五
「おや、」
お品は与吉がいうことの余り突拍子なのを、笑うよりも先ず驚いたのである。
「ねえ、親方に聞いて見てくんねえ、出来そうなもんだなあ。雁もどきッて、ほら、種々なものが入った油揚があらあ、銀杏だの、椎茸だの、あれだ、あの中へ、え、肴を入れて交ぜッこにするてえことあ不可ねえのかなあ。」
「そりゃ、お前さん。まあ、可いやね、聞いて見て置きましょうよ。」
「ああ、聞いて見てくんねえ、真個に肴ッ気が無くッちゃあ、台なし身体が弱るッていうんだもの。」
「何故父上は腥をお食りじゃあないのだね。」
与吉の真面目なのに釣込まれて、笑うことの出来なかったお品は、到頭骨のある豆腐の注文を笑わずに聞き済ました、そして真顔で尋ねた。
「ええ、その何だって、物をこそ言わねえけれど、目もあれば、口もある、それで生白い色をして、蒼いものもあるがね、煮られて皿の中に横になった姿てえものは、魚々と一口にゃあいうけれど、考えて見りゃあ生身をぐつぐつ煮着けたのだ、尾頭のあるものの死骸だと思うと、気味が悪くッて食べられねえッて、左様いうんだ。
詰らねえことを父爺いうもんじゃあねえ、山ン中の爺婆でも塩したのを食べるッてよ。
煮たのが、心持が悪けりゃ、刺身にして食べないかッていうとね、身震をするんだぜ。刺身ッていやあ一寸試だ、鱠にすりゃぶつぶつ切か、あの又目口のついた天窓へ骨が繋って肉が絡いついて残る図なんてものは、と厭な顔をするからね。ああ、」といって与吉は頷いた。これは力を入れて対手にその意を得させようとしたのである。
「左様なんかねえ、年紀の故もあろう、一ツは気分だね、お前さん、そんなに厭がるものを無理に食べさせない方が可いよ、心持を悪くすりゃ身体のたしにもなんにもならないわねえ。」
「でも痩せるようだから心配だもの。気が着かないようにして食べさせりゃ、胸を悪くすることもなかろうからなあ、いまの豆腐の何よ。ソレ、」
「骨のあるがんもどきかい、ほほほほほほ、」と笑った、垢抜けのした顔に鉄漿を含んで美しい。
片頬に触れた柳の葉先を、お品はその艶やかに黒い前歯で銜えて、扱くようにして引断った。青い葉を、カチカチと二ツばかり噛んで手に取って、掌に載せて見た。トタンに框の取着の柱に凭れた浅黄の手絡が此方を見向く、うら少のと面を合わせた。
その時までは、殆ど自分で何をするかに心着いて居ないよう、無意識の間にして居たらしいが、フト目を留めて、俯向いて、じっと見て、又梢を仰いで、
「与吉さんのいうようじゃあ、まあ、嘸この葉も痛むこッたろうねえ。」
と微笑んで見せて、少いのがその清い目に留めると、くるりと廻って、空ざまに手を上げた、お品はすっと立って、しなやかに柳の幹を叩いたので、蜘蛛の巣の乱れた薄い色の浴衣の袂は、ひらひらと動いた。
与吉は半被の袖を掻合わせて、立って見て居たが、急に振返って、
「そうだ。じゃあ親方に聞いて見ておくんな。可いかい、」
「ああ、可いとも、」といって向直って、お品は掻潜って襷を脱した。斜めに袈裟になって結目がすらりと下る。
「お邪魔申しました。」
「あれだよ。又、」と、莞爾していう。
「そうだっけな、うむ、此方あお客だぜ。」
与吉は独で頷いたが、背向になって、肱を張って、南の字の印が動く、半被の袖をぐッと引いて、手を掉って、
「おかみさん、大威張だ。」
「あばよ。」