Chapter 1 of 35

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怪塔王

海野十三

怪老人

怪塔王という不思議な顔をした人が、いつごろから居たのか、それは誰も知りません。

一彦とミチ子の兄妹が、その怪塔王をはじめてみたのは、ついこの夏のはじめでありました。

そこは千葉県の九十九里浜というたいへん長い海べりでありました。一彦は中学の一年生であり、ミチ子は尋常の四年生でした。二人は夏休がはじまると、まもなくこの九十九里浜へまいりました。

二人はたいへんふしあわせな兄妹で、小さいときに両親をうしないました。そののちは、帆村荘六という年のわかいおじさんにひきとられ、そこから東京の学校にも通わせてもらっていました。

帆村荘六というと、ご存じのかたもあるでしょうが、有名な青年探偵です。帆村探偵という名は、きっとどこかでお聞きになったでしょう。荘六おじさんは機械のことになかなかくわしい人です。理学士だそうですからね。

荘六おじさんは、夏休をむかえた兄妹を、この九十九里浜にある別荘へ遊びにやってくれました。

九十九里浜は、なかなか景色のいいところです。そして実にひろびろとしたところで、さびしいくらいのものです。

怪塔王に出会ったのは、一彦とミチ子がここへきてから、二三日のちのことでありました。兄妹が、波うち際で、貝がらをひろって遊んでいますと、うしろでざくりざくりと砂を踏む音がするではありませんか。

「だれかしらん」

と、うしろをふりかえってみると、背のひょろたかい一人の老人が、腰を曲げてよぼよぼと歩いていきます。肩には何がはいっているのか、大きな袋をしょっていました。

一彦は、そのとき下から老人の顔をちらと見上げましたが、おやと思いました。なぜといえば、その老人の顔がいかにも奇妙な顔だったからです。

砂の上をざくざくと歩いてゆく老人の顔が、たいへん奇妙だったといいましても、決してこわい顔だの、おそろしい顔ではありません。

いや、むしろおそろしいの反対で、ずいぶん滑稽な顔なのです。それは、よくお祭のときなどに、つくり舞台のまんなかへ出てきて滑稽なことをやってひとを笑わせるひょっとこだの、汐ふきだのというおかしい面をかぶった者がありますが、そのうちであの口のとんがった汐ふきそっくりの顔をしていたのです。

(あははは、おかしいな)

と笑おうとした一彦でしたけれど、老人を笑うなんてよくないと思って、あわてて笑をかみころしました。

汐ふき顔の老人は、なんにも気がつかないという風に、兄妹のうしろをとおりすぎました。そしてどこまで行くのか、袋を肩にかついだままとぼとぼと浜づたいに向こうへいってしまいました。

「ミチ子、いまのお爺さんの顔を見た」

「ええ見たわ。口が狐のようにとんがって、ずいぶんおかしかったわ。兄さんも見たの」

「うん、僕も見たとも。笑いたくてね、それをこらえるのにとても困っちゃったよ。あはは」

「おほほほ」

「ミチ子、ちょっと兄さんが真似をしてみせようか。ほら、こんな具合に――」

と、一彦が口をとがらせ、腰を曲げてよぼよぼと老人の通った砂の上を歩いてみせますと、ミチ子はおなかを抱えて、ほほほほと笑い転げました。

ミチ子はあまり笑いすぎて、息ができないくらいでしたが、そのうちに兄の一彦があまり静かにしているので、はっと思いました。

「兄さん、どうしたの」

一彦は返事もしないで、腰をかがめてじっと砂の上を見つめています。

「ミチ子、来てごらん。変なものが――」

「ミチ子、来てごらん。変なものが――」

という一彦の声に、ミチ子はいきなり胸をつかれたようにびっくりし、兄のそばへとんでゆきました。

「ほーら、こんなものが落ちている」

と一彦が指さすところを見ると、砂の上に妙な形をした鍵が一つ落ちていました。

「あら、鍵ね」

鍵にはちがいないが、普通の鍵の十倍ぐらい大きいようでした。色はまっくろで、鍵の切りこんだ牙みたいなところが、まるで西洋のお城の塔のような形をしています。その上怪しいのは、その鍵を握るところについている彫りものです。それはよく見ると猿の頭の形になっていました。その彫刻の猿は、大きな口をあいて、上目で空の方でも眺めているような恰好をしています。

一彦は、その鍵がたいへん気に入ったと見えまして、いつまでも砂地でその鍵をもてあそんでいました。

ところがそこへ、ばたばたと駈けてきたものがあります。みると外ならぬ例の汐ふきのような顔をした老人でした。

老人は、あたりをきょろきょろ見まわしながら、一彦とミチ子の前まできました。

「お子供衆、このへんに猿の鍵がおちていやしなかったかな」

と、ふくみ声でたずねました。

「おじいさん、これですか」

と、一彦が砂の中に埋めてあった鍵を出してみせますと、

「おお、これじゃこれじゃ」

と、一彦の手からひったくるように鍵をとると、お礼もいわずに元きた道へ走り去りました。

「兄さん。あのおじいさん、とても変なひとね。ありがとうともいわなかったわ」

と、ミチ子が怒ったような声でいいました。

一彦はただ一言「うん」とこたえたまま、老人の後姿をじっと見つめていました。その顔には、ただならぬ真剣な色がうかんでいました。

怪事件

九十九里浜の沖に、一大事件があったのを一彦とミチ子とが知ったのは、その翌朝のことでありました。

一大事件とは、一体どんなことだったでしょうか。軍艦淡路――といえば、みなさんも、すぐ、あああの最新式の戦艦のことかとおっしゃるでしょう。そうです、軍艦淡路は、帝国海軍が世界にほこる実にりっぱな戦艦であります。工廠で作りあげられ、海をはしるようになってからまだ一箇月にもなりません。いままでの戦艦とはちがって、たいへんスピードが早く、これまでの戦艦とは全くちがった不思議な形をしていました。まるで要塞が海に浮かんだような恰好だと、誰かがいいましたが、そのとおりでした。

その軍艦淡路が、昨夜九十九里浜の沖で、どうしたわけか進路をあやまって、浅瀬にのりあげてしまったのです。

いくら大きな最新式の軍艦でも、浅瀬にのりあげるとは変なことではありませんか。

航海長は、決してあやまちをした覚えがないといっています。

ただ不思議なことに、九十九里浜沖を走っていた軍艦淡路は、いつの間にか陸の方へひきよせられ、そして変だなと気がついたときは、もう遅く、浅瀬にのりあげてしまっていたのです。それから先は、機関をどんなにうごかしてみても、びくとも艦はゆるがず、そのうちに軍艦の底の割れ目から海水がはいってきて、大きな艦体は、舳を上にして傾いてしまいました。

これが夜中の出来ごとなので、そのさわぎといったら大へんでありました。村の人々は軍艦淡路のふきならす非常汽笛に目をさまして、すぐさま、まっくらな浜べにかけつけたそうです。そのとき軍艦は探照灯をつけ、空にむけてしきりにうごかしていたといいます。

一彦とミチ子とは、ぐっすり眠っていて、朝になるまでそれを知らなかったのです。

一彦とミチ子は、昨夜の怪事件を知ると、驚きのあまり、朝御飯もたべないで浜べにかけつけました。

「あっ、あれが軍艦淡路だ。すごいなあ」

「あら、あんなに傾いているわ。兄さん、あの軍艦は沈みはしないかしら」

「さあ、どうだか。誰かに聞いてみようよ、ミチ子」

兄妹は、浜べにあつまった人たちの間をぬって、誰か事件にくわしい人はいないかしらとさがしまわりました。すると、そのときボートが浜べについて中から水兵さんが、どやどやと下りてきましたが、そのうちの一人が、警戒に来ているお巡りさんのところへやってきて、話をはじめました。

「警官、藁むしろは集りそうですか」

「ここの村では、水兵さんが申し出られたほどは集りませんが、その半分ぐらいは集りそうです。のこりの半分は、いま方々へ人を出して集めていますから、心配はいりませんよ」

「そうですか。早くしてもらいたいですね。潮はこれからどんどん引くそうだから、軍艦はますますあぶなくなります」

「水兵さん、一体どうしてあんなことになったんです。航海長の失策ですか」

「いや、そんなことはない。全く不思議というよりほかはないのです。いつの間にか、あの大きな艦体が陸地へひきよせられていたというわけです。まるで磁石に吸いよせられた釘のようなわけですよ」

「変なことですねえ」

「変なことといえば、もっと変なことがあるんです」

「えっ、もっと変なことがあるんですか」

とお巡りさんは、びっくり顔色をかえて水兵さんの面を見つめました。

「そうです。さらに変なことというのは、軍艦の檣が――これは鋼鉄でできているんですよ。それが一部熔けて、飴のように曲っているんです」

遭難軍艦の檣が、どうしたわけか飴のように曲っているという水兵さんの不思議そうな話に、一彦とミチ子が眼をあげて沖を見ると、なるほどそのとおり、後部の檣が、まん中から飴の棒を曲げたように曲っていました。

「風が吹いたわけでもないのにですねえ」

と、お巡りさんが水兵さんに話しかけますと、

「じょ、冗談じゃありませんよ、警官。あれは鋼鉄の柱ですから、風が吹いたくらいで曲るものですか」

「なるほど、それもそうですね。これはどうも訳がわからないことになった」

お巡りさんもとうとう匙をなげだしてしまいました。

そのうちに、空の一方から飛行機の爆音が聞えてきたと思ううちに、南の方から六つの機影がぐんぐん近づいてきました。

「ああ、偵察機だ。勇ましいなあ」

と、一彦はもう大喜びです。

偵察機は、三機ずつ二組の編隊を作っていましたが、やがて傾いている軍艦淡路のま上までくると、ぐるぐる廻りだしました。機上から空中写真をとっているのでありましょう。

それから暫くすると、中の二機は機首をかえしてどんどんひきかえしていきました。

あとには四機の偵察機が、はなればなれになって、九十九里浜の上空を、いつまでもぶんぶんと飛びまわるのでありました。

「ははあ、上空からこのへん一帯を警戒しているのだよ」

「兄さん、たいへんなことになって来たわねえ」

ミチ子は目をまるくして、一彦の腕をしっかとおさえていました。

しかし、まだこの浜べのさわぎは、ほんの始りだったのです。おひるごろになると、どこから来たのか、駆逐艦だの、変な形をした軍艦とも商船ともわからない船だのが、およそ十隻ほども集ってきて、沖はなかなか賑やかになりました。

帆村探偵

さわぎはますます大きくなって、午後になると陸戦隊がボートにのって、浜べにつきました。そしてただちに警戒につきました。

沖合には、坐礁した大戦艦淡路が傾いており、そのまわりには大小いろいろな軍艦がぐるっととりまき、空には尻尾を赤く塗った海軍の偵察機が舞い、それを背景にして、浜べには陸戦隊が銃剣をきらめかして警戒をしているのです。

しずかなほんの漁村にすぎなかったこの海べの村は、一夜のうちにたちまち姿をかえて、まるで戦場のようなさわぎになってしまいました。

「おお一彦君にミチ子ちゃんじゃないか。どこに行ったのかと思って、おじさんは心配していたところだよ」

そういう声とともに、兄妹の肩をやさしくたたいた人がありました。

「あっ、帆村おじさんだわ。おじさん、いつここへいらしたの」

「ああおじさん、とうとうやって来たねえ。僕、なんだかおじさんが来るような気がしていたよ」

「ああそうかそうか」

おじさんはにこにこ顔です。

兄妹のおじさんて、誰だか皆さん御存じでしょうね。あの有名な青年探偵の理学士帆村荘六氏です。

「ねえ、おじさん。あの軍艦が坐礁したり、檣が曲ったことについては、なにか恐しいわけがあるんだろう」

と、一彦が遠慮のない問をかけますと、帆村探偵は口をきゅっと曲げて、

「うん、それについて君たちの力を借りたいことがあるんだよ。君たちは、向こうの丘の上に建っている塔のことについて、なにか知らないかね」

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