Chapter 1 of 6

一 欧化熱の早産児

丁度この欧化主義の最絶頂に達して、一も西洋、二も西洋と、上下有頂天となって西欧文化を高調した時、この潮流に棹さして極端に西洋臭い言文一致の文体を創めたのが忽ち人気を沸騰して、一躍文壇の大立者となったのは山田美妙斎であった。美妙斎はあたかも欧化熱の人工孵卵器で孵化された早産児であった。

これより先き美妙斎は薩摩の美少年の古い物語を歌った新体詞を単行本として発表した。外山博士一流の「死地に乗入る六百騎」的の書生節とは違って優艶富麗の七五調を聯べた歌らしい歌であったが、世間を動かすほどに注意を牽かないでしまった。が、この詩を発表した時が十八だというから、美妙の早熟の才は推して知るべきである。

美妙斎の名が初めて世間を騒がしたは『読売新聞』で発表した短篇「武蔵野」であった。極めて新らしい言文一致と奥浄瑠璃の古い「おじゃる」詞とが巧みに調和した文章の新味が著るしく読書界を驚倒した。「美妙斎とはドンナ人だろう?」と、当時美妙斎の作を読んだものは作者の人物を揣摩せずにはおられなかった。が、新聞で読んで感嘆したのはマダ一部少数者だけであったが、越えて数月この「武蔵野」を巻軸として短篇数種を合冊した『夏木立』が金港堂から出版されて美妙斎の文名が一時に忽ち高くなった。

丁度同時に硯友社の『我楽多文庫』が創刊された。紅葉、漣、思案と妍を競う中にも美妙の「情詩人」が一頭地を抽んでて評判となった。続いて金港堂から美妙斎を主筆とした『都之花』とが発行されて、純文芸雑誌としてのエポックを作ったので、美妙斎の名は忽ち喧伝されて、トントン拍子に一方の旗頭と成済ましてしまった。

今日の金港堂は強弩の末魯縞を穿つ能わざる感があるが、当時は対抗するものがない大書肆であった。その編輯に従事しその協議に与かるものは皆錚々たる第一人者であった。然るにこの大勢力ある金港堂が一大小説雑誌を発行するに方って如何なる大作家でも招き得られるのに漸と二十歳を越えたばかりの美妙を聘して主筆の椅子を与えたのは美妙の人気が十分読者を牽くに足るを認めたからであろう。その頃金港堂の編輯を督していたのは先年興津で孤独の覊客として隠者の生涯を終った中根香亭であった。が、『都之花』については美妙が一切を主宰して香亭はただ巻尾に謡曲の註釈を載せただけであった。その時は明治二十一年の春であった。

『都之花』以前に『芳譚雑誌』とか『人情雑誌』とかいう小説雑誌があった。が、皆戯作者の残党に編輯されていたので、内容も体裁も古めかしくて飽かれていた。『都の花』はあたかも世間が清新の読物に渇する時に生れたので、忽ち当時の雑誌のレコードを破って、美くしい花やかな気持の好い表紙が新らしい気分を漲らして若い読書家の心を誘った。随ってその主筆たる美妙の位置と人気とは当時の文学青年の羨望の中心であった。

『我楽多文庫』は『都之花』に先んじて、硯友社の名は新時代の若い文人の集団としてその時既に読書界を騒がしていた。二者を比較すると『都の花』は羽二重の黒紋付の如く、『我楽多文庫』は飛白の羽織の如き等差があった。その代りに前者はドコとなく市気があったが、後者は微塵も算盤気がなくて自由な放縦な駄々ッ子気分を思う存分に発揮していた。ドチラにも各々長所があってそれぞれ人気を呼んだが、美妙斎はこの二雑誌に跨がって、あたかも政党の領袖であって内閣の椅子に座しているような観があったから声望隆々として硯友社同人を圧していた。紅葉でさえが当時はなお微々として、美妙に対しては太陽の前の月ほども光らなかった。

美妙と紅葉とは本と同じ町に育って同じ学校に学び、或時は同じ家に同宿して同じ文学に志ざし、相共に提携して硯友社を組織した仲であった。然るに『我楽多文庫』公刊匆々二人が忽ち手を別ってしまったはいわゆる両雄聯び立たずであって、陽には磊落らしく見えて実は極めて狭量な神経家たる紅葉は美妙が同人に抜駈けして一足飛びに名を成したのを余り快よく思わなかったらしい。が、『我楽多文庫』の基礎がマダ固まらない中に美妙が『都之花』に趨って別に一旗幟を建て、あまつさえ自分一人が幸運に舌鼓を打って一つ鍋を突付いた糟糠の仲の同人の四苦八苦の経営を余所々々しく冷やかに視た態度と決して穏当でなかったから、紅葉初め硯友社の同人が美妙を謀反人扱いしたのも万更無理ではなかった。

が、美妙としてはその時既に『都之花』の外に『以良都女』という婦人雑誌を経営し、『女学雑誌』の特別寄書家として毎号寄稿し、それ以外にもアチラコチラの新聞雑誌社から寄書を依頼されるという日の出の勢いであったから、紅葉は左に右く他の硯友社同人と伍するには余りに地位が懸隔し、実際上にも糟糠の友を助けて『我楽多文庫』に寄与するだけの余裕はなかったのだ。紅葉と乖離するのは決して本意ではなかったろうが、美妙の見識は既に眇たる硯友社の一美妙でなくて天下の美妙斎美妙であったのだ。

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