偶合論
偶合論とは、偶然に暗合する事実の理由を説明するものなり。しかして、偶然の暗合とは、東京にありて起こりたる事実と、九州あるいは北海道にありて起こりたる事実と暗合し、数十年前に想定したる予言の、今日にその事実を見るがごときをいう。余はこの説明を与うるにさきだち、偶然のなんたるを解釈せんとす。
およそ事実の起こるに三種の関係あり。その一を偶然といい、二を蓋然といい、三を必然という。必然とは、必ず起こるべき理由ありて起こり、起こるべき原因ありて起こり、十は十ながら、必ずかくあるべしと決定し得るものをいう。生あれば必ず死あるがごときこれなり。蓋然とは、多少起こるべき理由あるも、いまだ断じて必定すべからざるものにして、十中七八までかくあるべしと想定し得るものをいう。例えば、妻あれば子あるべき理にして、子なきものあり、人老うれば衰うべき理なるに、老いてますます壮なるものあり、冬は雪を見、夏は雷を聞くべき理なるに、冬暖かくして雪を見ず、夏冷ややかにして雷を聞かざることあるがごとき、これ必然というより、むしろ蓋然といわざるべからず。これに反して、偶然は起こるべき理由なくして起こるものをいう。例えば、晴天にして雨を降らし、病なくして死するの類これなり。さらに、近き例によりてこの三者の別を示すときは、人のわが家に来たるに、十は十ながら相違なく来たることを知るときは、必ず来たるべしという。これ必然なり。もし、十中七八まで来たるべきを知るときは、蓋し来たるべしという。これ蓋然なり。もし、来たるべきを知らざるに来たることあるときは、偶然に来たるという。かくのごとく、事実の起こるに三種の別あるも、要するに必然のほかに偶然もなく、また蓋然もなきなり。しかして、この三者の別の起こるは、わが知識のいまだ究め尽くさざるところあるによる。例えば、蓋然に属する事実も、必ず十分の原因事情ありて起こるに相違なきも、わが知力その事情の十中七八を知りて二三を知らざるにより、偶然に起こる事実のごときは、全くその事情を知らざるによるのみ。ゆえに、人知今よりいよいよ進めば、偶然の範囲ようやく減じて、必然の範囲ようやく大なるに至るべし。今、妖怪の事実のごときは、人のこれを目して偶然となすものなれども、余はこれみな必然なりという。その理を究明するをもって、妖怪学講究の目的とするなり。
以上、偶然の解釈を与えたるをもって、これ、偶合の理を説明せざるべからず。およそ偶合に左の二種あり。
(一)空間上の偶合(遠方)
(二)時間上の偶合(未来)
空間上の偶合は、百里千里を隔つる遠方のことを知るをいう。すなわち、夢中に想見したることと、千里以外に起これる事実と暗合するがごときこれなり。余が知人に、夢に数十里隔つる父母の死を見て、その実に合したることあり。つぎに時間上の偶合は、未来の予言のその実に合したることをいう。予言者の未然を前定するがごときこれなり。余が郷里に、夢に翌年五月死すべしと神告ありしを見て、これを怪しみおりしが、果たして翌年五月に至り死去せり。これ、夢中に起これる時間上の偶合なり。そもそもこの二種の偶合の起こるは、古来一般に神仙の感通に帰したるも、今日に至りてこれを見るに、いまだ断言して神仏に帰すべからざるものあり。もし、果たして神仏の感通とするも、その理由いまだ明らかならざる以上は、神仏のなにものにして、その感通のなんたるを論究せざるべからず。また、空間上の偶合のごとき、世間これを動物電気もしくはエーテルの媒介に帰するものあれども、これまた空想にほかならず。もし、これを電気に帰せず神仏に帰せざるときは、必然の規則に考えざるべからず。およそ偶合の起こるには、必ず多少の事情あり、また多少の理由あり、いまだ全く理由、事情なくして起こるものあらず。ゆえにこれより、偶合のよって起こる事情を考えんとす。その一例に、天気の予定に関する事情を述べざるべからず。まず、通俗に伝うるところによるに、夜半に晴れわたりたる天気は永持ちせぬといい、月に暈あるは雨の兆しなりといい、夕日の輝くは天気の兆しなりという。また、ある書に、「灯心に丁字頭立てば旱なり」「鍋墨に火点ずれば雨晴るる」という。ある人の天気を詠ずる歌に、
夢見るは雨と日和の二つなり変らぬ時に見るはまれなり
鳥の声すみてかるきは日和なりおもく濁るを雨気とそ知る
小便のしけきは日和のむ水の腹にたもつを雨と知るへし
のみや蚊のきわめてしけく喰ならは雨のあかりと雨気つくころ
香の火の何よりはやくたちぬるは雨のあかりと雨気つくころ
ね心のあしき夜ならは雨としれさてはぬす人ゆたんはしすな
俗に寒割ととなうるものありて、寒中三十日間の天気を見て、一年中の晴雨、豊凶を前定するなり。また、俗に雪は豊年の兆しなりと伝う。また、鴉はその年の風水を知り、巣を樹木の高き枝に作るときは洪水あるの兆しとし、低き枝に作るときは大風あるの兆しとすという。
『商家秘録』中に、
四月三日、五月五日の天気よしあしをもって年の豊凶を知れ
柳の栄ゆる年は米よく熟す
また、一首の歌に、
蛍火の少なき年は秋の田の刈穂も実のりよしと知るへし
以上、天気の吉凶、風水の有無を前定するは全く偶然のように見ゆるも、その実、しからざるをえざる原因事情ありて、その結果をきたすものなれば、偶然にあらずして必然なりといわざるべからず。これ畢竟、多年の経験によりて、原因と結果との間に存する必然の関係を発見したるにほかならず。しかして、その予定の十は十ながら必ず適中せざるは、その必然の関係の一小部分を発見して、いまだ全部分を発見せざるによる。
つぎに、人事の上に考えて吉凶禍福の予定法を述ぶるに、まず天文と人事との関係について、古来、世人の一般に信ずるところのものを挙ぐれば、『左伝』『史記』などにその例はなはだ多きは、よく人の知るところなり。彗星、日蝕、地震等の天変あるときは、人事上の吉凶禍福の前兆なりとなす。例えば、『漢書』に、「哀帝建平二年、彗星の出ずるありしに、当時王莽、纂国の兆しとなせり」『後漢書』に、「安帝永初二年正月、大白昼見えしことあり。これ、氏の盛んなる兆しとなせり」『続漢書』に、「彗星見えしことあり。これ、董卓乱をなすの兆しとなせり」『晋陽秋』の書に、「諸葛亮の九十時に赤き彗星ありしは、その死去を告ぐるものとなせり」わが朝にありては、欽明天皇のとき、仏を入れたるために疫病流行せり、敏達天皇のときも同断なり。蒙古来寇のときに伊勢の神風あり。アメリカ船初めて来たりしとき、彗星出でたり。また西洋にありても、カエサル大帝、コンスタンティヌス大帝、またチャールズ五世の死去のときに彗星あり。ペルシア国ゼルセスのギリシア征伐、ペロポネソス戦争、カエサルおよびポンペイウスの内乱、エルサレムの落城、アッティラの攻入のときに大飢饉、大疫病あり。英国オリバー・クロムウェルの死去のとき、その夜大暴風雨あり。フランス革命のときも同断なり。ヤソ生まるるときに、東方に異星出でたり。
かくのごとき想像は、東洋も西洋もたいてい同一にして、人知のいまだ進歩せざるに当たりて人々の想像するところ、いずれの国にても同一なるによる。畢竟、かくのごとき想像は、人事と天文と同一の関係を有するものと信じ、人に原因あれば必ず結果あり、結果あれば必ず原因ありとの理を知りて、いまだその理の明細に捜索探究する力を有せざるによらざるはなし。これ、真に人事と天文と、偶然に暗合したりというよりほかなきも、その一つをもって他の原因とし結果とするがごときは、この二者の間に因果の関係の全く異なることを知らざるより生ずるのみ。天文には天文の因あり果あり、人事には人事の因あり果あり、彗星の見ゆるも水旱の起こるも、みなしかるべき必然の理ありて存するものにして、その一方についてこれを考うれば、あくまで必然の規則に従うものとなすよりほかなきも、人事と天文とを合して、その一つは他の原因によりて生ずる結果なりとするときは、これ、全く偶然の暗合に帰せざるべからず。かくのごときことは、余がいわゆる偶合なるも、世間かえってこれを必然となす。しかして、もし人事なり天文なり、その一方についてこれを考うれば、ともに必然なりといわざるべからず。
つぎに、世間に伝うる、人為によりて人の吉凶禍福を占定する方法を述ぶれば、易占、五行、干支、天源、淘宮、八門遁甲、九星、方位、人相、骨相、家相、墨色、御鬮の類、枚挙するにいとまあらず。これみな、未来の吉凶禍福を予定する法なり。未来、果たしてこれらの法によりて予定すべきや。これまた偶合というよりほかなし。未来の原因は今日にありて定まることは、疑うべからざる道理なりといえども、我人の知力、到底、今日にありて予定すべからざるはもちろんにして、たとい卜筮、五行等の方法によるとも、決して前知すべき理あるべからず。しかして、世間その予定の事実に合することあるは、偶然の暗合なるのみ。もししからざれば、卜筮そのものに未来を予定する力なきも、わが方にてその予定を信ずるのあまり、これを迎えてその結果を示すに至るというよりほかなし。
今、その理を詳説するに、およそ未来のことは、善も悪も吉も凶も、ともにその前に原因ありて起こるゆえんは、諸例に考えて疑うべからざる道理なり。例えば、これを天気の晴雨の上に考うるに、明日の天気は今日において定まり、明後日の天気は明日において定まる。すなわち、今日の風位、寒暖、晴雨等の諸事情相合して、明日の天気の結果を示すなり。久しく船に乗り海上に生活するものは、一、二日前に天気のいかんを予定するを得べし。果たしてしからば、明年、明後年、何月何日の天気は、今日、明日、明後日の一日一日の原因結果の引き続きより生ずるものなること、疑うべからざる道理なり。ただ、人間の知識は今日にありて多少、明日、明後日の天気を予定すべきも、一週以上、一カ月以上の天気は到底、予定すべからざるのみ。これを人事の上に考うるも、人身の上に考うるも、その理同一にして、人の病気も死去も、社会の乱るるも治まるも、みなその原因は前時にありて存し、明年、明後年、あるいは五年十年の未来のことも、その原因は今日にありて定まり、これより一日一日の原因事情の引き続きによりて、未来数十年後の結果をきたすに相違なきも、我人の力、今日にありて数十年の後を洞視する力なし。故をもって、我人の知識は未来を前定するあたわずというなり。
しかるに、卜筮鑑定の諸方法によりてこれを知らんとするも、卜筮そのものに知識あるにあらず、思想あるにあらざれば、なにもかも、みな人知によりて判断するよりほかなし。もし、人知にして未来を知ることあたわざる以上は、卜筮によりても同様に知るべからざる理なり。しかるに、卜筮にて予定せるもの、往々これに合する結果あるを見るは、わが方にてこれを迎うるものなり。例えば、卜筮にて来年病気にかかるべしということを知れば、われこれを信ずるのあまり、あらかじめこれをその心に迎えて、予定のごとき結果を実際に見るに至るのみ。さらに他例を挙ぐれば、敵と相対して戦いを開かんとするに当たり、これを卜するに、明朝進撃すれば必ず勝利を得べしとの占いありしにより、翌朝進撃して勝ちを得たりとするに、これ、易占によりて兵士の気力を強め、衆みな勝利を得べしと自信して進撃したるによるというよりほかなし。これ、卜筮そのものが未来を前知する力を有するにあらずして、人の心のこれを信ずるより、この結果をきたせるなり。ゆえに、およそ卜筮によりて未来を前知するは、偶然の暗合、すなわち俗にいう「当たるも八卦、当たらぬも八卦」なるか、しからざれば、人のこれを信ずるよりきたせる結果ならざるはなし。つぎに、世間に行わるる五行、支干の占法あり。これ、五行を天地万物に配当して、相生、相剋を見て吉凶を判ずるなり。相生とは、水より木を生じ、木より火を生ずるの類をいう。相剋とは、水は火を剋し、火は金を剋するの類をいう。左にその表を掲ぐべし。
水生木 木生火 火生土 土生金 金生水
水剋火 火剋金 金剋木 木剋土 土剋水
ある書にその解を与えて曰く、「水生木とは、水は木の母たり。水尽くれば木枯るる。根をきりたる木も、水に浸しおけばしばらく生じおる。また、諸木の果実を見るに、いまだ熟せざる前はみな水なり。諸花も同じ。揉み破ればみな水なり。これ水生木の理なり。つぎに木生火とは、木は火の母なり。木なくては火の燃ゆることなし。木尽くれば火消ゆ。また、深山には諸木、風のためにすれ合って火出ずる。これ木生火の理なり。火生土とは、諸物燃ゆるときは火となり、消えてはすなわち灰となる。これ、灰と土とは一体なり。ゆえに火生土という。人あるいは曰く、『地震うとき、破裂して火出ずることあり。これ、火の土中に含めるなり。なんぞ土生火といわざる』と。その説、理あるに似たれども、いまだ極めざるものというべし。つぎに土生金とは、金は土より生ず。本朝にも金山あり。これ土生金なり。しかるに、人また曰く、『前の土生火を非となさば、なんぞ土生木といわざるや。それ、金はいずれの土地にも生ずるものにあらず。木はいたるところに生ぜざるはなし』と。その理、至極せりといえども、木は水の生ずるところにして、なんぞ両母あらんや。金はもろもろの鉱類最も多くして、砂石もまた鉱質の部分なり。なんぞ、必ずしも金はいずれの地にも生ずるものならずといわんや。これ、土生金の理あること明らかなり。金生水とは、金を火にてあぶれば上に水浮く。これ金生水なり。また、金石一体という説あり。例えば井を掘るに、底に至りて砂石に掘り当て水出ずる。ゆえに金生水といえり。水剋火とは、水を注げば火消ゆること明らかなり。火剋金とは、火よく金を溶解す。これ火剋金の理なり。金剋木とは、金よく諸木を截切す。ゆえに金剋木なり。木剋土とは、木を植えんと思うときは、まず木を植うるほどの間、土をうがち取る。これ木剋土なり。また、木よく土を圧す。また、諸木よく根を諸方へさす。みな木剋土の理なり。土剋水とは、水よく川海を流る。しかれども、堤を築きこれを埋むれば、流れ浸すことあたわず。これ、土は水にかつの理なり」
以上の解釈は、古代、理学のいまだ開けざりしに当たりては、世人のこれを信ずるものありしも、今日、理化学の開けて多少その一端を知るものは、だれかこれを信ぜんや。これ、余が弁解をまたざるなり。しかして、五行によりて人の吉凶を判ずるは、この生剋の道理によるものにして、相生を吉とし相剋を凶とし、もって未来の禍福を前定するものなれば、その前定も同時に信を置くに足らずといわざるべからず。なんとなれば、原理すでに道理に反する以上は、その応用も誤りあるを免れざればなり。よって、五行の占法も信用するに足らざるべし。しかして、その占法のよく事実に的中することあるは、卜筮の的中あると同様に偶然の暗合にあらざれば、人の精神を定め、かつこれを強くするより生ずる結果なりと知るべし。しからざれば、決してかくのごとき誤りある原理を応用して、正しき結果を生ずる理あるべからず。
つぎに人為占法については、九星、方位、淘宮、天源、八門遁甲の類あるも、これみな五行、生剋の理を種々に応用しきたりたるものにして、五行の理に誤りあれば、これと同時に九星位の鑑定も正しきものと許すべからず。まず九星は、当時大いに民間に流行せる趣なれば、ここにそのことにつき一言せざるを得ず。そもそも、陰陽五行の占法はシナ起源のものにして、八卦は伏犠氏のとき、『河図』の象によりて起こる。そののち禹王のとき、『洛書』と称して、洛水より大亀上がり、その背に文あり。これより相伝えて九星起こるという。九星の名目は左のごとし。
一白 二黒 三碧 四緑 五黄 六白 七赤 八白 九紫
これを時に配し、日に配し、月に配し、年に配し、五行、相生、相剋の理に考えて吉凶を判ずるなり。毎年、その年に当たる星あり。明治二十三年の星は二黒、二十四年は一白、二十五年は九紫等と次第して、本年すなわち二十五年に生まれたるものは、その星を紫と定むるなり。しかして、九星おのおのその性質を異にするをもって、人の生来の気風を推量するなり。例えば、
一白の年に生まるる人は、多くは心尊く諸人の尊敬を受くるなり。ゆえに、心に仁慈を守れば、ますます発達す。二黒の年に生まるる人は、そのなすところの事業によく功をあらわし人に用いらるる。ゆえに、その事業についてますます勉強なさば立身すべし。三碧に生まるる人は、万事進みやすく、かえって過ちありと。また、決定のはやき性ゆえ、物事発明なれども、親戚、朋友の交際むつまじからず。四緑に生まるる人は、常に愚痴なることをいい、人を疑う心あるがため、家内むつまじからず、損失をすることあるべし。慎むべきなり。五黄に生まるる人は、その星中央の土徳を主とするがゆえに、性剛気にして我慢づよく、一己の志を立て通すなり。生家を離れざれば吉事なし。この人、多く衣食に乏しからず。六白に生まるる人は、愛敬うすく、親戚、朋輩の交わり絶ち、かつ吝嗇の心あるがゆえに、人にうとまるるなり。もっとも、その性質朴なるものなり。七赤に生まるる人は、その星金性なれば、世用をなし、かつ万事器用にして人に用いらるる。その他、弁舌よく、それがために吉なることあり、また損耗することあり、女難などあり、内心に殺伐の気あり。慎むべし。八白に生まるる人は、性剛にして、表は温順なるものなり。しかれども、短気を起こすゆえ、事を破ることあり。また、思慮深くして、急なることも心を落ち付け、かえって利を失う。九紫に生まるる人は、諸事美麗なることを好み、浅はかなる性にて災いを引き受くることあり。口舌絶え間なき性にて、よくよくつつしみ、口論せぬようにすべし。 これ、九星によりて人の性質を憶定する秘訣にして、これを年に配するときは、
明治元年六白 二年五黄 三年四緑 四年三碧 五年二黒 六年一白 七年九紫 八年八白 九年七赤 十年六白 十一年五黄 十二年四緑 十三年三碧 十四年二黒 十五年一白 十六年九紫 十七年八白 十八年七赤 十九年六白 二十年五黄 二十一年四緑 二十二年三碧 二十三年二黒 二十四年一白 二十五年九紫 二十六年八白 二十七年七赤 二十八年六白 二十九年五黄 三十年四緑 三十一年三碧 三十二年二黒 三十三年一白
この割合となるをもって、幾年前に生まれたる人も、これによりて推算すれば、その人の星を知ることを得べし。ある書に、古人の九星生性を算定して、左のごとく示したるものあり。
神武天皇 一白 釈迦如来 五黄 応神天皇 九紫 仁徳天皇 三碧
聖徳太子 六白 弘法大師 二黒 菅原道真 三碧 円光大師 八白
親鸞聖人 八白 日蓮上人 五黄 一休和尚 三碧 役行者 八白
平清盛 八白 源頼朝 六白 源義経 四緑 弁慶 三碧
足利尊氏 二黒 平信長 七赤 秀吉 五黄 光秀 四緑
家康 八白 家光 九紫
これ、果たして星の性質とその人の性質と的中するやいなやは、前に掲げたる各星の性質に照らして知るべし。そのうち一部分は性質の的中するを見るも、全体にわたりて的中するにあらず。いわゆる「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の部類なり。しからば、これまた偶然の暗合というよりほかなし。
また、この星におのおの一定の方位ありて、もし人、その悪方を犯すときは災害ありという。しかしてまた、これをのがるる法あり。その法に曰く、
方位凶殺の悪方を免れんとするときは、年月日時のその人の星に相生するの、吉星の巡る方の神仏の地より砂を取りきたり、その宅の殺方へまくべし。もし堂宮の吉方になきときは、清き所の水をくみて凶方へまくべし。必ず災いを免るること疑いなし。
かくのごとき非道理的方法によりて、果たして災いを免れ得るということは、少しく知識を有するものの解すべからざることなり。しかして、世にこれを信ずるものあるは、実に奇怪といわざるべからず。けだし、世間には知識を有する人はいたって少数にして、無知不学のものの多きを知るべし。
つぎに、方鑑方位と称して、世間にて大いに信用することあり。これまた五行、九星と同一種のものにして、別に弁明するを要せざれども、今、方位家の論ずるところ一理あるに似たるところあるをもって、その言をここに掲げて一評を試みざるべからず。ある書の序文に曰く、
およそ天地の間、万物を生じて、水火木金土の五行の気をしき、万物その気を受けざるはなし。なかんずく、人は小天地なるがゆえに、五行の正気を得て生育すれば、五徳ことごとく身に備わらざるなし。かの天地は万物の父母、五行は天地の用にして、四方四隅に配居して、年々季節運気の循環によりて五行生殺の座をしく。ゆえに、その気に従うときは恵福をこうむり、その気に逆らうときは禍害を受くること自然の理なり。「順天者栄逆天者亡」(天に従う者は栄え、天に逆らう者はほろぶ)とはこの謂なり。元来、方位は『河図洛書』より出でたるものにして、すなわち季節を定め教うる天のたまものなり。これによりて、男女の相性、嫁娶、修造、家相を選ぶも、みな相生を吉とし相剋を凶とす。しばらくも五行を離るることなし。男女の相性を選ぶとも方位をおろそかにし、家相を選ぶとも方位をゆるがせにするは、疎漏なりというべし。相と方とは車の両輪のごとし。互いに用うべきことなり。家相吉なりといえども、凶方を犯すときはその祟速やかにして、軽きは公難、病災、重きは家を破り、命殺の祟をこうむるに至る。吉凶禍福とも、かくのごとし。禍福は天の下すところとのみ心得、方位をなおざりにする者のために、この理をのぶることしかり。もっとも、知らず識らず凶方を犯し、ついに災害を受くる者ままあることなり、云云。
この説明の誤りあるは、第一に、天地間の万物ならびに人は、必ず五行の気を受けて生ずと憶断し、さらに、なんの理ありて五行の気より生ずるやを推究せず、ただ古書に五行の説あり、古代の聖人この説を信ぜり、ゆえにその説真なるべしと憶想するに過ぎず。しかるに、この五行の説はひとりシナに起こり、インドならびに西洋にその説なし。しかして、インドには地水火風の四大の説あり、西洋ギリシアにも四大の説あり。また、近世理化学世に出でてより、分子、元素の説大いに明らかなるに至る。シナと、インドならびに西洋とは、その説かくのごとく異なり。しかるに、ひとりシナの説を信じて、これを万世不易の金則として用うるは、あまりシナ一方に僻する偏見といわざるべからず。もし、これを不易の金則とするには、明瞭なる証明を与えざるべからず。今、その前に挙ぐる文によるに、『河図洛書』より出でたるものなれば、天の教ゆるたまものなりと述ぶるも、『河図洛書』になんの理ありて、かくのごとく信ぜざるを得ざるや。もしこれ、古書に出でたるものなれば、その事実疑うべからずとするか。しからば、いずれの国にても、古書の妄誕を伝えざるはなし。これみな、真実として信ぜざるべからず。かくのごとく論究するときは、九星も方位もともに信ずるに足らざるなり。しかして、実際その説の事実に的中することあるは、いわゆる偶然の暗合か、しからざれば、これを信ずる人に限りて効験あるのみにて、信ぜざる人および知らざる人には、さらに関係なきものならざるべからず。
以上は、偶合論より次第に説き去り説ききたりて、卜筮、方位、五行、九星のことに及ぶ。今、これを一結するに当たり、偶合のなんたるを明示せざるべからず。卜筮、予言等の事実に的中することあるは、要するに偶然の暗合というよりほかなし。偶然の暗合なれば、十は十ながら事実に合するにあらず、十中いくぶんか合中することあるのみ。例えば銅銭一銭を投じて、表面を示すか裏面を示すかを判ぜんとするに、当たることもあり、当たらぬこともあるべし。当たりたりとて、決して奇怪とするに足らず。卜筮も、なんぞこれと異ならんや。
しからば、世に偶合ありといわざるべからず。偶合、実にあり。しかれども、さらに進みて偶合のなんたるを究むれば、偶然の暗合にあらずして、必然の道理あるを知るべし。ゆえに、余ははじめに、偶然は必然を離れて別に存するにあらずといえり。例えば、銅銭を投じて表面出ずべしといいて表面出でたるとき、これを偶然の暗合というも、銅銭の表面を示したるゆえんも、わが方にて表面出ずべしといいたるゆえんも、みなしかるべき原因ありて起こりしものなれば、ともに必然といわざるべからず。今日にありて明日の晴雨は予定し難しといえども、その晴るるも雨降るも、ともに必然の規則によりて生ずる結果なれば、これみな必然といわざるべからず。しかるに、あるいは偶然と呼び、あるいは必然ととなえ、あるいはまた蓋然と称する等の別あるは、事実そのものの性質もとよりしかるにあらず、わが観察、推究の力の足ると足らざるとによりてこの別を生ずるのみ。
もし、事実の方の原因事情、種々複合して生ずる現象は予定し難く、単純なる規則によりて生ずる現象は予定しやすし。例えば、銅銭を投ずるがごときは極めて単純なる作用に似たるも、これによりてきたすところの結果は、手の方向ならびに力の強弱、銅銭の持ち方、その投ずる距離、空気の抵抗等、種々の原因事情相合して生ずるものなれば、極めて複雑なり。ゆえに判定し難し。もしまた、偶然と必然と果たして判然たる区域あるにおいては、その間に判然たる分界を定むることを得べき理なり。しかるに、昨年の偶然が今年に至りて必然となり、昨日の蓋然が今日に至りて必然となるの類、往々経験するところなるをもってこれを見るに、必然も蓋然も偶然も元来同一にして、分界あるにあらざるを知るべし。しかして、その分界を現ずるは、わが知力の発達のいまだ足らざるに起源すといわざるべからず。これ、余が偶然論の結言なり。
(付言)「妖怪学講義」ここに終わりを告ぐ。しかして、序言にも一言したるごとく、この講義が妖怪学として講述せるものにあらず、ただ心理学研究の一助となさんと欲して、これまで研究したる妖怪の事実につき、心理上の説明を与えたるのみ。読者、もし応用心理学の一部分として、この講義を参考せらるるならば、講者の本意を得るものなり。
出典 『哲学館講義録』第五学年度第四、九、一九―二〇、二八、三一―三二、三四、三六号(明治二四年一二月五日、同二五年一月二五日、五月五日、一五日、八月五日、九月五日、一五日、一〇月五日、二五日)
●図書カード