Chapter 1 of 5

「團子が貰ひたいね、」

と根岸の相坂の團子屋の屋臺へ立つた。……其の近所に用達があつた歸りがけ、時分時だつたから、笹の雪へ入つて、午飯を濟ますと、腹は出來たし、一合の酒が好く利いて、ふら/\する。……今日は歸りがけに西片町の親類へ一寸寄らう。坂本から電車にしようと、一度、お行の松の方へ歩行きかけたが。――一度蕉園さんが住んで居た、おまじなひ横町へ入らうとする、小さな道具屋の店に、火鉢、塗箱、茶碗、花活、盆、鬱金の切の上に古い茶碗、柱にふツさりと白い拂子などの掛つた中に、掛字が四五幅。大分古いのがあるのを視た、――こゝ等には一組ぐらゐありさうな――草雙紙でない、と思ひながら、フト考へたのは此の相坂の團子である。――これから出掛ける西片町には、友染のふつくりした、人形のやうな女の兒が二人ある、それへ土産にと思つた。

名物と豫て聞く、――前にも一度、神田の叔父と、天王寺を、其の時は相坂の方から來て、今戸邊へる途中を、こゝで憩んだ事がある。が、最う七八年にもなつた。――親と親との許嫁でも、十年近く雙方不沙汰と成ると、一寸樣子が分り兼る。況や叔父と甥とで腰掛けた團子屋であるから、本郷に住んで藤村の買物をするやうな譯にはゆかぬ。

第一相坂が確でない。何處を何う行くのだつけ、あやふやなものだけれど、日和は可し、風も凪ぎ、小川の水ものんどりとして、小橋際に散ばつた大根の葉にも、ほか/\と日が當る。足にまかせて行け、團子を買ふに、天下何の恐るゝ處かこれあらん。

で、人通りは少し、日向の眞中を憚る處もなく、何しろ、御院殿の方へ眞直だ、とのん氣に歩行き出す。

笹の雪の前を通返して、此の微醉の心持。八杯と腹に積つた其の笹の雪も、颯と溶けて、胸に聊かの滯もない。

やがて、とろ/\の目許を、横合から萌黄の色が、蒼空の其より濃く、ちらりと遮つたのがある。蓋し古樹の額形の看板に刻んだ文字の色で、店を覗くと煮山椒を賣る、これも土地の名物である。

通がかりに見た。此の山椒を、近頃、同じ此の邊に住はるゝ、上野の美術學校出の少い人から手土産に貰つた。尚ほ其の人が、嘗て修學旅行をした時、奈良の然る尼寺の尼さんに三體授けられたと云ふ。其の中から一體私に分けられた阿羅漢の像がある。般若湯を少しばかり、幸ひ腥を口にせぬ場合で、思出すに丁ど可い。容姿端麗、遠く藤原氏時代の木彫だと聞くが、細い指の尖まで聊も缺け損じた處がない、すらりとした立像の、其の法衣の色が、乃し瞳に映つた其の萌黄なのである。ほんのりとして、床しく薄いが、夜などは灯に御目ざしも黒く清しく、法衣の色がさま/″\と在すが如く幽に濃い。立袈裟は黒の地に、毛よりも細く斜に置いた、切込みの黄金が晃々と輝く。

其の姿を思つた。

燒芋屋の前に床几を出して、日向ぼつこをして居る婆さんがあつた。

店の竈の上で、笊の目を透すまで、あか/\と日のさした處は、燒芋屋としては威嚴に乏しい。あれは破れるほどな寒い晩に、ぱつといきれが立つに限る。で、白晝の燒芋屋は、呉竹の里に物寂しい。が、としよりの爲には此の暖な日和を祝する。

「お婆さん、相坂へ行くのは、」

「直き其の突當りを曲つた處でございますよ。」

と布子の半纏の皺を伸して、長閑さうに教へてくれた。

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