銀のペンセル
小川未明
三味線をひいて、旅の女が、毎日、温泉場の町を歩いていました。諸国の唄をうたってみんなをおもしろがらせていたが、いつしか、その姿が見えなくなりました。そのはずです。もう、山は、朝晩寒くなって、都が恋しくなったからです。 勇ちゃんも、もう、東京のお家へ帰る日が近づいたのでした。ここへきて、かれこれ三十日もいる間に、近傍の村の子供たちと友だちになって、いっしょに、
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小川未明
三味線をひいて、旅の女が、毎日、温泉場の町を歩いていました。諸国の唄をうたってみんなをおもしろがらせていたが、いつしか、その姿が見えなくなりました。そのはずです。もう、山は、朝晩寒くなって、都が恋しくなったからです。 勇ちゃんも、もう、東京のお家へ帰る日が近づいたのでした。ここへきて、かれこれ三十日もいる間に、近傍の村の子供たちと友だちになって、いっしょに、
国枝史郎
銀三十枚 国枝史郎 1 「おいおいマリア、どうしたものだ。そう嫌うにもあたるまい。まんざらの男振りでもない意だ。いう事を聞きな、いう事を聞きな」 ユダはこう云って抱き介えようとした。 猶太第一美貌の娼婦、マグダラのマリアは鼻で笑った。 「ふん、なんだい、金もない癖に。持っておいでよ、銀三十枚……」 「え、なんだって? 三十枚だって? そんなにお前は高いのか」
永井荷風
この一、二年何のかのと銀座界隈を通る事が多くなった。知らず知らず自分は銀座近辺の種々なる方面の観察者になっていたのである。 唯不幸にして自分は現代の政治家と交らなかったためまだ一度もあの貸座敷然たる松本楼に登る機会がなかったが、しかし交際と称する浮世の義理は自分にも炎天にフロックコオトをつけさせ帝国ホテルや精養軒や交詢社の階段を昇降させた。有楽座帝国劇場歌舞
寺田寅彦
銀座アルプス 寺田寅彦 幼時の記憶の闇の中に、ところどころぽうっと明るく照らし出されて、たとえば映画の一断片のように、そこだけはきわめてはっきりしていながら、その前後が全く消えてしまった、そういう部分がいくつか保存されて残っている。そういう夢幻のような映像の中に現われた自分の幼時の姿を現実のこの自分と直接に結びつけて考えることは存外むつかしい。それは自分のよ
岡本綺堂
銀座の朝 岡本綺堂 夏の日の朝まだきに、瓜の皮、竹の皮、巻烟草の吸殻さては紙屑なんどの狼籍たるを踏みて、眠れる銀座の大通にたたずめば、ここが首府の中央かと疑わるるばかりに、一種荒凉の感を覚うれど、夜の衣の次第にうすくかつ剥げて、曙の光の東より開くと共に、万物皆生きて動き出ずるを見ん。 車道と人道の境界に垂れたる幾株の柳は、今や夢より醒めたらんように、吹くとも
木村荘八
昔の面影を偲ぶやうな今の東京の材料をとの意向だが、存外はづれの「淀橋」といつたやうなところにその「昔の面影」があるやうである。しかし「昔」もこれはまた「大昔」であつて、戦災であたりが広漠となつたために、むかし武蔵野の野川であつた頃にはこの辺かくもあつたらうかと思はせる、早くいへば、地形的回顧を人に与へるものがある。 ――それでは余り「昔」すぎるだらう。 七月
永井荷風
毎日同じように、繰返し繰返し営んでいるこの東京の都会生活のいろいろな事情が、世間的と非世間的との差別なく、この一、二年間はわけて、自分の身を銀座界隈に連れ出す機会を多からしめた。自分はつまり期せずして銀座界隈の種々なる方面の観察者になっていたのである。 不幸にして現代の政治家とならなかった自分は、まだ一度もあの貸座敷然たる外観を呈した松本楼の大玄関に車を乗り
小川未明
信吉は、学校から帰ると、野菜に水をやったり、虫を駆除したりして、農村の繁忙期には、よく家の手助けをしたのですが、今年は、晩霜のために、山間の地方は、くわの葉がまったく傷められたというので、遠くからこの辺にまで、くわの葉を買い入れにきているのであります。米の不作のときは、米の価が騰がるように、くわの葉の価が騰がって、広いくわ圃を所有している、信吉の叔父さんは、
小泉八雲
日本で古くから祝われてきた魅力的な祭りはいろいろあるが、なかでも最もロマンチックなのはタナバタサマのお祭りである。けれど、今では大きな都会ではほとんど見かけなくなっている。げんに東京ではもうほとんど忘れ去られた有様である。それでも、地方や首都近郊の村に行けば今でも小規模ながら行われている。もし(旧暦)の七月の七日に、地方の古そうな町や村を訪ずれる機会があった
宮沢賢治
「ではみなさん、さういふふうに川だと云はれたり、乳の流れたあとだと云はれたりしてゐた、このぼんやりと白いものが何かご承知ですか。」 先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の圖の、上から下へ白くけぶつた銀河帶のやうなところを指しながら、みんなに問ひをかけました。 カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジヨバンニも手をあげようとして、急いでその
宮沢賢治
「ではみなさんは、さういふふうに川だと云はれたり、乳の流れたあとだと云はれたりしてゐたこのぼんやりと白いものがほんたうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のやうなところを指しながら、みんなに問をかけました。 カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげやうとして、急い
宮沢賢治
「ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしていた、このぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか」先生は、黒板につるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問いをかけました。 カムパネルラが手をあげました。それから四、五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして
宮沢賢治
〔ここまで原稿なし〕 そして青い橄※の森が見えない天の川の向ふにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまひそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひゞきや風の音にすり耗らされて聞えないやうになりました。 「あの森琴の宿でせう。あたしきっとあの森の中に立派なお姫さまが立って竪琴を鳴らしてゐらっしゃると思ふわ、お附きの腰元や何かが青い孔雀の羽でう
豊島与志雄
銀の笛と金の毛皮 豊島与志雄 一 むかし、あるところに、エキモスという羊飼いの少年がいました。父も母もないみなし児で、毎日、羊のむれの番をしてくらしていました。 青々とした野原に、羊たちはたのしくあそんでいます。野の花のあいだに、うつくしい蝶がとびまわっています。木立のなかや空たかくに、いろんな鳥がさえずっています。日がうららかにてっています。 エキモスは草
小川未明
田舎に住んでいる人々は、遠い都のことをいろいろに想像するのでした。そして、ぜひ一度いってみたいと、思わないものはないのであります。 「ああ私も、足・腰のじょうぶなうちに、東京見物をしてきたいものだが、なかなかそう思ってもいざ出かけるということは、できないものだ。」と、おじいさんは、いいました。 「おじいさん、また、秋になると忙しくなりますが、いまは、ちょうど
国枝史郎
銅銭会事変 国枝史郎 女から切り出された別れ話 天明六年のことであった。老中筆頭は田沼主殿頭、横暴をきわめたものであった。時世は全く廃頽期に属し、下剋上の悪風潮が、あらゆる階級を毒していた。賄賂請託が横行し、物価が非常に高かった。武士も町人も奢侈に耽った。初鰹一尾に一両を投じた。上野山下、浅草境内、両国広小路、芝の久保町、こういう盛り場が繁昌した。吉原、品川
野村胡堂
昭和六年のある春の日の午後のことである、かねて顔見知りで、同じ鎌倉に住んでいる菅忠雄君が、その当時報知新聞記者であった私を訪ねて来て、二階の応接間でこう話したのである。 「今度オール読物を月刊雑誌にすることになったが、その初号から岡本綺堂さんの捕物帳のようなものを連載したいと思うがどうだろう、君にそんなものは書けないか」というのである。岡本綺堂さんは『修禅寺
野村胡堂
「平次、折入つての頼みだ。引受けてくれるか」 「へエ――」 錢形の平次は、相手の眞意を測り兼ねて、そつと顏を上げました。二十四、五の苦み走つた好い男、藍微塵の狹い袷が膝小僧を押し隱して、彌造に馴れた手をソツと前に揃へます。 「一つ間違へば、御奉行朝倉石見守樣は申すに及ばず、御老中方に取つても腹切り道具だ。押付けがましいが平次、命を投げ出すつもりでやつて見ては
野村胡堂
「平次、折入っての頼みだ、引受けてくれるか」 「ヘエ――」 銭形の平次は、相手の真意を測り兼ねて、そっと顔を上げました。二十四五の苦み走った好い男、藍微塵の狭い袷に膝小僧を押し隠して、弥蔵に馴れた手をソッと前に揃えます。 「一つ間違えば、御奉行朝倉石見守様は申すに及ばず、御老中方にとっても腹切り道具だ。押付けがましいが平次、命を投げ出すつもりでやってみてはく
野村胡堂
両国に小屋を掛けて、江戸開府以来最初の軽業というものを見せた振袖源太、前髪立ちの素晴らしい美貌と、水際立った鮮やかな芸当に、すっかり江戸っ子の人気を掴んでしまいました。 あまりの評判に釣られるともなく、半日の春を小屋の中の空気に浸った、捕物の名人で「銭形」と異名を取った御用聞の平次、夕景から界隈の小料理屋で一杯引っかけて、両国橋の上にかかったのはもう宵の口。
野村胡堂
兩國に小屋を掛けて、江戸開府以來最初の輕業といふものを見せた振袖源太。前髮立の素晴らしい美貌と、水際立つた鮮やかな藝當に、すつかり江戸ツ子の人氣を掴んでしまひました。 あまりの評判に釣られるともなく、半日の春を小屋の中の空氣に浸つた、捕物の名人で『錢形』と異名を取つた御用聞きの平次。夕景から界隈の小料理屋で一杯引つかけて、兩國橋の上にかゝつたのはもう宵の口。
野村胡堂
人間業では盜めさうもない物を盜んで、遲くとも三日以内には、元の持主に返すといふ不思議な盜賊が、江戸中を疾風の如く荒し廻りました。 「平次、御奉行朝倉石見守樣から嚴い御達しだ、――近頃府内を騷がす盜賊、盜んだ品を返せば罪はないやうなものではあるが、あまりと言へばお上の御威光を蔑しろにする仕打だ。明日とも言はず、からめ取つて來い――と仰しやる、何とか良い工夫はあ
野村胡堂
人間業では盗めそうもない物を盗んで、遅くとも三日以内には、元の持主に返すという不思議な盗賊が、江戸中を疾風のごとく荒し廻りました。 「平次、御奉行朝倉石見守様から厳い御達しだ、――近頃府内を騒がす盗賊、盗んだ品を返せば罪はないようなものではあるが、あまりと言えばお上の御威光を蔑ろにする仕打だ。明日とも言わず、からめ取って来い――とおっしゃる、何とか良い工夫は
野村胡堂
「永い間こんな稼業をしているが、変死人を見るのはつくづく厭だな」 捕物の名人銭形の平次は、口癖のようにこう言っておりました。血みどろの死体をいじり廻すのを商売冥利と考えるためには、平次の神経は少し繊細に過ぎたのです。 それが一番凄惨な死体と逃れようもなく顔を合せることになったのですから、全くやり切れません。 「ガラッ八、手前は大変なところへ、俺を引張って来や