Chapter 1 of 3

魚釣り

塚原俊夫君が、魚釣りを好むことは、これまでまだ一度も皆さんに紹介しませんでしたが、俊夫君は、かつて動物学を修めたとき、ことに魚類の解剖と生理とに興味を持ちまして、それと同時に魚釣りも大好きになったのであります。

近頃では、むずかしい事件を依頼されると、わざわざ魚釣りに出かけて考えをまとめることもありましたが、多くの場合は、半日か一日を面白く遊んで頭脳を休めるために、魚釣りに出かけるのでした。

魚釣りの場所は、言うまでもなく東京の郊外ですが、これという決まった所へは行きませんでした。時としては二里も三里も離れたところへ行くことがありまして、いつの場合にも私がそのお供を仰せつかったことは申すまでもありません。私も小さい時分から魚釣りが好きですから、いつも喜んでお供をしました。

ある日、私たちは、久しぶりに、東京府下××村の方面へ鮒釣りに出かけました。それは柿の実がようやく色づきかけた十月なかばの、小春日和ともいうべき暖かい日でして、私たちは午後の陽光を浴びながら、釣り竿を担いで色々の話に笑い興じ、元気のよい歩調で野道を歩いてゆきました。

すると先方から一人の巡査が佩剣を光らせ、今一人洋服を着た紳士と連れ立ってこちらへ歩いてきましたが、洋服の紳士は私たちを見るなり、にこりと笑って、

「やあ、俊夫君じゃないか?」

と言いました。見るとそれは「Pのおじさん」すなわち警視庁の小田刑事です。

「こりゃ、よい所で逢った」

と小田さんは立ちどまって言葉を続けました。

「実は、今日これから君のところを訪ねようと思ったんだ」

こう言ってそばの巡査を顧みて、何やら小声で相談し、さらに俊夫君に向かって言いました。

「実はこの村に殺人事件が起こって、有力な犯人と目星をつけていた男を逮捕してみると、それがどうやら犯人ではなさそうなので、みんなが困ってしまったんだ。君一つ、働いてくれないか?」

俊夫君は魚釣りに来たことなど、すっかり忘れてしまったと見え、言下に「よろしい」と返事をしましたので、小田さんたちは道を引っ返し、私たちを案内してやがて四人は村の駐在所へ参りました。小田さんと連れ立っていた駐在所詰めの巡査は俊夫君に向かって、次のごとき事件の顛末を語りました。

この村には山田留吉という生まれながらの白痴があるのだそうです。留吉は今年十五歳ですけれども、その知恵は三歳の小児にも劣っております。しかし神様は、彼に知恵を与えることを惜しみたもうた代わりに、彼の五官器のうちのあるものを、普通の人間よりも遥かに鋭敏ならしめたもうたのであります。

すなわち留吉の眼は猫よりも鋭く、またその鼻は犬よりも敏いのであります。そのうえ彼は筋力にもすこぶる恵まれておりまして、一口にいえば、猩猩のように強かったのであります。彼は人間の話す言葉を解することができぬと同時に、人間の使う言葉を話すことができませんでした。したがって彼は、顔や形こそ人間ですけれど、その性質はむしろ動物に近いといった方が早わかりであります。

村の人はそれゆえ、彼を指して「人間の猫」だといいました。東京に近い地方でありながら、村の人たちはかなりに迷信深く、彼の生まれたのは、彼の祖父が猫を殺した祟りだと解釈しました。実際、彼は鼠こそ捕りませんでしたが、魚の姿を見ると、その魚が誰の手にあっても、すぐ飛びかかっていって奪い取り、生のまま、むしゃむしゃ食べるのでした。

たまたま、彼の家の前を、魚を携えて通る者があると、それを嗅ぎつけて、家の中から走りだし、あっという間に盗ってゆくので、村の人々は、魚釣りの帰りなどにはけっして彼の家の付近を通りませんでした。なおまた、彼は二三日魚を食べないと、たとい雪の降る日といえども、川の中へ飛び込んで、巧みに魚を捕らえてきては貪り食べました。

魚を携えて近寄らぬかぎり、留吉はけっして村人に害を加えませんでしたし、また、別に性の悪いいたずらもしませんでしたから、村人はどちらかというと、彼の薄運に同情しておりますが、さりとて誰一人彼を可愛がるものはありません。

しかしながら彼は、村人に可愛がられない代わりにその母親によってこの上もなく可愛がられました。彼の父は彼の七歳のとき病死しましたので、母親は一人っ子の留吉を杖とも柱とも思いましたが、留吉は母親の強烈な慈愛をも、まるで感じないかのように暮らしました。

「わたしが死んだら、留吉はどうなるだろう。けっして私は留吉より先へ死んではならぬ」というのが、ことし四十五歳になる母親お豊の平素の願望でありました。家には相当の財産もあって、女中や作男は置きませんでしたが、村の人に田を作らせて取る年貢米は、母子二人の生活を支えるに十分でありましたから、瓦葺きのこじんまりした家に、二人は比較的平和な日を送っていたのでありました。

ところが、母親お豊の平素の願望は、今より二週間ほど前、彼女の非業の死によって微塵に砕かれました。すなわち、ある夜、彼女の家に何者かがしのび入って、彼女を、絞殺し去ったからであります。

最初、変事を発見したのは、市さんという村の遊び人でした。市さんは長らく東京にいましたが、最近郷里に帰ってぶらぶら遊んでいるのでした。東京で何をしていたのか誰も知りませんが、自分ではある呉服屋の番頭をつとめていたところ、最近少し呼吸器を害したから、静養かたがた帰っているのだと申しているそうです。しかし、一見したところでは呼吸器の悪そうな顔もしていないそうで、天気さえよければ、朝早くから魚釣りに出かけることにしていたのです。

その朝、例のごとく市さんが、釣り竿をかついで、留吉の家のそばを通りますと、いつもその時間には開いているはずの雨戸が、その日に限ってしまっておりましたので、不審に思って、裏の方へまわって見ますと、裏口の戸があいていたので、暗い中をのぞきこむように頭を差し入れますと、魚籠のにおいを嗅ぎつけたと見えて、留吉が中から走りだしてきました。

留吉は妙な唸り声を出して魚籠の蓋をあけましたが、空であったから、がっかりした様子でした。しかし市さんは、留吉の様子がなんとなく変に思われたので、奥の間へ入ってゆくと、表の雨戸の隙間からくる光線で、母親お豊が蒲団から身体を半分ほど乗りだし、首に手拭いを巻かれて横たわっているのが見えました。手を触ってみると、もはや冷たくなっていたので、アッと驚いて走りだし、とりあえず村の駐在所に急を報じたのです。

直ちに電話で、この駐在所を管轄しているB署に急が報ぜられると、B署から探偵と警察医とが駆けつけました。取り調べの結果、お豊は前夜十一時頃に絞殺されたもので、お豊の寝室にあった箪笥の引き出しが一つ残らず開けたまんまになり、その内容が攪き乱されているところを見ると、殺害の動機は窃盗であると察せられました。

お豊の家は四間から成っていて、お豊は仏壇の置いてある座敷を寝室としていましたが、その隣の納戸には、留吉の寝床が敷かれてありました。首に巻きつけられて絞殺に使用された手拭いの他には、これという犯人の手掛かりはなく、家の周囲を見ても、近ごろいっこう雨が降らぬので、足跡などは発見することができませんでした。また、その後に行われた死体解剖の結果も、絞殺ということを確かめることができたばかりで、何の手掛かりをも与えませんでした。

ところが、幸いにも、たった一つの手掛かりである手拭いが、村人の証言によってこの村の無頼漢で独り者の信次郎の所有であると分かったので、警官たちが時を移さず信次郎の逮捕に向かうと、彼は早くも風を食らって逃げた跡でしたから、いよいよ犯人は信次郎に違いないということになり、諸方へ手分けして捜査したのですが、彼の行方はとんと不明でありました。

すると、お豊殺害の日から十二日を経た一昨日の朝、行方を晦ましていた信次郎が、飄然として帰ってきたのであります。彼は四十前後の人相の悪い男です。巡査は直ちに彼を引っ張っていきましたが、彼は驚いて何事も知らぬと弁解しました。

しかし、手拭いを見せると、たしかに自分のものだが、いつ落としたか知らないと申しましたので、巡査が事情を告げると、彼は凶行の行われた日の夕方、千葉の旧主人の病気を見舞いに行ったが、案外重かったので家人に留められるままに滞在した旨を語りました。

そこで、昨日、警察の手によって、彼の滞在した先を取り調べると、果たして彼の言葉どおりで、凶行の夜には彼がこの村にいなかったことが分かりました。

さあ、そこで事件は迷宮に入ってしまったのです。死骸は焼かれてしまったし、留吉の家には何の証拠があるでなし、なんともはや手のつけようがないので、とうとう警視庁から小田刑事が出張したのですが、小田さんも事情を聞いて、とても自分の手では解決がむずかしいと思われたので、俊夫君に依頼しようとしたところへ、私たち二人が行き会ったというわけなのです。

俊夫君は、巡査の語るあいだ黙って聞いておりましたが、やがて、

「白痴の留吉はどうしましたか?」

と尋ねました。

「お豊さんの従妹に当たる人が、留吉の家へ来て世話をしています」

と、巡査は答えました。

「あなたがたは留吉を尋問しましたか?」

と、さらに俊夫君は尋ねました。巡査は驚いたような顔をして俊夫君を見つめながら、

「人間の言葉が分からぬのに、尋問ができますものか」

と答えました。俊夫君はにやりと笑いました。そうして、

「だからいけませんよ。留吉を尋問しないで、どうしてこの事件が解決つくものですか」と、事もなげに言いました。

小田さんはじめ、私たちは呆気にとられて俊夫君の顔を見つめました。

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