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三の酉
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三の酉
久保田万太郎
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Traducción Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 2 of 6

二

――何を、つまらない……

ぼくは、わざと、苦い顔をして

――自分で自分のはなしの腰を折る奴もないじゃァないか?

――顔より大きなマスク。……そうなんですもの、その通りなんですもの。……でも、あたしには、うまく、そうはッきりいえなかった……

と、おさわは、もう一度、わらい直さなければ承知しなかった。

――せッかく、しんみりしたはなしになりかけたとき、どうして急に、そんなつまらないことをいいだしたんだ?

と、ぼくは、すなわち、その顔をあわれんだのである。

――不思議な女だなァ、君ッておんなは……

と、おさわは

――そうでしょう、不思議でしょう? ……自分でも、ほんとにそう思うの、とき/″\……

と、すぐそれにこたえて

――だって、いま泣いたかと思ったカラスが、すぐもうわらってるんですものね。……どうかと思うわ……

――自分でいってれば、世話ァない……

――ねえ、でも、どうしてゞしょう? ……いまだって、あたし、それをいうの、かなしいんですもの、といった途端、何んだかほんとにかなしくなって、それだけで、もう、泪がでゝ来そうになったの。……と、そのとき、ヒョイと、あなたのいったマスクのことがおもいだせたの。……そうしたら、さァ、急にこんどは、おかしくなって、おかしくなって。……つまり、そういう後生楽にできてるのかしら、あたしッて? ……

――けだし、浮気ものといわれる所以のものも、つまりは……

――いやよ、それは。……それはないわ、浮気ものは……

――でも、赤坂のおさわさんといえば、あゝ、あの……

――浮気もの……というんでしょう、外土地の、あたしの逢ったことのない人まで……

――という話だね。

――どうして、そう、でたらめなんでしょう、世間の人ッて。……一人が何んかいうと、知りもしないくせに、それからそれ。……一たい、あたしがいつ、どこで、何をしたというの? ……

――まァ、いゝよ、それァ……

――よかァないわよ。

――じゃァ、それは、いずれゆッくり研究することにして、それより、いまの、吉原生れのはなしのさきを、もッとつゞけよう。……大丈夫だ、これだけ揉めば、もう、かなしくなりゃァしないから……

――だめよ、急にそういったって。……こう揉まれてしまっちゃァ、こんがらかった糸の、どこが……

――わかった、分った。じゃァ、ぼくが、アナウンサーの役どこになって、こッちからいろ/\聞く。君がそれにこたえる……それならいゝだろう? ……

――うまいこと聞いてよ……

――うまいこと、参りましたら、御喝采。……ということを知ってるか?

――李彩じゃァありませんか。

――感心! ……といいたいが、あの支那手品の高座を知っていちゃァ、年が知れるナ?

――知れたっていゝわよ。……どうせ、もう、来年は四十六。……いよ/\五十の坂のかげが、目のまえにチラ/\しかけて来たんだから……

――何んだ、そんなになるのか、もう? ……

――何んだ、まだそんなものかと被仰ったほうがいゝわ。

――止そうよ、もう、漫才は。……色気がなさすぎる……

――どうして、こう、テレ性なんだろう、あたしッてものは?

――デ、吉原デ生レテ?

と、ぼくは、いそいで、おさわの口をふさいだ。……“どうして、君ッてものは、そう、自分を引ッ掻きまわさなくっちゃァ気がすまないんだ?”という代りに……

――ハイ、吉原デ生レテ、吉原デ育チマシタ。

と、しかし、おさわは、飜然、すぐにぼくの誘いの波にのった。

――家ガ仲ノ町デ、引手茶屋ヲシテイマシタカラ……

――ソレガ、ドウシテ、後ニ、赤坂ダノ、葭町ダノヽ住人ニナリマシタカ?

――震災デ、家ヲ焼カレ、両親ヲナクシテ、一人ボッチニナリ、ワルイ親類ニダマサレテ、芸妓ニウラレ……

とまでいいかけて、急に

――馬鹿らしい。……よしましょうよ、もう、対談ごッこも……

おさわは、わらえもしない、といったような顔をした。

――しかし、震災で、家を焼かれたのはいゝとして……

と、ぼくはいった。

――両親をなくしたというのは、矢っ張? ……

――震災でよ。……廓の中の花園池に入って死んだのよ。酷かったのよ、それァ、そこで死んだ人の数だけだって。……家中みんな、一しょに逃げたんだけど、途中ではぐれて、偶然、ほかの方角へ逃げたんで助かったのよ、あたし……

――と、お父つぁんやおっ母さんばかりで、家中、ほかのものもみんな? ……

――そうでもないのよ。……なかに一人、年ちゃんという、あたしと仲のよかった抱えのお酌さんがいてね。……この人も、花園池に入らなかったばかりに助かったわ。

――そのとき、いくつだった?

――あたし? ……あたし、十四。……女学校の一年。……お下げで、それァ、可愛かったわよ。

――女学校へ行ったのか、お茶屋のむすめが? ……

――行ったわよ。……どうして? ……

――だって、釣合わないじゃァないか、吉原に女学校は? ……

――知らないのよ、あなたは。……あゝいうとこの家庭ほど、ヘンにうるさいものなのよ、子供の教育のことなんかにかけて。……ことに、うちの父と来たら、大ていの堅気よりもきびしくって、あたしがその年ちゃんと仲よくするのさえ、いゝ顔しなかった位。……一つには、引手茶屋なんて稼業は自分一代のもので、いつまでやってるものでもなければ、また、いつまでやって行けるものでもないと思ってたらしいのね。……ということは、吉原なんてものは、いつかはなくなる。……それには、娘を、うんと仕込んで、いゝところへかたづけて……

――つまり、インテリだったんだナ、いまでいえば……

――そうなのよ。……だって、一度か二度、浅草の区会議員になったことさえあるんですもの。

――すしやのむすめでなくって、区会議員の娘か?

――その娘がどうでしょう、十五の春から四十台の今日が日まで、三十年、ずッと芸妓をして来てしまったんですものね。……あきれるわ。こうと知ったら、あのとき、花園池で、親たちと一しょに死ぬんだったわ。……そのほうがよかったわ……

――必ずしも、そうもいえないだろう? ……生きていてよかったと思ったことだってあったろう?

――それァね、長い三十年のあいだですもの、二度や三度あったわ。……でも、いまになってみれば、夢よ、みんな。……水に映った月みたようなものよ……

――そういったら、しかし、だれだってそうだ。……人間の一生なんてものは、はじめッから、そういう風にしくんであるんだ……

――ところが、世間には、そうでない人もいるから口惜しいのよ。……いまいった年ちゃんッて人ね?

――うん。

――この人なんか、しみ/″\、生きてゝよかった人よ。……あのとき、死なゝかったばかりに……助かったからこそ、いまのような幸せな月日に逢えたんだわ……

――附合ってるのか、いまでも、その人と?

――あたし、この人の疎開してたところへ、この人をたよって疎開したのよ。……遠くにいるもんで、逢うのはタマだけれど、手紙のやりとりは、始終、してるわ。

――どこにいるんだ、いまは?

――鎌倉。

――何をしてるんだ?

――結婚して、ちゃんとやってんのよ。……あなた、知らない、柴、白雨ッて絵を描く人? ……

――柴、白雨? ……知ってるよ、名前は。……むかしは、岸田劉生なんかの仲間の洋画家だったが、いまは日本画ばかり描いている……

――その人の奥さんなのよ、年ちゃん、いま……

Chapter 2 of 6
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