芸術は革命的精神に醗酵す
小川未明
平和を目的にして、武器が製造せられ、軍備がなされるならば、其の事が既に、目的に対する矛盾であることは、華府会議の第一日にヒューズが言った通りであります。 私達は、黒人に対する米人の態度を見、また印度の殖民地に於ける英人の政策を熟視して、彼等が真に人類を愛する信念の何れ程迄に真実であるかを疑わなければならないが、そして、このたびの軍備縮小などというが如き、其の
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小川未明
平和を目的にして、武器が製造せられ、軍備がなされるならば、其の事が既に、目的に対する矛盾であることは、華府会議の第一日にヒューズが言った通りであります。 私達は、黒人に対する米人の態度を見、また印度の殖民地に於ける英人の政策を熟視して、彼等が真に人類を愛する信念の何れ程迄に真実であるかを疑わなければならないが、そして、このたびの軍備縮小などというが如き、其の
坂口安吾
芸道地に堕つ 坂口安吾 近頃は劇も映画も一夜づくりの安物ばかりで、さながら文化は夜の街の暗さと共に明治時代へ逆戻りだ。蚊取線香は蚊が落ちぬ。きかない売薬。火のつかぬマッチ。然し、之は商人のやること。芸は違う。芸人にはカタギがあって、権門富貴も屈する能わず、芸道一途の良心に生きるが故に、芸をも自らをも高くした。芸は蚊取線香と違う。 けれども昨今の日本文化は全く
小川未明
チューリップは、土の中で、お母さんから、世の中に出てからの、いろいろのおもしろい話をきいて、早く芽を出したいものと思っていました。 「ちょうちょうは、どんなに、美しいの?」と、お母さんにたずねたりしました。 「そんなに、いそいではいけません。いい時分になったら、お母さんがいってあげます。それまでは、おとなしくして、待っておいでなさい。」と、お母さんは、さとさ
小川未明
泉は、自分のかいこが、ぐんぐん大きくなるのを自慢していました。にやりにやり、と笑いながら、話を聞いていた戸田は、自分のもそれくらいになったと思っているので、おどろきはしなかったが、誠一は、ひとり感心していました。お母さんが、きらいでなければ、自分もかいこを飼いたいのです。なんでお母さんは、あんな虫が怖いのだろう。お母さんや、妹が、かわいい顔をしているかいこを
島崎藤村
芽生 芽生 島崎藤村 浅間の麓(ふもと)へも春が近づいた。いよいよ私は住慣れた土地を離れて、山を下りることに決心した。 七年の間、私は田舎(いなか)教師として小諸(こもろ)に留まって、山の生活を眺(なが)め暮した。私が通っていた学校は貧乏で、町や郡からの補助費にも限りがあったから、随(したが)って受ける俸給も少く、家を支(ささ)えるに骨が折れた。そのかわり、
新美南吉
苔人形は つくられた、 木の実や苔や 白樺で。 ランプのかげに つくられた、 シベリア樅の 森のかげ。 いろんな顔に ゑがかれた、 ほだの消えてく 寒い夜に。 こつこつこつと けづられた、 木こりや娘や 妻たちに。 赤いシヤツポも つけられた、 春に売られて 行くやうに。 コペイカ銅貨に なるように。 そして貧しい 森かげの きこりが暮して 行くように。 苔
牧野信一
ある時は―― 苔のない心 うれしい心 くもつた心――悲しい心。 * 「つまらないの?」と、光子は自分が余り熱心に舞台に気を取られてゐるので、此方に気の毒な気がしたのだらう、軽い笑顔を作つて、突然此方を振り向いて云つた。自分は居睡りの真似をしてゐた。若し光子がその時――もう一秒間その儘の笑顔を保つてゐたら、自分は屹度「つまらなかないよ。」と悦びさへ感じて、義理
スティーブンソンロバート・ルイス
サイモン・ロールズ師は倫理學でも名の聞こえた人だつたが、神學の研究でも竝々ならぬ練達の士であつた。彼の「社會的の義務に關する基督教義に就て」と題する論文は、それが出版された當時、牛津大學で相當な評判となつたものであつた。また僧侶や學者の仲間では、若いロールズ氏が教父の權能に關する大著述――それは二折本になるといふ事だつた――を考へてゐるといふ事も一般に知られ
小川未明
主義を異にし、主張を異にしている作家は、各自の天分ある主観によって人生を異った方面から解釈している。材料を異った方面から採って来ている。或主義と或主義と相容れないのは、人生に対する解釈が異い、観方が異うからである。或る作家は社会に生起する特殊の材料を取り扱い、或る作家は、永久に不変の自然を材料に取扱っている。畢竟、作家得意の観察から入り、深く人生に触れんとす
萩原朔太郎
この列をなす少女らのため、 うるはしき都會の窓ぞひらかるる、 みよいまし遠望の海は鳴りいで、 なめいしを皿はすべりて、 さかづきは歩道にこぼれふんすゐす。 こはよき朝のめざめなり、 をとめらのさんたまりやの祈祷なり、 みな少女、 素足あしなみそろへ行く手に、 ちよこれいと銀紙に卷かれ、 くだものは竝木の柵に飾られぬ。 ああ、いづこぞ夢の序樂のぽろねえず、 會
折口信夫
歌舞妓びとも、殆完全に交替してしまつた。若手と言はれる人たちの輝き出したのは、同慶である。その輝きは、其人たちの遥か背後から照すものが多い。世間は、其為に見に行くのである。かう言つても、役者を軽んじるのではない。悲観するのも早計だし、自負するのも考へが足らぬ。今の役者自身の力だけではないと言ふことだ。 ○ 最近見て来た演舞場の舞台を例にとつて話して行くのが便
佐藤春夫
僕は多分、二十三四の頃から、久米は知つてゐた。彼は僕より一年の年長だから、僕が二十三なら彼は二十四、僕が二十四なら彼は二十五。何でもその頃でお互に二十五より若かつた。三十五六年前の記憶で少しあやしいところを無理にまとめれば、自然と半創作になつて実録とは云ひにくい。 何でも最初に彼に会つたのは大学の正門を出て来る制服姿の彼とその前の通で行き会つたのであつたと思
佐藤春夫
わたくしは明治四十二年、十九歳の春上京してのち、明治末、大正はじめの数年間を、なまけ学生として、本郷の師匠の家の周囲を転々としながら三田に通学してゐた。 そのころ二十一二の室生犀星はどこに棲んでゐたものか、毎夜のやうに根津権現うらあたりの酒場に出没して、生来の蛮勇を揮つてゐたらしい。 わたくしはもと下戸だから酒場には出入しないから、現場を見たことはない、いつ
中谷宇吉郎
私の中学時代は、大正の初めごろであって、明治時代の先生方とくらべたら、だいぶ文明開化になっていた。しかし郷里が北陸の片田舎であり、中学があった小松の町も当時はまだ小さい町であった。それで中学時代のことをいまから思い出してみると、ずいぶん旧式な教育をうけたものだという気がする。 中学の五年間は、完全に寄宿舎生活をした。その寄宿舎生活で、いま頭に一番残っているこ
牧野富太郎
若き日の思い出 牧野富太郎 一、雨の深山で採集 私は自分の学問に対してあまり苦労したことはなかった。今日まで何十年にわたる長い年月の間実に愉快に学問を続けてきて、ついに今日に及んだのであるが、平素その学問を特に勉強したようにも感じていないのは不思議である。 これは結局生まれつき植物が好きであったため、その学問があえて私に苦痛を与えなかったのであろう。 私は少
林不忘
三幕六場 人物 成吉思汗 二十七歳 合撒児 成吉思汗の弟 二十四歳 木華里 四天王の一人、近衛隊長 三十歳 哲別 長老、四天王の一人 六十歳 忽必来 参謀長、四天王の一人 速不台 箭筒士長、四天王の一人 者勒瑪 主馬頭 巴剌帖木 成吉思汗の小姓 十四歳 汪克児
宮沢賢治
若い木霊 宮沢賢治 〔冒頭原稿数枚なし〕 「ふん。こいつらがざわざわざわざわ云っていたのは、ほんの昨日のようだったがなあ。大抵雪に潰されてしまったんだな。」 それから若い木霊は、明るい枯草の丘の間を歩いて行きました。 丘の窪みや皺に、一きれ二きれの消え残りの雪が、まっしろにかがやいて居ります。 木霊はそらを見ました。そのすきとおるまっさおの空で、かすかにかす
折口信夫
ほうっとする程長い白浜の先は、また目も届かぬ海が揺れてゐる。其波の青色の末が、自づと伸し上る様になつて、頭の上まで拡がつて来てゐる空だ。其が又、ふり顧ると、地平をくぎる山の外線の、立ち塞つてゐる処まで続いてゐる。四顧俯仰して目に入るものは、此だけである。日が照る程風の吹くほど、寂しい天地であつた。さうした無聊な目をらせる物は、忘れた時分にひよつくりと、波と空
北大路魯山人
さばずしはなんと言っても古来京都が本場である。それというのも、日本一の称をもってなる若狭小浜の春秋のさばを主材としてつくられているからである。さばは若狭が第一、次に関西ものにかぎると言うのは、私の独断ばかりではない。由来通人の定評するところである。 全く伊勢湾から東方の海となると、美味いさばの漁獲は望み得ない。東京市場で手に入る近海さばは、一種嫌悪すべき妙な
島田清次郎
若芽 島田清次郎 (一) ぬつくりとした空気の中に、白い布を被せた寝棺が人々の眼に痛ましく写つた。紫檀の机の上に置かれた青銅の線香立には白い灰が堆高く積つて、夢の様に白い煙が立ち上つて抹香くさい香が庭前の青葉の間に流れ流れした。 『雨戸を繰りませうか。』 今迄だまつて柱に依りかゝつて居た男が一座を見渡してかう言つた。其して一尺許りすいて居た一枚の雨戸を静かに
堀辰雄
最近「かげろふの日記」「ほととぎす」それから「姨捨」と續けて平安朝の女たちの日記に主題を求めて短篇を書いてばかりゐますせゐか、屡平安朝文學に就いて何か書けなどと言はれますので、どうも飛んだ事になつたと思つてゐます。まだ、そんな事について一家言をもてるほど、とつくりと讀んぢやゐないし、――いままで讀んだ二つ三つのものだつて自分勝手のいい加減な讀み方だし、――し
島崎藤村
若菜集 島崎藤村 こゝろなきうたのしらべは ひとふさのぶだうのごとし なさけあるてにもつまれて あたゝかきさけとなるらむ ぶだうだなふかくかゝれる むらさきのそれにあらねど こゝろあるひとのなさけに かげにおくふさのみつよつ そはうたのわかきゆゑなり あぢはひもいろもあさくて おほかたはかみてすつべき うたゝねのゆめのそらごと 一 秋の思 秋 秋は来ぬ 秋は
薄田泣菫
若葉の雨 薄田淳介 野も、山も、青葉若葉となりました。この頃は――とりわけて今年はよく雨が降るやうです。雨といつてもこの頃のは、草木の新芽を濡らす春さきの雨や、もつと遅れて来る梅雨季の雨に比べて、また変つた味ひがあります。春さきの雨はつめたい。また梅雨季の雨は憂鬱にすぎますが、その間にはさまれた晩春の雨は、明るさと、快活さと、また暖かさとに充ち溢れて、銀のや
北大路魯山人
若鮎について 北大路魯山人 あゆの小さなものは、どうかするとうまくないというひともあるが、わたしは一概にそうは思わない。 小田原の手前に酒匂川という川がある。まだ禁漁中にあの近辺のひとが酒匂川のあゆをよく盗み取りするが、わたしはそれをもらうことがあって、たびたび食ったことがある。大きさはまだやっと一寸ぐらいのものだが、ちょっとあぶって食うと、実に調子の高いう