Chapter 1 of 4

Chapter 1

どこでだったか、バイロンは longeur というフランス語を持ち出して、そのついでに、英国にはたまたまこの単語はないが該当する事物ならかなり存在する、とコメントしている。同じく、ここに一つの習慣的な精神の持ちようがある。今やそれは蔓延し、ほとんど全ての主題に関する我々の思考の上に影響を及ぼしている。それでいて名前がまだない。現存する最も近い代替品として選んだのは「国家主義」だった。だが、すぐわかるように、私はこの語を通常の意味では用いていない。とにかく、私が語ろうとしている情動は必ずしも常に国家、即ち単一の民族とか、単一の地理的領域とかいったものに付随するわけではない。それは教会や階級にも付随し得るし、忠誠を誓う対象を何一つとして持たぬ、何かに対する専ら否定的な感じでもあり得る。

「ナショナリズム」によって表そうとする第一は、人類をあたかも昆虫ででもあるかの如く分類できるとする、あらゆる思考習慣である。また、何百万何千万という人々の総体に「良」または「悪」のラベルを貼り付けることができるとする、あらゆる思考習慣である[*1]。だが第二に――こちらの方が遥かに重要なのだが――表そうとするものは、自らを一つの国家その他の集団と同一視し、その集団を正邪の埒外に置き、その集団の利益を増大せしむることを唯一の義務とみなす、その習慣である。ナショナリズムを愛国心と混同してはならない。通常、これら二つの単語はあまりに曖昧に用いられるため、定義はなかなかに困難だ。しかしこの二者の間には線を引かなければならない。なんとなれば二つの異なった、むしろ相反し得る理念を含有しているからである。私は「愛国心」によって特定の場所、特定の生き方への献身を表している。人はそれを世界一に違いないと信じているが、かといって他の人々にそれを押し付けようとは思わない。愛国心はその本質において防御的である。軍事においても文化においても。かたや、ナショナリズムは力への願望と分かち難く結びついている。ナショナリスト誰もが執着する目的、それはより大きな力への、より多くの威信への渇望だ。それは彼自身のためではなく、国家なりなんらかの集団なり、彼が己の人格を自ら埋没させようとするもののためなのだ。

ドイツや日本その他諸国に見られた悪名高い明瞭なナショナリスト運動に当てはめている限り、以上は十分に明らかだ。我々が外部から観察し得るナチズムのような現象に直面してみれば、大概の者は同じことを述べるだろう。だがここで繰り返さなければならない。より優れた表現がないため止むを得ず「ナショナリズム」という語を使っているのだと。ここで用いている広義のナショナリズムは、次のような運動や傾向を含む。即ち共産主義、政治的カトリシズム、シオニズム、反セム主義、トロツキズム、および平和主義である。それは必ずしも一つの政府ないし国家への忠誠心を必要とするわけではなく、まして自分の国に対するものなどでなくてもいい。それどころか、厳密に言えば、実在する集団を対象とする必要すらない。明らかな例をいくつか挙げるなら、ユダヤ民族、イスラーム、キリスト教国、プロレタリアート、および白色人種といったものは全て熱狂的なナショナリズム的感情を惹き起こすのだが、しかしそれらが実在するかというと甚だ疑問であり、普遍的な定義があるわけでもない。

ナショナリスト的感情が純粋に否定的なものであり得る点には再度強調するだけの価値がある。トロツキストがその例だ。彼らは単にソヴィエト連邦の敵となっただけで、それに釣り合う何ものかへの忠誠心が生まれたわけではない。ひとたびこれが暗示するものを把握すれば、ナショナリズムという語によって私が何を意味しようとしているかが相当程度明確になる。ナショナリストというのは、専ら、ないし主に、競合的威信という用語でものを考える人物のことである。人は肯定的ナショナリストにも否定的ナショナリストにもなり得る――精神のエネルギーを褒めることにも貶すことにも使い得るわけだ――のであるが、その人物の思考は常に、大なり小なり、勝利だの敗北だの功績だの恥辱だのといったものに向けられている。彼には歴史が、特に現代史が、偉大なる権力集団の浮沈の果てしない連続に見えるのであり、事蹟の一つ一つが我が方の浮上であり憎むべき敵方の沈下なのだ。しかし最後に、ナショナリズムを単なる成功への崇拝と区別することが重要だ。ナショナリストは単に勝ち馬に乗るようなことはしない。逆に、ひとたび陣営を決めてしまえば、我こそ最強なりと自分を騙し、それを否定する圧倒的な事実があろうとその信念に固執し得るのだ。

さて、くどくどしい定義を与えたが、これで、私が語ろうとしている習慣的な精神の持ちようが英国人インテリゲンチャの間に広く見られ、その蔓延度合いは大衆の間における以上であることを納得してもらえるだろう。今日の政治を深く感じ取っている人にとっては、威信への考慮に毒され過ぎたため、真性な理性的手法をほとんど受け付けなくなってしまった話題がある。数百に上る例からこんな質問はどうだろう:ドイツを破った件につき、連合国側の三強であるソヴィエト連邦、英国、および合衆国の中で最も貢献度が高いのはどれか? 理論的には、この質問に対して根拠のある、恐らくは決定的な解答を与えることができるはずだ。しかしながら、実際にはこれに要求される計算は不可能である。こんな質問に頭を悩ますような者は誰もが不可避的に競合的威信という観点でそれを見るだろうから。従って、彼はまずソヴィエト連邦、英国、および合衆国の中でどれを贔屓にするかを適宜決定するところから出発する。そして専ら然る後に、自分の決定を支持すると思われる論拠を探し始めるのだ。似通った質問はたっぷりあり、そういう質問に対して率直に答えてくれるのは、その主題に全く無関心な人物に限られ、そんな人物の意見はどんな場合でもまず役に立たない。政治的または軍事的な予測が顕著に外れるのは、部分的にはこの結果である。あらゆる学派の「エキスパート」が誰ひとり一九三九年の独ソ不可侵条約のようなものを予見できなかった[*2]ことを思い起こすのは実に面白い。問題の条約に関するニュースが表沙汰になった時、無軌道な説明があたかも所与のものの如くに行われ、現れる端から否定されるような予測で溢れかえった。悉くが蓋然性の研究ではなく、ソヴィエト連邦を良く見せたり悪く見せたり、強く見せたり弱く見せたりしようとする願望に立脚していたと言っていい。政治評論家といい軍事評論家といい、どんな間違いをしでかそうと平気の平左なことたるや占星術師並みだ。というのも、彼らの最も献身的な追従者が彼らに期待するのは真実の検証ではなく、ナショナリスティックな威信を刺激することなのだから[*3]。美学的判断、殊に文学的判断は政治的判断と同じくしばしば腐敗する。インドの国民会議派がキプリングを楽しく読めるとは思えないし、保守党員がマヤコフスキーに利点を見出すのも難しかろう。また、自分の気に食わない傾向の本を見れば、どれもこれも文学的観点から悪書に違いないと主張したい誘惑に駆られるものだ。ナショナリスティックな見解を強く持つ人々は、不誠実という意識なしにこのペテンをやってのける。

関係する人数の多さから素朴に考えると、英国におけるナショナリズムは、多くの場合、古色蒼然たるタカ派的英国優越主義の形をとるのだろう。確かにこの主義は現在でも広範に行われており、それは十年ばかり前にほとんどの観察者が信じていただろう規模を遥かに超えている。しかしながらこの随想で私が主として考慮しているのはインテリゲンチャの反応なのだ。彼らの間では優越主義はもちろん古いタイプの愛国主義さえほぼ死に絶えている。尤もそれらは少数派の中で復活しつつあるのだが。インテリゲンチャの間で有力なナショナリズムの形とくれば、いうまでもなく共産主義である――私はこの単語を極めて緩い意味合いで使っており、共産党員だけではなく、その「シンパ」や親ソ派一般を含む。ここでの私の目的からすると、共産主義者とは、ソヴィエト連邦を〈祖国〉と仰ぎ、万難を排してソヴィエト連邦の政策を正当化しソヴィエト連邦の利益を増大させることを義務と感じる者を指す。明らかに英国にはこの手の人々が数多く存在し、彼らの影響は直接・間接とわず極めて大きい。だが他の形のナショナリズムも大いに蔓延っている。ちょっと見には異なる方向への、あるいは真っ向から衝突する思想であっても、それらの類似点に目を向けてみたまえ。ここで話していることが実に良く判るから。

十年か二十年前には、政治的カトリシズムが今日の共産主義に最もよく対応するナショナリズムの形態であった。その最も顕著な――まあ典型例というよりは極端な例なのだろうが――唱導者がG・K・チェスタトンだった。才能に恵まれた文筆家であったチェスタトンは、ローマ・カトリックのプロパガンダのために、その感受性と知的誠実さを抑圧することを選んだ。実際のところ、人生最後の二十年ばかりの間に彼が生み出したものは、言葉巧みに綴られてはいるものの「大いなる哉、エペソ人のアルテミス(*1)」並みに単純かつ退屈な、同一内容の際限ない反復だった。彼の書いた一冊一冊が、あらゆる対話の断片が、プロテスタントや異教に対するカトリックの優越性を誤解の余地なく示すものでなければならなかった。だがチェスタトンはその優越性を単に知的ないしは精神的なものに留めることに満足できなかったのだ:それは国家の威信や軍事力へと翻訳されなければならなかった。つまるところこれは、ラテン諸国、殊にフランスに対する無学な賞賛に帰着した。チェスタトンはフランスに長期滞在したことはなく、所詮、彼が描き出すものは――赤ワインのグラスを手に日がな一日「マルセイエーズ」を歌い続ける小作農の地といったところ――バグダッドの日常生活に対する「チュー・チン・チョウ」程度のリアリティしか持ち合わせていなかった。こんな調子で、彼はフランスの軍事力をひどく過大評価(一九一四年から一九一八年までの期間の前にも後にも、彼はフランスそれ自体がドイツより強いという見解を維持していた)するに留まらず、戦争の実相についての愚蒙な賛美にまで至ったのだ。「レパント」や「聖バルバラのバラッド」といったチェスタトンの戦争詩(*2)の前では、「軽騎兵の突撃」(*3)など平和主義者のビラにしか見えなくなってしまう:それらの作品は、恐らく我々の言語による最も安っぽい大言壮語であろう。興味深いのは次の点だ。仮に、彼がフランスやフランス軍についてものしたようなロマンティックなゴミクズを、他の誰かが英国と英国軍について書いたとすれば、その誰かは真っ先に揶揄されるだろう。自国の政治に関しては、彼は小英国主義者であり、対外強硬主義と帝国主義を本当に憎み、本人曰く民主主義の真の友だった。それでも尚、ひとたび目を国際関係に向けるや、自分でもそれと気付くことなく自分自身の原則を見捨ててしまえたのだ。かくして彼の民主主義の徳についてのほぼ神話的な信条は、ムッソリーニ崇拝への妨げとはならなかった。ムッソリーニは、チェスタトンが自国でそれを求めて苦闘していた当の対象、即ち出版の自由と代議員による政府を破壊していた。だがムッソリーニはイタリア人で、イタリアを強くしたのであり、これこそが決め手だった。イタリア人ないしフランス人の手になる場合、帝国主義や有色人種の征服についてチェスタトンは一言も口を挟まなかった。彼の現実性、彼の文学的センス、そればかりかある程度まで彼の道徳観すらも、ナショナリスティックな忠義心が絡んだ瞬間にあっさり脇にやられてしまった。

チェスタトンを例とする政治的カトリシズムと共産主義との間には明らかにかなりの類似性がある。スコットランドのナショナリズム、シオニズム、反セム主義ないしトロツキズムとそれらとの間も同様だ。あらゆる形のナショナリズムは同一である、と言ってしまうと精神的な領域に限ってみても行き過ぎた単純化ということになろう。だが事例全てにうまく当てはまるいくつかの規則がある。以下のリストはナショナリストの思考法における主要な特徴である:

・執着。ナショナリストはほぼ一人残らず、自分自身の権力集団の優位性を誇示することなしには何一つとして考えることも語ることも書くこともできない。ナショナリストに己の抱く忠誠心を隠せというのは、不可能とはいわないまでも困難だ。彼の集団に対するほんの些細な中傷も、ライヴァル集団へのささやかな称賛の暗示も、どんなものであろうと彼の心を乱し、何かきつい言葉で反撃しなければ気が済まなくなる。自分の属する集団として現実の国家、例えばアイルランドやインドを選択した場合、軍事力や政治的徳性だけではなく美術、文学、スポーツ、言語の構造、住民の肉体美といったもの全てにおいて優位性を主張する。それどころか、気候だの風景だの料理だのまで対象は及ぶだろう。彼は旗の正しい掲揚法やら見出しの大小関係やら国名を並べる際の順序やらについて事細かにこだわる[*4]。ナショナリストの思考の中では用語法が極めて重要な位置を占めている。独立を勝ち取ったりナショナリストの革命が成功したりすると、国の名を変えるものだし、どんな国にせよ集団にせよ、強固な感情が纏わりつくようになると、複数の名前をもつようになり、それらは互いに異なる政治的含意を帯びることになる。スペイン内戦においては、二つの陣営が彼我を様々な程度の愛憎を示す九種類か十種類の名前で呼んでいた。これらの内いくつかは(例:フランコ側「Patriots」や政府側「Loyalists」)、率直に言えばごまかしみたいなものだし、敵対する両陣営が共に認めるような名前など一つとして存在しなかった。全てのナショナリストは、反対陣営の言葉を潰すために自分の言葉を広げることを義務と心得ている。この衝突は英語話者の間にも、方言の間の衝突というより隠微な形で出現している。反英主義的アメリカ人は、一つのスラングを、それが英国起源だと知るや拒絶するようになるだろう。ラテン語系愛好者とドイツ語系愛好者との間の衝突にも、その背後にはしばしばナショナリスト的な動機が隠れている。スコットランド人ナショナリストはスコットランド低地語の優位性を頑固に主張するし、階級的憎悪にナショナリズムを象られた社会主義者がBBC訛りを、そればかりか広いAの発音すら扱き下ろす。例はまだまだ増やせる。ナショナリストの思考法には、もしかすると類感呪術――政敵の像を燃やしてみたり、絵を射撃の標的にしたりといった広く行われる慣習も多分ここから来ている――を信じてでもいるのだろうかと思わせるものがある。

・変節。ナショナリストを縛る軛の強さは、彼らが忠節を誓う対象を変更することを妨げない。はじめに、既述の通り彼らはしばしば外国と結託する。ごく当たり前に気づくことだが、偉大なる国家指導者やナショナリスト運動の創始者は彼らが賞賛する国に属してすらいないのだ。時として完全な外国人である場合もあり、より多くの場合、どこの国籍やら定かではない周辺の地からやってくる。スターリン、ヒトラー、ナポレオン、デ・ヴァレラ、ディズレーリ、ポアンカレ、ビーヴァーブルックがその例だ。汎ゲルマン主義は部分的に一人の英国人ヒューストン・チェンバレンが作り出したものだ。この五〇年から一〇〇年の間、文筆家界隈では転向したナショナリズムは日常茶飯事だった。ラフカディオ・ハーンにあっては日本へ、カーライルおよび多くの同時代人にあってはドイツへ、そして我々の世代では通常ソ連へ。だが再転向もまたあり得るというのがなんとも興味深い点である。何年もの間崇拝されてきた国家や集団が突然憎悪の的となり、ほぼ時を同じくして入れ替わりに他の何かが愛着の対象となるかもしれないのだ。H・G・ウェルズの「世界史概観」の初版では、同じ頃の彼の著作同様に、今日の共産主義者がソ連を褒め称えるのとほとんど変わらない調子でアメリカ合衆国を激賞していた:それなのに、この手放しの称賛はわずか数年のうちに敵対へと転じてしまったのだ。頑固な共産主義者が数週間のうちに、いや数日のうちに、等しく頑固なトロツキストに化けるのもよく見る風景である。大陸における欧州ファシスト運動の要員は多くが共産主義者からリクルートされたものであり、今後数年間は逆のプロセスが見られることであろう。ナショナリストにおいて不変なのは彼の精神状態である:その対象は変わり得るし、初めから想像上のものでもあり得る。

しかし、転向は知識人にとって、チェスタトンに関連して触れたような重要な機能を持っている。それは彼をして一層ナショナリスティックになし得るのだ――もっと野蛮に、もっと馬鹿らしく、もっと悪性に、もっと不誠実に――生まれた国ないし彼が実像を知る何らかの集団を代表していた時よりも更に。相当程度知的かつ鋭敏な人々がスターリンや赤軍その他について書いた奴隷的な、あるいは自慢げな塵芥を見れば、何らかの転位なしには済まされなかったことが知れる。我々のもののような社会では、普通、誰であろうと〈自国に対する極めて深い帰属感を持つほどの識者〉だ、という風には呼ばれない。世論――即ち識者たる彼が把握している領域の大衆の意見――がそれを許さないだろう。彼の取り巻きはほとんどが不平たらたらな皮肉屋であって、模倣のためか浅薄な保身のためか、彼もまた同じ態度をとり得る:さあこうなると彼は真に国際家らしい見解に一切近づくことなく、最も手近にあるナショナリズムの形を放棄してしまうことになる。それでもなお彼は〈祖国〉が必要だと感じており、それをどこか異国に求めるのは自然なことだ。それを見つけさえすれば、彼は自分をそこから解き放ったと信じるところの情動そのものに耽溺することができるのだから。神、王、帝国、ユニオンジャック――打ち捨てられた偶像は全て、異なる名称の下で復活し得るのであり、それらは本来の姿で認識されるわけではないから崇拝するにあたって良心が痛むようなことはない。スケープゴートの利用に似て、転向したナショナリズムは人の振舞を変えることなく奴隷化を達成する方法の一つだ。

・現実への冷淡さ。全てのナショナリストには、一連の事実の集まりの間に存在する類似性を無視する能力がある。英国トーリー党は欧州における自決権を守ろうとする一方インドでのそれには反対しており、それでいて一貫性を欠くとは感じていない。行為には善と捉えられるものと悪と捉えられるものとがあり、どちらに転ぶかは彼ら自身の利益というより、それを誰がなしたかによって定まる。どんな暴虐も――拷問、人質の利用、強制労働、大量国外退去、裁判抜きの収監、捏造、暗殺、市民への爆撃、なんでもござれだ――「わが方」がやってのけた場合は人道的な色彩に塗り替えられてしまうのだ。自由党寄りの「ニューズ・クロニクル」紙は衝撃的な残虐行為の例としてドイツ人によって縊り殺されたロシア人の写真を報じた。一年後だったか二年後だったか、今度はほぼ同様にロシア人によって縊り殺されたドイツ人の写真を暖かな賛意を持って報じたのだ[*5]。歴史上の出来事についても同様だ。歴史はおおよそナショナリストの言葉で語られる。異端審問、星室庁の拷問、英国海賊のお手柄(例えば、ともすればスペイン人捕虜を生きながら沈めたがったサー・フランシス・ドレイク)、恐怖政治(*4)、何百のインド人を銃砲から吹き飛ばしたセポイの乱の英雄達、アイルランド女性の顔面をカミソリで切り刻んだクロムウェルの兵士達、全てが「正しい」理由で行われたと感じられたが最後、人道的に中立だったりそれどころか有益だったりしたことになる。この四半世紀を振り返ってみるがよい、一年たりとも世界の何処でか残虐行為が報告されなかった年はない。しかもそれら残虐行為――スペインで、ソ連で、中国で、ハンガリーで、メキシコで、アムリッツァルで、イズミールで――のどれ一つとして、英国の知識階級全体が存在を認め、一丸となって非難したことはないのである。それらが非難に値するか否か、いや実際に起きたか否かすら、常に政治的な嗜好に沿って決められてしまう。

ナショナリストは自分側の犯した残虐行為を非難しないばかりか、耳をすら塞ぎ続けることにおいて大変な有能さを発揮する。英国のヒトラー崇拝者は六年の長きにわたって頑なにダッハウやビュッヒェンヴァルトの存在を学ぼうとしないできた。また、ドイツの強制収容所のことを最も声高に非難している人々は、得てしてソ連にも強制収容所があったことを全く、あるいは僅かにしか知らなかったりする。実際、大多数の親ソ派英国人は一九三三年のウクライナ大飢饉――何百万もの死者が出た――のような大きな出来事を見逃している。多くの英国人が今回の戦争の間に進められたドイツおよびポーランドのユダヤ人絶滅行為についてほとんど何も耳にしていない。彼ら自身の反ユダヤ感情がこの巨大犯罪のことを意識の外へと追いやる原因となっている。ナショナリストの思考の中では、事実というのは時として真であると同時に偽であり、既知であると同時に未知である。あまりに耐え難いため習慣的に取り除けられ論理の筋道に参加させてもらえない、そんな既知の事実があり得る。一方、それは打算の全局面を通じて用いられる。決して事実だと認めていないのに。同じ一つの精神の中ですらこうなのだ。

ナショナリストは一人残らず過去は改変可能だという信念に捕われている。彼は人生の一部をファンタジーの世界で生きていて、その世界では全ては起こるべく起こる――アルマダの海戦がスペイン勝利に終わったり、ロシア革命が一九一八年に潰滅したり。そして時あらば常にそのファンタジー世界の断片を歴史書の中に書き込もうとするのだ。我らの時代について書く時、プロパガンダ作成者はあからさまな捏造を積み重ねる。物的証拠は隠され、日付は改められ、引用は元の文脈から剥がされて意味が変わるまで切り刻まれる。起こるべきではなかったことには触れないで済ますか、最終的に否定するかする[*6]。一九二七年、蒋介石は数百人の共産主義者を生きたまま釜茹でにしたのに、十年後には左翼の英雄になっていた。世界の政治情勢が変わったおかげで彼は反ファシスト側に入ることになり、であるからして共産主義者釜茹で事件は「どうでもよく」なり、あるいは実際には起らなかったのではないか、という感じになった。もちろんプロパガンダの主目的は同時代の世論への揺さぶりなのだが、歴史を書き換えている者は、心のどこかで、自分たちは実際に幾つかの事実を過去に押し込んでいると思っている。トロツキーがロシア内戦の中で意味のある役割を果たしたことなどない、と示すべく手の込んだ捏造を試みる人物は、責任者として嘘をついているとはまず感じない。むしろ神の目から見れば自分たちのヴァージョンの方が実際の出来事を記述しているのであり、従って自分たちは正当化されると感じるに違いない。

世界の一部を残りから切り離してしまえば、実際に何が起きているかを一層把握し難くなり、客観的真実への無関心を促進することができる。ほとんどの巨大事象には疑いがつきものだ。例えば、今次の戦争を原因とする死亡数は何百万いや何千万になるだろうが、計算することができない。日々報道され続けている惨事――戦、殺戮、飢饉、革命――は、平均的人間には非現実感を惹き起こしがちである。人は事実を検証する術を持たず、人は出来事が本当に起きたという確証を持つことすらできず、人は常に異なるソースから全く異なる解釈を見せつけられる。一九四四年八月のワルシャワ蜂起は正か邪か? ポーランドに有ったというドイツのガス室の件は本当か? ベンガル飢饉で真に責められるべきは誰か? おそらく真実を見つけ出すことはできよう。だが、事実はおよそあらゆる新聞紙上であまりに不正直に提示されるため、一般読者が嘘を鵜呑みにしたりあるいは意見を持てなかったりしても仕方がない程である。実際に何が起きているのかが総じて不明瞭であることで、狂気じみた信条へと容易にすり寄ってしまうのだ。完全に証明されたものも反証されたものもないのであるから、最も疑いようのない事実だって臆面もなく拒否できる。そればかりではない。権力や勝利や敗北や報復のことを絶え間なく思いつめているというのに、ナショナリストは現実世界で起きていることに関してどこか無関心である。彼が欲するのは自分自身の集団が他の集団を出し抜いているという感じなのであって、そのためには事実を検証して自分を支持するか否かを確認するより、敵をやり込める方が容易なのだ。ナショナリストの議論は軒並みディベートクラブのレベルだ。常にそれは全く以って不得要領だ。コンテスト参加者が皆、揃いも揃って自分の勝利を確信しているのだから。ナショナリストのいくたりかは精神分裂病から然程遠くない所にいる。権力と征服という夢幻世界の中で至極幸福に暮らし、物理的・身体的な世界とはなんらの関係も持たない。

ここまで、全ての型のナショナリズムに共通する精神的な習慣について、できる限り検討してきた。次はそれら諸型を分類する番である。だが包括的分類が不可能なことは明らかだ。ナショナリズムは巨大な主題である。この世界は数限りない妄想と憎悪によって痛めつけられており、それらは極度に込み入ったやり方で互いに傷つけあっている。それらの中で最も邪悪なものは、今のところ欧州人の意識には侵入していない。この随想で私が問題にしているのは、英国のインテリゲンチャの間に見られるナショナリズムである。彼らの中では、英国の一般人におけるより遥かに、ナショナリズムと愛国主義との間の混淆が起こっていないため、ナショナリズムを純粋な形で研究することができる。英国知識人界隈を賑わせているナショナリズムの諸相を、必要と思われる注釈と共に以下にリストアップする。種類によっては複数のカテゴリに属するものの、ここでは肯定的・転移的・否定的の三種類に分類すると都合がよい:

◇肯定的ナショナリズム

一、新トーリー主義。例としてはエルトン卿、A・P・ハーバート、G・M・ヤング、ピックソーン教授といった人物や、トーリー改革委員会の文献、「ニュー・イングリッシュ・レヴュー」や「十九世紀とその後」のような雑誌がある。英国の国力と影響力の低下を否定したいという願望が新トーリー主義の真の推進力であり、それにナショナリスティックな性格を与え通常の保守主義と差別化するものである。英国の軍事力が昔日ほどの地位を占めていないことが判る程度には現実的な者すら、「英国の理想」(通常、未定義のまま放置される)が世界を支配すると主張しがちだ。新トーリー主義者は皆反ソだが、時には反米に主軸を移す。この一派で重要なのは、若手知識人の間に根を下ろしつつある点だ。その中には、これまで共産主義者だったのが、よくある幻想からの脱却過程を経て今では共産主義に幻滅している場合が含まれる。反英主義からいきなり英国支持に回るのも結構よく見る。F・A・ヴォイト、マルコム・マゲリッジ、イーヴリン・ウォー、ヒュー・キングスミルといった作家にこの傾向が著明で、T・S・エリオット、ウインダム・ルイスおよびその追随者にも心理学的に類似した遍歴が認められる。

二、ケルトのナショナリズム。ウェールズ、アイルランド、およびスコットランドのナショナリズムには相違点もあるが、反英国という方向性は一致している。これら三つの運動に共通して、構成員は親ソを標榜し続ける一方で戦争に反対してきたのであり、同時に親ソであり親ナチであるという頭のいかれた少数派もいる。とはいえ、ケルトのナショナリズムは反英主義と同一ではない。その主たる推進力は過去および現在におけるケルト民衆の偉大さへの信条であって、人種差別主義の色彩が濃い。ケルト族はサクソン族よりも精神的に優れていることになっている――より単純で、より創造的で、より野蛮でなく、より俗物でなく、といった風に――だが一皮むけばそこには通常の権力欲があるのだ。その症候の一つが、エール、スコットランド、そればかりかウェールズすら、ブリテンの庇護なしに、誰からの助けも借りず独立を維持できたはずだという幻想である。著述家の中でこの一派に属す好例はヒュー・マクダーミッドとショーン・オケーシーだ。近現代のアイルランド人著述家の中で、このナショナリズムの影響を免れている者はいない。イェィツやジョイスという巨人もまた。

三、シオニズム。ナショナリスト運動としては例外的に、アメリカでの変種は英国のものより獰悪に見える。私がこれを「転移」型ではなく「直接」型に分類するのは、これを盛大に行なっているのがユダヤ人自身にほぼ限られるからである。なにやら変梃な理由で英国のインテリゲンチャはパレスチナ問題においておおよそユダヤ人側に立っているものの、その感情は大して強くない。英国における善意の人々は誰もが、ナチの行った迫害を善しとしない点で親ユダヤである。しかし、非ユダヤ人には、実際のナショナリスティックな忠誠心も、ユダヤ人が生まれつき優越しているという信条もほとんど見られない。

◇転移的ナショナリズム

一、共産主義。

二、政治的カトリシズム。

三、肌の色の重視。「原住民」に対する古臭い軽蔑は英国ではだいぶ解消され、白色人種の優越性を謳う種々の疑似科学的理論は既に放棄された[*7]。インテリゲンチャの間では有色人種蔑視は転移した形でしか発生しない。即ち、有色人種は生来優勢だという信条として。これは英国の知識層にじわじわ浸透してきており、原因としては東洋および黒人のナショナリスト運動との接触以上に、マゾヒズムと性的欲求不満が大きい。人種差別意識が弱い人達ですら俗物根性と模倣の影響を強く受けてしまう。英国の知識人が〈白色人種は有色人種より優秀だ〉などと主張したら、まあ間違いなくスキャンダルになる。一方、反対の主張に関しては、彼がそれに賛成しない場合でも文句を言われることがないだろう。有色人種に関係したナショナリズムは通常、彼らの性生活の優越性という信条と混ざり合っており、黒人は閨房の術に長けているというアングラな神話が広がっている。

四、階級意識。上流階級ないし中流階級に属する知識人にとっては、転移した形、即ちプロレタリアート優位という信条としてのみ存在する。ここでもまたインテリゲンチャの内側では世論の力が全てを圧倒している。プロレタリアートに対するナショナリスティックな忠誠とブルジョワジーに対する理屈の上からの酷たらしい憎悪は、日常的な俗物根性の中に共存し得る。いや、しばしば共存しているのだ。

五、平和主義。平和主義者の大半は怪しげな宗教セクトに属しているか、単に殺生に反対してそこから先を考えようとしない素朴な人道主義者たちである。しかし、平和主義知識人には、少数だが西洋の民主主義への憎悪と全体主義の礼讃が真の動機であるように見える者たちがいる。もっとも彼らはそれを認めたりはしない。平和主義者のプロパガンダは、煎じ詰めれば〈喧嘩両成敗〉に落ち着く。しかし若手の平和主義知識人の著作を仔細に検討すれば、彼らが表明する非難は公平どころか、ほとんど完全に英国と米国に向けられているのが判るだろう。加えて彼らが非難するのは暴力一般ではなく、西洋諸国を守るための暴力に限られる。英国民と違い、ソ連国民は戦闘的手法によって自分たちを防衛しても非難されないし、実際、平和主義者が出すこの手のプロパガンダではソ連と中国への言及が避けられている。反英闘争を繰り広げるインド国民に対して、暴力を放棄すべしと主張することもまたないのだ。平和主義者の著作は――仮にそれらに意味があるとして――胡散臭い話で満ちている。チャーチル型政治家よりヒトラー型政治家が好ましい、とか、情勢が十分に暴力的だったら暴力を行使してもよさそうだ、とか言いたげな。フランスが降伏した際、フランスの平和主義者は、主にナチについて英国の仲間がせずに済ましてきている決断を迫られた。英国においては平和誓約連合の構成員と黒シャツ隊の構成員が幾分重なってきたようだ。平和主義の著述家たちはファシズムの父たる識者の一人であるところのカーライルを賞賛してきた。大まかなところ、インテリゲンチャ界隈に現れる平和主義は、権力とそれがもたらす悲惨さへの隠微な賞賛によって鼓舞されていると感じずにはいられない。その情動をヒトラーに託したのは失敗だったが、委託先など容易く変えられるのである。

◇否定的ナショナリズム

一、反英主義。英国への嘲笑めいた緩い敵対的態度は多かれ少なかれインテリゲンチャの義務みたいなものではあるのだが、多くは嘘偽りのない情動である。この考えは戦争中インテリゲンチャが流した敗北主義の中に表明されていた。枢軸国側の敗色が明白になってからもずっと。シンガポール陥落の際も、ギリシャから英国人が一掃された際も、たくさんの人々が喜びを隠さなかったし、良いニュース、例えばエル・アラメインの戦い、バトル・オブ・ブリテンで撃墜されたドイツ機の数といったものを随分信じまいとしていた。無論、英国の左派知識人が本当にドイツや日本の戦勝を求めていたわけではなく、彼らの多くが、自国がおちょくられるのを見たくて仕方なかっただけであり、最後の勝利をもたらしたのが英国ではなく、ソ連か、もしかするとアメリカであると感じたかったのだ。知識人たちは、外交政策において英国がバックについている派閥は須らく不正たるべしとの原則に従っている。結果、「良識のある」意見は大体において保守党の政策の鏡像になってしまった。反英主義の掌はいつでも裏返せる。よって、ある戦争での平和主義者が次の戦争で好戦派になるのは、よく見かける光景だ。

二、反セム主義。これの徴候は目下のところほぼない。ナチの迫害のせいで、思考力のある人間なら誰しも弾圧者に対抗してユダヤ人側に立つからだ。「反セム主義」という単語を耳にする程度の教育を受けていれば、当然それは無くすべきだと主張するのだし、ユダヤ人に反対する意見はあらゆる層の文芸から注意深く取り除かれる。実際には反ユダヤ主義は知識層を含め、広範に拡がっているように見え、皆が申し合わせて黙り込んでいるせいで一層悪化している。左寄りの人々はこれにはひとたまりもなく、時に彼らの態度はトロツキストや無政府主義者がユダヤ人であることが多いという事実に影響されている。だが反ユダヤ主義は保守寄りの人々にとってより自然なものだ。彼らはユダヤ人に国家の士気を低下せしめ、国家の文化を薄弱にするとの嫌疑をかけている。新トーリー主義と政治的カトリックは反セム主義に屈するのが常だ、少なくとも時々は。

三、トロツキズム。この言葉は大変雑に使われており、無政府主義者、社会民主主義者、果ては自由党員までも含む。ここではスターリン体制への敵意を主たる動機としている教条主義的マルクス主義者を指すことにする。トロツキズムを研究するには、畢竟一つの思想を産んだに過ぎぬトロツキー自身の著作よりも、胡乱なビラや「ソーシャリスト・アピール」といった新聞の方がふさわしい。にもかかわらず、合衆国などいくつかの場所ではトロツキズムは相当数の信奉者を獲得するのに成功しており、自身のしみったれた総統閣下を押し戴く組織活動を繰り広げている。その発想は根本的なところで否定的だ。トロツキストはスターリンに対抗するが、それは共産主義者が彼に対抗するのと全く同様であって、大多数の共産主義者と同じく彼は外部世界をそれほど変革したいわけではなく、むしろ威信を巡る戦況において我が方が優勢になっている感じを得たいのである。単一の主題に対して強迫的に執着する点で、蓋然性に基づく真っ当で合理的な意見を形成することができない点で、全ての症例は軌を一にしている。トロツキストが世界中でマイノリティだという事実、彼らに対して通常浴びせられる非難――即ち、ファシストとの共謀――が明白な虚偽であるという事実、これらのためにトロツキズムは共産主義より知性および人品の上で優れているという印象が生まれるのだが、どっちもどっちではないかと思わないではいられない。最も典型的なトロツキストはとにかく〈元・共産主義者〉であり、何らかの左翼活動を経ずにトロツキズムに到達することはできない。多年の習慣によって党に縛り付けられている者を除けば、共産主義者なら誰もがトロツキズムに急変し得る。なじかは知らねど、逆方向の過程はこれほど多く見られない。

以上試みた分類では、しばしば誇張や単純化が過ぎ、根拠のない推察に走り、真っ当な動機の存在を無視しているように見えよう。それは不可避である。なんとなれば、この随想で試みているのが、我々皆の心の中にある傾向、我々の思考を歪めさせているその傾向の単離同定だからだ。その傾向は純粋の形で生起するとは限らないし、常時発動しているとも限らない。やむにやまれず行った過剰な単純化をこの時点で訂正しておくのは重要だろう。はじめに、〈我々皆が(言い過ぎなら全ての識者が、でもいい)、ナショナリズムに感染している〉と決めてかかる権利など誰にもない。次に、ナショナリズムは間欠的・部分的であり得る。知的な人間が、馬鹿げていると自分で判っている信条に半ば屈することはあり得るのだし、そんな誘惑を長期間にわたって心の中から追い出しておきながら、怒りや感傷に流される瞬間に、あるいは重要な問題が一切絡まないと確信した場合に、取り戻してしまうことがあるかもしれない。第三に、ナショナリスティックな信条は、ナショナリズムとは無関係な動機から生まれる善良な信仰の中に持ち込まれるかもしれない。第四に、いくつかの種類のナショナリズムが、相殺する関係にありながら、同一の個人の中で共存し得るのだ。

ここまでの話を通じて、「ナショナリストはこれをする」やら「ナショナリストはあれをする」やらと書いてきたが、それは心に中立地帯を持たず権力闘争以外の何物にも興味を示さない類の、ほとんど正気とは言い難い極端なナショナリストを描出するためである。そういった人々は実際の所そこいらにいるものの、彼らにはわざわざ弾を撃ち込むだけの価値がない。エルトン卿、D・N・プリット、レディ・ヒューストン、エズラ・パウンド、ヴァンシタート卿、カフリン神父およびその下らぬ取り巻きどもとは実社会で戦わねばならないが、彼らの知的欠乏状態はほとんど指摘するまでもない。偏執狂者は面白くないし、より偏屈なタイプのナショナリストには、一冊でもいいから何年もの時を経てもなお読む価値のある書物を書く能力のある者が皆無であるという事実には、それなりの脱臭効果がありはする。だが、ナショナリズムが全方位で勝利を収めているわけではないと、皆が皆、己の願望の赴くままに判断を下しているのではないと認めるにしても、次の事実は確実に残る。即ち火急の案件――インド、ポーランド、パレスチナ、スペイン内戦、モスクワ裁判、アメリカの黒人、独ソ不可侵条約、その他諸々――について、あなた方は真っ当に論議できない。あるいは少なくともそうしてこなかった。エルトン一派、プリッツ一派、およびカフリン一派は同じ嘘を繰り返し騒ぎ立てるだけの面々であり、極端な事例には違いないのだが、我々自身がややもすると彼ら同様になり得ることを理解していないなら、それは己を偽っているのだ。ラッパをちょっと吹いてみよ(*5)、胼胝――踏んでみて初めてそこにあったと気づくかもしれない――をひと踏みさせてみよ。この上なく公正な精神と穏やかな心の持ち主が突如として獰猛な盲目的支持者に変身し、敵から奪った「得点」だけを気にするようになり、その過程でどれほど嘘をつこうがどれほど論理的な過ちを犯そうが気にしなくなる、そんなことがあるかもしれない。記録によると、ボーア戦争に反対していたロイド・ジョージが庶民院で英国のコミニュケを全部合わせればボーア国家に住むボーア人の総数以上に彼らを殺すことを主張していると発表した時、アーサー・バルフォーはすっくと立ち上がり「下衆!」と叫んだという。かかる跳躍を免れる人はほとんどいない。白人女性に鼻で笑われた黒人、無知なアメリカ人に英国が批判されたと耳にした英国人、スペイン海軍のことを思い出したカトリックの弁証者、誰もが似通った反応を示すだろう。ナショナリズムの琴線に触るのだ。そして知的な品位は消滅し得る。歴史は修正可能だ。明々白々な事実を否定しても構わない。

心にナショナリスティックな忠誠心を宿らせている人にとって、ある意味正しいと判っていても認め難い事実がある。いくつか例示してみよう。ナショナリスト五種と、それぞれが肚の中でも受け容れられない事実を挙げる:

・英国トーリー党:この戦争が終わる時には、英国は力と威信を減じることになる。

・共産主義者:米英の助けなしにはソ連はドイツに降伏していたはずだ。

・アイルランドのナショナリスト:アイルランドの独立は英国の庇護あってのものである。

・トロツキスト:スターリンの政策はソ連大衆に受容されている。

・平和主義者:誰かが暴力遂行を肩代わりしてくれている場合のみ、人は暴力を「放棄」し得る。

感情抜きで見ればこれらの事実は明らかだ:しかし上に挙げた種の人々にとっては耐えられないものでもあり、そこで彼らはこれらを否定せねばならず、それを起点に誤った説を構築することになる。ここで今回の戦争では軍事的予想が驚くべき程に外れたことに戻ろう。戦争の見通しについてインテリゲンチャは一般民衆未満だったと言っていいだろう。より盲目的な感情に動かされた、と言ってもいいと思う。平均的左派知識人が信じていたところによると、一九四〇年には我々は敗れていたし、一九四二年にはドイツがエジブトを突破していたし、日本が占領地から駆逐されることもなかったし、米英の爆撃はドイツに何らの影響も与えなかった。斯様なことを信じられたのは、英国の支配階級への憎悪に目を眩まされ、英国の計画が成功するとは認められなかったからだ。この手の感情に左右されるなら、嚥下できる愚かさに限界はない。例えば、ある人が「ドイツ人と戦闘するためではなく英国の革命を転覆させるためにアメリカ軍部隊が欧州に派遣された」と自信たっぷりに宣うのを聞いたことがある。インテリゲンチャに属さなければこんなネタを信じることはできない:普通の人はここまで馬鹿にはなれないのだ。ヒトラーがソ連に侵攻すると、M.O.I.の役人たちは警告として、ソ連は今後六週間以内に壊滅し得るとする「背景」を発行した。他方、共産主義者たちは今回の戦争の各場面を通じて、それこそカスピ海ぎりぎりにまで攻め込まれ数百万の捕虜を失った時点ですら、ことごとくソ連の勝利と見做していた。事例はもうこれでたくさんだろう。肝要なのは次の点だ。恐怖・憎悪・嫉妬・権力崇拝が入り込んだ瞬間に、現実への感覚はガラクタになる。そして既に指摘した通り、善悪の感覚もまたガラクタになるのだ。許し難い犯罪など存在しない、一切ありえない、それが「我が方」が犯したものならば。その犯罪が現実に起きたことを否定しない人ですら、他の場合には咎められた犯罪と瓜二つだと判っている人ですら、知的な意味ではその犯罪が不当だと認めている人ですら、その犯罪を間違っているようには感じられない。忠誠心に関わるんだ、哀れんでなどいられるか。

何故ナショナリズムが発生し拡散するかは、ここで提起するにはあまりに大きな課題である。次のように言っておけば十分だろう。英国知識人の間に出現しているナショナリズムの様態は、外の世界で目下進行している恐るべき戦争の歪んだ反映であって、愛国主義と宗教的信条が崩落したため、この上ない愚かしさを露呈することになったのだ。この思考過程を突き詰めていくと一種の保守主義や政治的静観主義に陥る危険性がある。愛国主義はナショナリズムに対する防疫だ、君主制は独裁制への防御だ、組織化された信仰は迷信への防壁だ、斯様な論議は可能だし――むしろ事実であるかもしれない。次のような論議もできる。曰く、偏見のない見解は不可能である、全ての信条も動機も同じような虚偽・愚挙・野蛮性を含む。しばしば、これらが全ての政治性を放棄する理由にまで膨れ上がってしまう。そんな主張を受け容れることはできない。少なくとも現代の世界では、〈知的な〉と呼ばれる者なら誰でも、政治のことは気にしないなどと嘯いて政治性を放棄することなどできはしないのだから。思うに、人は全て政治――広い意味の政治だ――に関わらねばならぬ。そして人は全て嗜好を持たねばならぬ:即ち、ある動機は他のものより客観的に優れていると認識せねばならない。たとえそれらが等しく誤った方法によって進められてきたとしても。これまで語ってきたナショナリスティックな愛憎については、好むと好まざるとに拘らず、我々の大部分を構成している一部なのだ。それらを駆除できるかは判らない。だが私は確信している。それらと戦い抜くことは可能であって、それは本質的に道義的な努力なのだと。それはまず第一に、自分が実際には何者なのか、実際には何を感じているのかを問うものであり、次に不可避な偏見をどこまで許容するかという問題である。ソ連に対する嫌悪感や恐怖心にしても、アメリカの富と力に対する嫉妬心にしても、ユダヤ人に対する軽蔑心にしても、英国の支配階級に対する劣等意識にしても、単にそのことを考えれば駆除できるというようなものではない。だが少なくとも己の中にそれらが存在することは判るし、それらによる汚染から思考過程を守ることはできる。現実を受け容れようとすれば、逃れるべくもなく吹き上がる情動――多分それは政治的な行動には不可欠ですらある――が一緒についてきてもおかしくはない。とはいえ、繰り返すが、ここでは道義的な努力が必要なのであって、昨今の英国文学を見れば、苟も我らの時代の主要な課題に関わりのある作品に限っても、斯様な努力への覚悟がいかになされていないかが判る。

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