Vol. 2May 2026

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14,981종 중 12,480종 표시

蓄音器の針

中井正一

蓄音器の針 中井正一 何の針をとって見てもヴィクターのソフトはヴィクターのソフトだ。針は現にひとつひとつ違っているんだがやはりヴィクターのソフトだ。どのひとつひとつもが一つの「型」にしかすぎない。 「型」の出現は一応販売あるいは組織から要求されてきたことである。 今人間もようやく政策あるいは就職の形式をもって、道具化商品化しつつある。すなわち「型」可能形の中

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蓄音機

寺田寅彦

蓄音機 寺田寅彦 エジソンの蓄音機の発明が登録されたのは一八七七年でちょうど西南戦争の年であった。太平洋を隔てて起こったこの二つの出来事にはなんの関係もないようなものの、わが国の文化発達の歴史を西洋のと引き合わせてみる時の一つの目標にはなる。のみならず少なくとも私にはこの偶然の合致が何事かを暗示する象徴のようにも思われる。 エジソンの最初の蓄音機は、音のため

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蓑田先生

寺田寅彦

蓑田先生 寺田寅彦 明治二十七八年の頃K市の県立中学校に新しい英語の先生が赴任して来た。此の先生が当時の他の先生達に比較してあらゆる点で異彩を放つて居た。第一に年が若くて生徒等の兄さん位に見えた。さうして年取つて黒く萎びた先生や、堂々とした鬚を立てた先生等の中に交つた此の白面無鬚の公子の服装も著しくスマートなものであつた。ズボンの折目がいつでもキチンと際立つ

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豊島与志雄

蓮 豊島与志雄 私は蓮が好きである。泥池の中から真直に一茎を伸して、その頂に一つ葉や花や実をつける、あの独特な風情もよい。また、単に花からばかりでなく、葉や実や根などからまでも、仄かに漂い出してくる、あの清い素純な香もよい。その形、その香、そして泥土と水、凡てに原始的な幽玄な趣きがある。 田舎の子供達は、真白な蓮の根をぽきりと折って、中に通ってる八つの穴に何

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蓮月焼

服部之総

蓮月尼の陶器には、にせものが多い。にせものとほんものを見わけるのは、急須なり茶わんなりに書きこんである彼女の自作の歌の文字の味で、判断するのである。文字ばかりはどんなにたくみに真似ても、まねきれるものでないといわれるが、ことに蓮月尼の陶器のばあいのように、素焼の肌につまようじかなにかで書き流したあとのうつくしさは、たとえようのないニュアンスをもってにせものの

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蓮花公主

蒲松齢

膠州の竇旭は幼な名を暁暉といっていた。ある日昼寝をしていると、一人の褐色の衣を着た男が榻の前に来たが、おずおずしてこっちを見たり後を見たりして、何かいいたいことでもあるようであった。竇は訊いた。 「何か御用ですか。」 褐衣の人はいった。 「殿様から御招待にあがりました。」 竇は訊いた。 「殿様とはどんな方です。」 褐衣の人はいった。 「すぐ近くにおられます。

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蓮の花開く音を聴く事

南方熊楠

昭和九年六月の本誌(ドルメン)三〇頁に「又四五十年前三好太郎氏話に、夏の早朝、大阪の城※え、屡ば相場師が來て、水に臨んで喫烟し乍ら蓮の花の開くをまち、其音を聽て立去たと、其を聽て何にするかを聞なんだ、子細のある事か、識者の高教をまつ」と書置たが、一向高教は出なんだ。處ろが今(十一)月十五日弘前市の廣田博君より次の通知を受た。 愚生の母方の祖母から、幼時より聽

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蓮香

田中貢太郎

蓮香 田中貢太郎 桑生は泝州の生れであって、名は暁、字は子明、少い時に両親に死別れて紅花埠という所に下宿していた。この桑は生れつき静かなやわらぎのある生活を喜ぶ男で、東隣の家へ往って食事をする他は、自分の座にきちんと坐っていた。あの日、東隣にいる男が来て冗談に言った。 「君は独りいるが、鬼や狐はこわくないのかい」 桑は言った。 「男子が鬼や狐をこわがってどう

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蔭ひなた

牧野信一

或る朝、私が朝飯を済ませて煙草を喫してゐるとAが来て、あがらないで、 「君、直ぐ散歩へ行かう、早く早く、直ぐ仕度をして呉れ。君は斯ういふ服装は持つてゐないか? あゝ、さうか、無ければたゞの洋服でよろしい、大急ぎで着換へないか。」と、大変勢急に口走ると私の返事も待たずに玄関を出て、そこの露路を気忙し気に口笛を吹きながらあちこちと往復してゐるのです。見るとAは、

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蔵の二階

豊島与志雄

蔵の二階 豊島与志雄 焼跡の中に、土蔵が一つある。この土蔵も、戦災の焔をかぶったので、ずいぶん破損している。上塗りの壁土は殆んど剥落して、中塗りの赤土や繩が露出し、屋根瓦も満足でなく、ひょろ長い雑草が生えて風にそよいでいる。二階の窓には、錆び捩れた鉄格子がついていて、その外側に白木の小さな庇が取り附けてあるので、一層さびれて見える。中は薄暗いらしく、昼間でも

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蔵書家の話

内藤湖南

清朝はその初頃から有名な藏書家が多く、錢謙益及その族孫錢曾、又は季振宜などは、順治より康煕の初年に有名であるが、併し藏書家の最盛期は乾隆の中頃以後にあるので、乾隆の末から嘉慶を經て、道光の初頃まで居つた蘇州の黄丕烈は最も有名で、殆ど清朝を通じて第一の藏書家と言つてよいのである。 黄丕烈は宋版の本百餘種を得て、百宋一廛と號した。この頃の藏書家は、單に收藏の多き

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蕎麦餅

田中貢太郎

蕎麦餅 田中貢太郎 唐の元和年中のことであった。許州の趙季和という男が東都に往く要事が出来たので、家を出て卞州の西になった板橋店まで往った。 その板橋店には三娘子という宿屋があった。そこには三娘子という独身者の寡婦がいて、永い間旅人に食物を売る傍ら、数多の驢馬を飼って非常に安価で売るので、板橋店の三娘子といえば驢馬の店としても有名であった。旅人の季和も一泊り

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蕗のとうを摘む子供等

長沢佑

三月の午後雪解けの土堤っ原で子供らが蕗のとうを摘んでいるやせこけたくびすじ血の気のない頬の色 ざるの中を覗き込んで 淋しそうに微笑んだ少女の横顔のいたいたしさ おお、飢えと寒さの中に今も凶作地の子供達は熱心に蕗のとうを摘んでいる 子供等よ!お前らの兄んちゃんは何をして警官に縛られたのか何の為に満洲へ送られて行ったのか姉さん達はどうして都会から帰って来たのかお

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蕗の薹

新村出

十数年このかた冬から春へかけて蕗の薹を嗜食するやうになつたが、もとは確か咳嗽の薬だとか云つて亡き母がどこからか貰つて来たのを、塩からく烹させて食べたのから始まつたと思つてゐる。 少年のとき、朝のおつけに、あれを刻み込んで父がさもうまさうに味つてゐたのを、それこそ苦々しさうに眺めてゐたことも覚えてゐる。 近年は毎季しばしばそれを賞美して独り悦に入つて、時には『

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薄どろどろ

尾上梅幸

薄どろどろ 尾上梅幸 ▲幽霊の家柄でいて、幽霊種がないというのはちと妙なものですが、実際私の経験という方からいっては、幽霊談皆無といっても可いのです、尤もこれは幽霊でない、夢の事ですが、私を育ててくれた乳母が名古屋に居まして、私が子供の内に銀杏が好で仕様がないものだから、東京へ来ても、わざわざ心にかけて贈ってくれる。ああ乳母の厚意だと思って、いつもおいしく喰

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薄口醤油

北大路魯山人

今日は簡単に薄口醤油の話をしてみたいと思う。なぜなら、よい料理を作ろうとするには、醤油は重大問題だからだ。 東京人は、主として濃口醤油をもって調理するが、これは深く考えて欲しいものだ。関西の料理は薄口醤油を用いているが、関東に昔から伝わる江戸料理は薄口醤油のあることさえ知らないようで、関西龍野の薄口醤油などほとんど利用されていない。東京人の口福のためにまこと

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薄明

太宰治

薄明 太宰治 東京の三鷹の住居を爆弾でこわされたので、妻の里の甲府へ、一家は移住した。甲府の妻の実家には、妻の妹がひとりで住んでいたのである。 昭和二十年の四月上旬であった。聯合機は甲府の空をたびたび通過するが、しかし、投弾はほとんど一度も無かった。まちの雰囲気も東京ほど戦場化してはいなかった。私たちも久し振りで防空服装を解いて寝る事が出来た。私は三十七にな

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薄紗の帳

マラルメステファヌ

薄紗の帳たれてあれど、 こよなき「あそび」は思ふらく、 げにもゆゆしき涜かな、 徒なりや床は無し。 この一面に白妙の 房と房とのからみあひ、 蒼みて曇る玻璃の戸を 空しく打つて事も無し。 されど黄金の夢の身には 樂の音籠もる虚のなか、 琵琶悲しげに眠りゐて、 いづこのか知らねども、 よそにはあらず、われとわが 胎より生るる子はあらむ。 註―― Une den

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薔薇と巫女

小川未明

家の前に柿の木があって、光沢のない白い花が咲いた。裏に一本の柘榴の木があって、不安な紅い花を点した。その頃から母が病気であった。 村には熱病で頭髪の脱けた女の人が歩いている。僧侶の黒い衣を被たような沈鬱な木立がある。墓石を造っている石屋があれば、今年八十歳の高齢だからというので、他に頼まれて盲目縞の財布を朝から晩まで縫っている頭巾を被った老婆が住んでいる。

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薤露行

夏目漱石

薤露行 夏目漱石 世に伝うるマロリーの『アーサー物語』は簡浄素樸という点において珍重すべき書物ではあるが古代のものだから一部の小説として見ると散漫の譏は免がれぬ。まして材をその一局部に取って纏ったものを書こうとすると到底万事原著による訳には行かぬ。従ってこの篇の如きも作者の随意に事実を前後したり、場合を創造したり、性格を書き直したりしてかなり小説に近いものに

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薪能と呪師走の翁

折口信夫

久しく絶えてゐた薪能が復活して、こゝに再、恒例の行事となつたのは、近年のことである。志深い大和侍の児孫と称する人があつて、南都の神事芸能を興すことを以て、偏に祖先にこたへる道と信じ、世の思議を越える奇特を行つたことによるのである。 旧日本の民俗には、年の初め一月望日に御薪を積んで、平常仕へる所に勤労の誠を示す風、既に飛鳥の宮廷記録があり、現に「小正月」の習俗

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薬前薬後

岡本綺堂

薬前薬後 岡本綺堂 草花と果物 盂蘭盆の迎い火を焚くという七月十三日のゆう方に、わたしは突然に強い差込みに襲われて仆れた。急性の胃痙攣である。医師の応急手当で痙攣の苦痛は比較的に早く救われたが、元来胃腸を害しているというので、それから引きつづいて薬を飲む、粥を啜る。おなじような養生法を半月以上も繰返して、八月の一日からともかくも病床をぬけ出すことになった。病

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薬売り

小川未明

どこからともなく、北国に、奇妙な男が入ってきました。 その男は黄色な袋を下げて、薬を売って歩きました。夏の暑い日に、この男は村から村を歩きましたが、人々は気味を悪がって、あまり薬を買ったものがありません。 けれど、男は根気よく、日盛りをかさをかぶって、黄色な袋を下げて、 「あつさあたりに、食べあたり、いろいろな妙薬」といって、呼び歩きました。 子供らは、人さ

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薬売りの少年

小川未明

荷物を背中に負って、薬売りの少年は、今日も知らぬ他国の道を歩いていました。北の町から出た行商群の一人であったのです。 霜解けのした道は、ぬかるみのところもあるが、もう日の光に乾いて、陽炎の上っているところもありました。村はずれに土手があって、大きな木が立っていました。かさのように枝を空へ拡げていました。 「なんの木だろうな。」 少年は、よくこうした景色を見る

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