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The Five-Storied Pagoda
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The Five-Storied Pagoda
幸田露伴
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Traducción Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 10 of 10

10

其三十四

さあ十兵衞、今度は是非に来よ四の五のは云はせぬ、上人様の御召ぢやぞ、と七藏爺いきりきつて門口から我鳴れば、十兵衞聞くより身を起して、なにあの、上人様の御召なさるとか、七藏殿それは真実でござりまするか、嗚呼なさけ無い、何程風の強ければとて頼みきつたる上人様までが、此十兵衞の一心かけて建てたものを脆くも破壊るゝ歟のやうに思し召されたか口惜しい、世界に我を慈悲の眼で見て下さるゝ唯一つの神とも仏ともおもふて居た上人様にも、真底からは我が手腕たしかと思はれざりし歟、つく/″\頼母しげ無き世間、もう十兵衞の生き甲斐無し、たま/\当時に双なき尊き智識に知られしを、是れ一生の面目とおもふて空に悦びしも真に果敢無き少時の夢、嵐の風のそよと吹けば丹誠凝らせし彼塔も倒れやせむと疑はるゝとは、ゑゝ腹の立つ、泣きたいやうな、それほど我は腑の無い奴か、恥をも知らぬ奴と見ゆる歟、自己が為たる仕事が恥辱を受けてものめ/\面押拭ふて自己は生きて居るやうな男と我は見らるゝ歟、仮令ば彼塔倒れた時生きて居やうか生きたからう歟、ゑゝ口惜い、腹の立つ、お浪、それほど我が鄙しからうか、嗚呼〻〻生命も既いらぬ、我が身体にも愛想の尽きた、此世の中から見放された十兵衞は生きて居るだけ恥辱をかく苦悩を受ける、ゑゝいつその事塔も倒れよ暴風雨も此上烈しくなれ、少しなりとも彼塔に損じの出来て呉れよかし、空吹く風も地打つ雨も人間ほど我には情無からねば、塔破壊されても倒されても悦びこそせめ恨はせじ、板一枚の吹きめくられ釘一本の抜かるゝとも、味気無き世に未練はもたねば物の見事に死んで退けて、十兵衞といふ愚魯漢は自己が業の粗漏より恥辱を受けても、生命惜しさに生存へて居るやうな鄙劣な奴では無かりしか、如是心を有つて居しかと責めては後にて吊はれむ、一度はどうせ捨つる身の捨処よし捨時よし、仏寺を汚すは恐れあれど我が建てしもの壊れしならば其場を一歩立去り得べきや、諸仏菩薩も御許しあれ、生雲塔の頂上より直ちに飛んで身を捨てむ、投ぐる五尺の皮嚢は潰れて醜かるべきも、きたなきものを盛つては居らず、あはれ男児の醇粋、清浄の血を流さむなれば愍然ともこそ照覧あれと、おもひし事やら思はざりしや十兵衞自身も半分知らで、夢路を何時の間にか辿りし、七藏にさへ何処でか分れて、此所は、おゝ、それ、その塔なり。

上りつめたる第五層の戸を押明けて今しもぬつと十兵衞半身あらはせば、礫を投ぐるが如き暴雨の眼も明けさせず面を打ち、一ツ残りし耳までも扯断らむばかりに猛風の呼吸さへ為せず吹きかくるに、思はず一足退きしが屈せず奮つて立出でつ、欄を握むで屹と睥めば天は五月の闇より黒く、たゞ囂〻たる風の音のみ宇宙に充て物騒がしく、さしも堅固の塔なれど虚空に高く聳えたれば、どう/\どつと風の来る度ゆらめき動きて、荒浪の上に揉まるゝ棚無し小舟のあはや傾覆らむ風情、流石覚悟を極めたりしも又今更におもはれて、一期の大事死生の岐路と八万四千の身の毛竪たせ牙咬定めて眼を睜り、いざ其時はと手にして来し六分鑿の柄忘るゝばかり引握むでぞ、天命を静かに待つとも知るや知らずや、風雨いとはず塔の周囲を幾度となく徘徊する、怪しの男一人ありけり。

其三十五

去る日の暴風雨は我等生れてから以来第一の騒なりしと、常は何事に逢ふても二十年前三十年前にありし例をひき出して古きを大袈裟に、新しきを訳も無く云ひ消す気質の老人さへ、真底我折つて噂仕合へば、まして天変地異をおもしろづくで談話の種子にするやうの剽軽な若い人は分別も無く、後腹の疾まぬを幸ひ、何処の火の見が壊れたり彼処の二階が吹き飛ばされたりと、他の憂ひ災難を我が茶受とし、醜態を見よ馬鹿慾から芝居の金主して何某め痛い目に逢ふたるなるべし、さても笑止彼の小屋の潰れ方はよ、又日頃より小面憎かりし横町の生花の宗匠が二階、御神楽だけの事はありしも気味よし、それよりは江戸で一二といはるゝ大寺の脆く倒れたも仔細こそあれ、実は檀徒から多分の寄附金集めながら役僧の私曲、受負師の手品、そこにはそこの有りし由、察するに本堂の彼の太い柱も桶でがな有つたらうなんどと様〻の沙汰に及びけるが、いづれも感応寺生雲塔の釘一本ゆるまず板一枚剥がれざりしには舌を巻きて讚歎し、いや彼塔を作つた十兵衞といふは何とえらいものではござらぬ歟、彼塔倒れたら生きては居ぬ覚悟であつたさうな、すでの事に鑿啣んで十六間真逆しまに飛ぶところ、欄干を斯う踏み、風雨を睨んで彼程の大揉の中に泰然と構へて居たといふが、其一念でも破壊るまい、風の神も大方血眼で睨まれては遠慮が出たであらう歟、甚五郎このかたの名人ぢや真の棟梁ぢや、浅草のも芝のもそれ/″\損じのあつたに一寸一分歪みもせず退りもせぬとは能う造つた事の。いやそれについて話しのある、其十兵衞といふ男の親分がまた滅法えらいもので、若しも些なり破壊れでもしたら同職の恥辱知合の面汚し、汝はそれでも生きて居られうかと、到底再度鉄槌も手斧も握る事の出来ぬほど引叱つて、武士で云はば詰腹同様の目に逢はせうと、ぐる/\/\大雨を浴びながら塔の周囲を巡つて居たさうな。いや/\、それは間違ひ、親分では無い商売上敵ぢやさうな、と我れ知り顔に語り伝へぬ。

暴風雨のために準備狂ひし落成式もいよ/\済みし日、上人わざ/\源太を召び玉ひて十兵衞と共に塔に上られ、心あつて雛僧に持たせられし御筆に墨汁したゝか含ませ、我此塔に銘じて得させむ、十兵衞も見よ源太も見よと宣ひつゝ、江都の住人十兵衞之を造り川越源太郎之を成す、年月日とぞ筆太に記し了られ、満面に笑を湛へて振り顧り玉へば、両人ともに言葉なくたゞ平伏して拝謝みけるが、それより宝塔長へに天に聳えて、西より瞻れば飛檐或時素月を吐き、東より望めば勾欄夕に紅日を呑んで、百有余年の今になるまで、譚は活きて遺りける。

(明治二十四年十一月―二十五年三月・四月「国会」)

Chapter 10 of 10
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