船の中の鼠
牧野信一
都を遠く離れた或る片田舎の森蔭で、その頃私は三人の友達と共にジヤガイモや唐もろこしを盗んで、憐れな命をつないで居りました。あの村へ行けば、小生の所有になる古いけれどいとも大きな水車小屋があつて、明けても暮れても水車がどんどんと回つてお米を搗いて呉れるから、俺達の三人や五人は腕組をしてゐても安心だ、蜜柑畑もあるし麦畑もあり、海のやうに拡い稲の田もある、蜜柑を売
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牧野信一
都を遠く離れた或る片田舎の森蔭で、その頃私は三人の友達と共にジヤガイモや唐もろこしを盗んで、憐れな命をつないで居りました。あの村へ行けば、小生の所有になる古いけれどいとも大きな水車小屋があつて、明けても暮れても水車がどんどんと回つてお米を搗いて呉れるから、俺達の三人や五人は腕組をしてゐても安心だ、蜜柑畑もあるし麦畑もあり、海のやうに拡い稲の田もある、蜜柑を売
小川未明
たいへんに、金をもうけることの上手な男がおりました。人の気のつかないうちに、安く買っておいて、人気がたつとそれを高く売るというふうでありましたから、金がどんどんたまりました。 土地でも、品物でも、この男がこうとにらんだものは、みんなそういうふうに値が出たのであります。この男と、こういうことで競争をしたものは、たいてい負けてしまいました。そして、この男は、いつ
小川未明
南の方の海を、航海している船がありました。太陽はうららかに、平和に、海原を照らしています。もう、この船の船長は、年をとっていました。そして、長い間、この船を自分たちのすみかとしていましたから、あるときは自分の体と同じようにも思っていたのであります。 「俺もはやく、こんな船乗りなんかやめて、陸へ上がりたいと思っているよ。いくら、世の中が文明になったって、こうし
田山花袋
大華表の下には既に舟の支度で出来て、真中の四布蒲団の上に、芝居で使ふやうな小さな角な火鉢が置かれてあるのをかれは目にした。 それは最早夕暮に近かつた。向うの長い丘には、まだ夕日の影が微かにさし残つてはゐたけれども、冬の日脚の短かさ、それも忽ち消えてなくなつて了ふであらうと思はれた。かれは急いで船に飛び乗りながら、 『日のある中に、潮来までは行けるかね?』 『
夏目漱石
艇長の遺書と中佐の詩 夏目漱石 昨日は佐久間艇長の遺書を評して名文と云つた。艇長の遺書と前後して新聞紙上にあらはれた広瀬中佐の詩が、此遺書に比して甚だ月並なのは前者の記憶のまだ鮮かなる吾人の脳裏に一種痛ましい対照を印した。 露骨に云へば中佐の詩は拙悪と云はんより寧ろ陳套を極めたものである。吾々が十六七のとき文天祥の正気の歌などにかぶれて、ひそかに慷慨家列伝に
久米正雄
良友悪友 久米正雄 「失恋が、失恋のまゝで尾を曳いてゐる中は、悲しくても、苦しくても、口惜しくつても、心に張りがあるからまだよかつた。が、かうして、忘れよう/\と努力して、それを忘れて了つたら、却つてどうにも出来ない空虚が、俺の心に出来て了つた。実際此の失恋でもない、況んや得恋でもない、謂はゞ無恋の心もちが、一番悲惨な心持なんだ。此の落寞たる心持が、俺には堪
徳冨蘆花
良夜 徳冨蘆花 良夜とは今宵ならむ。今宵は陰暦七月十五夜なり。月清く、風涼し。 夜業の筆を擱き、枝折戸開けて、十五六歩邸内を行けば、栗の大木真黒に茂る辺に出でぬ。其蔭に潜める井戸あり。涼気水の如く闇中に浮動す。虫声※々。時々白銀の雫のポタリと墜つるは、誰が水を汲みて去りしにや。 更に行きて畑の中に佇む。月は今彼方の大竹薮を離れて、清光溶々として上天下地を浸し
北大路魯山人
良寛の書には、不肖ながら私も心の底から惚れこんで、一通り見られるだけのものは、百点位見た積りである。 その経験でいうと、良寛様とて未熟時代があって、若かりし頃の書(屏風に書かれている書の時代まで)は、別段のこともないが、後年六十歳頃にもなられてからは、俄然妙境に入り、殊に尺牘の如きは、まことにたまらないまでのものである。唐または唐以前の書に着目して学んだ跡の
北大路魯山人
良寛様のような、近世では他にその比を見られないまでの、ずば抜けた書、それをわれわれごときがとやかくといい気になって批評することは、どういうものかと危惧を禁じ得ないものがないのでもないが、しかし良寛様には常日頃親しみと尊敬とを持っている一人であるという関係をもって許していただけるとし、僭越を承知しながら、ともかくも感ずるところを一応述べさして貰うこととする。
新美南吉
良寛といふ名前の坊さんが、今から百五十年ぐらゐ前に住んでゐた。この本にはその坊さんのことが書いてある。 君達の中には、西郷隆盛や、乃木大将や、ナポレオンや、ジンギスカンなどの本を読んだ者があるだらう。そしてさういふ子は、本といふものは、人間の中で偉かつた人、何か大きなてがらを残した人に就いて、書かれるものだといふことを、知つてゐるに違ひない。さうだ。その通り
中井正一
「良書普及運動」に寄せて 中井正一 アメリカのテネシー谿谷の水を合理的処理をすることで、かつて、洪水で人々の苦労の種であった落差が、今や、電力となり、木材の運搬の水路となり、光と、動力の根源とさえなったことは有名な事件である。 テネシー・ヴァレーの事業として有名である。 人間の技術は、今や、集団的構造でもって、巨大なプランを企てている。ちょうど、英雄が大いな
中谷宇吉郎
ハワイは美しいところである。一番驚くのは、パイナップル畑の土の色であって、本当に真赤な色をしている。日本でいう赤土などとは、まるでちがっていて、文字どおりに真赤である。あの土を採ってきたら、そのまま油画の赤絵具に使えそうな色なのである。 こういう赤土はシンガポールでも前に見たことがある。その時も、熱帯の土地に特有な植物の鮮やかな緑と、目に痛いような真赤な土と
今野大力
色彩なければ 我ら生はあらざらむ 春宵の薄暮 わが双眼の全き視神経は麻痺して 宇宙は皆灰一色となり 感ずべき何ものもなし 心ただ焦燥して 形なく踊れども みたすべき何ものもなし ああ春宵の薄暮 奪われし色彩のかえらじ 燃ゆるなき 古城址の焔と消えんのみ ●図書カード
中井正一
色彩映画のシナリオ 中井正一 私はフィルムが色彩を駆使するにあたって、それを「天然色映画」と名づけているのに、反対である。すでに映画が芸術であるかぎり、映画は、必ずしも天然の色と称するもののみに似ることをのみ標準とする名前をつける必要はないのである。 それは、むしろ簡単に「色彩映画」とよばれるべきであり、シナリオ・ライターは、そのシナリオで作者の意図にしたが
中井正一
色彩映画の思い出 中井正一 バンジャマン・クレミュウは『不安と再建』の中で、一九三〇年は、すべての領域で決定的な年であったといっている。世界的な経済危機、ロシアのダンピング、トーキーが欧州を風靡した年である。 それは集団的主張の時代が、個人的主張の時代に代わる年であると彼はいうのである。 わが国でも土橋的トーキーが、この流れにそって、研究され、世界の動きにお
平林初之輔
こんなことが信じられるだろうか? でもじっさい妾は自分の眼で見たのだ。あの人が、世界でたった一人の妾の人だと信じきっていたあの人が、全く世間並みの、やくざな、汚らわしい人間であったなんて。 今朝の十時に、妾はあの人の書斎へはいって、書棚からミロッセの『コンフェッション』を探していた。すると、何という偶然の一致だろう。ちょうど、その書物をぬき出すとたんに、オパ
竹内浩三
詩を作り、 人に示し、 笑って、自ら驕る ――ああ、此れ以外の 何を己れは覚えたであろう? この世で、これまで…… 城 左門 できるだけ、知らない顔を試るのだけれど、気にしないわけにはゆかない。だんだん近づいてきた。あと一月、二十九日、二…… ●図書カード
古川緑波
大久保恒次さんの『うまいもん巡礼』の中に、「古川緑波さんの『色町洋食』という概念は、実に的確そのものズバリで」云々と書いてある。 ところが、僕は、色町洋食なんて、うまい言葉は使ったことがないんだ。僕の所謂日本的洋食を、大久保さんが、うまいこと言い変えて下さったもの。然し、色町洋食とは、又何と、感じの出る言葉だろう。 もっとも、これは関西でないと通じない、東京
堀辰雄
色褪せた書簡箋に 堀辰雄 まだ發表しないでそのまま何處かへ藏ひ込んでしまつたアポリネエルの飜譯が二三あつたのを思ひ出して、僕は數日前、ごちやごちやになつた手文庫の中を丹念に搜してゐたら、「贋救世主アンフィオン」などの譯稿と一しよに、そんなもののあつたのを僕自身すつかり忘れてゐた、四枚ばかりの色褪せた書簡箋に細かな字で書き込んである、或る一個の覺書が見つかつた
三上於菟吉
揺るぎ無い御代は枝を吹く風の音も静かに明け暮れて、徳川の深い流れに根をひたした江戸文明の巨木には、豪華艶美を極めた花房が、今をさかりに咲き盛かり、散って萎れる末の世のかなしみの気配をば、まだこればかりも見せぬ元禄時代の、さる年の晩春初夏に、この長物語ははじまります。 それは四月なかばの、とある朝のことでありました。涼やかな軟風にさざなみを立てている不忍池畔の
正岡容
艶色落語講談鑑賞 正岡容 売色ところどころ 岡場所の歌 戦火に遭うまで大塚の花街に、私たちはいた。先だって輪禍で死んだ三遊亭歌笑の家のすぐそばにあたろう。 その頃女房が教えていた新舞踊のお弟子はたいてい若い妓ばかりだったが、その中の一人が一日やってきて、 「先生、キミサリンって踊りを教えてください」 「キミサリン? そんな風邪薬みたいな踊り知らないわねぇ」
佐左木俊郎
芋 佐左木俊郎 福治爺は、山芋を掘ることより外に、何も能が無かった。彼は毎日、汚れた浅黄の手拭で頬冠りをして、使い古した、柄に草木の緑色が乾着いている、刃先の白い坏を担いで、鉈豆煙管で刻煙草を燻しながら、芋蔓の絡んでいそうな、籔から籔と覗き歩いた。 叢の中を歩く時などは、彼は、右手に握った坏で、雑草を掻分けながら、左の手からは、あまり好きでも無い刻煙草を吸う
長塚節
芋掘り 長塚節 一 小春の日光は岡の畑一杯に射しかけて居る。岡は田と櫟林と鬼怒川の土手とで圍まれて他の一方は村から村へ通ふ街道へおりる。田は岡に添うて狹く連つて居る。田甫を越して竹藪交りの村の林が田に添うて延びて居る。竹藪の間から草家がぽつ/\と隱見する。箒草を中途から伐り放したやうに枝を擴げた欅の木がそこにもこゝにもすく/\と突つ立つて居る。田にはもう掛稻
上村松園
芙蓉の花にも似た美しい楊貴妃を 上村松園 帝展の方も大分出品しなかったので今年は思い立って……それも近頃取りかかったばかりで明日辺りから墨を当てようかというところなのです。画題は〈楊貴妃〉それもあの湯上りの美しい肌を柔らかな羅に包んで勾欄に凭れながら夢殿の花園を望んで見ると言った構図で、尤も湯上りと言いますと何だか意気に、そうしてやや下品な様に聞こえますがそ