Vol. 2May 2026

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誰が何故彼を殺したか

平林初之輔

下田の細君が台所の戸を開けたときは、まだ夜があけてまもない時刻だった。 その朝は、東京に気象台はじまって以来の寒さだったことが、その日の夕刊で、藤原博士の談として報じられた程で、まるで雪のようなひどい霜だった。地べたは硝子をはりつめたように凍てついていた。 彼女は左手にばけつをさげ、右手に湯気のもやもやたちのぼる薬缶をさげて井戸端へいった。井戸というのは、下

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誰が・何時・何処で・何をした

竹久夢二

誰が・何時・何処で・何をした 竹久夢二 二人の小さな中学生が、お茶の水橋の欄干にもたれて、じっと水を見ていました。 「君、この水はどこへ往くんだろうね」 「海さ」 「そりゃ知ってるよ。だけど何川の支流とか、上流とか言うじゃないか」 「これは、神田川にして、隅田川に合して海に入るさ。」 「そう言えば、今頃は地理の時間だぜ、カイゼルが得意になって海洋奇談をやって

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誰も知らぬ

太宰治

誰も知らぬ 太宰治 誰も知ってはいないのですが、――と四十一歳の安井夫人は少し笑って物語る。――可笑しなことがございました。私が二十三歳の春のことでありますから、もう、かれこれ二十年も昔の話でございます。大震災のちょっと前のことでございました。あの頃も、今も、牛込のこの辺は、あまり変って居りませぬ。おもて通りが少し広くなって、私の家の庭も半分ほど削り取られて

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誰が罪

清水紫琴

誰が罪 清水紫琴 その一 『監獄といへばあたまから、善人の行くべき処でないと思ふ人が多い。なるほどそれは国事犯者の少数と、ある一二の項目に触れて禁錮された、人々とを除いたならば、まるつきり、純潔無垢なるものの、行くべき処でないには相違ない。さらば青天白日とかいふ、監獄の外に居るものは、既往と将来とは知らず、現在では、純潔無垢なものばかりかといふに、なかなかさ

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調帯

野村吉哉

ぶんぶんすばらしくうなりながら 私の目の前にいつでもいつでもあらわれてくる調帯 うとうととまどろみかけた頭のなかに すぐぶんぶんとひびきながら 私の身体のところどころをへし折りはねとばし すばらしい勢いで回転している調帯の幻影 いつでもいつでも 夜でも昼でも私は調帯にせめられている まっくらがりのなかで ぶんぶんうなりながら回転している調帯! 手を折られ足を

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調査機関

中井正一

調査機関 中井正一 1 西洋の近代文明の特徴の一つは、科学的・実証的精神である。この精神によって人間は解放せられ、民主的社会が形成せられ、産業技術が発展したのである。近世以前には東洋は西洋よりもむしろ高い文明をもっていたのであるが、近世において急速にたちおくれてしまった。その根本的原因は科学的・実証的精神の未発達に求められるであろう。 西洋においても、産業革

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談片

田山花袋

さうですね、避暑についての話と言つても、別に面白いこともありませんね。まア暑さを避けるのなら、何と言つても、標高の大きい山岳地方に行くに限ると思ひますね。千米突以上の山の上にゐれば、いつだつて暑いなんていふ気はしませんからね。 しかし、余り世離れては、避暑といふ目的に副はなくなるかも知れませんね。矢張、都会の人達が大勢行くやうなところでなくては面白くないんで

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かげろふ談義 ――菱山修三へ――

坂口安吾

二ヶ月ばかりお目にかかりませんが、御元気のことは、時々人づてにきいてゐました。さて、僕は今日、人々は笑ふばかりで、とりあつてくれさうもないことに就いてお喋りしたくなりましたので、君にあてて話しかける必要にせまられました。 東路の道のはてよりも、なほ奥つかたに生ひ出でたる人、いかばかりかはあやしかりけむを、いかに思ひ始めけることにか、世の中に物語といふもののあ

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諏訪湖畔冬の生活

島木赤彦

諏訪湖畔冬の生活 島木赤彦 富士火山脈が信濃に入つて、八ヶ岳となり、蓼科山となり、霧ヶ峰となり、その末端が大小の丘陵となつて諏訪湖へ落ちる。その傾斜の最も低い所に私の村落がある。傾斜地であるから、家々石垣を築き、僅かに地を平らして宅地とする。最高所の家は丘陵の上にあり、最底所の家は湖水に沿ひ、其の間の勾配に、百戸足らずの民家が散在してゐるのである。家は茅葺か

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論理と直観

三木清

論理と直觀 三木清 我々が物に行くのは直觀によつてである。これは如何なる物であらうとさうである。ただ物に行くといふのみではない、直觀によつて我々は物の中に入り、物と一つになるとさへいはれるであらう。故に知識といふものが元來何等かの物の知識である限り、如何なる知識も直觀に依るところがなければならぬ。直觀のない思惟は、如何に形式を整へるにしても、空轉するのほかな

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ヤミ論語

坂口安吾

ヤミ論語 坂口安吾 世は道化芝居 自宅へ強盗を手引きした青年があったと思うと、人数も同じ四人組で自宅で強盗した絹香さんという二十一の娘が現れた。 トリスタン・ベルナールの作品だかに、知らないウチは勝手が分らぬ、それに見つかった時、変テコリンで困らア、というので知人のウチへ稼ぎにはいるマヌケな素人泥棒の道化芝居があった。 これも一つの心理であろう。知らないウチ

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論語とバイブル

正宗白鳥

吾人はアレキサンダー、シーザー、ナポレオンなど所謂英雄なる者の社会に存在したことを喜ばぬと共に、基督、釈迦、孔子など所謂聖人なる者の出現を謳歌せぬのである。世の識者という中には、武人的英雄物質的英雄の人世に不幸を増したことを認めながら、一方に聖人が人間を救済し、現世に幸福を下した如く考える者もあるが、彼等は果して赤裸々の個人として見て、それ程の人物であったか

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諜報部秘話 01 第1話 女の知恵

ホワイトフレッド・M

「獄悶絶死、獄悶絶死、獄悶絶死、獄悶絶死、新郎新婦、新郎新婦、獄悶絶死、獄悶絶死、獄悶絶死、獄悶絶死、新郎新婦、新郎新婦」 こんな狂気の繰り言がニュートン・ムーアの脳にこびりついたのはガタゴト突っ走る長距離鉄道のせい。鮮やかな金色と深紅の列車が蒸気に包まれ、白銀のレールをゴーッと走る――火の鉄路、人はこれを南東欧州急行と呼ぶ。 巨大な二連エンジンの音が、こう

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諜報部秘話 02 第2話 マザロフ銃

ホワイトフレッド・M

ニュートン・ムーアが暗号電報で陸軍省に駆けつけた。迅速が契約の必須条件だった。ジョージ・モーリイ卿が直ちに本題入り。 「君にピッタリの案件だ。マザロフ銃は聞いたことがないだろう?」 ムーアは知らないと認めた。何かの新型で、その必殺武器に良くないことが起こったのでしょうか、と応じた。 ジョージ卿が説明、 「その通り。君の仕事は回収だ。若い優秀なロシア人が発明し

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諜報部秘話 03 第3話 急行列車

ホワイトフレッド・M

黄色い霧がグラスゴー地域の一部にかかった。悪臭がニュートン・ムーアの鼻孔にツーン、喉を刺激し、周りを包み、得も言われぬほど不快だ。衣服は湿気でよれよれ。 ムーアは壁に寄りかかって面割り中。同じ姿勢で名うての諜報部員ムーアが粘ってるのは夜のとばりが降りてからずっとだ。口元の煙草は吸いつくし、マッチもなくなった。 こうして震えながら立ちんぼうで何時間も待っている

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諜報部秘話 04 第4話 アルメディ採掘権

ホワイトフレッド・M

「チャールズ卿、ひどい事件ですね。必ず対処します」 とニュートン・ムーアが答えた。 チャールズ・モーリィ卿がニヤリ。外務省の大御所チャールズ・モーリィ卿が全幅の信頼を寄せているのが、この有名なムーア諜報部員、その手法を高く評価している。 「常識外れの事件だから、要点を教えておこう」 面白い話をチャールズ卿がする羽目になった。 インド国境の北西に広大な山岳地帯

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諜報部秘話 05 第5話 盤上の手合い

ホワイトフレッド・M

ニュートン・ムーアが緊張して指でまさぐった一片の艶紙は自分のパスポート、拝謁するのはほかでもない首相本人である。 仏頂面の名誉次官がムーアに用件を尋ねるさまは、これ以上の慇懃無礼ができるかというほどだ。 諜報部員のムーアが名刺を渡して待った。名刺はウェスタハウス卿のもの、鉛筆で「持参人面会許可」と書かれている。 仏頂面が高慢ちきに笑った。すぐにムーアは首相の

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諜報部秘話 06 第6話 三人組

ホワイトフレッド・M

有名な諜報員ニュートン・ムーアがうきうき気分で早々と朝食に降りてきた。今日の休日計画は決して悪くない。さらに今回の朝食だけはハラハラせず食べられる。 ふと頭の中で思い描いた光景は、クロベリへ通じるホビイ・ドライブ道やら、柔らかいピリッとくる海老やら、ニュー・イン宿の壁にかかる食器の青光りやら……。 任務上、毎日ざっと目を通すのが、警視庁から送ってくる殴り書き

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諦らめアネゴ

坂口安吾

諦らめアネゴ 坂口安吾 岡本綺堂「相馬の金さん」僕はこの有名な舞台を見たことがなく、読んだのだけれども、一場面が記憶に残つてゐる。芝居の一番終りのところで、金さんが上野の戦争に参加して刀をふりまはしたけれども一向に効なく敗戦、金さんは山から逃げだしてくる。金さんの恋人に常盤津だか何かの師匠があつて、金さんの身の上を心配して戦場の近くまで探しにくると、落ちてく

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諦めている子供たち

坂口安吾

諦めている子供たち 坂口安吾 雪の晩げに道を歩くと雪ジョロがでるすけオッカネぞとおらとこのオトトもオカカもオラたちに云うてオッカナがらすろも、オラそんげのこと信用しねわい。そらろもオレもオッキなってガキどもができると、そんげのこと云うてオッカナがらすかも知れねな。人間てがんはショウがねもんだて。そらすけオラいまから諦めてるて。 雪の夜道を歩くと雪女郎がでるか

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諷刺大学生

小熊秀雄

ある夜一人の見も知らぬ学生が訪ねて来た、 洋服の袖口のところが破れてゐて 小さな穴から下着の縞模様をのぞかせてゐた、 学生は――諷刺文学万歳!と叫んで そして私に握手を求めた ――曙ですよ、 あなたのお仕事の性質は、 日本に諷刺文学が とにかく真実に起つたといふことは 決定的に我々の勝です、 彼はかう言つて沈黙した、 ところで我々はそれから、 ぺちやくちやし

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諸君の位置

太宰治

世の中の、どこに立つて居るのか、どこに腰掛けて居るのか、甚だ曖昧なので、學生たちは困つて居る。世の中のことは何も知らぬふりして無邪氣をよそほひ、常に父兄たちに甘えて居ればいいのか。又は、それこそ、「社會の一員」として、仔細らしい顏をし、世間の大人の口吻を猿眞似して、大人の生活の要らざる手助けに努めるのがいいのか。いづれにしても不自然で、くすぐつたく、落ちつか

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諸家の芸術価値理論の批判

平林初之輔

諸家の芸術価値理論の批判 平林初之輔 はしがき 私が「新潮」三月号に発表した「政治的価値と芸術的価値」は、私の頭に疑問として残されてゐた一つの問題を、雑然と、無秩序に、しかも甚だ例証的に、従つて、非常に単純化された姿に於いて、そして何よりも率直に、表白して、私自身その問題に対する一つのサジエツシヨンを試みつゝ、大方の示教を乞ふために書かれたものであつた。 多

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