。冬の間、枝についた枯れ葉を北風にさらさらと鳴らしつづけていました。他の木立はすべて静かな眠りに就いていたのに、このぶなの木だけは、独り唄をうたっていたのです。 ここからは、遠い町の燈火がちらちらと見られました。ちょうど霧のかかった港に集まった船の灯のように、もしくは、地平線近く空にまかれたぬか星のように、青い色の

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いなせな縞の初鰹

北大路魯山人

いなせな縞の初鰹 北大路魯山人 鎌倉を生きて出でけん初鰹 芭蕉 目には青葉山ほととぎすはつ鰹 素堂 初がつおが出だしたと聞いては、江戸っ子など、もう矢も楯もたまらずやりくり算段……、いや借金してまで、その生きのいいところをさっとおろして、なにはさておき、まず一杯という段取りに出ないではいられなかったらしく、未だに葉桜ごろの人の頭にピンと来るものがある。ところ

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縮図帖

上村松園

縮図帖 上村松園 縮図は絵の習いたてからとっており、今でも博物館あたりへ通って縮図して来ることがある。 そろそろ絵を習いはじめた頃、松年先生、百年先生の古画の縮図をみてはそれをその通り模縮写させていただいたものである。 その時分展覧会があるごとに、どんな場合でも矢立てと縮図帖とは忘れずに携えていっては沢山の縮図をしてきたものだ。 花鳥、山水、絵巻物の一部分、

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繊細な美の観賞と云う事について

宮本百合子

繊細な美の観賞と云う事について 宮本百合子 「春」と云う名のもたらした自然の賜物の中にすべての美がこめられて私達の目前に日毎に育って居る。 晴ればれと高い空を見ながら木蓮の白い花が青と紫の中に浮いて居るのを見ながら、私の心は驚くばかりの美を感謝もし讚えても居る。 「美」と云うものを幾度も幾度も口に云い筆先に現わすのはあんまり好い事ではないかもしれないけれ共私

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織工

根岸正吉

この一顆を大杉栄氏に呈す 彼は真の技術者にてありき。 躯幹偉大に筋骨たくましく 色浅黒き男なり。 其眼を見よ。 何物かを求めて止まぬ いずこにか何かを認めし其眼を見よ。 彼の父は放浪の織工なりき 彼の母は優しき心の美しき容の織工なりき。 帝都の郊外なる海近き 同じ工場に働く内に 若い血は若い血を呼んで 人も羨む美しき恋に落ちぬ。 彼は生れぬ先からの織工なりき

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シュレジェンの織工によせて

槙村浩

おなじみの古調でハイネはしみじみとシュレジェンの織工の歌をぼくに告げた無慈悲な神々、王と、不実な祖国とえ三重の呪咀を織りこんだむかしの労働者の歌を その后ぼくは皇帝の監獄部屋で皇帝の親衛兵たちのボロを解きながら皇帝の緋色の衣装を拝受した このマンチュリアの婦人服に似た着衣は皇帝の女囚によって織られた三重の呪咀は、高貴な織物の一片々々にしみわたっていた僕は毎朝

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織成

蒲松齢

洞庭湖の中には時とすると水神があらわれて、舟を借りて遊ぶことがあった。それは空船でもあると纜がみるみるうちにひとりでに解けて、飄然として遊びにゆくのであった。その時には空中に音楽の音が聞えた。船頭達は舟の片隅にうずくまって、目をつむって聴くだけで、決して仰向いて見るようなことをしなかった。そして、舟をゆくままに任しておくと、いつの間にか遊びが畢って、舟は元の

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織田信長

坂口安吾

死のふは一定、しのび草には何をしよぞ、一定かたりをこすよの――信長の好きな小唄―― 立入左京亮が綸旨二通と女房奉書をたずさえて信長をたずねてきたとき、信長は鷹狩に出ていた。 朝廷からの使者は案内役の磯貝新右衛門久次と使者の立入とたった二人だけ、表向きの名目は熱田神宮参拝というのである。 信長へ綸旨と女房奉書をだしては、と立入左京亮から話を持ちかけられた万里小

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織田君の死

太宰治

織田君の死 太宰治 織田君は死ぬ気でいたのである。私は織田君の短篇小説を二つ通読した事があるきりで、また、逢ったのも、二度、それもつい一箇月ほど前に、はじめて逢ったばかりで、かくべつ深い附合いがあったわけではない。 しかし、織田君の哀しさを、私はたいていの人よりも、はるかに深く感知していたつもりであった。 はじめて彼と銀座で逢い、「なんてまあ哀しい男だろう」

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織部という陶器

北大路魯山人

私の独断によると、織部という陶器は、古田織部という茶人の意匠及び発明に始まるものではない。 古田織部より以前に、織部という陶器は産れておったのだ。もっとも、その当時は織部という名称はなかったろうから、なんとか外の名を言っていたのであろう。今日織部と言いならすところの陶器は、利休時代に有名であった古田織部が、やかましく好んだところから、遂に織部という名を成した

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繰舟で往く家

牧野信一

春来頻リニ到ル宋家の東 袖ヲ垂レ懐ヲ開キテ好風ヲ待ツ 艪を漕ぐのには川底が浅すぎる、棹をさすのには流れが速すぎる――そのやうな川を渡るために、岸から岸へ綱を引き、乗手は綱を手繰つて舟をすすめる、これを繰舟の渡しと称ふ。 その娘の家の裏門は川ふちに開いて、繰舟で向ふ岸の街道に渡つた。橋は見霞む川下の村境ひのはてであつたから、その繰舟はあたりの人々にとつてもこの

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繻珍のズボン

宮本百合子

繻珍のズボン 宮本百合子 父かたの祖母も母かたの祖母も八十を越えるまで存命だったので、どちらも私の思い出のなかにくっきりとした声や姿や心持ちを刻みのこしているが、祖父となると両方とも大変早く没している。 父かたの祖父は私が生れた時分、もう半身の自由がきかなくなっていて、床の上に坐ったまま初孫である赤坊の私を抱いて、おなごの子でも可愛いものだなあ、と云ったそう

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罠に掛った人

甲賀三郎

罠に掛った人 甲賀三郎 一 もう十時は疾くに過ぎたのに、妻の伸子は未だ帰って来なかった。 友木はいらいらして立上った。彼の痩こけて骨張った顔は変に歪んで、苦痛の表情がアリアリと浮んでいた。 どこをどう歩いたって、この年の暮に迫って、不義理の限りをしている彼に、一銭の金だって貸して呉れる者があろう筈はないのだ。それを知らない彼ではなかった。だから、伸子が袷一枚

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罪と罰

ドストエフスキーフィヨードル・ミハイロヴィチ

七月の初め、方図もなく暑い時分の夕方近く、一人の青年が、借家人からまた借りしているS横町の小部屋から通りへ出て、なんとなく思い切り悪そうにのろのろと、K橋の方へ足を向けた。 青年はうまく階段でおかみと出くわさないで済んだ。彼の小部屋は、高い五階建の屋根裏にあって、住まいというよりむしろ戸棚に近かった。女中と賄いつきで彼にこの部屋を貸していた下宿のおかみは、一

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罪と罰(内田不知庵訳)

北村透谷

罪と罰(内田不知庵譯) 北村透谷 沈痛、悲慘、幽悽なる心理的小説「罪と罰」は彼の奇怪なる一大巨人(露西亞)の暗黒なる社界の側面を暴露して餘すところなしと言ふべし。トルストイ、ツルゲネーフ等の名は吾人久しく之を聞けども、ドストイヱフスキーの名と著書に至りては吾文界に之を紹介するの功不知庵に多しと言はざる可からず。 露國は政治上に立て世界に雄視すと雖もその版圖の

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「罪と罰」の殺人罪

北村透谷

「罪と罰」の殺人罪 北村透谷 不知庵主人の譯に成りし罪と罰に對する批評仲々に盛なりとは聞けるが、病氣其他の事ありて余が今日までに見たるは僅に四五種のみ、而して其中にも學海先生が國民の友に掲げられし評文は特に見目立ちて見えぬ。余は平生學海居士が儒家らしき文氣と馬琴を承けたる健筆に欽羨するものなるが、罪と罰に對する居士の評文の餘りに居士を代表する事の多きには聊か

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置土産

国木田独歩

置土産 国木田独歩 餅は円形きが普通なるわざと三角にひねりて客の目を惹かんと企みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困るとの若連中の勧告もありて、何はなくとも地酒一杯飲めるようにせしはツイ近ごろの事なりと。 戸数五百に足らぬ一筋町の東の外れ

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