Chapter 1 of 18

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海底都市

海野十三

妙な手紙

僕は、まるで催眠術にかかりでもしたような状態で、廃墟の丘をのぼっていった。

あたりはすっかり黄昏れて広重の版画の紺青にも似た空に、星が一つ出ていた。

丘の上にのぼり切ると、僕はぶるぶると身ぶるいした。なんとまあよく焼け、よく崩れてしまったことだろう。巨大なる墓場だ。犬ころ一匹通っていない。向うには、焼けのこった防火壁が、今にもぶったおれそうなかっこうで立っている。こっちには大木が、黒焦げになった幹をくねらせて失心状態をつづけている。僕の立っている足もとには、崩れた瓦が海のように広がっていて、以前ここには何か大きな建物があったことを物語っている。

悪寒が再び僕の背中を走りすぎた。

僕はポケットに手を入れると、紙をひっぱりだした。それは四つ折にした封筒だった。その封筒をのばして、端をひらいた。そして中から用箋をつまみ出して広げた。

その用箋の上には次のような文字がしたためてあった。

――君は九日午後七時不二見台に立っているだろう。これが第二回目の知らせだ。

これを読むと、僕はふらふらと目まいがした。今日は九日、そしてうたがいもなく僕は今、この手紙にあるとおり不二見台に立っているのだ。ふしぎだ。ふしぎだ。ふしぎという外はない。

僕は一昨日と昨日とふしぎな手紙を受取ること、これで二度であった。その差出人は誰とも分らない。僕の知らない間に、その手紙は僕の本の間にはさまっていたり、僕の通りかかった路の上に落ちていたりするのだ。その封筒上には、僕の名前がちゃんと記されており、そして注意書きとして「この手紙は明日午後七時開け」と書いてあったのだ。

昨日開いた第一回目の知らせには「君は今寄宿舎の自室に居る。机の上には物象の教科書の、第九頁がひらいてあり、その上に南京豆が三粒のっているだろう」とあった。

そのとおりであった。ふしぎであった。まるで僕の部屋をのぞいて書いた手紙のようであった。しかしよく考えてみると、この手紙はその前の日にもらったものである。前の日から、翌日の僕の行動が分っているなんて、全くふしぎである。

ふしぎは、今もそうだ。僕は一時間前、急に決心してこの不二見台へのぼることにしたのだ。それは第二回目の予言をあたらないものにしてやろうと思い、寄宿舎からは電車にのって四十分もかかる、この不二見台へのぼってみたのである。

ところがどうだ、ちゃんと的中しているのだ。なんという気味のわるいことだろう。これが身ぶるいしないでいられるだろうか。

その後、僕は神経を針のようにするどくして警戒していた。それは例の気味のわるい予言的な手紙の第三回目の分がそのうち僕の手に届けられるだろうが、そのときこそ僕はその手紙の主をひっつかまえてやろうと思ったからだ。

ところがその手紙は、僕の予期に反してすぐには届けられなかった。前の手紙がついたその翌日もその翌々日も新しい手紙は届けられず、それではもうおしまいかと思っていたところ、その次の日になって、遂に第三回目の手紙が僕の手許へ届けられた。ただし僕は一生けんめいに警戒していたにもかかわらず、その手紙の主をつかまえることに失敗した。

というのは、その手紙は僕がその日の朝、寄宿舎で目をさましたとき、僕の枕許においてあったからだ。

ふしぎ、ふしぎ。いったい誰がこんなに早くこのあやしい手紙を持って来たのであろう。僕が何にも知らないで眠っているとき、僕の枕許に近づいてこのあやしい手紙をおいて行く怪人――その怪人の姿を想像して僕は戦慄を禁ずることができなかった。なんという気味のわるいことだろう。その怪人は、そのとき僕の寝首をかくこともできたのだ。そう考えると僕はますます気持がわるくなり、自分のくびのあたりを手でさわってみた、もしや怪人の刃をうけてそこから血でも出てはいまいかと、心配になったので……。もちろん血は出ていなかった。

怪人の正体は、僕には全く想像がつかなかった。僕はその第三回目の封筒を手にして、しばらくはふるえていた。封筒の上には、これまでと同じに、明日の午後七時に開封せよとの注意がしたためてあった。

僕はその日一日中、あやしい手紙のことでいっぱいであった。夜になって僕はますます胸がくるしくなった。と同時に、しゃくにさわり出した。僕はたまらなくなって、その夜寝床に入ってから、ふとんの中でその封筒をそっとあけてみた。怪人の命令よりは一日早かったけれど……。

するとその手紙には、「君は十三日午後七時、ふたたび不二見台に立っている。そして君は思いがけない人から思いがけない話をきいて、ふしぎな旅行に出発する事になる」と書いてあった――僕は頭からふとんをかぶってねてしまった。

夜があけると、いよいよ十三日、その当日であった。僕は手紙にあるように、決してその当日は不二見台へのぼるまいと決心したのであった。

だが、目に見えぬあやしい力は、僕に作用し、僕の足は僕の心にさからって僕を不二見台へはこんでいった。そして僕は、そこで思いがけない人に出合った。

かわった少年

無遊病者のように、廃墟の不二見台に立っていた僕だった。

僕のからだは氷のようにかたくなって、西を向いて立っていた。暮れ残った空に、この前来たときと同じに、怪星が一つかがやいていた。

「本間君。やっぱり君は来てしまったね」

僕はとつぜんうしろから声をかけられた。その声をきくと僕は電気にうたれたようにその場に身体がすくんでしまった。いよいよ出たぞ、怪人が! 果して何者?

壊れた瓦の山を踏む無気味な足音が、僕のうしろをまわって横に出た。僕のひざががたがたふるえだした。うつろになった僕の眼に一人の少年の姿が入ってきた。

「本間君、君はふるえているのかい」

僕の気持は、ややおちつきをとりもどした……。

「あっ、君は……」

僕の前に立ってにやにや笑う少年。それは同級生の辻ヶ谷虎四郎君であった。

この辻ヶ谷君というのは、かわった少年で、少年のくせに額が禿げあがっており、背は低いが、顔は大人のような子供で、いつも皆とは遊ばずひとりで考えごとをしているのが好きで、ときには大人の読むようなむずかしい本をひらいて読みふけっていた。したがって今まで僕たちは、辻ヶ谷君とはほとんど口をきいたことがない。

その辻ヶ谷君の、かさかさにかわいた大きな顔を見たとき、僕は今までの秘密がなにもかも一ぺんに分ったように思った。

「ふふふふ、本間君。なにもそんなにふるえることはないよ。僕は君が好きだから、君を選んだわけだ。僕は君をうんとよろこばしてあげるつもりだ」

「あんないたずらをしたのは、君だったの」

「いたずらだって、とんでもない。いたずらなんという失敬なものじゃないよ」

と辻ヶ谷君は僕と向きあって、大きな顔をきげんのわるい大人のような顔にゆがめた。

「僕は君に、すばらしい器械のあることを教えてあげたのさ。実にすばらしい器械さ。未来のことがちゃんと分る器械さ。いや、そういうよりも、未来へ旅行する器械だといった方が適当だろうね」

辻ヶ谷君は、とくいらしく右あがりの肩をそびやかせた。

「未来へ旅行する器械? うそだよ。そんなものがあってたまるものか」

僕は信じられなかった。

「ふふふふ。君はずいぶん頭がわるいね。なぜって、そういう器械があればこそ、君は三回も、その翌日の行動を僕にいいあてられたんじゃないか」

辻ヶ谷君がなんといおうと未来の世界へ旅行ができるなどというふしぎな器械が、この世にあろうとは、僕には信じられなかった。

「頭がわるいねえ、本間君は……」と、辻ヶ谷君は気の毒そうに僕を見ていった。「まあいい。君をその器械のところへ連れていってやれば、それを信じないわけにいかないだろう」

「君は、気がたしかかい」

僕はもうだいぶんおちついてきたので、そういってやりかえした。

「僕のことかい。僕はもちろん気はたしかだとも。さあ、それではこっちへ来たまえ。そこに入口があるんだから……」

そういった辻ヶ谷君は、そこにしゃがみこんで、自分の足もとの、こわれた瓦の山を掘りかえしはじめた。しばらく掘ると、下からさびた丸い鉄ぶたがあらわれた。辻ヶ谷君はその鉄ぶたの穴へ指を入れ、上へ引っぱるとふたがとれ、その下は穴ぼこになっていた。辻ヶ谷君は、こんどはその中へ手をぐっとさしこんだ。肘も入った。腕のつけねまで中に入った。顔を横にして辻ヶ谷君はしかめッ面になった。

「どうしたい、辻ヶ谷君」

僕は、すこし気味がわるくなったので、きいてみた。

「しずかに……」辻ヶ谷君は、しかりつけるようにいった。

「……うん、あったぞ」

辻ヶ谷君の青んぶくれの顔に赤味がさしたと思ったら、彼はあらい息と共に穴から腕をひきぬいた。穴ぼこの中からがちゃがちゃという音がきこえたと思ったら、彼の手は鉄の鎖を握って引っぱりだした。

「これさ。これを引っぱると、君の目玉はぐるぐるまわしだ、びっくりするだろう。いいかね」

辻ヶ谷君は、その鎖に両手をかけて、えいやッと手もとへひいた。すると、どこだか分らないが近くで、ぎいぎいぎぎいと、重い扉がひらくような音がした。いや、ほんとうに扉がひらいたのだ。すぐ目の前の小石が瓦のかけらが一方へ走りだしたと思ったら、敷石のゆかが傾き出してその上から地下道へつづいている階段が見えだしたのだ。さあその階段を下りて地面の下へ入って行くのだ。「頭をぶっつけないようにしたまえ。君から先へ……」

辻ヶ谷君はそういって僕の尻をついた。僕は不安になったが、ここで尻込みしていたのではしょうがないから、思い切って腰を曲げると、はね橋のようにはねあがったゆかをくぐって、地下への階段をふんだ。

もうのっぴきならない運命が僕をとらえてしまったのだ。不安も恐怖も今はなくなってしまって、あとは辻ヶ谷君のさしつける懐中電灯の光をたよりに、どんどん地下へ下った。階段がつきると、ぼんやりと明りのついた廊下が左右へ走っていたが、辻ヶ谷君はその左の方へ進んでいった。その廊下は、その先でもう一度右に折れると、その奥で行きどまりとなっていた。辻ヶ谷君は、その奥まで行って、手さぐりで壁の上を探しまわっていたが、そのうちに澄んだベルの音が聞こえだしたと思ったら、壁がぱくりと口を開いた。

行きどまりの壁が、すうっと下って、下にはまりこみ、目もさめるほどの明るい部屋が目の前にあらわれた。形のふしぎな器械がずらりと並んでいる。

「早くこっちへ入りたまえ」

辻ヶ谷君にいわれて、僕は下へ落ちた壁――それは隠し扉であったのだ――をまたいで中へ入った。ぷうんといい匂いがした。ばたんという音がしたので、後をふりかえってみると、隠し扉が元のようにあがって、壁になっていた。

タイム・マシーン

ふしぎなこの地下の器械室に足をふみ入れた僕は、おどろきとめずらしさに、ぼんやりとつっ立っていた。

「おい本間君。早くこっちへ来たまえ」

僕をこの部屋へ連れこんだ辻ヶ谷君は、そういって一台の背の高い円柱形の器械の前から手まねきした。

その前へ行ってみると「タイム・マシーン第四号」と真鍮の名札が上にうってあり、その名札の下には、計器が五つばかりと、そして白い大きな時計の指針のようなものが並んでついていた。

辻ヶ谷君は、その器械の横についている小さい汽船の舵輪のようなものにとりついて両手を器用にうごかし、からんからんと輪をまわした。すると器械の壁が、計器の下のところで引戸のように横にうごくと、そこに人の入れるほどの穴があいた。

「本間君。その中へ君は入るんだよ」

「えっ、この中へ……」

「そうだ。それが時間器械なのだ。それはタイム・マシーンとも航時機ともいうがね、君がその中に入ると、僕は外から君を未来の世界へ送ってあげるよ。君は、何年後の世界を見物したいかね。百年後かね、千年後かね」

百年後? 千年後? 僕はそんな遠い先のことを見たいとは思わない。そんな先のことを見てびっくりして気が変になったらたいへんである。それよりはわりあい近くの未来の世の中が、どうなっているか見たいものである。僕は考えた末、辻ヶ谷君にいった。

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