Chapter 1 of 1

Chapter 1

ある日のこと、義夫は、お母さんにつれられて町へいくと、露店が並んでいました。くつしたや、シャツなどを拡げたのや、バナナを積み上げて、パン、パンと台をたたいているのや、小間物を並べたのや、そうかと思うと、金だらいの中で金魚を泳がしているのや、いろいろでありましたが、あるところへくると、ちょうど自分くらいの男の子が、集まっている店がありました。それは、やどかりのはいった、箱をござの上へ置いて、売っているのでした。やどかりは、小さなはしごの上へ登ったり、たがいに組み打ちをやったり、転げ合ったりしていました。どれも脊中にかわいらしい貝を負っている、歩くときはかにに似た不思議な虫でありました。いったいどこから、持ってきたのだろうかと、義夫は、しばらくお母さんと立ってながめていました。

「あんな大きいのがいるよ。」と、このとき義夫は、目をみはりました。

そのやどかりは大きな白いとげのある貝を負っていました。

「よくあんな大きな貝を負って歩けますね。」

「おばさん、こんなのどこにいるの。」と、きいた子供があります。義夫は、自分も心にそう思っていたので、いいことをきいてくれたと思いました。

「この白い大きいのは、小笠原島からきたのですよ。みんな、遠い南の方からきたものばかりです。」と、やどかりを商うおばさんは、いいました。

小笠原といえば、ずっと南のやしの木が茂る熱帯の地であると思いました。

「お母さん、あの爆発した三宅島より、もっと遠いんですね。」と、義夫は、いいました。

「僕、ほしいな。」

「およしなさい。家へ持って帰ると、じき死にますからね。」と、お母さんは、困ったようなお顔をなさいました。

それでほかの学用品など買ってもらって、家へ帰ったけれど、やはり、やどかりの姿が目に残っていました。また話が耳に残っていました。

「どうしてやどかりに、こんないろんな形があるの。」と、ほかの子供が、きいたら、

「やどかりは、自分の好きな貝がらをさがして、幾度も、幾度も、その中へ入ってみて、気にいったのを自分のすみかとするのだそうです。」と、おばさんのいったことなどが思い出されたのでした。

義夫は、お姉さんにお願いして、買ってもらおうかと思いました。そのうちに、晩方になると、幾度も時計を見上げて、もうお姉さんはどこを歩いているだろうと空想しました。そして、お姉さんが、お勤めから帰ってくると、

「お姉さん、僕に、やどかりを買ってくれない?」といって、頼みました。

「町に、売っていたの?」

「うん、お姉さん見たのかい。」

「見ないけれど、明日の晩にいって買ってあげましょうね。」と、お姉さんは、答えました。

「お母さん、お姉さんに、やどかりを買ってもらっていいでしょう。」と、義夫は、ききました。

「買ってくださるなら、おもらいなさい。けれど、じきに死にますが、かわいそうでない?」

「塩水に入れておけば、生きているよ。」

また、一日はたちました。そして、今日も太陽は、昨日の夕方のように、雲を赤く染めて西の空に沈みました。

「お姉さんは、まだ帰ってこないかなあ。」と、義夫は、外をながめていました。

「義夫、お姉さんは、疲れてお帰りなさるんだよ。お湯に入って、ご飯を食べてからにしなさい。」と、お母さんは、自分かってであってはいけないと、おしかりになりました。

お姉さんは、元気よく、いつものように、朗らかな顔をして、お勤めから帰ってきました。

「義夫さん、お湯へ入ると、もう外へ出たくないから、これから、いっしょにいってきましょう。」と、昨日の約束を忘れずに、いわれました。

「すぐ、いってもいいの。」

「ええ、まいりましょう。」

「約束を守って、お姉さんはえらいなあ。」

「だれだって、お約束は守らなければ、いけませんよ。」

姉と弟は、出かけました。燈火がついて、町はにぎやかでした。

「あのおばさん、きているかしらん。」

しかし、その日は、縁日で、いつもよりかいっそう露店も人出も多かったのです。

やどかりを売るおばさんは、いつものところで店を出していました。子供たちは、昼間よりかたくさんいました。

けれど、義夫のほしいと思った、あの白い大きなやどかりは、姿が見えず、売れてしまったのです。お姉さんからほかのを買ってもらったが、がっかりしてしまいました。

義夫は前を向いて、さっさと歩きました。気がついてうしろを振り向くと、お姉さんは、かくれてしまいました。

「なにしてんだろうな。」と、やどかりの入ったブリキかんを下げながら、つぶやきました。やっと追いついたお姉さんは、

「義夫さんは、現金ね。ご用がすむとさっさと歩くんですもの。」

「お姉さんがのろいのだい。」

けれど、義夫は、このとき、自分のことしか考えぬ自分がなんとなくさびしく感じられました。町をはずれて、たんぼ道へさしかかりました。

「あの青い火はなんだろう?」と、ふいに義夫は、立ち止まって、怖ろしそうに、ささやきました。

「なんでしょう、子供がいたずらしているのよ。」

青い火の方へ近づくと、だれか、きゅうりの実をうつろにして、内へろうそくをともして畑の中へ立てておいたのです。二人が笑うと、

「お化けだぞう。」と、野菜の茂った間から勇ちゃんの声がしました。

あたりは、すっかり暗くなって、さらさらと風がとうもろこしの葉を鳴らして、頭の上には、星の光が、きらきらと輝いていました。

●図書カード

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