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人間灰
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人間灰
海野十三
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Original Public Domain
Chapter 4 of 4

4

「怪しいとは僕のことですか」

ヌックリと青谷の前に立ったのは、長身の髭だらけの工夫体の男だった。作業服はヨレヨレながら、その声は気味の悪いほどしっかりしていた。

「僕こそ無罪ですよ。署長さんの云ったように貴下には手錠が懸るのが本当です。しかしすこし事実の違っている点がありましたから、訂正して置きましょう。この話の方が青谷君の腑に落ちるでしょうから」

「君は誰です?」

「私ですか。人間灰が湖上へ降り注いでいる真下を舟で渡った男です。やがて帽子から顔から肩先から、融けた血で血達磨のようになった男です。なるほどこの肉も血も、珠江夫人のではなかった。貴下の言うとおりにネ。血型O型の人肉は誰だったのでしょう。それは貴下の家から程近い墓場の下に睡っていた女のものでした。峰雪乃――ご存知ですか、この名前を。たった今、その土饅頭を崩して棺桶の中を開いて来ましたが、中は全く空っぽです。貴下はあの晩、一度工場の門を出て墓場へゆき、闇に紛れてこの仏を掘りだし、工場へ引返したのです。そして人肉散華をやりました。墓の方は時間が無かったために、壊した土饅頭を作り直す暇がなく、上に土だけ被せておいたところを、はからずも通りかかった一人の男が見ました。つまりこの僕がネ」

髭男はニヤリと笑った。

「全くお気の毒でしたネ。人肉散華から再び帰って、貴下は土饅頭を作り、トラックの跡を消したが、それはもう遅すぎました。なぜこんなことをやったか。貴下はその夜かねての手筈で夫人に姿を隠させて、丁度夫人が失踪したようにみせたのです。そして万事は赤沢博士に嫌疑がかかり、そしていい加減なところで博士が自滅するように計画をたてたのです。ところが署長のために不意に手錠をかけられてしまったので、狼狽のあまり、血型のことなど持ち出して、即座に手錠を解かせるつもりでした。永く手錠をかけられていることは貴下の大不利ですからネ」といって髭男はジロリと青谷の顔を見た。

「なぜ大不利か? 手錠をかけられていることが永いほど、純潔らしい貴下の顔形が曇ってゆくからです。これまで六回に亘って貴下が犯してきた変態殺人がそのまま露見せずに終るとは貴下も考えないでしょう。貴下は全く許すべからざる趣味の人です。貴下は神を忘れている。科学者が神を忘れたときは、いつまでも貴下のようになりやすいものです。こうしているうちにも、湖底に潜った潜水夫が、六人の犠牲者の遺物を捜しあてて持ってくるかも知れません。……手錠を早く外して貰いたいために、貴下は反証なんかを挙げて署長を駭かせたが、貴下は自らの罠にかかったのです。珠江夫人は本館内の貴下の室に隠れていました。夫人は一旦貴下の誘惑にかかりはしたものの前非を悔いて、実は博士の室へ打ち明けに出たところを、博士は幽霊だと駭いたのです。そしてとうとう貴下の仕かけて置いた罠に陥ってあの最期です。僕もあのときは、もっと上等の扮装をして一行に加わっていたので、『幽霊』という言葉とかねて血型の相違についての疑問とによって、夫人の生存していることを悟りました。そして一足お先に夫人と共にこっちへ帰っていたのです。逢いたければ夫人をここへ連れてきましょうか」

一座の駭きの中に、青谷は眼を閉じた。しかし暫くするとまた頭を上げて云った。

「すると貴下は一体誰ですか」

「僕ですか」と髭男が云った。「僕はこの右足湖畔の怪を調べるために、東京から派遣されたこういう者です。犯人を捜す便宜のため、署長さんに永く隠して貰っていたのです」

そういって、青谷技師の手錠の上へ一枚の名刺を置いた。それには「私立探偵帆村荘六」とあった。

Chapter 4 of 4
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