大雷雲
ねずみ色の雲が、ついに動きだした。
すごいうなり声をあげて、つめたい風が、吹きつけてきた。
ぐんぐんひろがる雲。
万年雪をいただいた連山の峰をめがけて、どどどッとおしよせてくる。
ぴかり。
黒雲の中、雷光が走る。青い竜がのたうちまわっているようだ。
雷雲はのびて、今や、最高峰の三角岳を、一のみにしそうだ。
おりしも雷鳴がおこって、天地もくずれるほどのひびきが、山々を、谷々をゆりうごかす。三角岳の頂上に建っている谷博士の研究所の塔の上に、ぴかぴかと火柱が立った。
つづいて、ごうごうと大雷鳴が、この山岳地帯の空気をひきさく。
黒雲はついに、全連峰をのみ、大烈風は万年雪をひらひらと吹きとばし、山ばなから岩石をもぎとった。
このとき、谷博士は、研究所の塔の下部にある広い実験室のまん中に、仁王立ちになって、気がおかしくなったように叫んでいる。
「雷よ、もっと落ちよ。もっと鳴れ。稲妻よ。もっとはげしく光れ。この塔を、電撃でうちこわしてもいいぞ。もっとはげしく、もっと強く、この塔に落ちかかれ」
博士は、腕をふり、怒号し、塔を見あげ、それから目を転じて、自分の前においてある大きなガラスの箱の中を見すえる。
その大きなガラスの箱は、すごく大きな絶縁碍子の台の上にのっている。箱の中には、やはりガラスでできた架台があって、その上に、やはりガラスの大皿がのっている。そしてその大皿の中には、ひとつかみの、ぶよぶよした灰色の塊がのっている。どこか人間の脳髄に似ている。海綿を灰色に染め、そしてもっとぶよぶよしたようにも見える。なんともいえない気味のわるい塊である。
しかもその灰色のぶよぶよした塊は、周期的に、ふくれたり、縮んだりしているのであった。まるでそれ自身が、一つの生物であって、しずかに呼吸をしているように見えた。
いったいその気味のわるい塊は、何者であったろうか。
ガラスの箱のまん中に、その気味のわるい塊があり、その塊を左右からはさむようにして、大きな銀の盤のようなものが直立して、この塊を包囲していた。その銀盤は、よく見ると、内がわの曲面いっぱいに、たくさんの光った針が生えていた。
その針と反対のがわには、銀色の棒があって、これが左右ともガラス箱の外につきでていた。そして、ガラス箱の真上十メートルばかりの天井の下の空中にぶらさがっている二つの大きな火花間隙の球と、それぞれ針金によって、つながれてあった。
この大じかけの装置こそ、谷博士が自分の一生を賭け、すべての財産をかたむけ、三十年間にわたって研究をつづけている人造生物に霊魂をあたえる装置であった。そしてその装置を使って最後に霊魂をあたえるには、三千万ボルトの高圧電気を、外からこの装置に供給してやらねばならなかった。
ところが、三千万ボルトと口ではかんたんにいえるが、ほんとに三千万ボルトの高圧電気を作ることはむずかしかった。どんな発電機も変圧器も真空管も、この高圧電気を出す力はなかった。そこで最後のたのみは、雷を利用することだった。
雷は、空中に発生する高圧電気であって、だいたい一千万ボルト程度のものが多い。しかし、時には三千万ボルトを越える高圧のものも発生すると思われる。そこで谷博士は、その偶然の大雷の高圧電気を利用する計画をたてて、この三角岳の頂上に、研究所を建てたのであった。
博士は、そのまえに、人造生物を用意した。これは、博士が研究の結果、特別につくった人造細胞をよせあつめ、それを特別な配列にしてここに生物を作りあげたものであった。その生物は、たしかに生きていた。例のガラスの箱の中においた、ガラスの皿の上にうごめいているのが、その人造生物だった。たしかにその生物は呼吸をしている。また心臓と同じはたらきを持った内臓によって、血液を全身へ循環させている。
まだそのほかに、人間や他の動物にはない特殊な臓器をもっていた。それは博士が「電臓」と名づけているものである。この電臓は、その生物の体内にあって、強烈なる電気を発生し、またその電気を体内で放電させる。つまり特殊の電気をあつかう内臓なのだ。
ところが、この電臓を作ることはできたが、しかし働いてくれないのだ。これを働かすには、さっきのべたとおり三千万ボルトの高圧を、電臓の中の二点間にとおすことが必要なのである。そしてそれが、この人造生物にたいする最後の仕上げなのであった。
「もし、それに成功して、電臓が動きだしたら、えらいことになるぞ」
と、谷博士は、大きな希望によろこびの色を浮かべるとともに、一面には、測り知られない不安におびやかされて、ときどき眉の間にしわをよせるのだった。
それは、もし、この電臓が働きだしたら、この人造生物は、一つの霊魂をしっかりと持つばかりではなく、その智能の力は人間よりもずっとすぐれた程度になるからだ。つまり、あの人造生物の電臓が働きだしたら、人間よりもえらい生物が、ここにできあがることになるのだ。
超人X号!
これこそ、谷博士が、試作生物にあたえた名まえであった。
「超人X号」は、今ちょうど気をうしなって人事不省になっているようなものであった。もしこの超人に活をいれて、彼をさますことができたとしたら、「超人X号」は、ここに始めてこの世に誕生するわけになる。
もしこの超人を、三千万ボルトの電気によって覚醒させることができなかったら、それで谷博士の試作人造生物X号は、ついに失敗の作となるわけだ。
はたして生まれるか「超人X号」!
それとも、そのようなおそるべき生物は、ついに闇から闇へ葬られるか?
その、どっちにきまるか。
頭上にごうごうどすんどすんと天地をゆすぶる雷鳴を聞きながら、腕組みをした悪鬼のごとき形相の谷博士が、まばたきもせず、ガラス箱の中の人造生物をみつめている光景のすさまじさ。さて、これからどうなるか。