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桐の花
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桐の花
北原白秋
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Traducción Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 10 of 42

昼の思

六月が来た、なつかしい紫のヂキタリスと苦い珈琲の時節、赤い土耳古帽の蛍が萎え、憂鬱な心の蟾蜍がかやつり草の陰影から啼き出す季節――而してやや蒸し暑くなつたセルのきものの肌触りさへまだ何となく棄て難い今日此頃の気惰るい快さに、ふつくらと軽いソフアに身を投げかけて、物憂げに煙草をくゆらし、女を思ひ、温かい吐息と、真昼マグネシヤの幻光の中に幽かな黄昏の思想を慕ひ恍惚の薄明を待つわかい男の心ほど悩ましいものはあるまい。

零時二十三分、日の光はヴエニス模様の色硝子を透かして掛の浮織を悩まし、人も居ない珈琲店の空椅子には、今恰度真白な猫がまるで乳酪の塊のやうにとろみかけてゐる。而して誰が喫みさしたのか、眩ばゆい食卓の一角から軟らかな珈琲の吐息がたちのぼる。

珈琲、珈琲、ひとりでにわれとわが心の匂を温め乍ら、やはらかな紫のいろにたちのぼるその吐息、病ましい物思の何とも捉へどころのないやうなその香煙の縺れを、懶怠た身の起伏に何といふこともなく眺めやる昼の男の心持、また逃げてゆく「時」のうしろでをも恍惚と空に凝視むる心持……

ゴツホの狂ほしい外光の痛さ、ゴウガンの粗い生そのものの調色、或はマチスやピカソ、物を角に見るキユビストの新らしい神経の触覚よりもかういふ日の疎ましい懶怠ものの心にはあのルノワアルなどのふくよかな色の温味と悩ましい息づかひの魅力、さうしたものの美しさがどれだけ豊醇な親しさと懐かしさとをおぼえさせてくれるか知れない。

珈琲の煙はまだ消えもやらずにたちのぼる。やや疲れたらしいやうなロオデンバツハの物おもひ、美しい宝石商人の溜息、ボオドレエルの苦笑ひ、或はレニヱ、サマンの曇りと優しみ、それらを一つにしてたちのぼるわが珈琲の匂の強さ、なつかしさ、心もとなさ、苛々しさ……何よりも芸術の粋を慕ふ私の心は渾然としたその悲念の溶ましさに訳もなく苛められ、魅せられ、ひき包まれ、はたまた泣かされる。さてはあの怪しい沈黙の秒刻に譬へやうもない霊魂の歔欷をかりそめにも聴き逃さなかつたヴエルレエヌの純一な気分も恰度デリケエトなかういふ心持では無かつたか。

珈琲の煙はとりもなほさず心の言葉である。匂である。色であり音楽である。而して渋くて苦い珈琲末は心の心、霊魂の生地。匙は感覚。凡て溶かして掻き廻す観相の余裕から初めてとりあつめた哀楽のかげひなたが軟かな思の吐息となつてたちのぼる。もの思はしい中に限りもない色と香の諸相をひき包んで六月の光線に美しい媚のあや糸を縺らす苦い珈琲の風味は決して自己を忘れたロマンチツクな空の幻でも単純な甘いセンチメントの歎きでもない。真実、珈琲から珈琲の煙が立つやうに内心の深みから素直に心の吐息を掻き立たせてその融合渾沌のさかひに怪しい芸術の矜持と魔力とを物静かに薫らし得る純一な詩人の歓会はまた何にもかへがたい真言秘密の妙諦である。世に天才の名を恣にする人達の間にも真にわが霊の匂を知り、言葉のかげひなた、ものの媚、色あひ、幽かな色触香響の末の末まで嗅ぎわけて常に怪しい悲念にかき暮れ得る高貴な心の所有者は極めて少い。況して世のつねのかいなでびとが心をや。芸苑の中にしてなほ荒削りの珈琲末を悦び、但しは心と言葉の距離徒に遠くしてそのみなもとの苦き香気を忘れたつやもない思想家と偽りものの工人の世には多さよ。

珈琲、珈琲、珈琲の煙はまだ冷めもやらずにたちのぼる。紫いろの息づかひ、ロダンの線画……

乳酪の猫がまだ夢みるやうにその光つた尻尾の尖の細かな緑色の痙攣を凝視めてゐる。窖のやうな入口からくわつと明るい銀座の通が見える、白日の輝き、濡れた舗石、柳の葉、そのかげの赤い草花の鉢、寄せかけた自転車の銀の輪……

目に見えぬ空の何処かで花火が揚る。

そのうちにやや陰影の曇りを煙らした室内の光に懶怠けはてた私の物思が今はもう珈琲の匂にさへ堪へがたいほどの疲れをおぼえる。而してただそこはかとなくアンダンテの夢の調子に堕ちてゆく。

私は思ふ、男をんなの夏の中夜の秘戯をかういふ昼の悩ましさにかろく描きつづけてゐた歌麿の気持、まだ暮れもやらぬ昼の舞台に黄色いラムプを点す若い女形の心持、白芥子の花に纏る昼の幽霊、投げやりな昼間の三味線、湯上りの肌に匂ふあかい石竹、而して白日の光にうち揚ぐる夜の花火の紅緑・翡翠・土耳古玉・銀光の紫……目に見えぬ星と宝玉の一悲劇、眩耀と消滅の夢。

而してまた公園の昼のアーク燈を、白昼のシネマトグラフの瞬き、或は薄い面紗のかげに仄かに霞む人妻の愁はしい春の素顔を。

総じて明るい中の物の瞬き、幽愁の燻し、疲労と陰影の薄笑ひ、眩暈中の杏仁水、それらから来る寂しさ、悲しさ、なつかしさ、さうした優しさ果敢なさ溶ましさが私にはあの悲み極まつた純情の嗚咽、あらゆる観念の寂び、綺羅を鏤めた美しい夜の横顔、或はサロメ女王の驕奢を尽した踊の手さばきよりも却て染々とした歎息の推移を感ぜしめる。

涙を惜め、涙を惜め、高品なわかい心のそこひもわかぬ胸の秘奥に啜り泣けよ。芭蕉の寂びはまだうら若い私達が落ちつくところではない、少くとも世を楽しむメエテルリンクの悲愁と神秘な蒼い陰影の靄の中に寂しい心の在所を探す物馴れぬ Stranger の心持、その心を私は慕ふ。

乳酪の白い猫が幽かに鼾をかきはじめた。その時私も静かに女を呼んで一杯のウオツカを求める。この昼の暑さに無色透明なウオツカが小さなリキユグラスを透かして冷たい漣を立てる。その投影がまたプリズムのやうに、頁を開いてあるモウパツサン集の黒い活字に細々と果敢ない染色をちらつかす。

ふと点の赤いiの字がひとつ眼につく。それが物憂げに動いて上の行の Chambre の b の字に匍ひ出し、しんみりと蒼い光を立てて斜めに Les enfants の L を横ぎり、もひとつ上の行 Passion の P に喰ひつくやうに留まつた。蛍だ、疲れた小さな蛍、点の赤いiの字、その尻を抓むと力のない人霊色の燐光が怪しい湿潤を放つ。私は何時しか幼い少年の日の心に歌つた「おもひで」のあの蛍の一聯を思ひ出した。

そなたの首は骨牌の

赤いヂヤツグの帽子かな、

光るともなきその尻は、

感冒のここちにほの青し、

しをれはてたる幽霊か。

透き徹つたウオツカと蛍の赤い点、その冷たさ悩ましさ、私は染々と昼の蛍に執着する。而してその銀の燻しをかけた蒼白い哀傷の光を愛する。

業平の高い調はまさに感じ易い夜の蛍のセンチメントである。私達は時としてその繊細な平安朝の詠嘆、乃至は純情の雅びやかなる啜り泣き、若くは都鳥の哀怨調に同じ麗らかな心の共鳴を見出す事はある、而しなほ苦い近代の芸術にはまだその上に堪へがたいセンジユアルな日光の触覚と渋い神経の瞬きとを必要とする。銀の昼の燻しを必要とする。さもなくばアーク燈の眩ぶしい光のかげにあるかなきかに飛ぶ夜の蛍の燐光を闇の夜のそれよりも更に哀れぶかくやるせないものに感じなければならないのである。

午後二時過ぎ、蛍はいつのまにか珈琲椀のかげにかくれて白い頁の Passion の P の字のみが強く光り出した。

乳酪の白猫がまだ睡つてゐる。昼寝から覚めた料理人が今また青い甘藍の球でもぎとるのか厨の方で新らしい野菜のにほひがすずろぐ。さうして水道栓の水の滴り、誰かしら吹き鳴らす昼の銀笛……

私の気まぐれな聯想はまた鮮な郊外の景色に手を振つてゆく郵便脚夫の白い帽子に飛んでゆく。ゴツホの野外の景色、段々畑の銀緑色に雨の霽れ間の郭公が啼き叫び、白い葱の花のかげから出臍の児が裸のままで笛を吹く……

凡ての因襲から放れ、馴れ過ぎた官能の愛着を断ちきり、而して更に新らしい驚異の鋭感にやるせなきわれ自らの霊を慄かす近代の心にもなほありしそのままの声音に郭公は啼き、寂しい日本の笛は鳴る。ただ感ずる詩人の触覚と、周囲の気分の如何に依て古くも珍らしくも聴き倣されるのである。

笛は鳴る、夜の笛より昼の音色のわびしさを、公卿の物の哀れよりも弥さらに病児の温かいその吐息を、私の神経は悲しむ、而して葱のあたまに縺るる白い羽虫のやうに羽ばたく。

笛の音は何時の世までも滅びない、日本の笛の哀れさも何時の如何なる人の心にも染み込んでゆく。その笛本来の幽かな弱い寂しさは誰しもの胸の中に生れながらに秘められた純情のなげきである。高貴な内心の啜り泣き、やがては奔放限りなき管絃楽のそのみなもとである。

そのみなもとを悲しめ、而して至醇なそのみなもとの歌の気禀をかりそめにも傷くるな、笛の匂を知れ、完成された大和歌の心根に更に悲しい銀光の燻しをかけよ。ただ懐かしいその笛に強ひては残虐な煤煙の濁りと工場の鉄の響を吹きかけるな。

私はただ馴れ過ぎた俗人の詠歎を忌む。されば日本の笛を取る心もちにもなほ鮮かな Stranger の驚異と感触を貴み、目白僧園の鐘の音にアベマリヤの晩鐘を忍ぶ以太利亜旅人の春愁を悟り、異国の菊の香に新らしい流離の涙をそそぐピエルロチが秋の心をまたとなく懐かしむ。私はまた梅の木に鳴く鶯よりも脳病院のに鳴く鶯に泣き、定斎の軋みに驚く鶯に連れて驚く。有明の月に血を吐くほととぎすの悲歎を曾て見知らぬ私は寧ろキヤベツ畑の雨に啼く郭公を楽しいものに哀れみ、昔ながらの古い前栽の繁みに飛ぶ蛍よりも客待の人力車のかげに仄かに蒼白いお尻のパツチを光らす東京の蛍をこの上なく今の心に親しむ。さりながら凡ての因襲から逃れて常に新らしい官能の薄明りにわれとわが霊の在所をたづねゆくわかい旅人の心にも思ひ棄てがたきは日本の笛のあはれである。哀みのそのみなもと、純情のかの吐息である。

時が経つた。いつしか黄ばみかけた日の光のもとに、薄青いクローバ模様の壁にかけた玩具の木時計が可笑しさうにお尻の分銅を動かし乍ら今三時を点つ。而して驚かされた乳酪の塊が椅子の上からすべり下り、料理人が細かに玉葱の庖丁を刻み、懶けたソフアの物思が軟かに温かい欠伸をつく。

くわつとした入口の外の明るさ、自転車が去り、草花の赤い鉢に静かに煉瓦屋根の投影が軽い塵埃と縺れる。

Cuckoo, jug-jug, pu-we, to-witta-woo!

Gristchen, gristchen, tutch, tutch, tutch!

鳥屋が通る、くわつと明るい人道を車を曳いて。

Cuckoo, jug-jug, pu-we, to-witta-woo!

車の上の円い四角な金網作りの、或は竹製の、大小さまざまの鳥籠、その鳥籠が六月の日に揺られながら蒸しかへるやうに光つてゆく。

Cuckoo, jug-jug, pu-we, to-witta-woo!

Gristchen, gristchen, tutch, tutch, tutch!

Chapter 10 of 42
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