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太政官
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太政官
上司小剣
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Chapter 8 of 9

八

青六と呼ばるゝ大字青柳の青柳六藏は、村長になると同時に、小學校の太鼓樓を取り卸し、二階を毀つて、平家にして了つた。このまゝにして置くと、太鼓樓と二階との重味で、後の方の置土をした弱い地盤へだん/\根太が滅入り込んで、顛覆かへるといふ其の道のものゝ意見によつて、直ぐにこれを決行したのである。さうして白堊にしておくと、始終剥げたり落ちたりして、修繕が面倒だからと、後の方だけは一面に燒板を張つて了つた。

「もう左官に用はないぞ。左官學校とは言はさん。」

青六村長はかう言つて、其の始終蒼白い顏に、寂しい沈痛な笑みを湛へてゐた。

これまでは柱一本根繼ぎするにも、學校のことゝ言へば、大工より先きに太政官へ知らしたのを、今度は青六の獨斷で、この大工事を何人にも斷らずに、大勢の大工を指圖して、雷のやうにやつて退けた。

「おい兵太、太政官の生靈が取り憑くぞ。」

「なんまんだぶつ、なんまんだぶつ。」

こんなことを言ひ合ひながら、大工どもは古墳でも發くやうな風にして、氣味わるさうに太鼓樓から二階を壞しにかゝつた。

太鼓樓の家根裏の棟木から、「永代不變棟梁何某、世話方大野源兵衞、明治△年△月吉日」と、墨の艶麗はしく書かれた厚い木札を、大工の一人が取り卸して來た時は、居合はした青六を始め一同變な顏をした。其の木札は二三日神符か何ぞのやうにして取り扱はれてゐたが、到頭焚火の中に入れて燃されて了つた。

「あれ見いや、木札の煙が太政官の隱居の方へ行くやないか。執念て恐ろしいもんや。」と、手傳(仕事師の事)の一人は言つた。

「この木札を太政官が、天滿宮の神主に書かして棟上をした時は、賑かやつたで。」と、老いた手傳は眼をクシヤ/\さしてゐた。

春は櫻の花の眞盛りに、村の若い衆が總出で、揃ひの赤襦袢をそよ/\と吹く東風に飜へしつつ、木遣音頭で棟木を曳いた。町からは藝妓が一組來て、梅鉢屋の二階で舞ひを舞うた。村中の人々が殘らず集つて來て、餅撒きに紅白の小餅を拾はうと爭つた。酒嫌ひの太政官が無理に一杯飮んで、赭ら顏を一層赤く、金時のコロ煎りのやうにして、仕立おろしの、紋の眞白な黒羽二重の紋付きに、茶宇の袴をキユー/\音さして、彼方此方と歩きつてゐた。其の日は朝からよく晴れてゐた。

大工や手傳は、こんな記憶を銘々に思ひ出してゐた。

「開業式の時も賑やかやつたで。……」と、誰れやらが言ひ出した。

「さう/\、花車や太鼓が出て、知事さんが來たもんなア。……太政官が知事さんと連れ立つて、二階から下りて來て、そら丁度彼處んとこや、もう枯れたが、彼處に百日紅の石を喰うやつがあつてな、其の下んとこを二人で歩いてたのを俺ア見たが、其の時や太政官が知事さんほどえらう見えたで。」

花の頃の上棟式、紅葉の折の開校式。それらの過ぎ去つた光景をば、今は痛々しい姿になつた小學校の前で、人々は齊しく思ひ浮べてゐた。

小學校改築の仕事のかゝり初めから、人々は必ず太政官の隱居の二階の窓が開いて、其處から怒氣を含んだ大きい赭ら顏の見えることを豫想してゐたけれど、名義ばかりの妻が毎日三度母家から飯櫃を運ぶ時より外に、扉一つ動かないで、隱居は死んだやうに靜かであつた。

「太政官が怒つて來るやろおもたになア。」

かう言つて、拍子拔けのしたやうな顏をしながら、大工どもは隱居の方を見い/\仕事をした。

この改築工事が終ると、小學校は、鬘を脱いで褞袍を着た女形役者のやうな姿になつた。「別嬪が髮の毛を剃つて尼はんになつたやうや」といふものもあつた。見窄らしくはなつたけれど、前よりは丈夫さうに見えた。

青六が餘んまりの高飛車に、太政官は呆れ返へつた揚句の果ては、馬鹿々々しいやうな氣がした。今更、「何をするか、俺に默つて」とも言つて行く氣にはなれなかつた。村の何人に對つても、總て此方から物を交渉するといふことはなくて、悉く先方から此方へ伺候さした太政官は、他人の前に苦情を並べに行くといふ經驗がなかつた。

出るにも出られず、ヂツとしても居られぬといふ破目になつて、太政官は三四日悶えに悶えてゐた。學校がどんな姿になりつゝあるか、窓の隙間からでも、たツた一目覗きたいやうな氣がしたけれど、幾度か立ちかけては躊躇した。

名義だけの妻が毎日三度/\運んで來る一粒選りの米の飯も、此頃は飯櫃を餘り輕くしないで戻すことが多かつた。大工や手傳の働らく、ドン/\ガン/\といふ破壞の物音、偖は古材木や古瓦を積んで行くらしい荷車の音は、太政官の耳に錐を刺し込むやうで、彼れは白晝に蒲團を引ツ被つて寢てゐることもあつた。

表に「郵便切手賣捌所」の札と郵便函とが掲つてゐても、滅多に切手なぞを買ひに來るものはなかつた。買ひに來ても返事をしてやらなかつた。尤も此處に切手賣捌所の札をかけて、郵便函を置いたのは、太政官が手紙や葉書を出す便利の爲めで、公衆を目的にしたのではなかつた。學校の先生が歸りに葉書の一枚も入れて行く外には、こんな松原の一軒家へ態々郵便を出しに來るものも、葉書を買ひに來るものもなかつた。

太政官はこの村に唯一つしかないといふ大事の大きな金庫を、母家の方に置いてゐたので、月に一二度づゝは鍵を持つて母家へ通はねばならなかつた。

母家からは、小學校の背中が眞正面に見えた。

小學校の改築――といふよりは、太政官に取つてブチ壞し――が濟んでから五日ほど後に、太政官は鍵を持つて母家へ出かけた。金庫の用が濟んで、もう暑さを感ずる日當りのよい黒光りの縁側へ出ると、野路を歩く時には、脇目もふらずに、見ないやう/\と勉めて來た小學校の後姿が、淺間しい姿になつて、其の鯨のやうな細い眼に映つた。

自分の生命よりも大切な愛し子が、松皮疱瘡にかゝつて、玉のやうであつた顏が、二目とは見られぬ醜さになつた時の悲哀は、かうでもあらうかと、太政官は縁側に立ちつくしつゝ、白堊姿のスラリ高く清げであつた小學校が、たとへば、白瓜か南瓜になつたやうに、脊低の厭やなものになつて、杉の燒板で一面に背中を張られたのが、瘡蓋みたいだと思つた。

「もう/\、二度と學校を見たうない。」

太政官はかう言つて、細い眼を涙に霑しながら、頭を抱へて座敷に逃げ込み、それから俯伏き勝に野路をトボ/\と隱居へ歸つて行つた。

名義だけの妻を始め、家の人は皆彼れの涙を初めて見たと、後で語り合つてゐた。

太政官は早速母家の大きな金庫を、隱居へ取り寄せることにした。さうして、もうこれからは死ぬまで母家へは行くまいと思ひ定めた。母家へさへ行かなければ、學校の淺間しい後姿も、厭やらしい背中の瘡蓋も、見ないで濟むと考へた。

大きな金庫は、牛車に乘せられて、太政官の膝元の大字新田の若い衆によつて運ばれた。赤い揃衣を着た十人餘りの若い衆が、振舞酒にほんのり眼元を紅くして、昔し小學校の棟上の時に、棟木を曳いた人々のやうな扮裝で、牛車の綱を手にした。初夏の太陽は麗はしい光を投げて、金庫の兩脇に金粉でおいた丸に柏の定紋が、キラ/\と眩しく光つた。

「やアとこせえーえー。ようーいやな。さアあれわのさツさい。これわのさツさい。……」

高い音頭の聲が、燃えるやうな青葉の間から湧きあがつて、東の村へも、中の村へも、西の村へも響いた。何事が始まつたのかと、背中に子供をたゞ負んぶして駈け出して來る隣村の人も見えた。

「太政官の隱居の餅撒がある。」と、誰れか言ひ觸らしたものがあつて、子供等がちらりほらり集まつて來たけれど、金庫を運び込んだ後の隱居は、例もの通り空家のやうに靜かで、太政官の大きな姿は窓にも入口にも現はれなかつた。

赤襦袢の揃衣を着た若い衆の姿が、母家の方の青い麥畑の間をうろ/\して、時ならぬ蓮華草が咲いたやうに美しかつた。

Chapter 8 of 9
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