Chapter 1 of 1

Chapter 1

新緑の庭

芥川龍之介

桜 さつぱりした雨上りです。尤も花の萼は赤いなりについてゐますが。

椎 わたしもそろそろ芽をほごしませう。このちよいと鼠がかつた芽をね。

竹 わたしは未だに黄疸ですよ。…………

芭蕉 おつと、この緑のランプの火屋を風に吹き折られる所だつた。

梅 何だか寒気がすると思つたら、もう毛虫がたかつてゐるんだよ。

八つ手 痒いなあ、この茶色の産毛のあるうちは。

百日紅 何、まだ早うござんさあね。わたしなどは御覧の通り枯枝ばかりさ。

霧島躑躅 常――常談云つちやいけない。わたしなどはあんまり忙しいもんだから、今年だけはつい何時にもない薄紫に咲いてしまつた。

覇王樹 どうでも勝手にするが好いや。おれの知つたことぢやなし。

石榴 ちよいと枝一面に蚤のたかつたやうでせう。

苔 起きないこと?

石 うんもう少し。

楓 「若楓茶色になるも一盛り」――ほんたうにひと盛りですね。もう今は世間並みに唯水々しい鶸色です。おや、障子に灯がともりました。

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