五 三人兄弟の会った所
三人の兄弟が、都へ出る途中で、三筋の道に別れてから、十年も経ちました頃のことです。その頃検非違使(今の警察署長と裁判所長とを兼ねている役であることは前にいいました)というエライ役を勤めている一郎次の左衛門尉清経の下へ、その頃都で名高い加茂の長者から訴がありました。
それは、その前の晩、加茂の長者の家へ三十人ばかりの盗賊の一隊が押し入ってお金を沢山盗んで行ったばかりでなく、娘の花子を攫って行ったというのです。左衛門尉清経は、前から盗賊のあばれ廻ることを怒っておりましたが、こんなに都の中へと這入って来るようでは、もう一刻も、そのままには、捨てて置けないと思いました。それで、家来の者を二百人ばかり集めまして、
「噂にきくと、加茂川の水上のみぞろが池には、鬼女が住むという噂があって、人の近よらないのをよいことにして、多能丸という大盗棒が立派な邸を作って住んでおるということじゃ。加茂の長者の家に押入った盗賊も、この多能丸に違いない、早速かけ向うて、必ず生け取りにして来い。」と、申し付けました。
その翌日のことでした。みぞろが池に行った家来の一人が走って帰りました。
「殿様、およろこび下さいまし。多能丸を見事に生捕りました。長者の娘の花子も、無事に取り返しました。」と申しました。
左衛門尉は大喜びで、別の家来に、
「直ぐ加茂の長者の家へ行って、花子を受け取りに来いと言え。」と、申しました。
やがて、検非違使のお役所へ、高手小手に縛られた多能丸が、連れられて来ました。そして、庭の白い砂の上に、坐らされました。丁度、そこへ加茂の長者が娘を受取りに自分でやって来ました。これは縁側の上に坐っておりました。
間もなく、シイッ、シイッと、声がしたかと思うと、烏帽子をつけて立派な服を着た左衛門尉が、しずしずと現れました。左衛門尉は、一番高い上座に坐ると、加茂の長者の方を見て、
「お前が、加茂の長者か。」と、言いました。今まで俯いていた長者は、顔を上げて、
「はいさようでございます。」と、言いました。その顔を一郎次の左衛門尉がよく見ますと、それは紛れもない弟の三郎次ではありませんか。一郎次の左衛門尉は、思わず大きな声を出して、
「おう三郎次ではないか。」と、申しますと、三郎次も、検非違使のお役所だということも忘れて、
「おう、兄さんですか。」と、言いました。二人は、両方から抱き付くようにしてオイオイ泣きました。
が、泣いているのは、二人ばかりではありませんでした。
砂の上に坐っている、盗賊の多能丸も、やっぱり、縛られた身を悶えながら、歯を喰いしばって泣いていました。大粒の涙がポロポロと、砂の上に落ちました。
多能丸の泣いているのに、ふと気が付いた一郎次と三郎次とはこれはまたどうしたわけかと不思議に思って、この盗賊の顔を見ました。それは、一郎次には弟、三郎次には兄に当る二郎次に違いありませんでした。
三人兄弟が、そのときの驚き喜び悲しみは、どんなでしたろう。それは、皆さん自分で考えて見て下さい。
三人兄弟が、三筋の道に別れた時は、たった一足の違いでありました。それがおしまいには、こんなひどい違いになりました。
●図書カード