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「じゃあ一体どうするというんだ」
「ハッキリ言っておくが、僕らはこの家に関する限り、現在半分ずつの権利を持っている。だから買うにしても、半分ずつ出し合って買うんだ。それがイヤなら君が出て行け。それ以外の如何なる方法をも僕は拒否する!」
野呂の顔色がサッと変りましたな。憎しみの色が見る見る眼にあふれて、キッと僕をにらみつけました。
「じゃ、よし。明日は日曜で郵便局が休みだし、明後日の月曜の夜、僕は陳さんに会いに行く。君も同行したけりゃそれまでに五万円調達しろ。調達出来なきゃ、権利を一切放棄したものと認めるが、それでいいか」
「合点だ!」
僕も騎虎のいきおいで、雲助のような言葉で承諾しました。そしてお互いにプンプン怒りながら、西東の部屋にそれぞれわかれて引込みました。
さて翌日の日曜日です。僕は朝早く起き出て、急いで朝飯を食い、それから東京中を飛び廻って、あらゆる先輩知己を訪問し、借りられるだけの金を借りて廻った。昼飯も抜いてかけ廻り、夕方がっくりした気持で新宿の外食券食堂でメシを食いながら、借り集めた金を勘定してみると、約四万円です。あと一万円足りない。メシを食い終えて直ちに中央線に乗り、八王子にすっ飛んだ、あとの頼みはオヤジばかりです。運よくオヤジは在宅していました。僕はその前に両手をつき、日頃の不孝を詫び、一万円貸して欲しいと頼み込みました。今日中に一万円つくらねば僕の男が立たないのだと、はらはらと落涙にまで及んだものですから、オヤジはびっくりして手提金庫の中から千円札十枚を取出して、僕に渡してくれました。ほんとに無意味な意地っぱりのために、実のオヤジにまで苦労をかけました。こうしてやっと五万円を調達することができたのです。
月曜日の夕方、学校から帰って来た野呂は僕の部屋をのぞいて、つめたい声で言いました。
「タロコ亨に一緒に行くか」
「行くよ」
僕もむっくり起き直って、無愛想に答えました。急いで身支度をととのえて、肩を並べて表に出た。両者とも終始黙々として、タロコ亭につくまで一言も口をきき合いませんでした。すでに戦いは冷戦の様相を呈し始めて来たのです。
陳根頑は調理場の片すみの椅子に腰をおろして、莨を喫っておりましたが、僕らの姿を見るとにこにこ立ち上って、先日と同じく二階に招じ上げました。席につくや否や野呂は、金を持って来たから家を売って欲しい、と切り出しました。すると陳は瞬間ですがちょっと意外そうな表情をしました。僕の推察では、陳はそんなにカンタンに金を持って来るとは思わず、おそらくこの件では一悶着を予想していたのでしょう。しかし陳は直ぐににこにこした笑顔に戻って、
「そうですか。それは御苦労さまです」
というようなあいさつをして掌をたたき、孫伍風を呼んで書類や紙筆の類を持って来させました。おもむろに筆をとりながら、
「じゃあ売渡書を作成しましょう。買い手はあんたら二人ですか」
「そうです」
と僕らは異口同音に答えました。すると陳はじろりと僕ら二人を見くらべ、さらさらと筆を動かしました。売渡書の内容は左の通りです。
売渡書
一、住所 東京都世田谷区大原町×××
二、家の内容 家屋木造平屋十二坪七合五勺
但し右家屋の権利書は現在不破数馬保管の為今後上記権利書に関する一切の問題に関しては不破数馬と陳根頑との間に於て解決す
一、金十万円也
年 月 日
東京都渋谷区大和田町×××陳根頑 ※
そして宛名は僕ら二人の連名になっています。その売渡書を野呂が受取ったものですから、僕はあわてて陳に頼んだ。
「陳さん。僕の分として今のをもう一通作成して下さい」
もう一通つくってもらって、文面を眺めると、権利書はまだ不破数馬が保管しているではありませんか。そこでその点について発言しようとすると、陳は掌をひらひらさせて僕を制して、
「不破のことなら大丈夫です。もし上京して来たら、あいつはたちまちひっくくられる。万事わたしに任せて置きなさい」
そして胸をどんと叩きました。そこで僕らは各自のポケットから五万円ずつ取出して、陳の前に置きました。陳はにこにこしながらそれをしまい込み、ぽんぽんと掌を打ち合わせました。すると孫伍風が丼を二つ持って階段をのぼって来ました。それを一つずつ僕らの前に置いたので、見るとただのラーメンです。支那竹と小さい海苔だけしか入ってない、一番安い三十円か四十円のやつでした。前回の豪華版にくらべて、何とまあ待遇が下落したものでしょうねえ。僕らが思わず顔を見合わせると、陳が猫撫で声で言いました。
「さあ。あったかいうちにお食べ」
僕らは箸をとり、卓の粉胡椒をやけくそな勢いでふりかけ、もぐもぐと食べ始めました。野呂なんかは胡椒をあんまりかけ過ぎて、それが鼻孔に入ったらしく、大きなくしゃみを五つ六つ続けさまに出したくらいです。陳根頑は椅子により、僕らが食べている有様を、眼を細めた老獪な表情でじっと眺めていました。僕はまるで夕飯のお余りを頂戴する犬か何かのような惨めな気持になって箸を動かしつづけました。
この日以来、僕ら二人は同じ家に住みながら、ほとんど口をきき合わなくなりました。生活上必要な最少の会話しか交さない。つまり会話は用事がある場合だけに限り、お早うとかおやすみのあいさつも一切省略です。野呂は毎日学校に通い、僕は僕で借財のためのアルバイトに大童でした。実際家は買ったものの、まだ一向に自分の家だという実感がない。家賃を払わなくても済む、以前と違う点はそのくらいなもので、あとはほとんど変らないのです。もっとも野呂の方は、新しく犬と猫を一匹ずつ飼い始めました。訊ねてみないから判らないけれど、野呂のことですから、ムダに飼うわけがありません。おそらく犬は家屋の番をさせるつもりでしょうし、猫には鼠をとる任務が課されているに違いありません。そうだとすれば野呂は僕とちがって、これは自分の家であると実感が、はっきりと出て来たのでしょう。そう言えば彼の立居ふるまいも、以前から見るとやや重々しくなり、いかにも家主的風格を帯びて来たようでした。
それから家賃については、僕が二千二百円、野呂が千八百円、その差の四百円は西日代というわけでしたから、野呂式論理によれば、廃止後も四百円を僕から請求できる筈だのに、何とも言って来ないのです。そのくせ、れいの日曜日の月謝の一割のテラ銭はちゃんと取立てているのですから、きっと忘れているのでしょう。あのチャッカリ屋にしては珍らしいことです。もっともまだ夏ではないから、今のところ西日代というのも可笑しな話ですが。
それからもう一つ、僕らの家になって変った点は、税務署の固定資産係から督促状が舞い込み、また徴収員がやって来るようになったことです。徴収員がやって来るのは大てい平日の昼間のことですから、野呂は不在で、自然に僕だけが応対に出ることになる。徴収員は鼻の赤い四十前後の男で、その男の説明によれば、不破時代のが三期分たまっているし、陳根頑は全然の未払い、だからそれらの全部を払って呉れというのですが、もちろんこの家屋の名義人は不破数馬になっている。不破の名前で僕らが払うのは、どうも変な気がするので、僕が徴収員にそう言うと、人の好さそうなその徴収員は困ったような表情で、はあそれも一理ですな、とすたすたと戻って行く。その恬淡にして公僕的たること、戦後税務吏員の中では異例に属し、表彰したいくらいの人物でした。しかし督促がある度に、義務としてそのことを僕は野呂に伝える。すると野呂は、そうかい、と言うだけであとは何も言いません。出すものは舌を出すんだって嫌がる男ですから、固定資産税なんか飛んでもないと考えているのでしょう。
こうして一つ家を二人で所有し合って以来、お互いにあまり口をきかなくなったが、それはお互いに無関心になったことかと言うと、飛んでもない、全然その反対なのです。表面上相手を黙殺するような態度をとり、生活の干渉を一切避けているように見えますが、内心はピリピリして、相手の一挙一動に神経をとがらせている。それはそうでしょう。家が僕らにぶら下る重みは、以前より大幅に増している。野呂は未だこの家を独占しようとの欲望は捨てていないに決っているし、すきあらば僕の弱点をつかもうとねらっているでしょう。そういう野呂に対して、僕も細心の注意を払わざるを得ないのです。毎日の日常がピリピリと緊張して、そのことがむしろ生甲斐を感じさせるほどでした。放って置けない相手が同じ屋根の下にいることは、実際張り合いがあるものですねえ。
その間の心理は野呂にも同じらしい。画にはあまり趣味を持たない彼が、僕の出品した展覧会をそっと見に行ったというのも、そんなことらしいのです。一体あいつがどんな画を描いたのかと、放って置けなかったのでしょう。それで黙っておれば僕に知られないでも済んだのだが、野呂には黙っておられない事情がありました。ある日戻って来た野呂が、庭で草むしりをしていた僕に、いきなり食いつくような勢いでどなりました。
「君は僕を侮辱したな!」
「侮辱なんかしないよ」と僕もわけが判らないまま身構えました。「僕が君を侮辱するわけがない」
「侮辱した!」野呂は板の間でいきり立ちました。「君は展覧会に〈イボのある風景〉というのを出したじゃないか。あれは俺の顔だろ?」
「飛んでもない」と僕は抗弁しました。「君の顔なんかであるものか。あれはシュールレアリズムの風景画に過ぎん」
「いや、うそを言うな。僕の直感ではあれはたしかに僕の顔だ」
「へえ。合理主義者の君が直感なんてものを信じるのか。バカバカしいや。あれは僕が描いた画だよ。僕が描いたからには、僕が一番よく知っている。そもそもあの画のモチーフなるものは――」
云々と僕が、いろいろ専門語を混ぜて説明し始めたものですから、野呂は口惜しげに黙ってしまいました。野呂にとっては画は専門外ですから、自分の顔だというキメ手が発見できなかったのでしょう。
陳から家の売渡しを受けて、二ヵ月経った頃、すなわち今から一ヵ月ほど前のある日のことです。僕が昼食を済ませて、玄関の手紙受け(これも家が僕らのものになって以後野呂がつくったものですが)をのぞいて見ますと、封書が一通入っています。手にして見ると、宛名人の居住先不明の符箋がついていて、つまり発信人に差戻しの手紙なのですが、その宛名を見て僕はあっと驚いた。なんとその宛名が『不破数馬』で、裏を返すと発信人は野呂旅人です。何かたくらみやがったな、とそれを持って僕は部屋に戻って来た。何を野呂がたくらんだか、封を切って中身を調べれば直ぐに判りますが、そうすれば野呂のことだから信書開封の故で難癖をつけて来るだろうし、追い出しの口実を与えるようなことになるかも知れない。と言って放っておくわけにもいかないし、とつおいつ迷ったが、ついに好奇心の方が勝ちを占めました。警察大学のやり方にならい、湯気をあててそっと開封する手を思いついたのです。早速お湯を沸かし、その湯気を封にあてていると、やがて糊がゆるんで来て、難なく開封出来た。胸をわくわくさせて、中身をひっぱり出して見ると、それは一枚の赤罫のペラペラ紙で、内容証明専用の罫紙なのです。それに文字がぎっしり詰まっている。僕は急いで読み始めました。それは次の如き文面です。
『拝啓用件のみ申し上げます。かような手紙を差上げる事情は御推察のことと存じますが、貴殿名義の世田谷区大原町×××番地の家屋につきまして、今般陳根頑氏と協議の結果、陳氏に十万円を手交して、私がその権利を譲り受けることになりました。その際陳氏は〈不破数馬氏は十八万円程自分に借金があり、目下行方不明のためこの家の登記が自分名義に変更できない始末である。しかしこの家に関する一切の問題については不破氏と陳との間において解決す〉との一札を入れて下さいました。そこで十万円を陳氏にお渡ししたのですが、固定資産税支払いの関係もあり、至急当方名義に登記する必要に迫られておりますので、こちらの意のあるところを御諒承下さいまして、登記申請のため此状到着次第印鑑証明をお送り下さいますよう、伏してお願い申し上ぐる次第でございます。なお陳氏は、貴殿が印鑑証明をお送り下されば、それだけにてすべてを水に流すつもりだと、口頭ながら洩らしておられましたことを申し添えます。貴殿の現住所が不明でしたので、とりあえずこの手紙を本籍地宛てにいたしました非礼をお許し下さい。