Chapter 8 of 13
富士五湖
昭和七年、妻子と共に晩秋の富士五湖に遊ぶ。
富士五湖
山中湖
よく響く冬は暁ふる雨のただに一色の音ぞ立ちたる
うち黄ばむ落葉松見れば狭霧立ち氷雨ひびかふ時いたりけり
山中湖あかつき近し落葉松や目もさむざむと向ふ雨霧
針樅に氷雨うちひびきいさぎよしことごとの雨よすがしとを見む
暁の雨冷えとほる玉の野葡萄のふたいろの玉は瑠璃よ紫
落葉松もしみみ黄葉でぬ木の立のまこと直なる繊き葉の神
冬向ふ繁み落葉松氷雨ふりいたもにじめり寒き落葉松
河口湖
鵜の島は紅葉しにける岩はなに兎出てゐてぬくとき秋や
鵜の島と舟子が呼ぶなる湖の島兎跳ねつつ鵜の鳥はゐず
湖の島い照る紅葉に遊べるは耳後へ垂れて番ひ野兎
§
秋の晴湖面にあそぶ紋白蝶の影ひとつ見つつぽんぽん舟行く
西湖
西湖の熔岩壁を立つ鳥の羽ばたきを聴けば間隔正し
み冬づく西湖の鱸よく冷えて釣られたりけり徹る気先に
西湖はしづかなる湖瓦焼く煙のぼりゐて秋の色あり
精進湖
パノラマ台にのぼりて
尻高に子が乗る後をその母と馬はすすめつよき紅葉なり
ここよりぞ富士は裾野の見わたしと水照しづけき四つの湖見ゆ
青木繁む富士の裾原風乱り行きはしる雲の絶ゆるまもなし
雪の富士秀に現はるる立ち待つと将た寒けかり繁き天雲
帰路湖畔にて
精進湖雲あし赤く日暮なり写真とらすと家族馬竝む
本栖湖
本栖湖は奇ふる湖、霧ふかく、水皺幽かに、青木立神さ
びせす、渚ゆく人かげも見ず、風ふけばひろごる面の、
影日向、黒くあかるく、をりをり映る。
同じく
パノラマ台より俯瞰す
本栖の湖かがよふ見れば水皺立ち霧ながれをり流るとなしに
本栖の湖雲去来してみ冬なりこちごちに光るしろがねの面
一色に幽けかるなり時じくをみづうみの面へ吹きおろす雲
雲の遠に南アルプスと思ふ雪かがやき列竝み本栖湖暗し
み冬の雲もこごるか我が湖と木立神さび黒く隠らふ