Chapter 1 of 6

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地中魔

海野十三

少年探偵三浦三吉

永く降りつづいた雨がやっとやんで、半月ぶりにカラリと空が晴れわたった。晴れると同時に、陽の光はジリジリと暑さをもって来た。

ここは東京丸の内にある有名な私立探偵帆村荘六氏の探偵事務所だ。

少年探偵の三浦三吉は、今しも外出先から汗まみれになって帰って来たところだ。いきなり上衣とシャツとを脱ぎすてると、乾いたタオルでゴシゴシと背中や胸を拭いた。それがすむと、どこから持って来たのか冷々と露の洩れている一升壜の口を開いてコップに移した。冷え切った麦湯! ゴクンゴクンと喉を通って腸までしみわたる。

「ああ、いい気持だ」

と三吉少年は胸を叩いて独り言をいった。そのとき天井を仰いだ拍子に、欄間の彫りものの猫の眼が、まるで生きているようにピカピカと青く光っているのに気がついた。

「オヤッ!」

少年は驚きの声をあげた。

怪事件?

三吉少年はコップを下に置くと、テーブルの下を探って釦をグッと押した。すると、天井に嵌めこまれてあった電灯のセードが音もなく、すうっと下りてきた。

だがセードは床から一米ばかりの所でピタリと停った。

見るとセードのあった穴から太い金属の円柱が下りて来た。セードはその円柱の先についているのだ。円柱には二つの穴があった。三吉は眼を穴にあてた。そして円柱の横についているヨーヨー位の大きさの受話器をとって左の耳にあてた。人の話声がする。

「では明日中にどうぞ」

「大丈夫です。不肖ながら大辻がこの大きい眼をガッと開くと、富士山の腹の中まで見通してしまいます。帆村荘六の留守のうちは、この大辻に歯の立つ奴はまずないです」

少年はクスリと笑って受話機をかけ、円柱に手をちょっと懸けると、この機械は忽ち動き出し、スルスルと天井の中に入って元のようにセードばかりが残った。

すると側の扉が開いて、洋服を着た小さい力士のような大人が入って来た。グリグリと大きい眼だ!

地底機関車

「三吉、大事件だ。お前も働かせてやる」

とグリグリ眼の男はイキナリ言った。

「大変威張ってたね、大辻老」

と三吉少年は天井を指さして笑った。天井から下りて来ていたのは、この事務所の応接室を覗く潜望鏡のような眼鏡と、その話をききとる電話とだった。客が来ているときは猫の眼が青く光る仕掛だ。

「こいつがこいつが」と老人らしくもないがグリグリ眼の大辻小父さんは、三吉の頸を締めるような恰好をした。「しかし大事件を頼んでいったよ。芝浦の大東京倉庫の社長さんが来たんだ。昨日の夕刻、沖合から荷を積んでダルマ船が桟橋の方へやって来るうち、中途で船がブクブク沈んでしまった。貴重な品物なので今朝早く潜水夫を下してみたところ、チャンと船は海底に沈んでいた。しかし調べているうちに、大変なことを発見した」

「面白いね」と三吉少年は手をうった。

「なにが面白いものか」と眼をグリグリとさせて「荷物の一部がなくなっているんだ。しかも一番急ぎの大切な荷物が」

「その荷物というのは、なーに?」

「地下鉄会社が買入れた独逸製の穴掘り機械だ。地底の機関車というやつだ。三噸もある重い機械が綺麗になくなってしまったんだ」

不思議も不思議!

ホラ探偵大辻又右衛門

「地底機関車というのは、素晴しく速力の速い穴掘り機械で、今日世界に一つしかないものだそうだ。何しろそれを造った独逸の工場でも、もう後を拵えるわけにゆかない」

「なぜ?」と三吉少年は訊ねた。

「それを作った技師が急死したからだ」と、ここで大辻老は得意の大眼玉をグリグリと動かした。「地下鉄では青くなっている。是非早く探してくれというんだ。それでわしのところへ頼みに来た。ヘッヘッヘッ」

「あんなこといってら。先生に頼みに来たんだよ。誰が大辻老なんかに……」

「ところが、ヘッヘッヘッ。――先生は今フランスへ出張中だ。先生が手を下されることは出来ないじゃないか。そうなれば、次席の名探偵大辻又右衛門先生が出馬せられるより外に途がないわけじゃないか。つまりわしが頼まれたことになるのじゃ。オホン」

大辻老はそこで大将のように反身になったが、テーブルの上の麦湯の壜をみると、忽ちだらしのない顔になり、ひきよせるなり、馬のような腹に波をうたせて、ガブガブと一滴のこらず呑んでしまった。

「ああ、うまい。ここの井戸は深いせいか、実によく冷えるなア」

三吉にはそれも耳に入らぬらしく、折悪しく帆村名探偵の海外出張中なのを慨いていた。

怪盗「岩」

「岩が帰ってくるそうじゃ」

そういったのは警視総監の千葉八雲閣下だった。

「なに、岩が、でございますか」

とバネじかけのように椅子から飛び上ったのは大江山捜査課長だった。それほど驚いたのも無理ではなかった。岩というのは、不死身といわれる恐しい強盗紳士だ。彼は下町の大きい機械工場に働いていた技師だが、いつからともなく強盗を稼ぐようになっていた。頭がいいので、やることにソツがなく、ことに得意な機械の知識を悪用して、身の毛もよだつ新しい犯罪を重ねていた。三年前に脱獄して行方不明になったまま、ひょっとすると死んだのだろうと噂されていた岩だったが……。

「ここに密告状が来ている」

総監は桐函の蓋をとって捜査課長の前に押しやった。その中には一通の角封筒と、その中から引出したらしい用箋とが入っていた。

「うーむ」と課長は函を覗きこんで呻った。「イワハ十三ニチフネデトウキョウニカエッテクルゾ。――おお、差出人の名が書いてない。十三日! あッ、今日だッ」

非常警備につけ!

十三日というと、帆村探偵事務所へ、芝浦沖に沈んだ地底機関車が行方不明になった事件を頼みに来た丁度その日に当っていた。警視庁では「岩帰る」という密告状が舞いこんで、俄かに煮え返るような騒ぎになった。強盗紳士の手際に懲りているので、忽ち厳重な警戒の網が展げられた。

本庁の無線装置は気が変になったように電波を出した。東京と横浜との水上署の警官と刑事とは、直ちに非常招集されて港湾の警戒にあたった。陸上は陸上で、これ又、各署総動員の警戒だった。空には警備飛行機が飛び交い、水中には水上署が秘蔵している潜航艇が出動した。空、陸、海上、海底の四段構えで、それこそ針でついたほどの隙もなく二重三重に守られた。

大江山捜査課長は部下を率いて、横浜埠頭へ出張した。

「フネデトウキョウヘカエッテクルゾ……東京へ帰るというからには、芝浦へ着くのか、それとも横浜に着いて東京へ入るのか」

課長は大いに迷った。しかし愚図愚図することは許されない。係員を半分にわけ、一隊は芝浦港へ、一隊は横浜港へ。そして課長自身は信ずるところあって横浜へ――。

さて今や、当日たった一艘入港する外国帰りの汽船コレヤ丸が港外に巨影を現した。

コレヤ丸入港

米国がえりのコレヤ丸は、疲れ切った船体を、港内の四号錨地へ停めた。

停まるを遅しと一艘のモーターボートが横づけになった。ドヤドヤと梯子を上る一行の先頭に、大江山捜査課長の姿があった。

「やあ御苦労さまです」と船長が迎えた。

「無線で命令したことは御承知でしょうな」と捜査課長は鋭くいった。

「はい。船客は一人も降りていません」

その言葉を課長は聞咎めた。

「船客だけじゃない、船員もですよ」

「それは勿論ですとも。しかし先刻機関長をお連れになりましたね」

「なに、先刻とはいつです」サッと課長の顔は青ざめた。

「先刻港外へ水上署の汽艇をおよこしになったじゃありませんか。そして取調べがあるからといって機関長だけを……」

「ばッばかなッ」皆まで聞かず大江山課長は怒鳴った。「その機関長の室へ、直ぐ案内するのだ」

矢のように機関長室へ駈けこんだ課長は、三分と経たない間に、又矢のように甲板へ飛び出して来た。

「彼奴の指紋ばかりだ。機関長に化けていたのが岩だッ」

そのとき、一人の船員が叫んだ。「あれッ、あすこへ先刻の汽艇が行きますよ」

消えた機関長

「どこだ、どこだ」

大江山課長は双眼鏡を借りて指さされた遥か彼方の海上を見た。なるほど水上署の旗を翻した一艘の汽艇が矢のように沖合を逃げてゆく。

「あッ!」課長は舷から乗り出さんばかりにして叫んだ。「いるぞ。機関長の姿をした奴が見える。よしッ、追跡だッ」

壮烈な海上追跡が始った。逃げる汽艇は東京の方へ進んでゆく様子に見えた。しかし課長がこんなこともあろうかと選定して置いた快速のモーターボートは、遂に目指す汽艇へ追いついた。

「こらッ!」

大江山課長は真先に向うの汽艇へ飛び移った。つづいて部下もバラバラと飛び乗った。狭い汽艇だから、艇内は直ぐに残る隈なく探された。しかし肝心の機関長の姿もなければ、無論岩の姿も発見されなかった。係官一同はあまりの不思議に呆然と立ちつくした。そんな筈はない。

その夜更け。ここは東京の月島という埋立地の海岸に、太った男が、水のボトボト滴れる大きな潜水服を両手に抱えて立っていた。

折からの月明に顔を見ると、グリグリ眼の大辻老だった。一体今時分何をしているのだろう?

海底に消えた地底機関車はどうした?

機関長に化けていた強盗紳士岩は、どうして逃げ、どこへもぐりこんでいるだろうか? 少年探偵三吉はどこへ行ったか?

怪盗の秘密室

水底に沈んだ地底機関車を、あとから潜水夫を入れて探してみると、奇怪にも影も形もなく消え失せている。一方、怪盗「岩」が外国から帰ってくるという密告があったので、警視庁の連中は横浜港まで出かけ、岩の乗った汽艇に追いついたが、不思議に岩の姿はどこにも見当らなかった。

何とまあ奇怪な事件が頻りに起ることではないか。

――さてここはどこだか判らないが、奇妙にも窓が一つもない室である。荒くれ男が五六人、円卓を囲んでいる。正面にふんぞり返っているのは、どこをどう逃げて来たのか正しく「岩」だ!

「おい皆! 夜が明けりゃ、早速仕事だぞ」

岩が部下に仕事を命じたとなると、これは実に穏かなことではない。何をやるつもりなのだろうか?

魔手は伸びる

岩は片目をキョロキョロ廻しながら呻く様に物をいっている。

「どうだ。でかい所を覘ったものだろう。これより上に大きな仕事なんてありゃしない。考えつくことも、この岩でなけりゃ駄目だし、仕事をやるにしてもこの岩の一党を除いて外にはいないのだ。して見ればこの岩は世界的怪盗だ。いや富の帝王だ。いまに世界中の国がこの岩の前に膝を曲げてやってくるだろうよ。わッはッはッ」

岩は巨体をゆすぶり、天井を向いて、カンラカラカラと笑った。部下は只もう呆気にとられて、親分の笑う顔を眺めつくしていた。

「そのかわり、仕事としてはこの上もなくむつかしいのだ。いざという時までは、これっぱかりも他人に悟られちゃならない。そのために、日数をかけて随分遠くからジワジワと大仕掛にやってゆくのだ。これをやりとげるものは英雄でなくちゃならない。この岩は英雄である部下が必要だ。英雄でない部下はいらないから、さア今のうちにドンドン帰って行っていいぞ」

しかし誰も席を立とうとしない、誰も皆英雄なのだろうか? 大変な英雄たちもあったのである。

その時どこからともなくごうごうと恐しい響が近づいて来た。オヤッと思ううちに、今度はだんだんと遠のいていった。

部下の一人が立ち上って壁の額を外すと、驚いたことに、その裏に四角いスクリーンが現れて、その上には今しも遠ざかってゆく地下鉄電車の姿が映っているではないか。

「いまのが地下鉄の始発電車ですよ」

「よしッ。仕事に掛ろう!」

「岩」はスックと立上った。

大辻珍探偵

こちらは珍探偵大辻又右衛門だ。

水のボトボトたれる潜水服を抱えているけれど、あまり時間が長く経つので、いまはこらえ切れなくなって、水に漬ったままあくびの連発である。

「フガ……フガ……うわッ……うわッ……うわうわうわうわーッ」

Chapter 1 of 6