Chapter 1 of 1

Chapter 1

東京の町の中では、かいこをかう家はめったにありませんので、正ちゃんには、かいこがめずらしかったのです。

「かわいいね。ぼくにもおくれよ。」といって、学校へお友だちが持ってきたのを三匹もらいました。

そして、だいじにして、紙に包んで、お家へ持ってかえると、みんなに見せました。

「あたし、こわいよ。」と、妹のみつ子がにげだしました。

「私も、はだか虫はきらいです。どうしてこんなものをもらってきたの?」と、お母さんがおっしゃいました。

正ちゃんのほかにはだれも、あまりかいこをかわいらしいというものはありませんでした。

「兄さん、どっかへ持っていってよ。」と、妹がたのみました。

「こんなにおとなしいのに、かわいそうじゃないか。」

「正ちゃん、おとなしいのではないのよ。しっかり紙に包んできたから、よわったんでしょう。」と、お姉さんがいいました。

「おまえ、くわの葉がなくてどうするつもり?」と、お母さんがおっしゃいました。

くわの葉は、正ちゃんが、もうちゃんと野村くんからもらうやくそくがしてありました。野村くんの家はすこしとおかったけれど、かきねに二本のくわの木があって、それをいくら取ってもいいというのでした。

「くわの葉は、もらうやくそくがしてあるんだよ。」

「まあ、手まわしがいいのね。」

「だからお母さん、かってもいいでしょう。」と、正ちゃんは賛成してくれるものがないので、心ぼそくなりました。

「みつ子がこわがるから、はこに入れて、物置の内にでもおおきなさい。」

正ちゃんは、おかしの空きばこをもらって、くわの葉をきざんで入れて、石炭ばこの上にのせておきました。

晩方、正ちゃんが外からあそんでかえってきてみると、いつしかくわの葉はしおれてしまって、二匹は死んで、あとの一匹だけが、はこのすみにじっとしていました。

「どうして死んだのだろうな。」

正ちゃんは赤いじてん車にのって、死んだかいこを川にながしにいきました。そのかえりに、あたらしいくわの葉をもらってきました。

あくる日のことでした。学校で先生が正ちゃんに、

「きのうのかいこをどうしたか?」と、おききになりました。

正ちゃんは、二匹死んでしまって、いま一匹しか生きていないことを話しました。すると、やさしい先生は、

「一匹ではさびしいな。学校でかっているのをかえりに一匹あげるから、もっておいで。」と、いってくださいました。

正ちゃんは時間がおわると、先生のところへまいりました。

「さあ、こうして持っていくといい。」

そういって、先生は大きなくわの葉の上に一匹のかいこをのせてくださいました。そのかいこは、正ちゃんの家にいるのよりかずっと元気でした。

正ちゃんは葉の上にのせてもらったのをおとさないように、両手でささえながら、学校からお家へかえってきますと、みちをとおる人々は、なんだろうと、正ちゃんの手の中をのぞきました。

「あの子は、かいこをたった一匹持っていくよ。」と、わらった子どももあります。

かいこをかってから、正ちゃんは、毎朝お母さんにおこされなくてもひとりでおきて、じてん車にのって、野村くんのところまでくわの葉をもらいにいきました。

「あ、また死んだ。」と、正ちゃんは、物置でさけびました。

「お母さん、あんなくらいところにおくから死んだのですよ。」

「じゃ、お座敷へ持ってきておおきなさい。」と、お母さんはおっしゃいました。

「ほんとうにお座敷でいいの? しかし、だめだなあ、一匹になってしまったもの。」と、正ちゃんは力をおとしました。

正ちゃんが心からかいこをかわいがっていることがわかったので、お姉さんもいじらしくなって、

「私、蚕糸試験所へいっておねがいして、一匹もらってきてあげるわ。あそこは、かいこや生糸のことをしらべているお役所だから、かいこがかってあると思うわ。正ちゃんもいっしょにいらっしゃいね。」と、いいました。

二人は電車にのって、かいこをもらいに出かけました。蚕糸試験所の門のところには、金ボタンのついた洋服をきたおじいさんがこしかけていました。お姉さんは、おじいさんの前にいって、ていねいに頭をさげました。

「この子が学校からおかいこをもらってきてかっていましたが、みんな死にまして、いま一匹だけのこっています。一匹ではお友だちがなくてかわいそうだといいますので、もし、どんなのでも一匹いただけましたらと思って、おねがいにあがりました。」といって、おたのみいたしました。

金ボタンの洋服をきて、ぼうしをかぶったおじいさんは、

「なるほどな、むりのない話だ。一匹きりではさびしかろう。ここにすこしのあいだ待っていらっしゃい。」と、いって、お役所の中にはいっていきました。

やがて、おじいさんは、新聞紙にゆるく大きく包んだものをだいじそうにもってきました。

そして、にこにこわらいながら、

「これだけいれば、さびしくはなかろうな。」といって、正ちゃんにわたしました。

正ちゃんはよろこんで、お姉さんといっしょにあつく、おじいさんにお礼をいって門から出ました。

「お姉ちゃん、見ようよ。」と、正ちゃんは立ちどまりました。

新聞紙の口をあけると、びっくりするようなぴちぴちとしたのが五匹もはいっていました。

「ぼく、こわいよ。お姉ちゃん、持っていっておくれよ。」と正ちゃんは、手をひっこめました。

「まあ、正ちゃん、このあいだは、かわいらしいといったじゃないの。」と、お姉さんはわらいました。

「だって、あんまり大きくて、元気がよすぎるんだもの。」

「こういうのでなくちゃ、いいまゆをこしらえないのよ。」

「じゃ、ぼく、こわくない!」

「ええ、だいじにしてかってやりましょうよ。そして、いいまゆをこしらえたら、学校へ持っていって、先生やみなさんにお見せなさいね。」と、お姉さんはおっしゃいました。

「そうしたら、ぼく、みんなにうんといばってやるよ。」と、正ちゃんは勇んで歩きだしました。

●図書カード

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