Chapter 1 of 18

船中で(一)

僕達夫妻が支那見物をするべく秩父丸で神戸を出帆したのは四月の十九日の正午だった。一等船客を、秩父丸は一万七千頓で、米国通いの船の中でも特に優秀なものだそうだが随分よかった。

同勢は二十三人だった。

本来僕は、この船で上海などへ行くより先に、大連へ行かなければならなかったのだ。と云うのは大連の満洲日報社との取引関係があったから。

僕も然うしようかと思っていた矢先に、名古屋の綿業家を中心とし、それへいろいろの職業人の加わった上海視察団が出来、そのリーダーのT氏から「どうです一緒に行きませんか」と進められたので、よかろう、この一団と行を共にし、北支を見る前に南支を見て置こうと同行することにしたのさ。

日本の多島海――日本の地中海とも云う可き瀬戸内海へ這入った時は、評判に背かず好風景だとは思ったが、しかし大して感動はしなかった。内地の景色を見飽きている者は大方そうだろうと思う。永いヨーロッパからの航海か、米国からの航海を終えて、瀬戸内海へ這入ったものでなければ、そう感動はしないだろうと思う。景が大き過ぎ広過ぎ纏まりが無さ過ぎ同じような島が多過ぎるからだ。

航海は無事だった。

さよう、航海は無事だったがお客さんは無事では無かった。

今度の洋行で(我等の同行者はこの上海旅行を洋行と称していた)初めて洋服を着たという紳士(その実相場師なんだがね)その相場師の紳士が、レデー・メードの洋服を着て、デッキを横行闊歩するのはいいが、バンドをいつも緩めているのでズボンがふんだんにズリ下り、臍の辺を常住に見せているのには降参した。

某綿糸屋の若旦那は、朝、食堂へ出るのに折目のついたモーニングを着、夜、食堂へ出るのに、よれよれの普段着の日本服に袴を穿かないのだから面白い。

正に儀礼顛倒という訳だ。

婦人用厠へ飛び込んでボーイから剣呑を食わされたり、風呂の湯を湯槽の外へドカドカ流すというようなことは一向不思議で無く行われたという次第さ。こういう洋行赤毛布事件は岩倉公一行欧洲旅行以来途絶えていたものと解していたが、案外そうでは無いのだね。

こういう人達と旅行をしたのだ、さぞ不愉快だったろうと君は思うかも知れないが、その実は正反対で、洵に陽気で愉快だった。これは同業者――同じ文筆稼業人と一緒だったら、そこに商売敵的反目嫉視などが這入って不愉快だったろうと思うよ。

米国人が沢山乗っていた。

所謂弗の国の住人だ。

何んと彼等がガツガツとオサケを飲んだことか!

そうだろう、兎も角も禁酒国ということになっている国の住人が金箔附きの飲酒国、日本の船へ乗ったんだからね、浴びる程酒を飲むのは当然だろうよ。

彼等が婦人を尊敬するということは世界の常識となっているがその常識を僕達は遺憾なく見せつけられたよ。たとえば彼等がスモーキングルームへ集まって話しをしているとして、其処へ彼等の仲間の婦人がやって来ると彼等は一斉に立ち上がって競うようにしてお愛想を云い大袈裟の身振をし、彼女がソファーへその巨大な腰を落ちつける迄立っているのだ。それも、幾人婦人がやって来ようとその都度やるのだ。友よ、ご免を蒙って或夜そのヤンキー達を前に据えて置いて、僕達夫妻が断然光ったという出来事の通信をすることを許してくれたまえ(と、少しばかり文章が気障となったが是も許して貰うことにする)航海の最終の夜、即ち二十日の晩に娯楽室でチー・ダンスが行われたと思ってくれたまえ。

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