酔へ!
ボードレールシャルル・ピエール
常に酔つてゐなければならない。ほかのことはどうでもよい――ただそれだけが問題なのだ。君の肩をくじき、君の体を地に圧し曲げる恐ろしい「時」の重荷を感じたくないなら、君は絶え間なく酔つてゐなければならない。 しかし何で酔ふのだ? 酒でも、詩でも、道徳でも、何でも君のすきなもので。が、とにかく酔ひたまへ。 もしどうかいふことで王宮の階段の上や、堀端の青草の上や、君
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ボードレールシャルル・ピエール
常に酔つてゐなければならない。ほかのことはどうでもよい――ただそれだけが問題なのだ。君の肩をくじき、君の体を地に圧し曲げる恐ろしい「時」の重荷を感じたくないなら、君は絶え間なく酔つてゐなければならない。 しかし何で酔ふのだ? 酒でも、詩でも、道徳でも、何でも君のすきなもので。が、とにかく酔ひたまへ。 もしどうかいふことで王宮の階段の上や、堀端の青草の上や、君
水野仙子
醉ひたる商人 水野仙子 一 東北のある小さな一町民なる綿屋幸吉は、今朝起きぬけに例の郡男爵から迎への手紙を受け取つたのであつた。それはいつものやうに停車場近くの青巒亭といふ料理屋からの使であつた。幸吉はこの朝早々の招待を、迷惑に思はないでもなかつたけれど、酒の味も滿更厭ではなかつたし、それに男爵から迎へられるといふ事が内心ひどく得意でもあつた。それですぐに參
小川未明
佐吉が寝ていると、高窓の破れから、ちらちらと星の光がさしこみます。それは、青いガラスのようにさえた冬の空に輝いているのでありました。 仰向けになって、じっとその星を見つめていますと、それが福々しいおじいさんの顔になって見えました。おじいさんは、頭に三角帽子をかぶっています。そして、やさしい、まるまるとした顔をして、こちらを見て笑っています。佐吉には、どうもこ
原民喜
結婚式の二時間前、彼女は畳に落ちてゐた酸漿を拾って鳴らして捨てた。 朝、夫が役所へ出て行くと、彼女はもう一度寝床に潜り込んで、昼過ぎに起きた。それから煎餅を噛りながら新聞を読んだ。それから夕方まで鏡台に対ってぽかんと暮した。 夫が出張で三日も帰らないと、彼女はふらりと街へ出掛ける。夜遅くそこの窓のカーテンには男の影が大きく映ったりした。 彼女の生んだ赤ん坊が
坂口安吾
醍醐の里 坂口安吾 三年ほど前の早春、自分が京都に住むことになつてものの二週間とたたないうちに、突然小田嶽夫君が訪ねてくれた。 小田君は上海旅行の途中で、京都は始めてだと言つてゐたが、自分を訪ねる前に見物してきたばかりの醍醐寺に、よほど感心したらしく、早速ポケットから絵葉書をとりだして説明しはじめたが、僕も京都は当時まつたく不案内で、醍醐といふ地名も醍醐寺と
ドイルアーサー・コナン
シャーロック・ホームズにとって、彼女はいつも『かの女』であった。他の呼称などつゆほども聞かない。彼女の前ではどんな女性も影を潜める、とでも考えているのであろう。だがアイリーン・アドラーに恋慕の情といったものを抱いているのではない。あらゆる情、とりわけ恋というものは、ホームズの精神にとっては、到底受け入れることができない。精神を冷徹で狂いなく、それでいて偏りが
今野大力
人間美学の深奥に いときらびやかなる女人の像は久遠である されど 醜面 白日のうちにさらけし 卑しき女人の相を見る こはこれけもののみにくさにあらず みにくしとも 蛇の如き呪いも見えず 人間のみの具有せる 暗愚なるものの像である ●図書カード
宮沢賢治
このみちの醸すがごとく 粟葉などひかりいでしは ひがしなる山彙の上に 黄なる月いざよへるなり 夏の草山とになひて やうやくに人ら帰るを なにをかもわがかなしまん すゝきの葉露をおとせり ●図書カード
鈴木大拙
今年の夏、米国シカゴ市で万国博覧会を開くその序でに、万国宗教大会を催すと云う計劃があったと聞く。併しそれは中止になったらしい。その理由の一として、もしそんな大会を開くと、今から四十年前に同じ市で同じ会合があった時のように、東方からの宗教者に宣伝の好機会を与え、藪から蛇をつつき出すことになる、而してそれは基督教徒にとって好都合のことではないと、こう云うのが一の
斎藤茂吉
釋迢空 齋藤茂吉 歌人【本名】折口信夫【閲歴】明治二十年二月十一日、大阪市浪速區鴎町一丁目に生れた。三十八年、天王寺中學卒業。少年の頃より讀書癖があり、三十四年以來「文庫」(別項)の短歌欄に投稿し、服部躬治の撰を經た。三十八年國學院大學部豫科に入學。四十三年に根岸派の短歌會に莅む。ついで大正六年から十二年まで雜誌「アララギ」(別項)の同人として、作歌及び評論
斎藤茂吉
釋迢空に與ふ 齋藤茂吉 君が歌百首を發表すると聞いたとき僕は嬉しいと思つた。いよいよ「アララギ」三月號が到來して君の歌を讀んでみて僕は少し殘念である。遠く離れて、君に面と向つて言へないから今夜この手紙を書かうと思つた。 つまり心の持方が少し浮いてゐないか。目が素どほりして行つて居ないか。歌ひたい材料があり餘るほどあつても、棄て去るのが順當だと思はれるのが大分
永井荷風
昭和二年の冬、酉の市へ行った時、山谷堀は既に埋められ、日本堤は丁度取崩しの工事中であった。堤から下りて大音寺前の方へ行く曲輪外の道もまた取広げられていたが、一面に石塊が敷いてあって歩くことができなかった。吉原を通りぬけて鷲神社の境内に出ると、鳥居前の新道路は既に完成していて、平日は三輪行の電車や乗合自動車の往復する事をも、わたくしはその日初めて聞き知ったので
永井荷風
里の今昔 永井荷風 昭和二年の冬、酉の市へ行つた時、山谷堀は既に埋められ、日本堤は丁度取崩しの工事中であつた。堤から下りて大音寺前の方へ行く曲輪外の道も亦取広げられてゐたが、一面に石塊が敷いてあつて歩くことができなかつた。吉原を通りぬけて鷲神社の境内に出ると、鳥居前の新道路は既に完成してゐて、平日は三輪行の電車や乗合自動車の往復する事をも、わたくしは其日初め
新美南吉
里の春、山の春 新美南吉 野原にはもう春がきていました。 桜がさき、小鳥はないておりました。 けれども、山にはまだ春はきていませんでした。 山のいただきには、雪も白くのこっていました。 山のおくには、おやこの鹿がすんでいました。 坊やの鹿は、生まれてまだ一年にならないので、春とはどんなものか知りませんでした。 「お父ちゃん、春ってどんなもの。」 「春には花が
寺田寅彦
明治十四年自分が四歳の冬、父が名古屋鎮台から熊本鎮台へ転任したときに、母と祖母と次姉と自分と四人で郷里へ帰って小津の家に落ちつき、父だけが単身で熊本へ赴任して行った。そうして明治十八年に東京の士官学校附に栄転するまでただの一度も帰省しなかったらしい。交通の便利な今のわれわれにはちょっと想像し難いほどの長い留守を明けたものであるが、若い時から半分以上は他国を奔
田山花袋
重右衛門の最後 田山花袋 一 五六人集つたある席上で、何ういふ拍子か、ふと、魯西亜の小説家イ、エス、ツルゲネーフの作品に話が移つて、ルウヂンの末路や、バザロフの性格などに、いろ/\興味の多い批評が出た事があつたが、其時なにがしといふ男が急に席を進めて、「ツルゲネーフで思ひ出したが、僕は一度猟夫手記の中にでもありさうな人物に田舎で邂逅して、非常に心を動かした事
久生十蘭
名古屋納屋町小島屋庄右衛門の身内に半田村の重吉という楫取がいた。尾張知多郡の百姓だったのが、好きで船乗りになり、水夫から帆係、それから水先頭と段々に仕上げ、二十歳前で楫場に立った。文化十年、重吉が二十四歳の秋、尾張藩の御廻米を運漕する千二百石積の督乗丸で江戸へ上ったが、船頭と五人の水夫が時疫にかかって陸に残り、重吉が仮船頭をうけたまわって名古屋まで船を返すこ
中谷宇吉郎
九月三日のシカゴ・トリビューンには、マックアーサー元帥の重大な發表が出ている。天皇と戰犯の問題についてである。 この話は、九月二日に、重光外相が、マックアーサーのニューヨークの寓居を訪ねた時、元帥が發表したものである。そしてこれは、今まで未發表の大戰誌の一こまであると言っている。終戰直後に、ソ連は、天皇を戰犯に指定し、他の戰爭指導者たちと一緒に、絞首刑に處す
北条民雄
×月×日。 右腕の神経痛で七号病室へ入室した。空は陰気に曇つて今にも降り出しさうな夕暮である。室内は悪臭激しく、へどを吐きたくなる。送つて来てくれた舎の連中が帰つてしまふと、だんだんじつとしてゐるのが堪へられなくなる。入院した最初の日と全く同じ気持である。あの時、この入院第一日の印象は死ぬまで黒い核のやうに心の中に残るであらうと思つたのを思ひ出し、慄然とする
直木三十五
ロボットとベッドの重量 直木三十五 一 「お前、本当に――心から、俺を愛しているかい。」 KK電気器具製作所、ロボット部主任技師、夏見俊太郎は病に蝕まれ、それと悪闘し、そして、それに疲労してしまった顔と、声とで、その夫人に、低く話かけた。(また――病人って、どうしてこんなに、執拗ものなのかしら) 夫人は、頭の隅で、一寸、こう眉を、ひそめてから、 「ええ、愛し
小川未明
大きな国と、それよりはすこし小さな国とが隣り合っていました。当座、その二つの国の間には、なにごとも起こらず平和でありました。 ここは都から遠い、国境であります。そこには両方の国から、ただ一人ずつの兵隊が派遣されて、国境を定めた石碑を守っていました。大きな国の兵士は老人でありました。そうして、小さな国の兵士は青年でありました。 二人は、石碑の建っている右と左に
槙村浩
(ふん、芸術家ってものは、獄中ですらきれ/″\ながら守りたてゝいる組織を、あまり勝手に外で、解散しすぎるぢゃないか。そんな組織なら連袂脱盟して政治専一にしろよ。――と言った別れしなの獄内の同志の言葉を僕はなだめかねた。) ある特殊の野兎たちは集まり、手分けし野兎たちを組織しできるだけ多くの同僚を野兎にしようとする彼等は前足の陰のみづかきみたいなものでまじめに
土井晩翠
東京朝日新聞に、『世界人の横顏』の第十六回野口英世のそれが、北島博士の筆で面白く書かれたのを讀んだのは半年前である。甚だ漠然としてゐる言葉だが『世界人』とは文明世界一般に廣く知られてゐる偉人といふ意味であらう。但し名が喧傳すると共に眞に世界の文化に貢獻して多大の恩惠を施し、その報として眞に受くべき光榮を世界から受けた人なら一層ありがたい、文字通りにも有り難い
野口雨情
おまへは田舎の 乙女さま お馬で朝草 刈りにゆく 山ほととぎすが 山で啼きや お馬もお耳を たてて聞く 山ほととぎすは 渡り鳥 あの山渡つて どこへゆく