自画像
黒島伝治
自画像 黒島傳治 なか/\取ッつきの悪い男である。ムッツリしとって、物事に冷淡で、陰鬱で、不愉快な奴だ。熱情なんど、どこに持って居るか、そんなけぶらいも見えん。そのくせ、勝手な時には、なか/\の感情家であるのだ。なんでもないことにプン/\おこりだす。なんにでも不平を持つ。かと思うと、おこって然るべき時に、おこらず、だまってにやけこんで居る。 どんなにいゝ着物
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黒島伝治
自画像 黒島傳治 なか/\取ッつきの悪い男である。ムッツリしとって、物事に冷淡で、陰鬱で、不愉快な奴だ。熱情なんど、どこに持って居るか、そんなけぶらいも見えん。そのくせ、勝手な時には、なか/\の感情家であるのだ。なんでもないことにプン/\おこりだす。なんにでも不平を持つ。かと思うと、おこって然るべき時に、おこらず、だまってにやけこんで居る。 どんなにいゝ着物
寺田寅彦
自画像 寺田寅彦 四月の始めに山本鼎氏著「油絵のスケッチ」という本を読んで急に自分も油絵がやってみたくなった。去年の暮れに病気して以来は、ほとんど毎日朝から晩まで床の中で書物ばかり読んでいたが、だんだん暖かくなって庭の花壇の草花が芽を吹き出して来ると、いつまでも床の中ばかりにもぐっているのが急にいやになった。同時に頭のぐあいも寒い時分とは調子が違って来て、あ
宮本百合子
自覚について 宮本百合子 わたしたちの生活に平和が戻り新しい民主生活の扉が開かれて、二度目の春を迎えることになりました。 昨年はわたしたち婦人にとって初めての経験である総選挙も行われ、そのほかずいぶん多事な一ヵ年を過しました。そして今日わたしたちがいちばん痛切に感じていることはなんでしょう。世界のなかに新しい日本として生きてゆくために、そしてまたわたしたちの
ドイルアーサー・コナン
一八九四年から一九〇一年に至るまで、シャーロック・ホームズは多忙の身であった。この八年、有名な難事件で持ち込まれなかったものはないと言っていいだろうし、また何百という個人依頼、およびそのうちの複雑怪奇なものでも颯爽たる役を果たした。多くの驚嘆すべき成功とわずかな避けられぬ失敗、これが長きにわたる間断ない仕事の結果であった。私はこれら全事件の完全なる記録を残し
ドイルアーサー・コナン
一八九四年から一九〇一年までの八年間は、シャーロック・ホームズは、とても多忙な身であった。 この八年間に、公の事件で重大なものは、一つとしてホームズのところに、持って来られなかったものはなかったし、またその外に私的の事件で扱ったものは、無数で、その中でも、実に錯綜した難問題で、颯爽たる役目をやったものもたくさんあった。この雑多の仕事の中では、もちろんその大部
夏目漱石
自転車日記 夏目漱石 西暦一千九百二年秋忘月忘日白旗を寝室の窓に翻えして下宿の婆さんに降を乞うや否や、婆さんは二十貫目の体躯を三階の天辺まで運び上げにかかる、運び上げるというべきを上げにかかると申すは手間のかかるを形容せんためなり、階段を上ること無慮四十二級、途中にて休憩する事前後二回、時を費す事三分五セコンドの後この偉大なる婆さんの得意なるべき顔面が苦し気
永井荷風
わが発句の口吟、もとより集にあむべき心とてもなかりしかば、書きもとどめず、年とともに大方は忘れはてしに、おりおり人の訪来りて、わがいなむをも聴かず、短冊色帋なんど請わるるものから、是非もなく旧句をおもい出して責ふさぐことも、やがて度重るにつれ、過ぎにし年月、下町のかなたこなたに佗住いして、朝夕の湯帰りに見てすぎし町のさま、又は女どもと打つどいて三味線引きなら
原民喜
四丁目の角で二人を見はぐれたのを幸と、川田はぐんぐん勝手な方向へ進んだ。振返ったらまた彼等がやって来さうなので、傍目も振らなかった。眼は怒り、額は愁ひ、短靴はやたらに急いだが、搾めつけられた胸は今やうやく緩んで来た。高層建築の上に濁った秋空が、茫漠とした観念のやうに横はってゐた。そこに川田は、さっきの議論の続きを感じた。 彼等二人は終に論理の釘で川田を身動き
楠山正雄
舌切りすずめ 楠山正雄 一 むかし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがありました。 子供がないものですから、おじいさんはすずめの子を一羽、だいじにして、かごに入れて飼っておきました。 ある日おじいさんはいつものように山へしば刈りに行って、おばあさんは井戸ばたで洗濯をしていました。その洗濯に使うのりをおばあさんが台所へ忘れていった留守に、すずめの子が
豊島与志雄
舞台のイメージ 豊島与志雄 戯曲創作の場合には、その作者の頭に、一つの舞台がはっきり写っていなければいけない。云い換えれば、人物と事件とが――その現われが、一つの枠の中にかっきりはまっていなければいけない。 そういう舞台的イメージが、戯曲創作の場合には、最も大切であるように思われる。 小説とか対話とか戯曲とか……を区別するのに、出来上った作品について云えば、
永井荷風
お! ローザ、トリアニ。リヨンのオペラ座、第一の舞姫、ローザ、トリアニ。 われ始めて、番組の面に、第一位舞踏者なる位付けせし、君が名を読みし時、お、ローザ、トリアニ。われは暖き伊太利亜より来ませし姫かと疑ひぬ。君がふくやかなる長き面は、誰が目にも、まがうかたなきフランスの姫ならざりしか。舞台に出るフランスのかゝる技芸家は、好みて伊太利亜綴りの芸名を用ゆと覚ゆ
小川未明
舞子の停車場に下りた時は夕暮方で、松の木に薄寒い風があった。誰も、下りたものがなかった。松の木の下を通って、右を見ても、左も見ても、賑かな通りもなければ、人の群っているのも目に入らない。海は程近くあるということだけが、空の色、松風の音で分るが、まだ海の姿は見えなかった。私は、松並木のある、長い通りを往ったり、来たりして、何の宿屋に泊ろうかと思った。ちょうど、
折口信夫
日本の芸能には古代からまひとをどりとが厳重に別れてゐた。いろんな用例からみても、旋回運動がまひ、跳躍運動がをどりであつた事が明らかである。芸能と言ふより、むしろ生理的な事実について言つてゐるのである。だから宗教者が、ある時興奮状態におちいつて、その心理作用が生理的条件をつき動して表現せられるとき、ある場合は旋回運動としてはげしく、又はゆるく舞ふ事になる。又時
牧野信一
川の向ひ側の山裾の芝原では、恰度山の神様の祭りの野宴がはじまるところでした。――月のはじめに、月毎に催される盛大な祝宴です。一ト月の間で流れをせきとめるほど川ふちに溜る製材の破片を広場の中央に塚ほどに積みあげて四方から火を放ちます。そして山ぢゆうの男達が車座になつて遠まきにこれを囲んで深更に至るまで、飲め、歌へ、踊れよ踊れ! といふ大乱痴気の限りを尽すのです
牧野信一
とても蒸暑い日でした。私たちは、暑い暑い、今日は殊更に暑いではないか、僕はさつきまで自分の部屋に居たのであるが、凝つとしても汗が流れたよ、身の扱ひように困つて転々してゐた仕未だ。昨日と今日は室内でも九十度を超へたのだからね――などゝ話合ひ、自働車に乗り、京王電車に乗り、そして河添ひの道を歩き、汗を拭ひ素晴しい暑さだ! と繰り反しながら、遥々と多摩川のほとりま
豊島与志雄
舞踏病 豊島与志雄 君は舞踏病という病気を知っていますか。 なに、近代に初めて起ったモダンガールの特殊病だろうって、冗談云っちゃいけません。学名をコレア・ミノールと云って、重に女の子供に起る昔からある病気です。身体の随意筋が不随意に収攣して種々多様な運動を起すので、傍から見てると丁度おかしな舞踏でもやってる恰好に見えるんです。それが或は間歇的に或は持続的に起
牧逸馬
舞馬 牧逸馬 1 植峰――植木屋の峰吉というよりも、消防の副小頭として知られた、浅黒いでっぷりした五十男だった。雨のことをおしめりとしか言わず、鼻のわきの黒子に一本長い毛が生えていて、その毛を浹々と洗湯の湯に浮かべて、出入りの誰かれと呵々大笑する。そうすると、春ならば笑い声は窓を抜けて低く曇った空に吸われるであろうし、秋ならば、横の露路に咲いたコスモスのおそ
今野大力
大いなる家鴨の姿に似たる 連絡船の三等船室にて 不愉快な動揺を感じ 軽い頭痛に悩まされ 渡り行く島の奥地に痛み悩む母への哀切に泣きつつ ひとりし寝転べば 出稼人夫等の行く先々の未だ見知らざる地への 憧れに満ちたる足に触れ 最初は驚き縮んだ私ではあるが 夢を持たない旅人のあらぬことを しみじみ我ながら感じては 貧しき出稼労働人の心に もろくも兄弟達の涙を感じ
宮本百合子
ジャーナリズムの航路 宮本百合子 新聞週間がはじまって、しばらくしたら「新聞のゆくところ自由あり」という標語があらわれた。これには英語で Where news paper goes, there is freedom. と書き添えられていた。新聞のゆくところ自由あり――幾里も彼方に浮んだ山の輪廓のように何となし心をひかれるようだが、実はつかみどころのない言葉
小川未明
町からはなれて、街道の片ほとりに一軒の鍛冶屋がありました。朝は早くから、夜はおそくまで、主人は、仕事場にすわってはたらいていました。前を通る顔なじみの村人は、声をかけていったものです。 長かった夏も去って、いつしか秋になりました。林の木々は色づいて、日の光は、だんだん弱くなりました。そして枯れかかった葉が思い出したように、ほろほろと、こずえから落ちて、空に舞
仲村渠
帆柱は美しい雲をあげてゐた 帆は裂かれて。 風は栗いろの額を洗つてゐた 髪を飛ばして。 ああ傾く水平線にあらはれる初めての島! 魚は舳にとんでコロンブスの襤褸を飾つた。 ●図書カード
島崎藤村
船 船 島崎藤村 山本さん――支那(しな)の方に居る友人の間には、調戯(からかい)半分に、しかし悪い意味で無く「頭の禿(は)げた坊ちゃん」として知られていた――この人は帰朝して間もなく郷里(くに)から妹が上京するという手紙を受取ったので、神田(かんだ)の旅舎(やどや)で待受けていた。唯(たった)一人の妹がいよいよ着くという前の日には、彼は二階の部屋に静止(じ
坂本竜馬
船中八策 坂本竜馬 一、天下の政権を朝廷に奉還せしめ、政令宜しく朝廷より出づべき事。一、上下議政局を設け、議員を置きて万機を参賛せしめ、万機宜しく公議に決すべき事。一、有材の公卿・諸侯及天下の人材を顧問に備へ、官爵を賜ひ、宜しく従来有名無実の官を除くべき事。一、外国の交際広く公議を採り、新に至当の規約を立つべき事。一、古来の律令を折衷し、新に無窮の大典を撰定
坂本竜馬
一、天下ノ政権ヲ朝廷ニ奉還セシメ、政令宜シク朝廷ヨリ出ヅベキ事。一、上下議政局ヲ設ケ、議員ヲ置キテ万機ヲ参賛セシメ、万機宜シク公議ニ決スベキ事。一、有材ノ公卿諸侯及ビ天下ノ人材ヲ顧問ニ備ヘ官爵ヲ賜ヒ、宜シク従来有名無実ノ官ヲ除クベキ事。一、外国ノ交際広ク公議ヲ採リ、新ニ至当ノ規約ヲ立ツベキ事。一、古来ノ律令を折衷シ、新ニ無窮ノ大典ヲ撰定スベキ事。一、海軍宜ク