Vol. 2May 2026

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西瓜喰ふ人

牧野信一

滝が仕事を口にしはじめて、余等の交際に少なからぬ変化が現れて以来、思へば最早大分の月日が経つてゐる。それは、未だ余等が毎日海へ通つてゐた頃からではないか! それが、既に蜜柑の盛り季になつてゐるではないか! 村人の最も忙しい収穫時である。静かな日には早朝から夕暮れまで、彼方の丘、此方の畑で立働いてゐる人々の唄声に交つて鋏の音が此処に居てもはつきり聞える。数百の

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西田先生のことども

三木清

西田先生のことども 三木清 一 大正六年四月、西田幾多郎博士は、東京に来られて、哲学会の公開講演会で『種々の世界』という題で、話をされた。私は一高の生徒としてその講演を聴きに行った。このとき初めて私は西田先生の謦咳に接したのである。講演はよく理解できなかったが、極めて印象の深いものであった。先生は和服で出てこられた。そしてうつむいて演壇をあちこち歩きながら、

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西荻随筆

坂口安吾

西荻随筆 坂口安吾 丹羽文雄の向うをはるワケではないが、僕も西荻随筆を書かなければならない。どうしても、西荻随筆でなければならないようである。 西荻窪のTという未知の人から手紙がきた。ひらいてみると、約束の日にいらっしゃいませんでしたが、至急都合をつけて来て下さい、という意味の文面で、日蝕パレス(仮名)女給一同より、となっている。 私は、西荻窪という停車場へ

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西行の眼

下村湖人

憤怒に打ち克つもの、それはただ慈心のみである。世に、対立を超越したものほど、尊く、高く、かつ強きものはない。 平安朝もおわりに近いころ、北面の武士から、年わかくして仏門にはいった二人の偉丈夫があった。その一人は佐藤義清、もう一人は遠藤盛遠である。義清は二十三歳、盛遠は十八歳で剃髪した。前者は一所不住の歌人西行、後者は高雄神護寺の荒行者文覚である。 おなじく仏

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『西遊記』の夢

中谷宇吉郎

子供の頃読んだ本の中で、一番印象に残っているのは、『西遊記』である。 もう三十年も前の話であり、特に私たちの育った北陸の片田舎には、その頃は子供のための本などというものはなかった。 子供たちは、大人の読み古した講談本などを、親に叱られながら、こっそり読んでいた。その頃盛に出ていた小波氏の「世界お伽噺」のようなものも滅多に手に入らなかった。 あの一冊十銭かの本

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西部劇通信

牧野信一

「西部劇通信」に収めた諸篇――「川を遡りて」から「出発」まで――は、私のこの五年間の、主なる作品である。私は、在りのまゝの生活、観たまゝの世界を、そのまゝに描く写実派の作家ではありませぬが、作品が生活の反影――私にとつては寧ろ生活が作品の反影とも云ひたい――であることは勿論で、斯うして一まとめにして見ると今更ながら様々な感慨に打たれます。 私が、この前の東京

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西部劇通信

牧野信一

「西部劇通信」に収めた諸篇――「川を遡りて」から「出発」まで――は、私のこの五年間の、主なる作品である。私は、在りのまゝの生活、観たまゝの世界を、そのまゝに描く写実派の作家ではありませぬが、作品が生活の反影――私にとつては寧ろ生活が作品の反影とも云ひたい――であることは勿論で、斯うして一まとめにして見ると今更ながら様々な感慨に打たれます。 私が、この前の東京

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イングランドの西部の諸州とくにグルスターシャーで見つかった病気で、 牛痘の名で知られているウシ天然痘の原因および効果についての研究

ジェンナーエドワード

親しいわが友へ 科学研究の現代において、牛痘のように特別な性質をもつ病気が最近にこの州および近くの州に出現したのに、長期にわたって特別に注目されていないのは驚くべきことである。この問題について、我々と同じ専門の人たちやその他の人たちが極めて無知であり決定的でないことを見出し、事実は全く不可思議なものであり役に立つことを感じたので、私はこの地方の状態が許す範囲

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西部通信

中原中也

その日はカラリと晴れた、やはらかい日射しの、秋の一日だつた。私は暫く麦のよく稔つた田園を歩いた後、フト玉を突いてみたい欲望を抱いた。別にしたいこととてもないその午後に、一つの欲望が湧いたといふことはひどく私を有頂にした。 やがて最初に目に入つた玉屋に這入ると、部屋は明るくガランとしてゐて、温室のやうだつた、客の腰掛場になつてゐる、畳二枚を縦に並べた場所の、そ

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西隣塾記

小山清

こないだ電車の中で新国劇の「大菩薩峠」上演の広告ビラを見かけた。中里介山居士追善興行としてあった。この芝居の上演も久し振りな気がする。介山居士は戦争中、生れ在所の西多摩郡の羽村で急逝された。あれは何年のことであったろうか。救世軍の秋元巳太郎氏が葬儀委員長をされたという簡単な新聞記事を読んだ記憶がある。逝くなられた月日のことを私は覚えていない。また今年は何回忌

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西鶴小論

田山花袋

西鶴は大阪人ではあるけれども、それ以上に深い処を持つてゐると私は思ふ。西鶴が利己、打算、軽い遊び、さういふものゝ空気の中に一度は浸つた人であることは首肯かれる。又一方幇間らしい軽佻な気分の中にはしやぎ切つた人だとも思はれる。しかしそこに満足してゐることの出来る人ではなかつたことだけは確かである。渠は世間一般の混雑した事実の上に一歩高く身を置いて、或は嗟き、或

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西鶴と科学

寺田寅彦

西鶴の作品についてはつい近年までわずかな知識さえも持合せなかった。ところが、二、三年前にある偶然な機会から、はじめて『日本永代蔵』を読まなければならない廻り合せになった。当時R研究所での仕事に聯関して金米糖の製法について色々知りたいと思っていたところへ、矢島理学士から、西鶴の『永代蔵』にその記事があるという注意を受けたので、早速岩波文庫でその条項を読んでみた

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デモクラシーの要素

新渡戸稲造

明治の初年頃には随分思いきった政治論も社会改良論も行われた。さすがに知識を世界に求むるという御旨意の発表された際であっただけに、外国の思想を危険なりなどという者なく、上下共にこれを歓迎し、旧来の陋習を打破するに更に躊躇しなかった、その頃盛に行われた標語は自由民権であった。殊に自由なる言葉は当時の人々には耳新しく聞えた、従来日本の通用語ではあったが、政治的意味

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見えざる人

チェスタートンギルバート・キース

ロンドン・キャムデン町なる二つの急な街の侘しい黄昏の中に、角にある菓子屋の店は葉巻の端のように明るかった。あるいはまた花火の尻のように、と言う方がふさわしいかもしれない。なぜなら、その光は多くの鏡に反射して、金色やはなやかな色に彩どられたお菓子の上におどっていた。この火の様な硝子に向って多くの浮浪少年等の鼻が釘づけにされるのであった。あらゆるチョコレートはチ

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見えざる力 ロンドン危機シリーズ・5

ホワイトフレッド・M

ようやくロンドン最大の問題が解決したようだ。交通の不便が解消された。もう一等乗客も、その十四倍もの三等乗客も、受難者同士、通勤に難儀しなくなった。 もはや特定の郊外に人気が集中することはなく、陸の孤島もなくなった。後者はシティー到着までロンドン・スウィンドン間の急行列車と同じくらい時間がかかる。 サービトンより通勤時間が短いという理由で、ブライトンに住む愉快

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見ものは合邦辻

折口信夫

東京劇場の七月興行のよさは「合邦辻」のよさである。これに俊徳丸を菊五郎がつきあつたら、どんなに歌舞妓復興の気運を高めることだらう。「髪結新三」は、菊五郎式の解釈は、富永町の場で急に善良な人間になつてしまふ。これではお熊が、この無頼漢に恋を感じたといふ脚本が、も一つ書かれさうである。 「かつをは半分もらつてゆく」の軽くさらふ様な味が役者にすら感じられなくなつて

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見学

正宗白鳥

「でも、あたくし幸福だと思つてゐますのよ。母が患つてからは、あたくしの家に引き取つて、出來るだけの看病をして、心殘りのないやうに息を引き取らせたんで御座いますわ。……はあ、胃潰瘍が再發したんですの。母は年齡を取つても長い間落着いてゐられる家がなくつて、苦勞してゐましたのですけど、あたしが村田の家へ嫁付いてからは、此處が一番氣兼ねがなくつていゝと云つて、不斷で

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「見ること」の意味

中井正一

「見ること」の意味 中井正一 見るということは、光の物理作用と、眼の知覚作用の総合作用だと誰でも考えているし、またそれにちがいはない。素朴的にいわば客観を主観にうつしとる作用だという考えかたである。しかし、このうつすということも、考えだせばかぎりもない複雑なことを含んでいるのである。「うつす」という言葉には大体、映す、移す、といったように、一つの場所にあるも

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見て過ぎた女

正宗白鳥

「戀とは綺麗なことを考へて汚いことを實行するものだ。」と、西洋の誰れかが云つたやうだが、若し誰れも云はなかつたとしたら、おれがさう云はうと、日比野は思つてゐた。 彼れは早熟であつたので、八九歳の頃から男女關係についてひそかに空想を描きだしてゐた。十一二歳の時分に「梅暦」を讀んだくらゐだつたから、小説の亂讀によつて色戀の情緒は早くから、發育さされた。しかし、一

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覚々斎原叟の書

北大路魯山人

これは旨い字か、拙い字か、おとなか、子どもか、手の字か、心の字か、はた人格の賜物か、それとも、学者の書か、高僧の筆か、あるいは書家の字か……。書家なら、もっと字をうまくまとめるはず、第一こんな風格の高い字は書けない。学者の字としては、並々尋常の学者では書けない自由さがある。坊さんの筆としては、いわゆる坊主臭さがない。俳人にしては、たいてい、この真面目さを見る

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覚書

水上滝太郎

覺書 水上瀧太郎 泉鏡花先生は、天賦の才能を以て、極めて特異な思想感情を、あますところなく文字に表現し盡しておかくれになつた。凡そいかなる作家と雖も、一作を成すや直に、何か表現し切れないものゝ胸に殘つてゐる、あと味の惡さに惱むのが普通だらうが、泉先生にはそれが無かつたらしい。或は、先生自身にはかゝる惱があつたかもしれないが、少なくともその作品には、さういふ痕

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覚え書

北条民雄

癩文学といふものがあるかないか私は知らぬが、しかしよしんば癩文学といふものがあるものとしても、私はそのやうなものは書きたいとは思はない。私にとつて文学はただ一つしかないものである。癩文学、肺文学、プロ文学、ブル文学など、或は行動主義、浪漫主義など、文学の名目は色々と多いやうであるが、しかし文学そのものが一つ以上あるとはどうしても思はれぬ。文学が手段化した時に

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覚海上人天狗になる事

谷崎潤一郎

○ 南勝房法語にいう、「南ガ云ハク十界ニ於テ執心ナキガ故ニ九界ノ間ニアソビアルクホドニ念々ノ改変ニ依テ依身ヲ受クル也、サヤウニナリヌレバ十界住不住自在也、………密号名字ヲ知レバ鬼畜修羅ノ棲メルモ密厳浄土也、フタリ枕ヲナラベテネタルニヒトリハ悪夢ヲ見独リハ善夢ヲ見ルガ如シ、………凡心ヲ転ズレバ業縛ノ依身即チ所依住ノ正報ノ淨土也、其ノ住処モ亦此クノ如シ、三僧祇ノ

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親という二字

太宰治

親という二字 太宰治 親という二字と無筆の親は言い。この川柳は、あわれである。 「どこへ行って、何をするにしても、親という二字だけは忘れないでくれよ。」 「チャンや。親という字は一字だよ。」 「うんまあ、仮りに一字が三字であってもさ。」 この教訓は、駄目である。 しかし私は、いま、ここで柳多留の解説を試みようとしているのではない。実は、こないだ或る無筆の親に

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