Vol. 2May 2026

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14,981종 중 13,008종 표시

貧乏

幸田露伴

「アア詰らねえ、こう何もかもぐりはまになった日にゃあ、おれほどのものでもどうもならねえッ。いめえましい、酒でも喫ってやれか。オイ、おとま、一升ばかり取って来な。コウ、もう煮奴も悪くねえ時候だ、刷毛ついでに豆腐でもたんと買え、田圃の朝というつもりで堪忍をしておいてやらあ。ナンデエ、そんな面あすることはねえ、女ッ振が下がらあな。 「おふざけでないよ、寝ているかと

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貧乏一期、二期、三期 わが落魄の記

直木三十五

第一期 僕は、僕の母の胎内にゐるとき、お臍の穴から、僕の生れる家の中を、覗いてみて、 「こいつは、いけねえ」 と、思つた。頭の禿げかゝつた親爺と、それに相当した婆とが、薄暗くつて、小汚く、恐ろしく小さい家の中に、坐つてゐるのである。だが、神様から、こゝへ生れて出ろと、云はれたのだから、 「仕方がねえや」 と、覚悟をしたが、その時から、貧乏には慣れてゐる。 僕

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貧乏な少年の話

新美南吉

六年生の加藤大作君が、人通りのない道を歩いてくると、キャラメルの箱が一つ落ちていた。 「あれ、キャラメ……」 大作君はかがんでそれをひろおうとした。しかし急にある考えがうかんで、ひろうのをやめた。人に空箱をひろわせてはずかしい思いをさせようという、だれかの意地わるないたずらかも知れない。どこかにかくれてみていて、それを大作君がひろうととたんに「わアい、いいも

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貧乏神物語

田中貢太郎

貧乏神物語 貧乏神物語 田中貢太郎 縁起でもない話だが、馬琴の随筆の中にあったのを、数年前から見つけてあったので、ここでそれを云ってみる。考証好きの馬琴は、その短い随筆の中でも、唐山には窮鬼と書くの、蘇東坡に送窮の詩があるの、また、窮鬼を耗とも青とも云うの、玄宗の夢にあらわれた鍾馗の劈(さ)いて啖(くら)った鬼は、その耗であるのと例の考証をやってから、その筆

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貧乏線に終始して

小川未明

今も尚お、その境地から脱しないでいる私にあっては、『貧乏時代』と、言って、回顧する程のゆとりを心の上にも、また、実際の上にも持たないのでありますが、これまでに経験したことの中で、思い出さるゝ二三の場合について、記して見ます。 何と言っても、はじめて、作家に志してから、苦しんだことは、独自の境地を行こうとする努力と、その作品を直に金に換えなければ、衣食すること

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貧富幸不幸

幸田露伴

もしそれ真の意味に於て言を為せば、貧と富とは幸福と不幸福とに対して相即くところは無い。貧でも幸福であり得、また不幸福であり得、富でも不幸福で有り得、また幸福で有り得るからで有る。しかし世上普通の立場に於て言を為せば、貧ということは不幸福を意味し、富ということは幸福を意味することになって、貧富は幸不幸に相即くものとなって居る。貧は不自由と少能力との体であり、富

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貧しき文学的経験(文壇へ出るまで)

牧野信一

大正八年の秋頃、今実業之日本社に居る、たしか浅原六朗君から、今度、今年学校を出た連中のうちで、同人雑誌を発行することに決つたから、君も加はらないか、と誘はれた。下村と君しか僕は知らないんだから変だな、と私はたしか言つたのである。まつたく私は早稲田時分その二人しか自分のクラスでは話した者はなかつたのだ。それも、私は何時も後の方の席に坐つて居て、彼等も多分その近

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貧しき日録

牧野信一

こゝは首都の郊外である。 タキノが、突然――(といふのはタキノ自身にとつて、そして一年程前に、これも突然主人を亡くして、こゝから二十里あまり離れてゐる海辺の寒村に彼のたつたひとりの小さな弟と二人で佗しく暮してゐたタキノの母親にとつての副詞に過ぎないことを断つて置かう。彼女は、その長男であるタキノの帰郷を予期してゐたのだ。タキノ自身も、こゝに移る二日前までは、

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貧書生

内田魯庵

貧書生 内田魯庵 「やい亀井、何しおる? 何ぢや、懸賞小説ぢや――ふッふッ、」と宛も馬鹿にしたやうに冷笑つたはズングリと肥つた二十四五の鬚々の書生で、垢染みて膩光りのする綿の喰出した褞袍に纏まつてゴロリと肱枕をしつゝ、板のやうな掛蒲団を袷の上に被つて禿筆を噛みつゝ原稿紙に対ふ日に焼けて銅色をしたる頬の痩れて顴骨の高く現れた神経質らしい仝じ年輩の男を冷やかに見

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貧を記す

堺利彦

貧を記す 堺利彦 月曜付録に文を投ぜんの約あり。期に至りて文を得ず、しかれども約は果たさざるべからず。すなわちわが日記をくり返して材を求む。材なし。やむことをえずしてここにわが貧を記す。もとより日記の文をそのままに摘録せるなり。我と共に貧なる者は世に貧同人のあることを知れ。富貴なる者は単にわがごとき貧者のこの世に存在することを知れ。 新居 三月二六日、有楽町

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貧農のうたえる詩

長沢佑

春―― 三月―― 薄氷をくだいて おらあ田んぼを打った めっぽー冷こい水だ 足が紫色に死んで居やがる 今日は初田打 晩には一杯飲めるべーと気付いたので おらあ勇気を出した ベッー 手に唾をひっかけて鍬の柄をにぎった だがやっぱりだめ 手がかじかんで動かない ちきしょう おらあやっぱり小作人なんだ それから夏が来た 煮えかかるような田の中で 俺達は除草機の役を

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貨幣

太宰治

異国語においては、名詞にそれぞれ男女の性別あり。 然して、貨幣を女性名詞とす。 私は、七七八五一号の百円紙幣です。あなたの財布の中の百円紙幣をちょっと調べてみて下さいまし。あるいは私はその中に、はいっているかも知れません。もう私は、くたくたに疲れて、自分がいま誰の懐の中にいるのやら、あるいは屑籠の中にでもほうり込まれているのやら、さっぱり見当も附かなくなりま

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貪婪禍

太宰治

七月三日から南伊豆の或る山村に來てゐるのだが、勿論ここは、深山幽谷でも何でもない。温泉が湧き出てゐるといふだけで、他には何のとるところも無い。東京と同じくらゐに暑い。宿の女中も、不親切だ。部屋は汚く食事もまづい。なぜこんな所を選んだのかと言へば、宿泊料が安いだらうと思つたからである。けれども、來て見ると、あまり安くもない。一泊五圓以上だ。一日の豫定の勉強が濟

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貴種誕生と産湯の信仰と

折口信夫

貴種誕生と産湯の信仰と 折口信夫 一 貴人の御出生といふ事について述べる前に、貴人の誕生、即「みあれ」といふ語の持つ意味から、先づ考へ直して見たいと思ふ。 私は、まづ今日の宮廷の行事の、固定した以前の形を考へさせて貰はうと思ふ。有職故実の学者たちの標準は、主として、平安朝以来即、儒風・方術の影響を受けた後の様式にある様である。尤、此期に入つて、記録類が殖えて

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買出し

永井荷風

船橋と野田との間を往復している総武鉄道の支線電車は、米や薩摩芋の買出をする人より外にはあまり乗るものがないので、誰言うとなく買出電車と呼ばれている。車は大抵二、三輛つながれているが、窓には一枚の硝子もなく出入口の戸には古板が打付けてあるばかりなので、朽廃した貨車のようにも見られる。板張の腰掛もあたり前の身なりをしていては腰のかけようもないほど壊れたり汚れたり

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買出し

永井荷風

船橋と野田との間を往復してゐる総武鉄道の支線電車は、米や薩摩芋の買出しをする人より外にはあまり乗るものがないので、誰言ふとなく買出電車と呼ばれてゐる。車は大抵二三輛つながれてゐるが、窓には一枚の硝子もなく出入口の戸には古板が打付けてあるばかりなので、朽廃した貨車のやうにも見られる。板張の腰掛もあたり前の身なりをしてゐては腰のかけやうもないほど壊れたり汚れたり

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買ひものをする女

三宅やす子

買ひものをする女 三宅やす子 買ひものといふ事は、女性とは大変に密接な関係があるやうである。買ひものをする女の心持や態度は、千種万様である。 娘の頃は学用品や身の廻りの一寸した買物、女学校でも卒業すると、反物の選び方に腐心するやうになるが、家庭にはいつて、買物の範囲はグツとひろめられて来る。 新家庭時代、少くともそれから暫くの間は八百屋、魚屋、それから醤油は

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買食ひ

片山広子

むかし私がまだむすめ時代には、家々の奥さんたちが近所の若い主婦やおよめさんの悪口をいふとき、あの人は買食ひが好きですつてね、毎日のやうに買食ひをしてゐるんですつて! といふやうなことを言つて、それが女性の最大の悪徳のやうであつた。それが美徳でないことは確かであるが、それでは買はないであまい物は何が食べられたかといふと、到来物の羊かんの古くかたくなつたのとか、

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貸借

柴田宵曲

如何なる富豪が、どれだけの金を費したにしても、自分の欲しい書物を悉く所有することは出来ない。資力に恵まれぬのを原則とする一般の読書子に在つては猶更の話である。書物の貸借は必然の結果として生ずる。それに伴つて又いろ/\な問題も起つて来る。 藤原惺窩の時代は兵戈戦乱が全くをさまらず、学を講ずる者も乏しかつたが、書物の入手も至つて困難であつた。「十八史略」を角倉与

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貸家探し

林芙美子

貸家探し 林芙美子 山崎朝雲と云うひとの家の横から動坂の方へぽつぽつ降りると、福沢一郎氏のアトリエの屋根が見える。火事でもあったのか、とある小さな路地の中に、一軒ほど丸焼けのまま柱だけつっ立っている家のそばに、サルビヤが真盛りの貸家が眼についた。玄関が二つあるけれども、がたがたに古い家で、雨戸が水を吸ったように湿っていた。ビール瓶で花園をかこってあるが、花園

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貸家を探す話

高田保

貸家を探す話 高田保 私はいま伊豆の温泉宿にゐて、のんびりした恰好で海を眺めてゐる。だが人間を恰好だけで判断するわけにはいかない。この私も実はのんびりどころか、屈托だらけなのである。海を眺めてゐるのは恰好だけで、私の眼は貸家札を探してゐるのである。 今朝の都新聞を見ると、『読者と記者』といふ欄に、「この一月以来私は貸家探しをしてやつと見つかり五ヶ月ぶりにホッ

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貸間を探がしたとき

小川未明

春の長閑な日で、垣根の内には梅が咲いていた。私は、その日も学校から帰ると貸間を探がしに出かけた。 その日は、小石川の台町のあたりを探がして歩るいた。坂を登って、細い路次にはいって行った。赤い煉瓦塀についたり、壊れかけた竹垣に添ったりして、右を見、左を見たりして行くと、ふと左側のすぐ道ばたの二階家に、「貸間あり」の紙札が下っていた。 私は、先ず外から立ってその

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賈后と小吏

田中貢太郎

賈后と小吏 田中貢太郎 盗尉部の小吏に美貌の青年があった。盗尉部の小吏といえば今なら警視庁の巡査か雇員というところだろう。そして、その青年は厮役の賤を給し升斗の糧を謀ったというから、使丁か雑役夫位の給料をもらって、やっと生活していたものと見える。 その美貌の青年が某日、晋の都となっている洛陽の郊外を歩いていた。上官の命令で巡回していたか、それとも金の工面に往

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