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地震の話
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地震の話
今村明恒
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Chapter 4 of 13

一、突差の處置

地震に出會つた一瞬間、心の落着を失つて狼狽もすれば、徒らに逃げ惑ふ一方のみに走るものもある。平日の心得の足りない人にこれが多い。

著者の編んだ第一項は、最初の一瞬間に於て、それが非常の地震なるか否かを判斷せよといふのである。もし大した地震でないといふ見込がついたならば、心も自然に安らかなはずであるから過失の起りようもない。其上危險性を帶びた大地震に出會ふといふのは、人の一生の間に於て多くて一二回にしかないはずであるから、われ/\が出會ふ所の地震の殆んど全部は大したものでないといふことがいへる。但し其一生の間に一二回しか出會はないはずのものに、偶出會つた場合が最も大切であるから、さういふ性質の地震であるか否かを最初の一瞬間に於て判定することは、地震に出會つたときの心得として最も大切な一事件である。

地震は地表下に於て餘り深くない所で起るものである。但し深くないといつても、それは地球の大きさに比較していふことであつて、これを絶對にいふならば幾里・幾十粁といふ程度のものである。もし震原が直下でなかつたならば、震原に對して水平の方向にも距離が加はつて來るから、距離は益遠くなるわけである。

われ/\は地震を感じた場合、其振動の緩急によつて震原距離の概念を有つようになる。即ち振動緩なるときは震原が遠いことを想像するが、反對に振動が急なときは震原はわれわれに近いことゝ判斷する。又地震と同時に、或はこれを感ずる前に地鳴りを聞くこともある。これは地震がわれ/\に最も近く起つた場合である。

地震は其根源の場所に於ては緩急各種の地震波を發生するものであつて、これが相伴つて四方八方へ擴がつて行くのであるが、此際急な振動をなす波動は途すがら其勢力を最も速かに減殺されるから、振動の急なもの程其擴がる範圍が狹く、緩かなもの程それが廣い。此事をつぎのようにもいふ。即ち急な振動は、其勢力が中間の媒介物に吸收され易く、緩かなものはそれが吸收され惡い。これがわれ/\の感じた地震動の緩急によつて、地震が深くに起つたか或は近くに起つたかを判斷し得る理由であつて、又遠方の大地震の觀測に長週期地震計が入用なわけである。

地震が十分に近く起つた場合は、一秒間に數十回若しくばそれ以上の往復振動が現れて來るが、それは單に地鳴りとしてわれ/\の聽覺に感ずるのみであつて、一秒間に四五回の往復振動になつて漸く急激な地動としてわれ/\の身體にはつきりと感ずるようになる。然しながら震原距離が三十里以上にもなると、初動は可なり緩漫になつて一秒間一二回の往復振動になり、更に距離が遠くなると終には地震動の最初の部分は感じなくなつて、中頃の強い部分だけを感ずるようにもなる。

初期微動と主要動との區別

つぎに、最初の一瞬間の感覺によつて地震の大小強弱を判斷する事について述べて見たい。諺に大風は中頃が弱くて初めと終りとが強く、大雪は初めから中頃まで弱くて終りが強く、大地震は、初めと終りが弱くて中頃が強いといふことがある。これは面白い比較觀察だと思ふ。大風と大雪とはさて置いて、大地震についていはれた右の諺は一般の地震に通ずるものである。われ/\は最初の弱い部分を初期微動と名づけ、中頃の強い部分を主要動或は主要部、終りの弱い部分を終期部と名づけてゐる。終期部は地震動の餘波であつて餘り大切なものではないが、初期微動と主要部とは極めて大切なものである。兩者ともに震原から同時に出發し、同じ途を通つて來るのであるけれども、初期微動は速度大に、主要動はそれが小なるために斯く前後に到着することになるのである。恰も電光と雷鳴との關係のようなものである。

もつと具體的にいふならば、初期微動は空氣中に於ける音波のような波動であつて、振動の方向と進行の方向とが相一致するもの、即ち形式からいへば縱波である。主要動はそれと異なり横波である。震原の近い場合には縱波は凡そ毎秒五粁の速さで進行するのに、横波は毎秒三・二粁の速さで進行する。

初期微動が到着してから主要動が來るまでの時間を、初期微動繼續時間と名づける。讀者は初期微動時間だけを知つて震原距離を計算して出すことは、算術のたやすい問題たることを氣附かれたであらう。實際われ/\はこの計算に一つの公式を用ひてゐる。即ち初期微動繼續時間の秒數に八といふ係數を掛けると、震原距離の凡その値が粁で出て來るのである。

地震計の觀測によるときは、初動の方向も觀測せられるので、隨つて震原の方向が推定せられ、又初期微動繼續時間によつて震原距離が計算せられるから、單に一箇所の觀測のみによつて震原の位置が推定せられるのであるが、しかしながら身體の感覺のみにてはかような結果を得ることは困難である。

東京邊で起る普通の小地震は、大抵四十粁位の深さをもつてゐるから、かような地震がわれ/\の直下に起つても、初期微動繼續時間は五・三秒程になる。東京市内に住むものは、七八秒から十秒位までの初期微動を有する地震を感ずることが最も多數である。然しながら大正十四年の但馬地震に於ける田結村の場合の如く、又一昨年の丹後地震に於ける郷村又は峰山の場合の如く、初期微動繼續時間僅に三秒程度なることもあるのである。但しこれは極めて稀有な場合であつたといつてよろしい。

初期微動は主要動に比較して大なる速さを持つてゐるが、然しながら振動の大いさは、反對に主要動の方が却つて大である。この大小の差違は地震の性質により、又關係地方の地形地質等によつても一樣ではないが、多數の場合を平均していふならば、主要動たる横波は、初期微動たる縱波に比較して凡そ十倍の大いさを持つてゐる。これが最初の部分に初期微動とて微の字が冠せられる所以である。さうして主要動が大地震の場合に於て、破壞作用をなす部分たることは説明せずとも既に了得せられたことであらう。

讀者は小地震の場合に於て、初期微動と主要動を明確に區別して感得せられたことがあるであらう。初期微動は通常びり/\といふ言葉で形容せられるように、稍急にしかも微小な振動であるが、それが數秒間或は十數秒間繼續すると、突然主要動たる大きな振動が來る。其振動ぶりは、最初の縱波に比べて稍緩漫な大搖れであるがため、われ/\はこれをゆさ/\といふ言葉で形容してゐる。然しながら大地震になると、初期微動でも決して微動でなく、多くの人にとつては幾分の脅威を感ずるような大いさの振動である。例へばわれ/\が大地震の場合に於て屡經驗する通り主要動の大いさを十糎と假定すれば、初期微動は一糎程度のものであるので、もしかういふ大いさの地動が、一秒間に二三回も繰返されるほどの急激なものであつたならば、木造家屋や土藏の土壁を落し、器物を棚の上から轉落せしめる位のことはあり得べきである。もし地震の初動がこの程度の強さを示したならば、これは非常の地震であると判斷して誤りはないであらう。

幸に最初の一瞬間に於て、非常の地震なるか否かの判斷がついたならば、其判斷の結果によつて臨機の處置をなすべきである。もしそれが非常の地震だと判斷されたならば、自分の居所の如何によつて處置方法が變られなければなるまい。それについては、以下の各項に於て細説するつもりである。然しながら、それがありふれた小地震だと判斷されたならば、泰然自若としてゐるのも一法であらうけれども、これは餘りに消極的の動作であつて、著者が地震國の小國民に向つて希望する所でない。著者は寧ろかような場合を利用して、地震に對する實驗的の知識を得、修養を積まれるよう希望するものである。

前に述べた通り、初期微動の繼續時間は震原距離の計算に利用し得られる。この繼續時間の正確なる値は地震計の觀測によつて始めて分ることであるけれども、概略の値は暗算によつても出て來る。著者の如きはそれが常習となつてゐるので、夜間熟睡してゐるときでも地震により容易に覺醒し、夢うつゝの境涯にありながら右の時間の暗算等にとりかかる癖がある。これを器械的觀測の結果に比較すると一割以上の誤差を生じた例は極めて少い。著者は更に進んで地震動の性質を味はひ、それによつて震原の位置をも判斷することに利用してゐるけれども、これは一般の讀者に望み得べきことでない。とに角、初期微動繼續時間を始めとして、發震時其他に關する値を計測し、これを器械觀測の結果に比較する事は頗る興味多いことである。自分と觀測所との間隔が一二里以内であるならば、兩方の時刻竝に時間共に大體同じ値に出て來るべきはずである。

右の外、體驗した地震動の大いさを器械觀測の結果に比較するのも亦興味ある事柄である。然しながらこの結果に於ては器械で觀測せられたものと、自分の體驗したものとは著しき相違のあることが一般であつて、それが寧ろ至當である場合が多い。例へば東京市内でも下町と山の手とで震動の大いさに非常な相違がある。概して下町の方が大きく、山の手の二三倍若しくはそれ以上にもなることがある。又鎌倉の例を取ると由比ヶ濱の砂丘は、雪の下の岩盤に比較して四五倍の大いさに出て來ることもある。かような根本の相違がある上に、器械は大抵地面其物の震動を觀測する樣になつてゐるのに、體驗を以て測つてゐるのは家屋の振動であることが多い、もし其家屋が丈夫な木造平家であるならば、床上の振動は地面のものゝ三割増しなることが普通であるけれども、木造二階建の階上は三倍程度なることが通常である。この通りに器械觀測の結果と體驗の結果とは最初から一致し難いものであるけれども、それを比較してみることは無益の業ではない。上手にやると自分の家屋の耐震率とも名づくべきものゝ概念が得られるであらう。即ち二階建の二階座敷は階下座敷の五倍に搖れるようならば、不安定な構造と判斷しなければならないが、もし僅々二倍位にしか搖れないならば、寧ろ堅牢な建物と見做してよいであらう。

Chapter 4 of 13
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