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迷信と宗教
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迷信と宗教
井上円了
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Chapter 9 of 92

第八段 台湾の迷信 二(本島人)

台湾にて本島人と称するは、シナ系統の人種のことである。これに福建省系統と広東省系統との別があるが、ここには二者を合して論ずることにしよう。

本島人の宗教は、シナなかんずく南清の宗教である。都会の地には文武両廟がありて、文廟には孔子を祭り、武廟には関帝を祭っておる。また仏教の寺もあるが、その本尊には奇々怪々のもののあるうち、観音が一般に信仰されておる。民家にても必ず仏壇のごときものがある。これを正庁と名づけておるが、その上には親、祖先の位牌のほかに観音の像を掛けてある。さなければ関羽の像を祭っておる。また、最も多数の崇信を得ておるのは媽祖と名づくる女神である。あるいはまた、街路の四つ辻に当たれる場所に小なる石室が建ててあり、その中にわが国の大黒に似たる福神が入れてある。しかして、これらを崇拝信念するのは、全く現世目前の福利を得んとする欲望にほかならぬ。

本島人の死後についての観念はやはり霊魂不滅説にして、その魂に三個ありと申しておる。その第一魂は幽界に入り、第二は墓下にとどまり、第三は家中に住するものと信じ、幽界の魂は僧侶をして慰めさせ、墓下と家中の魂は子孫がこれを慰むべきものと定めてある。しかし、彼らの神仏崇拝は、全く一身一家の冥福にあらずして現福を祈るのである。

神仏に祈願するときには、竹紙を焼くことが盛んに行われておる。竹紙とは、名のごとく竹にて製したる黄色の紙にして、これに金を塗りつけたるものと銀を塗りつけたるものとがある。しかして、手軽の祈願には銀紙を焼き、重大の祈願には金紙を焼くことになっておる。これを焼くとその金銀が神仏の方へ届くから、こちらの祈願をかなわせていただけると信じておる。すなわち、天国へ贈る郵税為替に当たるわけで、すこぶるおもしろい考えである。この金紙、銀紙はみな南清より輸入するそうだが、その年額五十万円以上に達すとは驚かざるを得ない。

彼らの迷信を利用し、これによりて生活しておるものがまたたくさんおる。その名称に法師、道士、生仏、僧侶、乱童の五種がある。この中にはわが国の修験、巫女、卜者の類がことごとく含まれておる。これみな祈祷、除災、予言の専業者である。そのうち僧侶だけは仏教に属し、他は仏教にあらず。生仏も仏教と関係なく、彼は経を知らず字を解せざる愚物にして、ただ予言をなすのみである。乱童は童子にして、種々のマジナイをするものである。その行うところの方法中に、わが国の修験に似たことが多い。彼は火渡りも行っておる。これを過火と申すそうだ。

その他、人の名に鬼とか糞とかいう実名がある。これまた迷信より起こっておる。鬼には病魔が恐れて近づかぬ、糞は不潔なるがゆえに、同じく来たり侵さぬと信ずる結果であるとのことだ。

今一つばかばかしい迷信話は、昨年台湾に暴徒の起こった原因である。そのときの主謀者が愚民を扇動するに最も力ありしは、某地に耳の長く垂れて肩に掛かれる子供生まれたるが、これぞ日本を駆逐して台湾の王たるべき人なりと、五百年以上存在すと称する予言者の語りしによれる由、台湾よりの通信中に見えた。まず、台湾人の迷信の程度はこれらの諸例によって、十分測り知ることができる。

Chapter 9 of 92
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