Chapter 1 of 1

Chapter 1

野原の中に、大きなかしの木がありました。その下で、二人の少年は、あたりの風景を写生していました。

あちらには町があって、屋根が強い日の光にかがやいています。こちらには、青々とした田圃があって、野菜の花が、白に黄色に、咲いているのが見られました。

「僕は、あの並木を描こう。」と、西田が、いいました。

だまって、南は、じっとひとところを見つめては、チョークをうごかしていました。

「君は、なにを写生しているの?」

西田は、友だちのスケッチ帳をのぞくと、煙突から、煙が上がっている、町の遠景を描いていました。

「いいね、あの風に光っている木立も、雲も……」と、顔を上げた南が、答えました。

このとき、前方から、一人の男が、なにかぴかぴかするものを、手のひらにのせて、それを見ながら、やってきました。

「光るな、なんだろうか。」と、南がいいました。

「あの男は、ばかなんだよ。」と、西田がいいました。

「ええ、ばか?」

「ああ、あの男は、ばかなんだよ。けれど、おとなしい、なんにもわるいことをしないのだ。活動のエキストラになんか出て、喜んでいるという話だよ。」と、西田は、人から聞いたことを話しました。

「どうして、ばかになったのだろうね。」

南は目をみはりながら、あちらからくる男を見ていました。帽子もかぶらずに、手のひらを熱心に見つめています。

「あれは、金貨みたいだね。」

「は、は、は、金貨なもんか。きっと、新しい一銭銅貨なんだよ。光るから喜んで見ているのだろう。」

「たくさん持っているね。」

「ほんとうに、光るのばかりためたんだろう。」

ふつうならば、高等小学か、中学一年へでも入っている年ごろでした。どうしてばかになったんだろうと思うと、南は、なんだかいじらしい気がして、笑われなくなりました。

男は、こちらに自分を見ているものがいるとも知らず、また、夏の景色がどんなに美しかろうと目を向けず、ただ、手のひらの銅貨に気をとられて、ひとり、にやにや、たのしそうに笑いながら、わきみもせずに、道を歩いていました。

すると、こっちから、馬子が、手綱をとり、馬に空車を引かせてやってきました。

そして、いつかばかとすれちがいになったのです。それでもばかは、ただ自分の手のひらの上の銅貨だけを数えたり、ながめたりしていました。

「あぶない。」と、西田が、思わず、いったときです。ばかは、馬の顔に自分の顔を打ちつけました。

「ひゃっ!」と、びっくりした彼は、おどろいて顔を上げると、馬の大きな顔を見たので、手に持っていた、銅貨をばらばらと落としました。

ガラガラと、そんなことに気づかず、馬子は、馬を引いていってしまいました。

その後で、ばかは、いっしょうけんめいに落とした銅貨をひろっていました。

すると、また、けたたましい音をたて、あちらから、オートバイが砂煙を上げてやってきました。なんと思ったか、あわれな男は、拾った銅貨をにぎって、逃げるように、どこへとなくかけ出していきました。

「あ、は、は、は。」と、二人の少年は、その有り様を見て、笑わずにいられませんでした。

二人は、また写生にとりかかって、しばらくは、それに余念がなかったのです。

「西田くん、あすこに、光るものが落ちているね。」と、さっきばかの銅貨を落とした道の上を、南が指したのでした。

「ああ、オートバイがきたので、あわてて、みんな拾わずにいったんだよ。」

「かわいそうだね。」

「きっと、さがしに、もどってくるだろう。」

「早くもどってくればいいが、知らぬ人が通ると拾ってしまうね。」

「もうすこし、ここにいて、あの銅貨の番をしていようや。」と、西田と南は、顔を見合って笑いました。そのうちに、はたしてばかが、あちらから、道の上を血眼になってさがしながらもどってきました。そして、落ちていた銅貨を見つけると、飛びつくようにひろって、喜んでほおにおしあてました。

「かわいそうにね。」と、二人の少年は、白い雲を見上げながら、野原をさったのであります。

●図書カード

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