Vol. 2May 2026

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14,981종 중 12,840종 표시

リズム(詩の)に就いての再考察

桜間中庸

永い間「影のリズム」といふ言葉を私は獨り考へて來た。「影のリズム」といふ言葉は私が獨自の私の意圖する童謠の世界に雄飛させようと務めて來たものであつたが今やつとそれの一端にはつきりした認識を得ることが出來たと思ふのである。 童謠の本體について各人各樣の意見を持つてゐるが、私が現代の童謠の上に更に新しく意圖するものは自由律童謠とでもいはうか、勿論童詩といふものが

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詩想

国木田独歩

詩想 国木田独歩 丘の白雲 大空に漂う白雲の一つあり。童、丘にのぼり松の小かげに横たわりて、ひたすらこれをながめいたりしが、そのまま寝入りぬ。夢は楽しかりき。雲、童をのせて限りなき蒼空をかなたこなたに漂う意ののどけさ、童はしみじみうれしく思いぬ。童はいつしか地の上のことを忘れはてたり。めさめし時は秋の日西に傾きて丘の紅葉火のごとくかがやき、松の梢を吹くともな

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「詩歌の午後」について

岸田国士

「詩歌の午後」について 岸田國士 私が詩歌の朗読について考へはじめたのは、ずゐぶん久しい前からである。 日本人は詩歌を愛する国民として、他の如何なる国民にも劣らないのに、その詩歌の精神が、近頃どういふものか、われわれの日常生活から、われわれの協同の仕事から、そしてわれわれの公の行動から、消え失せようとしてゐる。万葉の昔から詩歌こそ、日本人の心と心とをつなぎ、

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詩と現代

中原中也

由来芸術と時代との関係は、屡々取扱はれる所ではあるけれどもその問題本来の性質のせゐか、ハツキリとした結論に到達してゐる場合は、極めて稀である。そこで私は今此の問題を全体的に扱はうとする気持をなるたけ自分から排除したいやうに思ふ。その方が却て容易に真実に近づくことが出来るやうに思へるからだ。 扨、現代が芸術にとつて、好都合な時代でないといふことは、漠然と乍ら、

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詩の精神は移動す

小川未明

物が新しくそこに生れるという事は、古い形が破壊されたということを意味するに他ならない。単に破壊というと不自然のように感ずるけれども、創造というと、人々には美わしい事実のように思われる。若しも古いものが其のまゝ形を変えたものであったなら、それは創造ではないだろう。 即ち存在の意義を別個のものとして、新しく生れるということに於て、創造は私たちに歓喜をよびおこす。

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詩の翻訳について

萩原朔太郎

詩の翻訳について 萩原朔太郎 宮森麻太郎氏の英訳した俳句は、外国で非常に好評ださうであるが、その訳詩を通じて、外国人が果して何を感銘したものか疑問である。おそらくは歌劇ミカドを見物して、日本人を理解したといふ程度であり、俳句を HAIKAI として解釈した程度であらう。多くの場合に、外国人に好評される日本の者は、真の純粋の日本ではなく、彼等のフジヤマやゲイシ

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詩と詩人

中原中也

詩といふものが、人生を打算して生きてゐる根性からは、決して生れるものではない! 一見、その根性は人をして屡々知慧ある態度を採らせるやうに見える。けれど知慧とはそんなものではない! 若しそれが知慧だとしたら、知慧とは千偏一律のもので、千偏一律な知慧なぞといふものが、考へられるか? 私もストイシズムの可なり立派な論拠を知らないものでもない。しかし遂に、ストイシズ

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詩と詩集

仲村渠

何よりも僕はその表題が好きだ。検温器と花。そつくりこの句を、この詩集のなかに挿入してもいゝ。すくなくとも駄作寡婦などを巻中においておくよりも。作者は短詩のための短詩はとらず、と云ふやうなことを巻末に書いてゐるが、この短詩は所謂寡婦の愚劣なる概念を常識を、たゞ一行に縮図したに止つてゐる。曰「暗く湿つぽい三和土の上で狆が※をした」どんな男でも寡婦と云ふと、小奇麗

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詩について語らず ――編集子への手紙――

高村光太郎

詩の講座のために詩について書いてくれというかねての依頼でしたが、今詩について一行も書けないような心的状態にあるので書かずに居たところ、編集子の一人が膝づめ談判に来られていささか閉口、なおも固辞したものの、結局その書けないといういわれを書くようにといわれてやむなく筆をとります。 ところが、書けないといういわれを書こうとするとこれが又なかなか書けません。なぜ書け

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詩諷 大江鉄麿諷射宣言

槙村浩

「われ/\は諷射しよう!」と詩人大江鉄麿は、幅広いこめかみを引きつけて吃りながら言った「保留と伏字の泥沼で、編輯者が自分で自分の評判を悪くしたとき犬の詩を書く代りに書かすことが、ジャーナリズムの紹介業者たちの仕事となっているときわれ/\がみんな真面目な吃りであることを強いられているときわれ/\は正確に、そして効果的に吃ろう! 刺すことは、敵の一卒を倒すだろう

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詩に関する話

中原中也

詩に関する話 中原中也 一、序 近頃芸術は世界全般に亙つて衰へ、その帰趨を知らない。種々なる主義傾向によつて賑はつてゐるとは云へ、各人は衰弱し、独りゐては考へ込み、人と遇つてはカラ笑ひしてゐる。私も亦同様である。然るに今日私は過去五年間の暗中模索、傷ましき躁宴の後に、聊か芸術の泉なるものが依て以て存する所以に想ひ到つた。――どうぞ愚人の囈言も偶にはよいとして

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詩集の後に

薄田泣菫

私が第一詩集暮笛集を出版したのは、明治三十二年でしたが、初めて自分の作品を世間に公表しましたのは、確か明治二十九年か三十年の春で、丁酉文社から出してゐた『新著月刊』といふ文藝雜誌に投稿したのだつたと思ひます。丁酉文社といふのは、島村抱月、後藤宙外その他二三氏の結社で、事務所は東京牛込神樂坂を少し揚塲町の方につた後藤宙外氏の家においてあつたやうに記憶して居りま

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詩集『戦争』

梶井基次郎

詩集『戰爭』 梶井基次郎 私は北川冬彦のやうに鬱然とした意志を藏してゐる藝術家を私の周圍に見たことがない。 それは彼の詩人的 career を貫いてゐる。 それはまた彼の詩の嚴然とした形式を規定してゐる。 人々は「意志」の北川冬彦を理解しなければならない。この鍵がなくては遂に彼を理解することは出來ないであらう。 彼は「短詩運動」「新散文詩運動」を勝利にまで戰

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詩集 浚渫船

中原中也

友人高森文夫の詩集、浚渫船が出た。僕が高森を知つたのは七八年前のことであるが、彼はその前から詩を書いて、日夏耿之介主宰の游牧記等に発表してゐた。僕なぞまだ何処にも発表しない頃のことだし、何れ高森の方が早く所謂詩壇に出るのであらうと思つてゐたが、游牧記の後では、石川道雄主宰の半仙戯、其の後は友野代三主宰の童説といつたあまり世間の表てに顔を出したがつてゐない雑誌

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「詩集 登高」跋

原民喜

一九四三年の秋であった。三年あまり便りのなかった長光太から葉書をもらった。葉書はつぎつぎに来るやうになった。暗いところから出された光太は、人の顔を見るたびに、しっぽを振りたくなる負け犬の気持がするといふことが書いてあった。葉書には横書の片仮名で書いた詩もあった。暗い牢獄から急に明るい海岸の砂丘におりたった人間の煮えたぎつ情感の詩であった。前から長光太は、人類

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詩集「窓」

堀辰雄

私はいま自分の前に「窓」といふ、插繪入りの、薄い、クワルト判の佛蘭西語の詩集をひろげてゐる。その表題の示すごとく、ことごとく、窓を主題にした十篇の詩を集めたもので、そのおのおのに一枚づつ插繪が入つてゐるのである。 その詩のいづれもが、とある窓の下を通りすがりにちらつと垣間見たその内側の人生だの、或はその窓のみを通してその内側の人生と持ち合つたはかない交渉だの

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いいおじいさんの話

小川未明

美しい翼がある天使が、貧しげな家の前に立って、心配そうな顔つきをして、しきりと内のようすを知ろうとしていました。 外には寒い風が吹いています。星がきらきらと枯れた林のいただきに輝いて、あたりは一面に真っ白に霜が降りていました。天使は見るもいたいたしげに、素跣で霜柱を踏んでいたのであります。 天使は自分の身の寒いことなどは忘れて、ただこの貧しげな家のようすがど

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なまずとあざみの話

小川未明

春の川は、ゆるやかに流れていました。その面に、日の光はあたって、深く、なみなみとあふれるばかりの、水の世界が、うす青くすきとおって見えるように思われました。 この不思議な殿堂の内には、いろいろの魚たちが、おもしろおかしく、ちょうど人間が地の上で生活するときのように、棲息していたのであります。なかでも、小さな子供たちは、毎日群れをなして、水面へ浮かび、太陽の照

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ねずみとバケツの話

小川未明

町裏を小さな川が流れていました。川というよりは、溝といったほうがあたっているかもしれません。家々で流した水が集まって、一筋の流れをなしているのでありました。 ねずみは、その流れの岸に穴を掘って、もう長い間、そのところにすんでいました。ほかのねずみたちが、みんな家々の天じょう裏や、縁の下などに巣を造っているのに、このねずみばかりは、こうして、外のこんなむさくる

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おけらになった話

小川未明

あるところに、あまり性質のよくない男が住んでいました。この男は平気で、うそをつきました。また、どうしてもそれがほしいと思えば他人のものでも、だまってそれを持って帰りました。 こういう人間をば、世間は、いつまでも知らぬ顔をしておきませんでした。みんなは、だんだんその男をきらいました。その男と交際することを避けました。けれど、そんなことで、この男は、反省するよう

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わかりきった話

国枝史郎

探偵小説が一時より衰えたことは争われない。 雑誌が少くなった。大衆雑誌へもあまり探偵小説を掲載しなくなった。新聞へはほとんど全く探偵小説をのせなくなった。単行本も出さなくなった。 × 何故衰えたか? わかりきった話だ。 作が面白くなく、読者大衆が支持しなくなったからだ。 × 何故探偵小説が面白くなくなったか? わかりきった話だ。 既成作家がロクな作を書かず、

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ヒノエウマの話

坂口安吾

ヒノエウマの話 坂口安吾 私の本名は炳五(ヘイゴ)という。男兄弟の五人目だから五の字がついてるが、炳はアキラカというような意味のほかにこれ一字でヒノエウマを表している字でもある。また、ヘイゴという音はヒノエウマの丙午に通じてもおって、ヒノエウマづくしのような名前だ。戸籍の半分を名前が表してるから便利でもあるが、齢がごまかせないような不便もある。甚だしく手のこ

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おじさんの話

小山清

昭和二十年の三月上旬に、B29が東京の下町を襲撃した際に、私は一人の年寄と連れ立って逃げた。その年寄のことを、なが年私はおじさんと呼んでいる。おじさんはそのとき、折りわるく持病の神経痛が出て跛をひいていたので、私は手を引いて逃げたのである。二人ともに身一つで逃げた。おじさんはいちど私のことをいのちの恩人だと云ったことがあるが、そんなに感謝される謂はなにもない

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