趣味の遺伝
夏目漱石
趣味の遺伝 夏目漱石 一 陽気のせいで神も気違になる。「人を屠りて餓えたる犬を救え」と雲の裡より叫ぶ声が、逆しまに日本海を撼かして満洲の果まで響き渡った時、日人と露人ははっと応えて百里に余る一大屠場を朔北の野に開いた。すると渺々たる平原の尽くる下より、眼にあまる狗の群が、腥き風を横に截り縦に裂いて、四つ足の銃丸を一度に打ち出したように飛んで来た。狂える神が小
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夏目漱石
趣味の遺伝 夏目漱石 一 陽気のせいで神も気違になる。「人を屠りて餓えたる犬を救え」と雲の裡より叫ぶ声が、逆しまに日本海を撼かして満洲の果まで響き渡った時、日人と露人ははっと応えて百里に余る一大屠場を朔北の野に開いた。すると渺々たる平原の尽くる下より、眼にあまる狗の群が、腥き風を横に截り縦に裂いて、四つ足の銃丸を一度に打ち出したように飛んで来た。狂える神が小
牧野信一
或日、趣味に関して人に問はれた。 稍暫く私は、堅く首を傾けて忠実に沈思した――結局、酒なのか? と訊ねられた。それも私は、烏耶無耶に、否定するほどの気力もなく、何となくかぶりを振るだけのことだつた。私は困つて、私のこの殺風景な居室を見ながら、どうして貴君はそのやうな質問を、然も熱心に訊ねる気になつたのですか? と云はずには居られなかつた。客は、それが今日の自
豊島与志雄
足 豊島与志雄 寝台車に一通り荷物の仕末をして、私は食堂車にはいっていった。暑くてとても眠れそうになかったので、ビールの助けをかりるつもりだった。ビールを飲めば、後で却って暑くなることは分っていたが、どうせ暑いんだから、多少酔った方がごまかしがつく……とそう考えたのだった。 食堂の中はこんではいなかったが、それでも五六人の客が、方々の卓子で、酒を飲んだり料理
萩原朔太郎
僕は日本の英雄中では、足利尊氏が最も偉大な人物だと思つて居る。但し此所で偉大といふ意味は、必しも英雄としての偉大さを言ふのではない。英雄としての價値要素は、武將プラス政治家の綜合天才であるけれども、尊氏は武將として、それほど大した軍略家でなく、いつも大軍を擁して戰ひながら、概ね負けてばかり居るし、政治家としての手腕も、家康や秀吉に遠く及ばない。英雄としての尊
原勝郎
足利時代を論ず 原勝郎 足利時代が多くの歴史家からして極めて冷淡な待遇を受け、單に王室の式微なりし時代、將た倫常壞頽の時代とのみ目せられて、甚無造作に片付けられて居つたのは、由來久いことである。されば若し此時代に特有なる出來事として、後世の研究者の注意を惹いたものがあるとすれば、それは書畫、茶湯、活花、又は連歌、能樂等に關係した方面に興味を持つた場合であるの
坂口安吾
足のない男と首のない男 坂口安吾 昔々、さるところに奇妙な病院ができた。熱療法と称するので、淋病の患者などが通ふ。すると、タンクの中へ人間を投げこみ、首だけだして全身を蒸すのださうだが、中村地平の弟子の日大の芸術科の生徒がこゝへ駈けつけてタンクの中へねかされて、ものゝ五分も蒸されると悲鳴をあげて、死んでしまふから出してくれ、今でると治らないよ、治らなくとも死
嘉村礒多
足相撲 嘉村礒多 S社の入口の扉を押して私は往來へ出た。狹い路地に入ると一寸佇んで、蝦蟇口の緩んだ口金を齒で締め合せた。心まちにしてゐた三宿のZ・K氏の口述になる小説『狂醉者の遺言』の筆記料を私は貰つたのだ。本來なら直に本郷の崖下の家に歸つて、前々からの約束である私の女にセルを買つてやるのが人情であつたがしかし最近或事件で女の仕草をひどく腹に据ゑかねてゐた私
島崎藤村
足袋 島崎藤村 「比佐さんも好いけれど、アスが太過ぎる……」 仙台名影町の吉田屋という旅人宿兼下宿の奥二階で、そこからある学校へ通っている年の若い教師の客をつかまえて、頬辺の紅い宿の娘がそんなことを言って笑った。シとスと取違えた訛のある仙台弁で。 この田舎娘の調戯半分に言ったことは比佐を喫驚させた。彼は自分の足に気がついた……堅く飛出した「つとわら」の肉に気
牧野信一
僕は、これで、白足袋といふものは、未だ嘗てはいたことはないんだぜ――。 久保田氏は、往来に出ると、さういふ意味のことを、もつと歯切れのいゝ言葉で、だがいかにも何らかの弁明らしくティミッドな調子で、突然ポンと云つた。さう云はれたので初めて私が久保田氏の足もとに眼を注ぐと、そこにはちやんと雪白の足袋を着用した足が性急に運ばれてゐるのである。私はもう少しで「ぢや、
蔵原伸二郎
ずつと昔のこと 一匹の狐が河岸の粘土層を走つていつた それから 何万年かたつたあとに その粘土層が化石となつて足跡が残つた その足跡を見ると、むかし狐が何を考えて 走つていつたのかがわかる ●図書カード
梶井基次郎
自分がその道を見つけたのは卯の花の咲く時分であった。 Eの停留所からでも帰ることができる。しかもM停留所からの距離とさして違わないという発見は大層自分を喜ばせた。変化を喜ぶ心と、も一つは友人の許へ行くのにMからだと大変大廻りになる電車が、Eからだと比較にならないほど近かったからだった。ある日の帰途気まぐれに自分はEで電車を降り、あらましの見当と思う方角へ歩い
田山花袋
春の休みに故郷に帰つて来てゐる大学生のNのゐる室は、母屋からはずつと離れたところにあつた。かれはそこで毎朝早く眼覚めた。野には雲雀が揚つてゐる。茫つとあたりは霞んでゐる。隣の垣の花が朝日の光のまだ当らない空に模様か何ぞのやうになつて見えてゐる。小径の草には露がしとゞに置きあまつた。 かれはいつもきまつてその小径を通つて、裏門のかき金を外して野の方へと出て行つ
寺田寅彦
路傍の草 寺田寅彦 一 車上 「三上」という言葉がある。枕上鞍上厠上合わせて三上の意だという。「いい考えを発酵させるに適した三つの環境」を対立させたものとも解釈される。なかなかうまい事を言ったものだと思う。しかしこれは昔のシナ人かよほど暇人でないと、現代では言葉どおりには適用し難い。 三上の三上たるゆえんを考えてみる。まずこの三つの境地はいずれも肉体的には不
島崎藤村
学校の往還に――すべての物が白雪に掩はれて居る中で――日の映つた石垣の間などに春待顔な雑草を見つけることは、私の楽しみに成つて来た。長い間の冬籠りだ。せめて路傍の草に親しむ。 南向きもしくは西向きの桑畠の間を通ると、あの葉の緑だけ紫色な「かなむぐら」がよく顔を出して居る。「車花」ともいふ。あの車の形した草が生えて居るやうな、土手の雪間には、必つと「青はこべ」
永井荷風
路地 永井荷風 鉄橋と渡船との比較からこゝに思起されるのは立派な表通の街路に対して其の間々に隠れてゐる路地の興味である。擬造西洋館の商店並び立つ表通は丁度電車の往来する鉄橋の趣に等しい。それに反して日陰の薄暗い路地は恰も渡船の物哀にして情味の深きに似てゐる。式亭三馬が戯作浮世床の挿絵に歌川国直が路地口のさまを描いた図がある。歌川豊国はその時代(享和二年)のあ
今野大力
生と死の路は今自分の行手にあり自分はこの全き方向のちがった路の何れを歩んでいるかを知らない歩む路は一すじただこの一すじが生命の歓喜へ向っているかまた永遠の死へ辿っているか自分にも解き得ざる謎謎の日は今、日毎つづきつつある だが博士は言った「半年か一年か保証は出来ないがね」ここで自分の歩む路は死だと予断されているも一人の博士はただ眉をひそめて「生死の問題よりも
ドイルアーサー・コナン
ホームズは黙り込んだまま、その細く長い身体を猫背にして、何時間も化学実験室に向かっていた。何かひどくいやな臭いのするものを生成しているのだ――深々とうつむくその様が、私には、ひょろ長い怪鳥に見えた。くすんだ灰色の毛と、黒い鶏冠を持った怪鳥―― 「だからワトソン――」とホームズが突然口を開く。「君は、南アフリカの証券への投資を思いとどまった。」 私は驚きのあま
谷譲次
SAYONARA がたん! ――という一つの運命的な衝動を私たちの神経につたえて、午後九時十五分東京駅発下関行急行は、欧亜連絡の国際列車だけに、ちょいと気取った威厳と荘重のうちにその車輪の廻転を開始した。 多くの出発と別離がそうであるように、じつに劇的な瞬間が私たちのうえに落ちる。 まず、車窓のそとに折り重なる人の顔が一つひとつ大きな口に変って、それら無数の
谷譲次
窓 私たちの部屋には、四角な枠に仕切られた二枚の淡色街上風景が、まるで美術館の絵のようにならんで壁にひらいている。くる日も来る日も鉛いろの雨に降りこめられている私達に、かろうじて外部の世界との交渉が許されるのは、いま言ったふたつの窓硝子をとおして町に移る陰影のうごきを眺める場合だけだ。窓は家の眼だという。が、この窓はただちに私たちの眼でもあった。私と彼女は、
谷譲次
『ミスタ・ウザエモン・イチムラ――有名な日本の俳優がここに泊っているはずですが、いまいらっしゃいましょうか?』 あちこち動きまわっている番頭たちのなかから、やっとのことでひとりの注意を捉え得た私は、せいの高い帳場の台ごしに上半身を乗り出して、「有名な」に力を入れてどなるようにこう訊いた。 相手の番頭というのは、縞ずぼんに黒の背広を着た、いかにも英吉利のホテル
谷譲次
とりっぷ・あ・ら・もうど BUMP! ロンドン巴里間航空旅行。 一九二八年――A・D――七月はじめ、それこそどしんと押し寄せてきた暑さの波に揉まれて、山高帽と皮手袋と円踵の女靴と、石炭とキドニイ・パイと――つまり老ろんどんそれじしんが、影のない樹立ちも、ほこりの白い街路も、商店の軒覆の下をつたわっていく大男の巡査も、みんな一ようにまっくろなはんけちで真黒な汗
谷譲次
秋の静物 旅は、この散文的な近代にのこされたただひとつの魔法だ。 ある日、まったく系統のちがった一社会に自分じしんを発見する。その異国的な、あまりに異国的な、ときとして all-at-sea の新環境を呼吸するにいそがしいうちに、調べ革のように自働的に周囲がうごいて、またまたほかの不思議な現象と驚異と感激と恍惚が私たちのまえにある。 たとえばこの朝、鉛いろの
谷譲次
1 『馬耳塞からでも逃げて来たかね?』 『はあ。マルセイユから逃げてきました。』 『船は辛いだろうな。なに丸かね?』 『日本船じゃありません。英吉利です。』 『英船か。食いものが非道えからね。』 『食い物がひでえです。』 『しかしお前、そんなことを言って巴里へ潜り込んでどうする? 領事館へ泣きついて、移民送還ででも帰るか。こいつも気が利かねえな。』 『そいつ
谷譲次
1 燃え立つ太陽・燃え立つ植物・燃え立つ眼・燃え立つ呼吸――何もかもが燃え立っているTHIS VERY SPAIN! そして、この闘牛場。 AH! SI! 何という職烈・何という強調楽・何という極彩色! ふたたび、何という炸裂的な「いすばにあ人屠牛之古図」! それがいま、私の全視野に跳躍しているのだ! 燃える流血・燃える発汗・燃える頬・燃える旗――わあっ!