Vol. 2May 2026

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14,981종 중 11,952종 표시

義人の姿

田中貢太郎

延宝二年の話である。土佐藩の徒目付横山源兵衛の許へ某日精悍な顔つきをした壮い男が来た。取次の知らせによって横山が出ると、壮い男はこんなことを云った。 「私は浜田六之丞の弟の吉平と申す者でございますが、兄六之丞が重い罪科を犯して、死罪を仰せつけられ、誠に恐れ入った次第でございます、私は浪人をして紀州で弓術を修業しておりましたところで、この比兄が御成敗になったと

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義務

太宰治

義務の遂行とは、並たいていの事では無い。けれども、やらなければならぬ。なぜ生きてゐるか。なぜ文章を書くか。いまの私にとつて、それは義務の遂行の爲であります、と答へるより他は無い。金の爲に書いてゐるのでは無いやうだ。快樂の爲に生きてゐるのでも無いやうだ。先日も、野道をひとりで歩きながら、ふと考へた。「愛といふのも、結局は義務の遂行のことでは無いのか。」 はつき

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義太夫と三味線

折口信夫

かう感情が荒びて来ては、たとひ今の間の折れ合ひはついても、又簡単に喧嘩別れの時が来る。文楽も揉みに揉んで、ちつとやそつとでは御破算にならぬ程、糶りつめてゐる。其に又今度の清六氏の事件である。山城少掾氏の謹厳は、我々始終感心してゐるのだが、芸の苦労にも、世間のつき合ひにも、あれで通して居るのだらうから、調子を揃へて行けない人も出て来るであらう。もつと大様になつ

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義猫の塚

田中貢太郎

義猫の塚 田中貢太郎 遠州の御前崎に西林院と云う寺があった。住職はいたって慈悲深い男であったが、ある風波の激しい日、難船でもありはしないかと思って外へ出てみた。すると、すぐ眼の下になった怒濤の中に、船の破片らしい一枚の板に一匹の子猫がしがみついているのが見える。そこで住職は山をかけおりて漁師の家へ往って、 「可哀そうだから、たすけてやってくれ」 と云ったが、

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義猴記

田中貢太郎

義猴記 田中貢太郎 支那の万暦年中、毘陵に猿曳の乞児があって、日々一疋の猴を伴れて、街坊に往き、それに技をさして銭を貰っていたが、数年の後にその金が集まって五六両になった。その乞児は某日知合の乞児といっしょに酒を飲んだが、酔って蓄えている金の事を誇り顔に話した。相手の乞児はそれを聞くと、急に悪心を起して酒の中へ毒を入れて飲ましたので、その乞児は死んでしまった

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義男さん

今野大力

義男さんよ なぜそんなに考えてるの 一生懸命だね 何を読んでいるの…… ああそうか「死線を越えて」か おもしろいかね いえなあに借りて来て 読んでいるんですよ 此頃は歌はどうです 沢山書いているでしょう いえなあに駄目ですよ さっぱり此頃は 書けませんし出来ないし わたしももうよしているし ああそう言われた義男さんが 終に亡くなられた 私と同じ局にいても い

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羽ばたき Ein Marchen

堀辰雄

丘の上のU塔には、千羽の鳩が棲んでゐた。それらの鳩がいちどきに飛翔すると、空は眞暗になつた。そしてしばらくそれらの羽音がU塔を神々しく支配した。それらの羽ばたきは何となく天使の羽ばたきを思はせた。 傳説によると、U塔のある丘は昔の仕置場の跡ださうだ。そしてこの塔の中には囚人が幽閉されてゐたといふことである。だが今では誰も知らないのだ、そのためにこんな淋しい場

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羽衣物語

小川未明

昔は、いまよりももっと、松の緑が青く、砂の色も白く、日本の景色は、美しかったのでありましょう。 ちょうど、いまから二千年ばかり前のことでありました。三保の松原の近くに、一人の若い舟乗りがすんでいました。ある朝のこと、東の空がやっとあかくなりはじめたころ、いつものごとく舟を出そうと、海岸をさして、家を出かけたのであります。 まだ、おちこちの森のすがたは、ぼんや

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翁の発生

折口信夫

翁の発生 折口信夫 一 おきなと翁舞ひと 翁の発生から、形式方面を主として、其展開を考へて見たいと思ひます。しかし個々の芸道特有の「翁」については、今夜およりあひの知識の補ひを憑む外はないのであります。翁芸を飛躍させたのは、猿楽であります。翁が、田楽の「中門口」に相当する定式の物となつた筋道が、幾分でも訣つて貰へるやうに致したいと存じます。 おきなと言ふ語は

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習書要訣 ――美の認識について――

北大路魯山人

普通習書と申しますと、ご承知の通り筆をもって習うことが主なんでございますが、実は筆をもって習うということもさることながら、書を分ろう、書というものはどういう「質」のものであるかということが分りたい、分らなくてはならない、そういう「書性」とでもいうことをお互いに分っていこうということが主でありまして、書く方が第二なんであります。私の考えでは、結局、分らなければ

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翩翩

蒲松齢

羅子浮は汾の人であった。両親が早く亡くなったので、八、九歳のころから叔父の大業の許へ身を寄せていた。大業は国子左廂の官にいたが、金があって子がなかったので、羅をほんとうの子供のようにして可愛がった。 羅は十四になって、良くない人に誘われて遊廓へ遊びにいくようになった。ちょうどその時金陵から来ている娼婦があって、それが郡の中に家を借りて住んでいた。羅はそれに惑

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原民喜

私が魯迅の「孤独者」を読んだのは、一九三六年の夏のことであったが、あのなかの葬いの場面が不思議に心を離れなかった。不思議だといえば、あの本――岩波文庫の魯迅選集――に掲載してある作者の肖像が、まだ強く心に蟠るのであった。何ともいい知れぬ暗黒を予想さす年ではあったが、どこからともなく惻々として心に迫るものがあった。その夏がほぼ終ろうとする頃、残暑の火照りが漸く

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翻訳について

岸田国士

翻訳について 岸田國士 翻訳といふ仕事は、いろいろ理窟のつけ方もあるだらうが、大体に於て、翻訳者自身のためにする仕事なのである。翻訳を読んで原作を云々するのは非常に危険だといふやうなことも云へるし、また翻訳は一つの文化事業であるといふやうな口実もあるが、翻訳そのものは金になるならないに拘はらず、誰でもやつてみるといいのである。 翻訳するといふことは、原書を少

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翻訳のむずかしさ

神西清

飜訳のむずかしさ 神西清 飜訳文芸が繁昌だそうである。一応は結構なことだ。あの五十年という制限の網の目がだいぶ緩められて、生きのいい魚がこっちの海へも泳いできて、わが文化の食膳にのぼせられる。悪かろうはずはないが、物事には必ず善悪の両面がある。水から揚がるのは、いい魚ばかりとは限らない。お客さんは腹が空いているから何でも食う。そこで料理人は転手古舞で、材料の

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翻訳劇と翻案劇

岸田国士

翻訳劇と翻案劇 岸田國士 翻訳劇といふ名称を私は好まぬ。翻訳は方便にすぎぬ。外国劇或は西洋劇で沢山だ。翻訳といふ言葉に妙に力を入れるのは、文化の幼稚さを証拠立てるやうなものだ。 翻訳劇といふものが、しかし、日本では新劇の一種目になつた観がある。演劇として最も不自然な演劇を指す。 先づ第一に、白に生命がない。第二に、日本人中、最も国際化されてゐない俳優によつて

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翻訳の生理・心理

神西清

飜訳の生理・心理 神西清 飜訳について何か書けということだが、僕の飜訳は専門ではなくて物好きの方らしいから、別にとり立てて主義主張のあるわけでもない。ただ近ごろはやりの単色版的飜訳ということでちょっと感じたことがあるので、それでも書いて見よう。 単色版的飜訳というのは、いうまでもなく野上豊一郎氏の提唱にかかるもので、「原物の意味だけを理知的に伝える」ことだけ

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翻訳の苦心

幸徳秋水

翻訳の苦心 幸徳秋水 翻訳で文名を売る位ひズルいことはない、他人の思想で、他人の文章で、左から横に書たものを、右から堅に器械的に引直すだけの労だらう、電話機や、写字生と大して相違する所はない、と語る人がある、少しも翻訳をしたことのない人、殊に外国文を読まぬ人にコンな考へを持つ者が多い。 是れ大なる謬りである、思想は別として、単に文章を書く上から云へば、翻訳は

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翻訳製造株式会社

戸川秋骨

翻訳製造株式会社 戸川秋骨 器械を一とまはしガタリと動かすと幾個かの字が出て来る、また一とまはしガタリと動かすと、また幾個かの字が出て来る、幾度かそれを繰りかへして居ると、沢山の字が集つて来るから、それを並べると、立派な学問が出来上る。これが誰れでも知つて居るガリヴア巡島記で、スヰフトが書いて居るラガトオの大学の記事である。が、これにも増して容易にまた簡単に

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翻訳遅疑の説

神西清

飜訳遅疑の説 神西清 滝井孝作氏の筆になる『志賀直哉対談日誌』というのを読んでいたら、偶然次のような一節にぶつかった。 「文体は必ず斯うだと限定出来ないネ、例え調子が不可んと言ったって調子がつかなければ何うにも出せない感じの場合もある、(中略)作品は一つ一つ各々違った文体を持つのが当然だネ、結局文体はどうでもいいのだ、此方の態度が文体を定めるのだ、文体など何

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翼の破れたからす

小川未明

西の山のふもとの森の中に、からすが巣を造っていました。そして、毎日、朝はまだ、空の明けきらないうす暗いうちから、みんなのからすは列をなして、東の空を指して高く飛んでゆきました。 その時分、村では、起きた家もあれば、まだ寝ている家もありました。からすは、こうして餌を探しに出るのでした。 一日、町の裏や、圃や、また河の淵や、海浜など、方々で食を求めるのでした。一

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老ハイデルベルヒ

太宰治

老ハイデルベルヒ 太宰治 八年まえの事でありました。当時、私は極めて懶惰な帝国大学生でありました。一夏を、東海道三島の宿で過したことがあります。五十円を故郷の姉から、これが最後だと言って、やっと送って戴き、私は学生鞄に着更の浴衣やらシャツやらを詰め込み、それを持ってふらと、下宿を立ち出で、そのまま汽車に乗りこめばよかったものを、方角を間違え、馴染みのおでんや

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老中の眼鏡

佐々木味津三

老中の眼鏡 佐々木味津三 一 ゆらりとひと揺れ大きく灯ざしが揺れたかと見るまに、突然パッと灯りが消えた。奇怪な消え方である。 「……?」 対馬守は、咄嗟にキッとなって居住いを直すと、書院のうちの隅から隅へ眼を放ち乍ら、静かに闇の中の気配を窺った。 ――オランダ公使から贈られた短銃も、愛用の助広もすぐと手の届く座右にあったが、取ろうとしなかった。刺客だったら、

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老人

永井荷風

臼木は長年もと日本橋区内に在った或病院の会計をしていた時分から、株式相場にも手を出し、早くから相応に財産をつくっていたが、支那事変の始ったころ、年も六十近くなったので、葛飾区立石町に引込み、老妻に釣道具と雑貨とを売らせ、自分は裏畠に花や野菜を栽培したり、近くの中川や江戸川へ釣に出たりして老後の日を楽しく送っている。 忰が一人、娘が一人あったが、忰の方は出征す

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老人と孤独な娘

小山清

小さな川を隔てて、少し遠い処に墓地があった。はじめて来たとき、老人は墓地を好んだ。樹の間がくれに、小さな墓地であった。一度、雨がひどく降るときに、寂しさがあった。明治十三年、慶応二年、文久二年、安政五年、天保十四年、……墓石は苔むしていた。地蔵さまがあったが、顔が欠けていた。そこは一里塚と言った。寺は何処にも見えなかった。上求菩提下化衆生、老人は言葉が言えな

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