Chapter 1 of 4

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閑人詩話

河上肇

佐藤春夫の車塵集を見ると、「杏花一孤村、流水数間屋、夕陽不見人、牛麦中宿」といふ五絶を、

杏咲くさびしき田舎

川添ひや家をちこち

入日さし人げもなくて

麦畑にねむる牛あり

と訳してあるが、「家をちこち」はどうかと思ふ。原詩にいふ数間の屋は、三間か四間かの小さな一軒の家を指したものに相違なからう。古くは陶淵明の「園田の居に帰る」と題する詩に、「拙を守つて園田に帰る、方宅十余畝、草屋八九間」云々とあるは、人のよく知るところ。また蘇東坡の詩にいふところの「東坡数間の屋」、乃至、陸放翁の詩にいふところの「仕宦五十年、終に熱官を慕はず、年齢八十を過ぎ、久く已に一棺を弁ず、廬を結ぶ十余間、身を著けて海の寛きが如し」といふの類、「間」はいづれも室の意であり、草屋八九間、東坡数間屋、結廬十余間は、みな間数を示したものである。杏花一孤村流水数間屋にしても、川添ひに小さな家が一軒あると解して少しも差支ないが、車塵集は何が故に数間の屋を数軒の家と解したのであらうか。専門家がこんなことを誤解する筈もなからうが。

「遠近皆僧刹、西村八九家」、これは郭祥正の詩、「春水六七里、夕陽三四家」、これは陸放翁の詩。これらこそは家をちこちであらう。

孟浩然集を見ると、五言絶句は僅に十九首しか残つて居ないが、唐詩選にはその中から二首採つてある。しかし私は取り残してある「建徳江に宿す」の詩が、十九首の中で一番好きである。それはかう云ふのだ。

移舟泊烟渚    舟を移して烟渚に泊せば、

日暮客愁新    日暮れて客愁新たなり。

野曠天低樹    野曠うして天樹に低れ、

江清月近人    江清うして月人に近し。

小杉放庵の『唐詩及唐詩人』には、この詩の起句を「烟渚に泊す」と読み切つてあり、結句を「月人に近づく」と読ませてある。しかし私は、「烟渚に泊せば」と読み続けたく、また「月人に近し」と、月を静かなものにして置きたい。

なほ野曠天低樹は、舟の中から陸上を望んだ景色であり、そこの樹はひろびろとした野原の果てにある樹なので、遥に人に遠い。(近ければ野曠しと云ふことにならない。)次に江清月近人の方は、舟の中から江を望んだ景色であらう。そして江清しと云ふは、昼間見た時は濁つてゐたのに、今は月光のため浄化されてゐるのであらう。月はもちろん明月で、盥のやうに大きく、ひどく近距離に感じられるのである。私は明月に対し、月が近いとは感じても、月が自分の方へ近づいて来ると感じ〔た〕ことはない。で月人に近しと読み、月人に近づくと読むことを欲しない。

孟浩然の詩で唐詩選に載せられて居るものは七首あるが、その何れにも現れて居ない特徴が、全集を見ると眼に映じて来る。それは同じ文字が一つ詩の中に重ね用ひられて居ると云ふことである。例へば「友人の京に之くを送る」と題する五絶に、次のやうなのがある。

君登青雲去    君は青雲に登りて去り、

余望青山歸    余は青山を望んで帰る。

雲山從此別    雲山これより別かる、

涙濕薜蘿衣    涙は湿す薜蘿の衣。

僅か二十字のうち、青雲青山雲山と同じ字が三つも重なつてゐるが、その重なり方がおもしろい。吾々は少しも不自然を感ぜず、却て特殊の味ひを覚える。

以下重字の例を列記して見る。

朝游訪名山、山遠在空翠。(尋香山湛上人)

悠悠清江水、水落沙嶼出。(登江中孤嶼)

鴛鴦※満沙頭、沙頭日落沙磧長、金沙耀耀動飆光。(鸚鵡洲送王九遊江左)

売薬来西村、村烟日云夕。(山中逢道士)

煙波愁我心、心馳茅山洞。(宿揚子津)

余亦乗舟帰鹿門、鹿門月照開煙樹。(夜帰鹿門歌)

山公常酔習家池、池辺釣女自相随。(高陽池送朱二)

翻向此中牧征馬、征馬分飛日漸斜。(同上)

傲吏非凡吏、名流即道流。(梅道士水亭)

払衣去何処、高枕南山南。(京還贈張維)

河県柳林辺、河橋晩泊船。(臨渙裴明府席遇張十一房六)

県城南面漢江流、江嶂開成南雍州。(登安陽城楼)

異俗非郷俗、新年改故年。(薊門看灯)

試登秦嶺望秦川。(越中送張少府帰秦中)

拾つて見ればこの程度のものに過ぎぬが、残つてゐる詩が極めて少いので、これだけのものでも特に目に着く。

絶句や律詩では、例へば李太白の「一叫一廻腸一断、三春三月隠三巴」の如く、王勃の「九月九日望郷台、他席他郷送客杯」や「故人故情懐故宴、相望相思不相見」の如く、高青邱の「渡水復渡水、看花還看花、春風江上路、不覚到君家」の如く、王安石の「水南水北重重柳、山後山前処処梅、未即此身随物化、年年長趁此時来」の如く、また陸放翁の「不飢不寒万事足、有山有水一生閑、朱門不管渠痴絶、自愛茅茨三両間」の如く、一句中に同字を用ひるは差支なきも、一首中に句を別にして同字を重ね用ひるは、原則として厭むべきものとされてゐる。しかし同字の重畳によつて却て用語の妙を発揮せる例も少くない。

前に掲げた孟浩然の送友人之京と題せる五絶の如きは、その適例の一つであるが、文同(晩唐)の望雲楼と題する次の五絶の如きも、各句に楼字を重ね用ひることによつて、特殊の味を出して居ると思はれる。

巴山樓之東    巴山は楼の東、

秦嶺樓之北    秦嶺は楼の北。

樓上捲簾時    楼上簾を捲くの時、

滿樓雲一色    楼に満つ雲一色。

家鉉翁(晩唐)の寄江南故人と題する次の詩も、やはり同字の重畳に面白味がある。

曾向錢唐住    曾て銭唐に向つて住し、

聞鵲憶蜀郷    鵲を聞いて蜀郷を憶ひき。

不知今夕夢    知らず今夕の夢、

到蜀到錢唐    蜀に到るか銭唐に到るか。

銭唐は今の浙江省の銭塘で、即ち江南であり、蜀は今の四川省に当る北地。向つては於いてと云ふに同じ。作者は今、郷里の蜀地にも居らず、また曾て住みたる銭塘にも居らず、却て友人の銭塘に在るを憶へるのである。

張文姫(鮑参軍妻)渓口雲詩にいふ、溶溶渓口雲、纔向渓中吐、不復帰渓中、還作渓中雨(溶々たる渓口の雲、纔に渓中に向つて吐く。復び渓中に帰らず、還た渓中の雨と作る。)これも亦た重字の妙を得たものと云へる。

また鄭谷の淮上与友人別詩にいふ、揚子江頭楊柳春、楊花愁殺渡江人、数声風笛離亭晩、君向瀟湘我向秦と。江字、楊字、向字各重出して却て詩美を成す。

白楽天の憶江柳詩、また同じ。曾栽楊柳江南岸、一別江南両度春、遥憶青青江岸上、不知攀折是何人。

以上の例と違ひ、わざとらしく同字を重ねたものは、概して鼻につく。次に若干の例を挙げて見る。

亂後曲江     王駕

憶昔曾遊曲水濱未春長有探春人遊春人盡空池在直至春深不似春

(憶ふ昔し曾て曲水の浜に遊ぶや、未だ春ならざるに長へに春を探るの人有りしに、春に遊ぶの人尽きて空く池在り、直ちに春の深きに至りて春に似ず。)

古意     王駕

夫戍蕭關妾在呉西風吹妾妾憂夫一行書信千行涙寒到君邊衣到無

前の詩には春字五、遊、人の二字は各二、後の詩には妾字五、夫、到の二字が各二、重複してゐるが、そのために特別の味が出てゐるとは思はれない。

春夜     劉象

幾處兵戈阻路岐憶山心切與山違時難何處披懷抱日日日斜空醉歸

(幾処か兵戈路岐を阻て、山を憶ふ心切にして山と違ふ。時難にして何れの処か懐抱を披かん、日々日斜にして空く酔うて帰る。)

春夜     劉象

一別杜陵歸未期祇憑魂夢接親和近來欲睡兼難睡夜夜夜深聞子規

(一たび杜陵に別れて帰ること未だ期なく、祇だ魂夢に憑りて親和に接す。近来睡らんとするも兼て睡り難く、夜々夜深けて子規を聞く。)

曉登迎春閣     劉象

未櫛憑欄眺錦城煙籠萬井二江明香風滿閣花滿樹樹樹樹梢啼曉鶯

(未だ櫛らず欄に憑りて錦城を眺めば、煙は万井を籠めて二江明かなり。香風閣に満ち花は樹に満ち、樹々樹梢に暁鶯啼く。)

私は以上の三首、いづれも甚だ好まない。殊に第二首は甚だ嫌である。次に掲げる方秋崖以下のものも、私はみな好まない。

梅花     方秋崖

有梅無雪不精神有雪無詩俗了人薄暮詩成天又雪與梅併作十分春(雪字三、梅、詩、有、無の四字は各二)

(梅あるも雪なくんば精神ならず、雪あるも詩なくんば人を俗了す。薄暮詩成りて天又た雪ふり、梅と併せて十分の春を作す。)

野外     蔡節齋

松裏安亭松作門看書松下坐松根閑來又倚松陰睡淅瀝松聲繞夢魂(松字六)

(松裏に亭を安んじ松を門と作し、書を松下に看て松根に坐す。閑来又た松陰に倚りて睡れば、淅瀝たる松声夢魂を繞る。)

吉祥探花     蔡君謨

花未全開月未圓看花待月思依然明知花月無情物若使多情更可憐(花、月の二字は各三、未、情の二字は各二)

(花未だ全開せず月未だ円かならず、花を看、月を待つの思ひ依然。明かに知る花月は無情の物なるを、若し多情ならしめば更に可憐ならん。)

凭欄     蒙齋

幾度凭欄約夜深夜深情緒不如今如今強倚闌干立月滿空階霜滿林(夜、深、如、今、滿の五字各重出)

(幾度か欄に凭りて夜深を約す、夜深うして情緒今に如かず、如今強ひて闌干に倚りて立てば、月は空階に満ち霜は林に満つ。)

どの詩もどの詩も俗で、詩といふほどのものになつて居ない。

賀蘭溪上幾株松南北東西有幾峯買得住來今幾日尋常誰與坐從容

(賀蘭渓上幾株の松、南北東西幾峰か有る、買ひ得て住し来たる今幾日、尋常誰と与にか坐して從容。)

これは王安石の詩、三たび幾字を重用して不思議に目立たない。

無責任なる漢詩訳解の一例。続国訳漢文大成、蘇東坡詩集、巻四、三〇八―九頁、註釈者、釈清潭。

「書二李世南所レ畫秋景一

野水參差落漲痕    野水参差として漲痕落つ、

疎林倒出霜根    疎林倒して霜根出づ、

扁舟一櫂歸何處    扁舟一櫂何の処に帰る、

家在江南黄葉邨    家は江南黄葉の邨に在り、

[詩意]野水は東西南北参差として、何も漲痕が落ちてある、其の上の疎林は倒の形を為して霜根を露出する、扁舟は舟人一櫂して何の処に帰るやを知らず、察するに江南黄葉邨に帰るのであらう、其の方向に舟は進みつつある、

[字解](一)参差 不斉の貌、詩経に参差菜とある、(二)一櫂 一棹に作る本あり、」

これなどは巻中まだましな方であるが、有名な詩だから先づ之を見本に写し出して見た。詩意として書き付けてある文章は、中学生の答案としても恐らく落第点であらう。文章のよしあしは別として、「漲痕」とは何のことか、「漲痕が落ちてある」とはどういふ意味か、「疎林が倒の形を為す」とは何のことか、「舟人が一櫂する」とはどんな事をするのか、これでは総て解釈になつて居ない。こんな日本文が分かるやうなら、何も国訳本を必要としないであらう。不親切な註釈もあつたものだ。

長い詩は写し取るのが面倒だから、絶句だけについて、も少し見本を並べて見よう。

「與二王郎一夜飮二井水一

呉興六月水泉温    呉興六月水泉温なり、

千頃菰蒲聚蚊    千頃の菰蒲蚊を聚む、

此井獨能深一丈    此の井独り能く深きこと一丈、

源龍如我亦如君    源竜我の如く亦君の如し、

[詩意]呉興の六月は水泉温かである、千頃の菰蒲に蚊が集る、此の井は独り深きこと一丈、源竜我の如く亦君の如くである、」

これだけの説明でこの詩の意味が分かるつもりなのであらうか。そもそも筆者自身がこの詩を理解し得たのであらうか。――今一つ。

「南堂五首(其五)

掃地焚香閉閣眠    地を掃ひ香を焚き閣を閉ぢて眠る、

簟紋如水帳如煙    簟紋水の如く帳は煙の如し、

客來夢覺知何處    客来りて夢覚め知る何れの処ぞ、

挂起西窗浪接天    挂起すれば西窓浪天に接す、

[詩意]地を掃ひ香を焚き閣を閉ぢて眠る、簟紋は冷水の如くにて帳帷は煙の如くである、客来の声を聞いて夢より覚めて客は何処ぞと云うて、挂起すれば西窓の外は浪が天に接する勢である、

[字解](一)簟紋 夏日に敷いて坐する具、(二)帳如煙 太白の詩、碧紗如レ煙隔レ窓語と、李義山の詩、水紋簟滑鋪二牙牀一と、」

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