◆第一幕「不思議の国」
時は秋、場所は森。アリスがある木の根本で眠っていると、妖精が現れ、アリスの周りをひらひらと踊り出す。
〈うた:妖精たちのコーラス〉 お眠りなさい、輪のなかで さえずりの子守歌 大丈夫、この森は妖精のたまり場よ お眠りなさい、アリスちゃん せせらぎの魔法歌 見守るから、目を開けたら不思議の夢の国 ようこそ、ようこそ アリス! アリス! 不思議の国へ!
妖精たちはアリスの左右に分かれ、コーラスの声は優しく遠のいてゆく。場所は変わり、不思議の国のどこかの庭。わきの方に大きなキノコがあり、その上で芋虫が煙管をふかしている。アリスは目を開けると、何が何だか分からないというふうに、あたりをうろちょろする。そこへ白いウサギがあわてたていで、前を横切ってゆく。
白ウサギ およよ! 御前さま、御前さま! およよ! お待ちさせたらかんかん、そんなのいやでおじゃる!アリス あの、よろしくて?
白ウサギは通りすぎ、その際に白手袋と扇を落としていく。
アリス もう、もう! 今日はけったいなことばかり! でも昨日はずっといつも通りだったのに。もしや夜中のうちにあたくしの身に何か。待って、今朝起きたときのあたくしはちゃんとあたくし。でも今あたくしがあたくしでないのとすれば、いったいどなた? んもう、まったくややこしい。どうかしら、ちゃんと覚えてたこと覚えてる? ええと4×5=12、4×6=13、4×7――ああ、もう! そんな調子じゃいつまでも20にならなくてよ。だったら『がんばるぞミツバチ』のお歌はどうかしら。
〈うた:アリスのソロ〉 びっくりだ わあにさん しっぽがね ぴかーん ナイルがわ ざあぶざぶ うろこにね びしゃーん!
キバだして にいんやり ツメひろげ じゃきーん おいでませ さかなちゃん にこにこ……がぶりっ!
アリス もう! ぜんぜん歌詞がちがってよ、もううんざりよ、こんなところでひとりぼっちだなんて。
そこへ向かい側の芋虫が声を掛ける。
芋虫 だれじゃ、おぬし。アリス あたくし? よくわかりませんの、今のところ。少なくとも今朝起きたときにはだれだったかわかってたのに。それからあたくし、どうも何度か変わってしまったみたいで。芋虫 どういうことかの? はっきりしてくれ。アリス だからはっきりしませんの、あいにく、あたくしがあたくしじゃないの、わかって?芋虫 わからん。アリス あいにく、これ以上何とも言えませんの。だってそもそも自分でもよくぞんじませんし。芋虫 だから、その自分はだれなのじゃ。アリス まずはご自分から名乗るのがすじとぞんじますけど?芋虫 なぜかね?
するとアリスはぷいっとして、歩き去ろうとする。
芋虫 そこへ戻れ! 大事なことを教えてやる。
アリスは戻ってくる
芋虫 そう怒るな。アリス (ぷんすかして)それだけ?芋虫 いや、自分が変わったと申すのじゃな?アリス たぶん、あいにくね。前できてたことが思い出せないの。芋虫 思い出せぬとは、何をじゃ?アリス その、『がんばるぞミツバチ』を歌ってみたのに、ぜんぜんちがってて。芋虫 ならばどうだ、『ウィリアムじいさん』は。アリス よろしくてよ。
〈うた:アリスのソロ〉 もう年なんだ ウィリアムじいさん 頭は白髪だし なのにいつでも 逆立ちばかりで―― わきまえろ
むすこに向かい じいさん言う 若さはおそれさ 自分がバカだとわかれば あとはやるだけさ
もう年なんだ わかってくれ それに太りすぎだ なのに戸口で バク宙なんてさ―― かんがえろ
白髪ふりわけ じいさん言う ひと箱1シル 薬のおかげでしなやか―― どうじゃふた箱?
もう年なんだ はぐきも弱い あぶらみでやっとだ なのにガチョウほねごと平らげ―― なんなんだ
わかいころは へりくつばっか 夫婦ゲンカさ おかげでアゴもじょうぶよ こりゃ一生ものさ
もう年なんだ ふつうだったら 目もしょぼしょぼのはず なのに鼻にウナギを立てて―― 器用かよ!
3べん言えば わかるじゃろ! いい気になるなよ もうたくさんじゃわい いなねば 上からけおとす!
芋虫 正しくないのう。アリス 割とね、あいにく。ところどころ違ってはいてよ。芋虫 はじめから終わりまで間違っておる。さらばじゃ。
芋虫とキノコが遠ざかってゆく。そこへ白ウサギが通りがかる。
白ウサギ 御前様! 御前様! ぴょんぬるかな! ああっ! ぴょんぴょんぬるかな! このままではあの方から処されてしまう。はてさて、どこに落としたものか。アリス (傍白)扇子と手袋を探しているのね。
そこでアリスも探し始める。白ウサギはアリスに気がつく。
白ウサギ おいメリアン、ここで何をしておじゃる? とっとと家へ一走りして手袋と扇を持っておじゃれ。アリス (傍白)あたくしをメイドと勘違いするなんて。あたくしが誰だかわかったら驚いてよ。でも今は扇と手袋を取ってきた方がよさそう。
アリスは扇と手袋を拾い上げ、白ウサギに手渡す。
白ウサギ すまぬ、メリアン。助かったぞよ。御前様を待たせておじゃる。赤んぼとコックを連れてこちらへ向かっておるのよ。
白ウサギは去ってゆく。
アリス まああきれたこと! メリアンだと思いこんでる。御前様がやってくる? 赤んぼ? 料理人? まさか赤んぼを料理するっていうのかしら。
そこへ子どもを抱いた公爵夫人登場。雪平鍋とコショウ瓶を持ったコックとチェシア猫も出てくる。
アリス ごめんください、このネコちゃん、どうしてこんなに愛想がよろしいの?公爵夫人 こやつはチェシアの猫ゆえにな。アリス なるほどチェシアのネコは愛想よしってわけ。まさかネコがこんなに愛想よくできるなんて。公爵夫人 こやつらはみなできおるし、大半がそうしおる。アリス 思いもよらなくてよ。公爵夫人 そちが物を知らぬだけ。世のことわりじゃ。コック コショウ瓶のなかみがないぞ。半分もない、四分の一もない。 てきぱきゆでゆで ぐにゃぐにゃまぜまぜ くしゅんと入れて いち、に、さん さいしょはかみさん、つぎは猫に、さいごは赤子の分なのさ
コックはスープと赤んぼに代わる代わるコショウをかける。
アリス ねえ、気をつけたらどうなの? ほら、その子の大事なお鼻が!公爵夫人 みなが自分のやることに気を遣おうものなら、世界はいつもよりずいぶん早く回ろうぞ。アリス そうならない方がよくてよ。考えてもみて、そんなことしたら昼と夜がどうなるか。いいこと、地球は自転するのに二四時間ちょっきり――公爵夫人 ちょっきりとな、こやつを打ち首にせい!アリス 二四時間、あれ、一二時間だったかな。公爵夫人 黙らっしゃい、数字などいらいらする。
〈うた:ソロが公爵夫人、コーラスがコックと赤子〉(公)ガキにはきびしく、くしゃみにゃビンタ コショウもわざと楽しんでやがる(コ)ばうわうわう、めえめえめえ、コショウをどうぞ ばうわうわう、わうわうわう、コショウをどうぞ ばうわうわう、めえめえめえ、コショウをどうぞ ばうわうわう、わうわうわう、コショウをどうぞ
公爵夫人 (コックへ)おゆきなさい。
コックが去る。
公爵夫人 ほおれ受け取り!(赤んぼを舞台の外へ放り投げる)さて、そろそろクイーンさまのところへ。
公爵夫人と猫と白ウサギの全員が出て行く。
アリス さて、これからどうしたものかしら。あのコックさん、赤んぼを受け取れているといいのだけれど。
チェシア猫の頭が木の上に現れる。
アリス チェッシャにゃん、教えてちょうだい。ここからどちらに行った方がよろしくて?チェシア猫 そいつはお前の行きたいところ次第だにゃ。アリス 別にどこでもよくってよ。チェシア猫 にゃらどこへにゃりとも行けばいい。アリス ちゃんとたどり着けるなら。チェシア猫 そりゃそにょくらいできるとも、それにゃりに歩けば。アリス このあたりにはどんな人がお住み?チェシア猫 あっちの方にゃ帽子屋が住んでる。そんであっちにゃ弥生ウサギ。好きにゃ方に行け――どっちもおかしにゃやつだ。アリス でもおかしなひとのところに行くのはごめんでしてよ。チェシア猫 まあ仕方のにゃいこと。ここじゃみんなおかしいにゃ。にゃあも、お前も。アリス あたくしがおかしい? どうして?チェシア猫 そりゃそうにゃ。でにゃきゃ、こんにゃとこにゃ来にゃい。アリス じゃあ、あなたがおかしいっていうのは?チェシア猫 まず犬はおかしくにゃい、これはいいにゃ?アリス まあそうね。チェシア猫 にゃらわかるにゃ。犬は怒るとうにゃって、うれしいと尻尾を振る。にゃのにおいらはうれしいとうにゃるし、腹が立つと尻尾を振る。にゃからおいらはおかしい。アリス のどを鳴らすの間違いじゃにゃくて?チェシア猫 どう言ってもおにゃじこと。ありがとうと言いにゃされ。
〈うた:アリスとチェシア猫のデュエット〉(ア)チェシャにゃん、ありがとう、教えてくれて そこらの猫にゃ、できないことよ うちのダイナも、できたらいいのに 答えはずばり、不思議なチェシャにゃん(両)答えはずばり、不思議なチェシャにゃん 答えはずばり、あなたは(おいらは)チェシャにゃん
(猫)かたじけにゃあい、おほめの言葉 ぜひともダイナ、会いたいですにゃ 全部教えて、一にゃん前に みなみなびっくり、不思議なチェシャにゃん(両)みなみなびっくり、不思議なチェシャにゃん みなみなびっくり、あなたは(おいらは)チェシャにゃん
ふたりは踊ったあと、去る。帽子屋と弥生ウサギとヤマネがお茶会用のテーブルを運びながらやってきて、それぞれ席に着く。そこへアリスもやってくる。
帽子屋&弥生ウサギ 席ならもうないぞ!アリス いっぱいあってよ。
アリスはいちばんいい席に座る。
弥生ウサギ ワインでも飲め。アリス どこにワインなんか。弥生ウサギ どこにもねえ。アリス (ぷんすかして)とんだ無礼者ね。ないものをすすめるなんて。弥生ウサギ てめえこそ無礼者だ。誘われもしねえのに座りやがって。アリス あら、三人だけのテーブルだったの? 空いてるところもずいぶんあるけど。帽子屋 その髪、伸びすぎだな。アリス (きびしく)ひとに口出しするなんてダメ。帽子屋 (驚いた顔で)カラスとかけて勉強机ととく、そのこころは!アリス あれね、もうわかりそう。弥生ウサギ それはつまり、もう答えがわかるってえことか。アリス その通り。弥生ウサギ じゃあ、わかったってことは言えるんだろうな。アリス だから――そのうち言えるってことはわかったの。同じでしてよ、ほら。帽子屋 同じなものか。ならば「食べるってことは見える」と「見えるってことは食べる」、これが同じというのかね?弥生ウサギ ほかにも、「ものになるってことは好きだ」と「好きだってことはものになる」、これも同じか?ヤマネ まだまだありますよ。「ねむれるってことは息がある」と「息があるってことはねむれる」。帽子屋 お前のはおんなだ。(時計を取り出してアリスに聞く)きみ、今日は何日かね?アリス 四日。帽子屋 二日くるっておる。(弥生ウサギに)おいウサギ、言ったろ、時計のからくりにバターは合わんと!弥生ウサギ 最高級のバターだぜ。帽子屋 ああ、だがパンくずが混じったに違いない。パン切りナイフなんぞ使うからだ!
弥生ウサギ、時計を手にとって、カップのなかにつける。
弥生ウサギ 最高級のバターだったのに。アリス 面白い時計だこと! 時を告げずに日を告げるなんて。帽子屋 何を言うか。君の時計は年を告げたりせんだろ?アリス 当たり前。だってそれだと一年間ずっと同じじゃないの。帽子屋 それはこっちの時計とて同じこと。さっきの謎かけはもうわかったかね?アリス いいえお手上げ。答えは何?帽子屋 これっぽちもわからん。弥生ウサギ おれも。アリス もっとましなことができてよ! そんな答えのない謎かけで時間をつぶすだなんて。帽子屋 わがはいくらい時間どのとお近づきになれば、呼び捨てでつぶすだなんて言いはせん。「どの」をつけろ。アリス あなた何をおっしゃってるやらさっぱり。帽子屋 ああそうだろうとも。なんなら君は時間どのと口をきいたこともないからな。アリス まあね。でもせわしないときには時間を割いたりしてよ。帽子屋 おお! だからか。時間どのは割かれるのをお嫌いだ。仲良くなりさえすれば、時計のことはだいたいよろしくして下さる。たとえば、朝の九時だとしよう――ちょうどお稽古の始まる時間、ならば君は時間どのにほんのちょっとささやくだけでいい。くるくると時計が瞬く間に回る。一時半――ごちそうの時間だ!弥生ウサギ そうなりゃどんなにいいか。アリス それはそれは結構だこと。でもそれじゃあ、おなかがすかないんじゃなくて?帽子屋 はじめのうちはおそらく。だが好きなだけ一時半にとどめおくことができる。アリス ならそうしてるのね、あなたは?帽子屋 いいや。先の三月にケンカをしてな。おまえがおかしくなる直前のことだ、ほれ(とウサギを指さす)。あれはハートのクイーンが催した大音楽会でのこと。わがはいは歌をうたう役でな。 てかてかひかる やみのこうもり ひらひらとぶよ おぼんのようにまあこの節をうたい終わらんうちに、クイーンさまはどなりなさる。『時間のむだっ! 首をちょんぎれ!』アリス 恐るるに足る話ね。帽子屋 そうして時間どのを無駄死にさせて以後、頼み事を聞いてくれんようになった。今もずっと六時のままだ。アリス そのせいで、こんなにたくさんティーセットが置かれてあるのね。帽子屋 (ため息をついて)ご名答。いつもお茶の時間なのだ。あいまに洗ものする時間もない。アリス じゃあぐるりとずれていくってわけね。帽子屋 さよう。どんどん使ってゆく。アリス でも一周しちゃったらいったいどうなるの?弥生ウサギ 話題を変えようや。起きろ、ヤマネ、話でもせい。ヤマネ むかしむかし三人のかわいい姉妹がおりました。名前はエルシー、レイシー、ティリー。三人は井戸の底に住んでおり――アリス 食べるものはあって?ヤマネ シロップを食べています。アリス でもそんなの無理、ほら、病気になってしまってよ。ヤマネ だから三人は――もちろん病気に。弥生ウサギ もう一杯どうだ。アリス まだ何もいただいてなくてよ。だからもう一杯なんて無理。帽子屋 では一杯も飲めないということか。ゼロ足すイチは一杯目だからな。アリス あなたは口を挟まないで。帽子屋 ひとに口出ししているのは君ではないのか?アリス (ヤマネに)井戸の底に住んでいるのはなぜかしら。ヤマネ シロップの井戸ですから。アリス そんなのありえない!帽子屋&弥生ウサギ しっ、しーっ。ヤマネ なのでその三人の姉妹は、かきわける練習をしていました。アリス かきわけるって何を?ヤマネ シロップです。帽子屋 きれいなカップがほしい。さあ、みなのもの、席をひとつずらそう。
帽子屋が動き、続いてヤマネとウサギも動く。アリスはウサギの隣の席につく。
アリス でもわからなくてよ。井戸でどうシロップをかきわけるの?帽子屋 プールでなら水をかきわける、シロップの井戸ならシロップをかきわける――当たり前だ、馬鹿者。アリス でも底はせまくってよ。ヤマネ もちろんせまい、だからそこそこに――三人は「お」で始まるものをかきわけるのです。アリス どうして「お」なの?弥生ウサギ 「お」じゃいけねえのか?
ヤマネがうとうとしていると、帽子屋につねられ、ぎょっと声を上げる。そして話を続ける。
ヤマネ 「お」ではじまるものです。たとえば、おとりとか、お月さまとか、思い出とか、おっちょことか。ほら、言うでしょ、「おっちょこちょい」って。見たことありますか、「おっちょこ」をちょいかきわけた絵ってのを。アリス そんないきなり聞かれても、ないと[思う]――帽子屋 ならば口を出すでない。アリス (とびあがって)無礼よ、あなた!
全員が席を立って、舞台を下りる。
〈うた:アリス・帽子屋・弥生ウサギの掛け合い〉(ウ)変人帽子屋(全)そうさ、そうさ(ウ)間違いねえよな?(全)そうだ!(ウ)おかしくなった わけは知らんが おかしいことはとにかくわかる(全)そうさ、そうさ、そうだ!
(帽)おかしなウサギ(全)そうさ、そうさ(帽)わけはわからん(全)そうだ!(帽)秋はいいが 春風あたると たちまちおかしくなりおって(全)そうさ、そうさ、そうだ!
(ア)ウサギはひどい(全)そうさ、そうさ(ア)主食は石けん(全)そうだ!(ア)帽子屋変だし 意味もないのに おべっかなんて言いたくない(全)そうさ、そうさ、そうだ!
全員が離れて踊っている。弥生ウサギと帽子屋はテーブルを片づけ、クラブの2と5と7が出てくる。そのあとハートのキングとクイーン、さらにジャック。つづいて他のカードとアリスもやってくる。
〈コーラス〉 キングが お目見え くるくる くるくる さあさ踊れ クインが お目見え 楽しく楽しく楽しく 今日もくるり 踊れ たおやかに 輝かしきハートよ 踊れ たおやかに 輝かしきハートよ キングが お目見え くるくる さあさ踊れ クインが お目見え くるくる さあさ踊れ 楽しく 楽しく 今日も リズムに合わせて アリスもみんなして 踊ろう この森で ガボットを ゆかいに
――列になってぐるぐると舞台上を回るが、やがて2と5と7が舞台のわきでぺたんと倒れる。
クイーン ジャックや、こやつは誰よの。
しかしジャックはお辞儀をするだけ。
クイーン 馬鹿者! そこな子ども、名は何と言う?アリス あたくしの名前はアリスです、クイーンさま。(傍白)ってどうせただのトランプ一組、恐るるに足らずよ。クイーン (2と5と7を指さして)ではあれは何よの。アリス あたくしに聞かないで、知ったこっちゃなくてよ。クイーン (アリスをにらみつけ、わめきながら)こやつの首をちょん切れい! ちょん――キング これお前、考え直さんか。まだほんの子どもだ。クイーン これジャック、こやつらをひっくり返せ。
2と5と7が起きあがり、すばやくみなにお辞儀をする。
クイーン やめい、目が回る。こやつらの首をちょん切れい!アリス 打ち首なんかさせなくってよ。白ウサギ (アリスに)これ――よいお日柄であるな。アリス よくてよ! あら、公爵夫人は?白ウサギ しっ! しーっ! 御前様は死刑を言い渡されておじゃる。アリス どうして?白ウサギ どうしてなかなかおいたわしや。アリス そうじゃなくて、悲しいとかじゃなくて――わけを聞いてるの。白ウサギ クイーンさまにびんたを張ったのじゃよ。アリス ぷっ、ぷぷっ!白ウサギ これ、しーっ、クイーンさまがお聴きになる。クイーン 首はのうなったかえ?ジャック みな首なしにてございまする、クイーンさま。クイーン ものども、位置に着けい!
キングがアリスに手を差し出す。ジャックはクイーンのおそばへ。トランプ王室の宮廷舞踏会。
〈コーラス〉 キングが お目見え くるくる くるくる さあさ踊れ クインが お目見え 楽しく楽しく楽しく 今日もくるり 踊れ たおやかに 輝かしきハートよ 踊れ たおやかに 輝かしきハートよ キングが お目見え くるくる さあさ踊れ クインが お目見え くるくる さあさ踊れ 楽しく 楽しく 今日も リズムに合わせて アリスもみんなして 踊ろう この森で ガボットを ゆかいに
最後にチェシア猫の頭が木の上に現れる。
チェシア猫 (アリスに)クイーンはどうにゃい?アリス だめ。だってめちゃくちゃ――
そのときクイーンがアリスの後ろに来る。
アリス おしとやか。
クイーンはにっこりと笑って通り過ぎる。
キング 誰と話しておる?アリス おともだちのチェシアの猫です。キング チェシアの猫?アリス どうぞよしなに。キング つらがまったく気に食わん。だが望みとあらばわが手にキスをしてよいぞ。チェシア猫 べーつにぃ。キング 無礼なっ、そのような目でわしを見おって。
キングはクイーンのうしろへ隠れる。
アリス 猫が王さま見たっていいじゃない。キング むぅ、やつを追い払わねば。(クイーンに)お前、あの猫を追っ払ってはくれまいか。クイーン こやつの首をちょん切れい!キング おい、処刑人!ジャック ここに参れ。
処刑人がやってくる。
キング あの猫の首をちょん切れい!処刑人 無理です。クリーン なんと!処刑人 切り離す身体もないのに首は切れません。これまでにしたこともございませんし、今さらやってみる気もございません。
〈うた:キング・クイーンの掛け合い〉(Q)いぶかるあやつは処刑人よ 身体もないのに首など切れない(全)いぶかるあやつは処刑人よ 身体もないのに首など切れない(K)いやいや昔は処刑人 頭があれば切れると言ったぞよ(全)いやいや昔は処刑人 頭があれば切れると言ったとか(Q)たわけた話はもうたくさんじゃ できぬのならばお前が処刑じゃ(コ)みんな処刑! いぶかるあやつは処刑人さ 身体もないのに首など切れない できぬのならばお前が処刑だ
歌が終わると同時に全員が立ち去る。ただクイーンだけ立ち止まり、アリスに言う。
クイーン そちはもうウミガメフーミには会うたか?アリス いいえ、そもそもウミガメフーミって何?クイーン ウミガメ風味スープの素材になるものよの。アリス そんなの見たことも聞いたこともなくてよ。クイーン グリフォンがそちに見せてくれよう。
グリフォンがやってくる。
クイーン そこなグリフォン、この娘っ子にウミガメフーミを紹介せい。わらわは命じた処刑を見届けねばならぬ。
クイーンは去る。
グリフォン 傑作でい!アリス 傑作って、何が?グリフォン あの女さ。みんなあいつの思いこみでい。誰ひとりなく処刑なんてしねえのさ。おうい、ウミガメフーミ。
ウミガメフーミがさめざめと泣きながら出てくる。
アリス 何が悲しくって?グリフォン みんなこいつの思いこみでい――悲しいことなんか別にありゃしねぇ。おい、こちらの姫君がお前のいわれを知りたいんだとさ。フーミ 申します。お座りくだせえ。あっしも昔はまっとうなウミガメでした。グリフォン ひっくるぅー。フーミ まだ小せえころは海の学舎に通うたもんで。先生はウミガメのじいさんで、あっしらはよくスッポンと呼んどりました。アリス どうしてそんなあだ名なの? スッポンでもないのに。フーミ まっさらな本は素本というもんで。あんたほんとににぶい娘だ。グリフォン てめえそんな当たりめえのこと聞いて恥ずかしかねえのか?フーミ で、あっしらは海の学舎に通うとりました。あんたは信じられんかもしれねえが――アリス できないって言うの?フーミ ああ。グリフォン じゃかあしい!フーミ とにかく一等の学舎でした。そのはずで、あっしら週日、学校行ってたんですぜ。アリス あたくしだって「週日学校」に通ってよ。何の自慢にもならないわ。フーミ 選択はどうだ?アリス もちろん受けてよ、フランス語に音楽。フーミ 洗い物はしねえのかい。アリス するわけないじゃない。フーミ おお! ならあんたんとこは、ええ学舎じゃねえんで。あっしらんとこじゃ、勘定の最後にフランス語と音楽と洗い物は「せんたく」てえあったな。アリス 別に必要ないことなくて。海の底で暮らしてるんだもの。フーミ まあ、あっしは習うゆとりがなかったもんで、普通の科目だけでやした。アリス 何があるの?フーミ そりゃあ、より方にまき方から始めまして。それから算数を一通りやりまして、わたし算にひっきり算、ばけ算にわらい算。アリス ばけ算だなんて初耳だわ。何それ。グリフォン 化け物ってな知らねえか。化粧ってのはわかるだろ。アリス ええ、きれいに化けるってことでしょ。グリフォン それで化け物のことを知らねえたあ、てめえアホウよ。アリス 他に何のお勉強したの?フーミ へえ、からっきしを、こりゃあ昔のも今のもで、それにとばっちり。あとはヨガ倒錯――ヨガの先生はアナゴのじいさんで、週1でありやす。ヨガの体操をやってぐるぐるこんがらがって、わけわかんなくなりやす。アリス それってどうやるわけ?フーミ いや、あっしにゃあとてもとても。身体が硬くて。それにグリフォンの旦那も知りやせんし。グリフォン 暇がねえもんでな。まあ古典の先生にはついたさ。カニのじいさんよ、そいつは。フーミ あっしは行っとりませんが、何でも昔の笑ってん語と歯ぎしりや語を教えなさるとか。グリフォン そうよ、そうともよ。
二匹の妙な生き物は悲しいあまり、その前足で顔を隠す。
アリス で、一日に何時間くらいあるわけ?フーミ 一日目は八時間、次の日は四時間と続いていくんで。アリス すっごくへんてこりん。グリフォン そこはそら時間割と言うだろう。一日ずつ半分に割られていくんよ。アリス じゃあ割り切れなくなった五日目はお休み?フーミ その通りでごぜえやす。アリス でもそれじゃ六日目はどうするの?グリフォン 時間割の話あもういい。この子に歌をうたおうや。
〈うた:フーミとグリフォンのコーラス〉 こくまろすーぷ、すーぷ おなべでほかほか がまんできない、もう よおるのすうぷ すーてきなすーぷ すーてきなすーぷ すてきなすうーぷ
おさかな、いらない おにくも、ばいばい みんなほくほくだよ これでおーけー よおるのすうぷ すてきなすてきなすうぷ すーてきなすーぷ すてきなすうーぷ
フーミ もしやおめえさんは海の底で暮らしたことねえな?アリス なくてよ。フーミ じゃあまさかエビにも顔合わせたことがねえか。アリス 食べたことはあ[るけど]――(口をつぐんで)ない、ぜんっぜん!フーミ なら、ご存じねえですわけな。うっきうきのエビのフォークダンスは!アリス ええ初耳よ! それってどういうダンスなの?グリフォン そりゃまず海辺に沿って一列になってな――フーミ 二列でい! アザラシにウミガメにシャケにいっぺえよ。で、邪魔なクラゲどもをぜんぶのけたら――グリフォン いつもそれに暇がかかりやがる!フーミ 二歩前ん出て――グリフォン てめえごとで相手にエビをだな――フーミ そうさ、二歩出て相手につらを向けてな!グリフォン エビを取り替え、元の列に戻る。フーミ それから投げんだよ――グリフォン エビを!(と、叫んで空に躍り上がる)フーミ できるだけ海の遠くにな。グリフォン で追っかけて飛び込む!フーミ 海んなかでとんぼ返りよ。(とあたりを跳ね回る)グリフォン (大声で)またエビを取っ替えるぅ?フーミ 陸にまた戻ってそれで一回りよ。
二匹は頭が変になったみたいにあたりを跳びはね、やがてまた座ってアリスをじっと見つめる。
アリス まあ、それなりに素敵なダンスじゃなくって?フーミ ちっとばかし見たかあねえですか?アリス ええぜひ!フーミ グリフォンの旦那、一回りやってみましょうぜ。まあエビがなくてもできましょうて。旦那が歌い手で。
〈うた:基本はグリフォンのソロ、フーミが二行コーラスで入る〉 マイマイ、マダラにうしろをつかれて サメがせまってる そこまで来てる みんな先まで泳いでる ぼくらを待ってる 踊りにゆこう
行こうよ、どうかな、踊りにさ 行こうよ、どうかな、踊るのは
だって楽しく海へと投げられて エビと浜辺から ぶんぶんざぶん でもマイマイ言うには 遠すぎる うれしいけれど 踊りに行けない
いやいや、無理だよ、踊りはさ いやいや、無理だよ、踊るのは
そこでマダラはせっつく 遠くても 向こうに行けば 陸地はあるよ 遠い近いは気持ち次第 やる気を出して 踊りに混ざろう
行こうよ、どうかな、踊りにさ 行こうよ、どうかな、踊りのは
アリス ご苦労さま! とても愉快なダンスね。それにへんてこなマダラの歌もまあ気に入ってよ。フーミ おお、マダラと言やあ――そりゃあ見たこたあありやすね?アリス ええ、よく見るわ。お食[事]――で。[口をつぐむ]フーミ まあ、オショクてな場所がどこかは知りやせんが、よく見るんでしたらそりゃどんなふうか知ってやすね。アリス たぶんね。尾っぽを口にくわえてて、全身にパン粉がまぶしてあってよ。フーミ パン粉は何かの間違いですぜ。海んなかじゃあパン粉なんかみんな流れちめえます。でも口に尾っぽをくわえたあいるな。グリフォン そういうわけで、マダラはエビと一緒に踊りに行くんで。で、海へ放り投げられて、で、落ちるまでに暇があって、で、口に尾っぽをくわえるて、で、二度と口から出なくなったってえことよ。アリス ご苦労さま。とっても愉快ね。マダラのことなんて今まで全然知らなかった。グリフォン マダラって名前の由来は知ってるか?アリス 考えてもみなくてよ。何なの?グリフォン (真剣に)革靴をまだらに磨くからよ。アリス 革靴をまだらに磨く?グリフォン そうよ、革靴を磨いたらどうなる?――つまりきゅっきゅって磨いたらだぜ。アリス ぴかぴかの真っ黒になってよ、普通は。グリフォン 海んなかじゃ革靴を磨きゃあ、まだらになるんよ。覚えときな。アリス その、海の革靴ってどうなってて?グリフォン そりゃ下は靴ジャコで、靴ハモを結ぶのさ。そんなのカレイでも知ってるぜ。[「カレイ」は「誰」のアクセントで]アリス あたくしがマダラだったら、サメにはこう言ってやってよ。ついてこないでちょうだい、一緒にいたくないの。フーミ 連れなきゃなんねえのです。ズサメなきゃ魚ってな、どこにも行けねえんで。アリス まさか。フーミ そのまさかよ。まあ、あっしのとこに魚が来て、これから旅に出るなんて言やあ――こう言うね。どこをズサメんだ?アリス それって「目指す」じゃなくって?フーミ てやんでえ。まあおめえさんの身の上でも聞かせてくだせえ。アリス 今日はまったくけったいな目に遭ってよ。イモムシに「ウィリアムじいさん」をうたったんだけど、歌詞が全部違っちゃうの。フーミ そりゃへんてこなこって。グリフォン こりゃ何もかもへんてここの上ねえ。フーミ 歌詞が全部違っちまうとは。ちょいと聴きてえな。何かうたってみてくだせえ。グリフォン ほれ立って、歌は「グズのうた」で。
〈うた:アリスのソロ〉 エビの声が 聞こえてくる 焼きすぎだ 砂糖をまぶせ アヒルみたく 鼻を使って おしゃれして 外またで立つ
引きしおでは はしゃぎだし サメをバカに したけれど 満ちしおでは サメが来る 声はふるえ ぶるぶる 声はふるえ ちぢこまる
庭先にて パイをわける フクロウとヒョウの2ひき パイとお肉 食べるヒョウ フクロウは 残りのお皿
パイがすっかりなくなると フクロウ スプーンいただくが せまり来るは ヒョウのやつ ナイフかまえ がるるる 〆に フクロウぺろり
グリフォン もうお裁きの時間でい。アリス 何? お裁きって。フーミ ハートのジャックのお裁きで。
トランペットのマーチが鳴り響く。ハートのキングとクイーン、トランプの兵隊がやってくる。白ウサギも儀式用の格好で出てきて、ジャックは鎖で縛られ、兵隊に囲まれている。
キング 進行役の白ウサギよ、罪状を読み上げよ。
白ウサギは三度トランペットを吹き、巻物を広げて読み上げる。
白ウサギ ハートのクインがタルトをつくる 夏のさなか一日かけて ハートのジャックがタルトをぬすむ かくれてこっそり独り占めキング 第一の証人を呼べい。白ウサギ (トランペットを吹いて)第一の証人。
帽子屋が入ってくる。手にはティーカップとバターつきのパン。それから弥生ウサギとヤマネも腕を組んで入ってくる。
帽子屋 失礼をば、キングさま。このようなものを持ち込み。ですが呼ばれた際はお茶会の真っ最中だったもので。キング 済ませておくべきであるぞ。いつ始めた?帽子屋 三月十四日です、おそらくは。キング それを取れ、その方の帽子じゃ!帽子屋 わがものではなく……。キング 盗みおったか!帽子屋 売り物で。わがものではなく、帽子屋でありますゆえ。
クイーンは眼鏡をかけ、帽子屋を睨みつける。そのため帽子屋は落ち着かない。
キング 早う証言をせい、びくびくするでない、さもなくばただちに処すぞ。
帽子屋は取り乱してパンではなくカップをひとかじりしてしまう。
クイーン 先日の音楽会の歌い手名簿を持って参れ。
帽子屋はふるえるあまり、靴が両方脱げてしまう。
キング 証言をせい、さもなくばびくびくのいかんを問わず処すぞ。帽子屋 わが輩はつまらぬものです、キングさま。それにお茶を始めてより――まだ一週間もございません。パンは次第にかっぴかぴとなり、てぇかてかのお茶――キング てぇかの、何とな。帽子屋 お茶のことにございますか。キング ふむ、そりゃお茶は「てえ」とも言うわい。わしをバカにしておるのか! 続けよ。帽子屋 わが輩はつまらぬものですが、そのあとあちこちがてかてかと――ただ弥生ウサギが申すには――弥生ウサギ 言わねえ!帽子屋 言った!弥生ウサギ 間違いだ!キング 間違いか、ではその部分を削除せい!帽子屋 ではとにかくヤマネが申すには――ヤマネ 言いません!帽子屋 言った!ヤマネ 違います!帽子屋 ではそのあとわが輩はバターつきのパンをもう少しとちぎりまして。キング 待て、ヤマネは何と言ったのだ?帽子屋 それが思い出せず……。キング 思い出さねば処すぞ!
帽子屋はティーカップとパンを落とし、ひざまずく。
帽子屋 わが輩はつまらぬものでございます、キングさま。キング 確かにその方の話はつまらん!
ここで周りから拍手喝采が起こる。
キング それだけしか知らんのなら、もう下がるがよい。帽子屋 これより下へは行けません。床を突き抜けろとおっしゃる?キング ならば尻を床につけい!帽子屋 よろしければお茶の方を済ませても……キング 構わん、行け――
帽子屋は走り出ていく
クイーン 外でやつを打ち首にせい!キング 次の証人を呼べ!
公爵夫人のコックがコショウ瓶を持って入ってくる――その近くからひとつふたつくしゃみが聞こえる。
キング いったん時間を取った方がよかろう。さあ、みなのもの、それ!
全員がくしゃみをする。
キング そこなもの、証言をせい。コック まっぴらだね!キング タルトは何でできておる?コック だいたいコショウさ。ヤマネ シロップです!クイーン そのヤマネを首ねっこじゃ! そのヤマネは打ち首じゃ! そのヤマネをつまみ出せ! 取り押さえよ! しょっぴけ! ヒゲをちょん切れええ!
コックが下がる。
キング 次の証人は?白ウサギ (トランペットを吹いて)アリス!キング この件について何を知っておる?アリス なんっにも!キング これっぽちもないか?アリス これっぽっちもない!キング これは一大事だ! こうなれば、その方のお裁きを相談せねば。クイーン いいいいいえっ! お裁きを言い渡すのが先、相談はあと。アリス がらくたのすっからかん!クイーン 黙らっしゃい。アリス 黙らない!クイーン この娘の首をちょん切れ!アリス 誰もあんたの言うことなんて聴かない! お裁きはこうよ、「無罪、だけどジャックは二度とタルトを盗まないこと」。全員 無罪! おおおおおお!
〈うた:アリス・キング・クイーン・その他大勢の掛け合い〉(ア)無罪だけど 気をつけなさい タルトは盗まないこと(K)無罪ならば もはやこれで おまえの首は切れぬ(Q)バカをおいい そこなアリスよ タルトがひとりでに逃げただと(ア)それが結論 それでもむかつくのなら 自分の首を切ればどう?(全)それが結論 それでもむかつくのなら 自分の首を切ればどう? それが結論 それでもむかつくのなら 自分の首を切ればどう? 切ればどう? クインもおいつめられ タルトぬすみのジャックも そのおかげで 無罪放免 無罪 無罪 無罪放免 無罪 無罪 無罪放免 クインもおいつめられ タルトぬすみのジャックも そのおかげで 無罪放免 無罪だけど 気をつけなさい タルトは盗まないこと これでわかった この事件も ぼくたちのアリスが不思議の国に来たわけも