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ピストルの使い方 ――(前題――楊弓)
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ピストルの使い方 ――(前題――楊弓)
泉鏡花
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Traducción Pagera AI
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Chapter 7 of 8

7

と突入れつつも肩が聳え、

「まったく、ぞくぞくもしよう、寒気もしよう、胸も悪かろう、唇も汚らしかろう。堪忍してくれたまえ。……そのかわり、今ね、憤るなよ……お転婆な、きみが嬉しがる、ぐっとつかえが下って胸の透く事をしてお目に掛ける。――

そこいらの連中も、よく見ておけ。」

と、なだらに下る山の端に瞳を向けた。が、行きつれ、立ち交る人影は、みなおり口の阪へ行く。……薄き海の光の末に、烏の立迷う風情であった。

「ちかさん、父親を贔屓の盲人にさえ、土地に、やくざものに見離された……この故郷へ、何のために帰るものか。」

意気は独り激しそうだ。が、する事はだらしがない。外套は着ていなかった。羽織を捌いた胸さがりの角帯に結び添え、希くは道中師の、上は三尺ともいうべき処を、薄汚れた紺めりんすの風呂敷づつみを、それでも緊と結んだと見えて、手まさぐると……

「解いてあげましょうか。」

「いや、大丈夫。……きみたちは知るまいなあ。――むかしここいらで、小学校へ通うのに、いまのように洒落た舶来ものは影もないから、石盤、手習草紙という処を一絡めにして……武者修行然として、肩から斜っかけ、そいつはまだ可いがね、追々寒さに向って羽織を着るようになるとこの態裁です。――しかし膚に着けるにはこれが一等だ。震災以後は、東京じゃ臆病な女連は今でも遣ってる。」

と云って、膝の上で、腰弁当のような風呂敷を、開く、と見れば――一挺の拳銃。

晃然と霜柱のごとく光って、銃には殺気紫に、莟める青い竜胆の装を凝らした。筆者は、これを記すのに張合がない。なぜというに、咄嗟に拳銃を引出すのは、最新流行の服の衣兜で、これを扱うものは、世界的の名探偵か、兇賊かでなければならないようだからである。……但し、名探偵か、兇賊でさえあれば、それが女性でも差支えのない事は註に及ばぬ。

風呂敷には、もう一品――小さな袖姿見があった。もっとも八つ花形でもなければ柳鵲の装があるのでもない。単に、円形の姿見である。

婦も、ちっと張合のないように、さし覗き、両の腕を白々と膝に頬杖した。高島田の空に、夕立雲の蔽えるがごとく、銅像の覆掛った事は云うまでもない。

「……玩弄品?」

「怪しからんことを――由緒は正しく、深く、暗く、むしろ恐るべきほどのものだよ。」

と、片手に撓めて、袖に載せた拳銃は、更に、抽取った、血のままなる狼の牙のように見えた。

「銅像の目を射るんだ――ちかさん。」

「あら、」

思わず軽く手を拍くと、衝と寄せた、刻んだような美しい鼻を、男の肩に、ひたと着けて、

「いいわねえ、賛成。……上手に射てますか。」

その口振は、ややこの器に馴れたもののようでもある。

「信ずるんだ。腕じゃあない、この拳銃を信ずるんだよ。――聞きたまえ、ここにこの銅像を除幕してから、ほとんど十年になる。これが各国に知れた頃から、私は目を射る事を、遥にまた遠く心掛けた。しかし、田舎まわりの新聞記者の下端じゃあ、記事で、この銅像を礼讃することを、――口惜いじゃあないか――余儀なくされるばかりで。……射的で蝙蝠を落す事さえ容易くは出来ないんです。

おなじく、地方を渡り歩行くうちに、――去年の秋だ。四国土佐の高知の町でね……ああ、遠い……遥々として思われるなあ。」

海に向って、胸を伸ばすと、影か、――波か、雲か、その台座の巌を走る。

「南京出刃打の見世物が、奇術にまじって、劇場に掛ったんだよ。まともには見られないような、白い、西洋の婦人の裸身が、戸板へ両腕を長く張って、脚を揃えて、これも鎹で留めてある。……絵で見るような、いや、看板だから絵には違いない……長剣を帯びて、緋羅紗を羽被った、帽子もお約束の土耳古人が、出刃じゃない、拳銃で撃っているんだ。

この看板を視て立ったと云うのさえ、しみたれた了簡をさらけ出すようで、きみの前で言うのもお恥かしいがね、……さいわい夜だ、大して満員でもなさそうだから切符を買った。が、目的はただ一つなんだからね、(拳銃はまだかね、)と札口で聞いたが、(え、)と札売の娘は解りかねる。(南京の出刃打は、)とうっかり言って、(お目当はこれからですよ。)には顔から火が出た。いま、きみに対しても汗が出る。

――悪くまた二階の正面に連れられて、いわゆるそのお目当を見たんだが、悉しくは云うにも及ばないけれど、……若いお嬢さんさ、その色の白いお嬢さん――恩人だし、仙女、魔女と思うから、お嬢さんと言うんです。看板で見たようなものじゃあない。上品で、気高いくらいでね。玉とも雪とも、しかもその乳、腹、腰の露呈なことはまた看板以上、西洋人だし、地方のことだから、取締も自然寛かなんだろう。……暗い舞台に浮出して、まったく、大理石に血の通うと云うのだね。――肩、両眼、腰、足の先と、膚なりに、土耳古人が狙って縫打に打つんだが、弾丸の煙が、颯、颯と、薄絹を掛けて、肉線を絡うごとに、うつくしい顔は、ただ彫像のようでありながら、乳に手首に脈を打つ。――見てはいられない処を、あからめもせず瞻ったのは、土耳古の……口上が名のった何とかパシャの拳銃の、その鮮かな手錬なんです。繕って言うのじゃあないが、それを見るのが目的だった。もう一度、以前、日比谷の興行で綺麗な鸚鵡が引金を口で切って、黄薔薇の蕋を射て当てて、花弁を円く輪に散らしたのを見て覚えている。――扱い人は、たしか葡萄牙人であったと思う。

いなか記者の新聞摺れで、そこはずうずうしい、まず取柄です。――土耳古人にお鮨もおかしい、が、ビスケットでもあるまいから、煎餅なりと、で、心づけをして置いて、……はねると直ぐに楽屋で会った。

私はいきなり跪いたよ。むこうが椅子でも、居所は破畳です。……こう云うと軽薄らしいが、まったくの処……一生懸命で、土間でも床でも構う気じゃなかった。拳銃皆伝の一軸、極意の巻ものを一気に頂こうという、むかしもの語りの術譲りの処だから。私から見れば黄石公――壁に脱いだ、緋の外套は……そのまま、大天狗の僧正坊……」

多津吉は銅像の腰を透かして、背後に迫って、次第に暮れかかる山の寂寞さを左右に視たが、

「燕尾服の口上が、土地の新聞社という処で、相当にあしらってくれる。これが通訳で。……早い処……切に志を陳べたんだ。けれども、笑ってばかりいて、てんで受付けません。また土耳古人のこういう半狂気に対する笑い方といったら、一種特別不思議でね、第一大な鼻の鼻筋の、笑皺というものが、何とも言えない。五百羅漢の中にも似たらしい形はない。象の小父さんが、嚔をしたようで、えぐいよ。

鼻で巻いて、投出されて、怪飛んでその夜は帰った。……しかし、気心の知れた丑の時参詣でさえ、牛の背を跨ぎ、毒蛇の顎を潜らなければならないと云うんです。翌晩また跪いた。が、今度は、おなじ象の鼻で、反対に、背向に刎ねられたんだね、土耳古人は向うむきになって、どしどし楽屋を出ちまったよ。刎ねられ方は簡単だけれど、今度は昨夜より落胆した。――実はうっかり言うまいと思ったけれど、そうもしたらばと、よもやに引かされ、その拳銃の極意を授けられたい、狙う目的と、その趣意を、父の無念ばらしの復讐のために銅像の目を狙うことを打明けたんだから――だ。が、何にもならない。

興行は五日間――皆通った。……もう三度めからは会ってもくれない、寄附けません。しかも、打方を見るだけでも、いくらか門前の小僧だ、と思って、目も離さずに見たんだが、この目の色は、外国人が見ても、輪を掛けて違っていたに相違ない、少々血迷ってる形です。――

楽の晩だ。板礫の、あともう一場、賑かな舞踏がある。――帷幕が下りると、……燕尾服の口上じゃない――薄汚い、黒の皺だらけの、わざと坊さんの法衣を着た、印度人が来て、袖を曳いて、指示をしながら、揚幕へ連れ込んで、穴段を踏んで、あの奈落……きみもよく知っていようが、別して地方劇場の奈落だよ。土地柄でも分る、犬神の巣の魔窟だと思えば可い。十年人の棲まない妖怪邸の天井裏にも、ちょっとあるまいと思う陰惨とした、どん底に――何と、一体白身の女神、別嬪の姉さんが、舞台の礫の時より、研いだようになお冴えて、唇に緋桃を含んで立っていた。

つもっても知れる……世界を流れ渡る、この遍路芸人も、楽屋風呂はどうしても可厭だと云って、折たたみの風呂を持参で、奈落で、沐浴をするんだそうだっけ。血の池の行水だね、しかし白蓮華は丈高い。

すらりと目を眄して、滑かに伸ばす手の方へ、印度人がかくれると、(お前さんに拳銃を上げましょう。)とこう言うんだ。少しは分る。私だって少々は噛る。――土耳古の鼻を舐めた奴だ、白百合二朶の花筒へ顔を突込んで、仔細なく、跪いた。――ただし、上げましょう拳銃を――と言う意味は――打方を教えよう――だとばかり思ったのに、乳の下の藤色のタオルのまま、引寄せた椅子の仮衣の中で、手提をパチリとあけて……品二つ――一度取上げて目で撓めて――この目が黒い、髪が水々とまた黒い――そして私の手に渡すのが、紫水晶の笄と、大真珠の簪を髪からぬき取ったようだった。……

――ちかさん、この、袖姿見と拳銃なんだよ。」

女は息を引いて頷いた。

男が、島田の刎元結の結目を圧えた。

「ここを狙え、と教えたんだ。」

「あ。」

「御免よ。うっかり……」

「ああ、元結が切れそうだった。可厭ね、力を入れてさ。」

と邪慳に云って優しく視た。

「土耳古人が、頤、咽喉下から、肩、順々に――最後に両方の耳の根を打つ。最々後に、絶対の危険を冒す全世界の放れ業だ、と怯かして、裸身の犠牲の脳頭を狙う時は、必ず、うしろ向きになるんだよ。うしろ向きになって、的の姉さんを袖姿見に映して狙いながら、銃口を、ズッと軽く柔かに肩に極めて、そのうしろむき曲打にズドンと遣るんだ。いや、肝を冷す。(教えよう)――お嬢さんが、私にその通りに遣れ、と云うんだ。(少し離れて、もう少し、立った爪尖まで、全身がはっきり映るまで、)とさしずをされて、さあ……一間半、二間足らず離れたろうか。――牛馬の骨皮を、じとじと踏むような奈落の床を。――裸の姿に――しかも素馨の香に包まれて。

――きみの前だが、その時タオルも棄てたから一糸も掛けない、浴後の立姿だ。……私はうしろ向きさ。(拳銃を肩に当よ、)と言う、(打とうと思う目をお狙い……)と云う、口が苦いまで、肝を噛んで、熟と視たが、わなわなと震えて、あっと言って振向いた。屹となって、(教えません、そんな事では――不可ません、)と言われたが。蛇です、蛇です、蛇です、三疋。一尺ぐらいずつ、おなじほどの距離をおいて、蜘蛛の巣と、どくだみの、石垣の穴と穴から、にょろりと鎌首を揃えたのが、姉さんの白い腰に、舌をめらめらと吐いているんじゃあないか。――歴々と袖姿見に映ったんだ。

心もち肩を落して、乳房を抱いたが――澄ましてね、これらの蛇は出て来るんじゃあない。遁げて引込むんだから心配はない。――智慧で占ったのではない事実だ、と云うんだ。湯を運ぶ印度人が、可恐く蛇ずきの悪戯で、秋寂びた冷気に珍らしい湯のぬくもりを心地よげに出て来る蛇を、一度に押えてせっちょうして、遁げ込む石垣の尾を二疋も三疋も、引掴み、引掴み、ぬき出しは出来なかったが、断れたら食かねない勢で、曳張り曳張りしたもんだから、三日めあたりから――蛇は悧巧で――湯のまわりにのたっていて、人を見て遁げるのに尾の方を前へ入れて、頭を段々に引込める。(世のはじめから蛇は智慧者ですよ。)と言う。まったく、少しずつ鱗が縮んでぬるぬると引込んで、鼠の鼻ッさきが挟ったようになって消えたがね。奴等の、あの可厭らしい目だの、舌の色が見えるほど、球一つ……お嬢さんは電燈を驕っていてくれたんだ――が、その光さえ、雷光か、流星のように見えたのも奈落のせいです。

遣直して肝を噛んだ。――(このった目が、袖姿見の裡のこのった目が、瞬いたと思う、その瞬間を射るんです。)同じようにして、うしろ向きに凝視めていれば、瞬くと思う感じがその銅像の場合にも顕われる。魔の睫毛一毫の秒がきっとある。そこを射よ、きっと命中る! 私も世界を廻るうちに、魔の睫毛一毫の秒に、拙な基督の像の目を三度射た、(ほほほ、)と笑って、(腹切、浅野、内蔵之助――仇討は……おお可厭だけれど、復讐は大好き――しっかりその銅像の目をお打ちなさいよ。打つ礫は過ってその身に返る事はあっても、弾丸は仕損じてもあなたを損いはしません。助太刀の志です。)――上着を掛けながら、胸を寄せて、鳴をしてくれました。トタンに電燈を消したんです。(魔の睫毛一毫の秒でしたわね、)浪を行く魚、中空を飛ぶ鳥に、なごりを惜むものではありません――流星は宇宙に留っても、人の目に触るるのはただ一度ですもの、と云って、……別れました。

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