Chapter 1 of 9

トシオは、大そう賢く生れ付いた男の子でした。それゆえ、まだやっと、今年十一歳になったばかりですのに、もうこの世のなかのいろいろな方面の、様々なことを知って居ました。書物などで読んだことも、一々はっきり、頭に覚え込むという風でした。

しかし、あまり、いろいろ知り過ぎたせいで、このごろ敏夫は却って、沢山な疑いを持つ様になりました。先ず、どうして世の中には、こんなに無駄が多かったり、不平の種が沢山あるのだろうと、云うことが、敏夫のこの頃の不思議なのでした。

たとえば人間達が、折かく元気よく暮らして居るこの世の中に、いつの間にか流行病のバチルスが、そっと片隅から湧き出したり、でこぼこな黒い土のなかから美しい赤い花が、艶やかに咲き出たり、正しい善良な人が貧しい暮らしをして居るかと思えば、富んで遊んで暮らす人の居る世の中でもある。それから人の死ぬことや、喧嘩仕合ったりすることも……。

「ああ分らない、僕にはどうしても分らない」トシオは斯うひとり言して、頭を振ってばかり居る様になりました。

トシオの頭はこんな具合で、すっかり暗く閉じて仕舞いました。もう本を見るのも嫌なら、お友達を訪問しても、つまらないし、仕方がなしにふらふらと、一人家を出て、歩きまわりました。

やがてトシオが来たのは、春の頃、トシオが雲雀の声を聞き乍ら、お友達とのどかに摘み草をしたり、夏のみずみずしい緑葉をふみ乍ら、姉様達と蛍狩をした、広い野原でありました。が、今はもう、秋もくれがたであります。野原の草は一面に枯れて、赤白く年寄りの髪の毛を延いた様に、ほおけ拡がって居ます。

「おや、僕達が、あんなに愉快にころげまわった草原も、こんなみじめに枯れて仕舞ったか。なぜこんな赤ちゃけた色なんかに変ったんだ。いつも青々として、僕達を遊ばして呉れないってあるもんか、ああいまいましい。また冬なんて嫌な用もない時節が来るのかな。

トシオは斯うつぶやき乍ら、野原のあちらこちらをさまよいました。トシオの持った竹の枝に追われて、足の弱った年寄りばったや、羽根の痩た赤とんぼが、よちよち、ふらふら、逃げまどいました。小春日和の午後の陽ざしは、トシオの広い賢げな額や、健康らしく肉付きの引しまった頬に吸い寄りました。そしてこの稚い冥想家の脊を、やわらかく撫で温めました。

Chapter 1 of 9