Chapter 1 of 5

批評的精神も創造的精神も、今は共にその意味が變りかゝつてゐる。生活に對しても藝術に對しても、吾々は自分自からの解釋を作つて行かねばならない。吾々は自分自からの道を歩いて行かねばならない。自分自身の言葉、自分自身の生命を掴んで行かなければならない。

リアリズムの藝術は批評の藝術であつた。ロマンティシズムが創造の藝術であつたのに對して、リアリズムは新しい批評的精神の發露した藝術であつた。冷やかな理智から情緒本能へ、有限から無限へ、平靜な滿足から渇仰と憧憬へ、要するに淺薄な皮相的な批評から創造時代への激しい移り變りであつたロマンティシズムが、更に精確と定限と堅實とを欲するリアリズムの藝術を招致して、第二の批評的精神、寧ろ眞實の意味で初めての批評的精神の發露を見たのは、今更詳しく言ふにも及ぶまい。こゝで吾々の考へなければならないのは、リアリズムの批評的精神の内容如何である。リアリズムの批評的精神の力が、どれ程まで生活を批評し得たかといふことである。

リアリズム乃至ナチュラリズムは、放散した生命を、空虚な幻影から確實な物質の基礎の上へ引き戻した。無定限な夢の世界から定限ある現の世界へ呼びさました。人は初めて動ぎなき大地に足を着けて、人間の生活を如實に觀た。物質の力の偉大なことも初めて知ることが出來た。人間が一面獸であることも十分に分つて來た。これ等の新らしい觀察知識は、確かに新らしい世界の發見であつた。一つの新らしい驚異であつた。夢の如く空漠でもなく、放慢でもない。極めて確實な秩序ある驚異であつた。人は自分の智力の無限を信ずると同時に、新らしく發見した物質の力に對して、無上の尊重を捧げざるを得なかつた。

物質の力を尊重する心は、リアリズムの批評的精神が成就し得た一つの大いなる功績である。吾々はこの心によつて、初めて自己の生活を根柢から知ることが出來るやうになつた。自己の生活に對して實際的に謙遜に考へねばならぬことを教へられた。吾々の生活は初めて地に着いた確かな間違ひのない生活になつて來た。吾々は自己の生活の最初の、少くとも最低の條件として、約束として、物質の力を否定するわけには行かなくなつた。

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