Chapter 1 of 5

暗闇の中の声

奇賊烏啼天駆と探偵袋猫々の睨み合いも久しいものである。

この勝負は一向かたづかないままに、秋を送り、この冬を迎えた。

ところがここに袋探偵は、一つの手柄をたてた。いや幸運を掴んだといった方がいいかも知れない。というのは、今から三日前の夜、虎ノ門公園地内でのだんまり一幕。

かれ猫々は、その夜すっかり酔っぱらってあそこを通りかかったが、どうにも身体が思うようにならず、そこでしばらく時間をやり過ごすことにして、ふらふらと足を踏みこんだのがあの公園。亭のあるところまで行きつかないうちに力が抜けてしまい、どんと尻餅をついてそのままと相成ったのが、入口から入ったすぐのところの八つ手の葉かげ。

そこですっかり身体が安定してしまって、ぐっすり睡込んだ。――と思ったら、たちまち夢を破られた。何者とも知れず、十歩位でとんで行けそうなすぐ傍で左右に分れて睨みあったる二組の人影。それがあたりを憚りつつ凄文句を叩きつけ合う。時々声高になって言葉に火花が散るとき、かれ袋探偵の酔払った耳底に、その文句の一節が切れ切れにとびこむ……

水鉛鉱のすばらしい鉱山が見つかった。

その仮称お多福山の場所は秘密だ。

おぬしだけが知っているんだ。

とんでもない。

金山源介は殺された――お多福山の宝を見つけて、見本の原鉱を掘りだした男………

殺したのはおぬしだ。

うそだ。でたらめだ。

烏啼の身内と分ったからにゃ、話はお断りだ。

そんなことはいわない方がいいだろうぜ。笹山鬼二郎、おぬしは悪人だ、卑怯者だ。

儲けは山分けだ。

いやだ。

おぬしの大将に何もかもぶちあけて、大将にかけ合う。

まあ、待て。

おぬしは源介から横どりした秘密地図を持っているんだ。それを今、半分に破いてこっちへ寄越せ。

ちょッ、悪い者に見こまれたよ。じゃあ今出して、それを半分にするから……ちょっと待っていて下さいよ。

その次に起ったことを、袋探偵はわりあいはっきり覚えている。

というのは、たちまち身近に起った大乱闘。罵る声。悲鳴。怒号。殴りつける音。なにかがしきりに投げつけられる音。それから乱れた足音。遠のく足音。……

袋探偵は、八つ手のかげで、いくたびとなく立とうと努力した。だがそれは遂に駄目であった。腰が重くて、力がはいらなかった。そのうちに何だか机ぐらいの大きさのものがとんで来て、彼を張り倒した。彼は温和しくなった。

やがて彼は気がついた。

身体の方々に、はげしい痛みを感じた。手をちょっとあげても痛いし、足をちょっと動かしても痛い。腰のあたりがひりひりする。

だがうれしいことに、こんどは二本の足で立上ることができた。ただし彼の背は丸く曲ったままであった。だがこれは元々彼が猫背のせいなので、なにも今夜に始まったことではない。

彼は長時間厄介になった八つ手のしげみから放れようとして、蹴つまずいた。足の先に、ずしりと重いものを突っ掛けた。見ると折鞄が落ちていた。

彼はそれを拾いあげて、常夜灯の下まで持っていって改めた。このとき彼の眼は、もう酔眼ではなかったが、全く見覚えのない鞄であった。彼はその鞄を元の場所へ置くために引返したが、五足六足行ったところで気が変った。

彼はその鞄を小脇に抱えこんで、公園の木立の闇をくぐり、外の街路へ出た。

それから彼は無事に自分の事務所へ戻りついた。

戸をあけて玄関にはいると――彼だけが知っている暗号錠の動かし方によって、彼はこの戸じまり厳重な屋内へはいることが出来るのであった――忠実なばあや関さんが起きて来て出迎えた。午前二時をすこし廻っていた。かくべつ用はないから、ばあやさんには自分の寝室へ引取って貰って、彼もまた自分のベットを探しあてて、中へもぐりこんだ。

袋猫々は何も知らなかったが、彼が公園を出たあと三十分ほど経って、三人の男がこの公園の中へ駆けこんで来た。そしてさっきの格闘のあとの地面の上を嗅ぐようにして、しきりに何かを探し始めた。

彼らは一時間ほど探してから、三人鳩首して首をかしげ、晴れない顔付のままで公園から出ていった。

当夜、袋探偵が拾った折鞄は、烏啼天駆の義弟の碇健二の鞄だった。その中には烏啼にとって非常に重要機密なる書類もいくつかはいっていて、あの翌朝、袋探偵をたいへん喜ばせたものである。彼はその書類だけを鞄から抜きだして、彼が最も信頼するところの書斎の壁にはめつけの金庫の中にしまった。鞄の方は、硝子戸棚の中に入れて、鍵をかけてしまった。

彼は、烏啼に対しては、全然知らない顔でいることにした。しかし定めし向こうでは気に病んでいることと思われた。

Chapter 1 of 5