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私はメリーの首輪に鎖をつけてそれを握り、メリーをひっぱったり、またメリーにひっぱられたりしながら、池の周囲をひと廻りしてくる。
野口雨情もかつて武蔵野市に住んでいて、この井の頭は雨情が朝夕散歩をしていた処のようである。一昨年の秋だったか、池畔に雨情を偲ぶ碑が建てられた。碑面には雨情の作になる井の頭音頭の一節が刻んである。
鳴いてさわいで
日の暮れ頃は
葦に行々子
はなりやせぬ
雨情自身の筆蹟だが、一寸判読し難い。その後、碑の傍らに、文字を明記した表札が立てられた。雨情がこのうたを詠んだのは、大分むかしのことであろう。いまはよしきりの鳴声もきかれない。葦も池の輪郭が狭って池の水が小さな流れになる、上に井の頭線の鉄橋が架かっている辺に、わずかに見られるばかりである。
晩年の春だったか、池の中ほどにある橋が改築されて、七井橋と呼ばれるようになった。橋のたもとには、こんな表札が立てられた。
「この池の水は大昔から飲料水、田用水に利用されています。特に徳川初期、神田上水が江戸の町民に使われ出すと、その水源として名高くなりました。後玉川上水が開かれると、その溜池にもなったが、今は東京都水道の補助水になることもあります。徳川三代将軍家光の牟礼野田猟の時、御殿山に休息して池の泉に渇を医してから、弁財天の堂宇も立派にされました。池の中の七箇所から清水が湧いて旱の時も涸れることがないので、『七井池』といいます(江戸名所図絵)。また『神箭の水』ともいいますが(新編武蔵風土記稿)これは池畔から石鏃が沢山出たからでしょう。土地の人は『井の頭池』といいます(庶民史料)。この橋は、池の名の一つをとって七井橋といいます。」
この辺はむかしは将軍家の鷹狩の場所だったようである。池の中の七箇所から清水が湧いたというが、いまは大分減ったにちがいない。それでも水量はゆたかで、水の色も澄んでいる。
この池には浮藻が簇生している。その繁殖力は相当なものらしく、池に舟を浮かべて人夫が藻を除去する作業をしているのをよく見かける。雨情の碑のあるあたりの岸に、引上げられた藻が積んであって、そのそばを通ると、藻の匂いが鼻を刺戟する。私はことしはじめて浮藻の花を見た。私ははじめそれを季節ならぬ桜の花びらが、水面に散り敷いているのかと錯覚した。
池にはまた鳰がいる。可愛い鳥である。小粒で臆病気で、人の気配がすると、すぐ水にもぐる。キュルルルルルルとけたたましい鳴声を立てて、水面を滑走する。一羽でいることは殆どない。いつも二羽連れ立っている。どちらがどちらとも判別しないが、雌雄なのかも知れない。私は鳰の浮巣というのを見たいと思っているが、まだお目にかからない。
メリーは私と連れ立って散歩するのが好きらしい。鼻づらで地面をかぐようにしながら、嬉々としてゆく。池畔をめぐりながらメリーは、藻の匂いに鼻をくんくんいわせたり、鳰の鳴声に肝を消したような顔つきをする。池をひとめぐりすると、私は公園の西の端れのいぬしでの木立のある丘にゆき、そこにあるベンチに腰かけて休み、メリーの首輪から鎖をはずしてやる。そして私の姿が見える範囲内でメリーをひとり勝手に遊ばせてやる。
私はひごろからこの場所が好きなのである。私は都会育ちで木や草には馴染みがうすく、とんと疎い方なのだが、いつかいぬしでの樹に親しみを感ずるようになった。その暗灰色の樹の肌や、丈高く細長い伸びようをしている幹の姿態を見ると、なにかの動物にでも接しているような親しみが湧く。いぬしでの冬木立はよかった。裸になった梢の発揮する生気はなんとも云えなかった。また、その梢に新芽が萌えだしたときの初々しさといったら、なかった。青葉の頃、ベンチに腰かけて上を仰ぐと、私の頭上高く、緑の天蓋が覆いかぶさっていて、私はうっとりとしていい気分になるのであった。メリーをはじめて見たときも、私はベンチに仰向けに寝ころんで梢を仰ぎ、いつか夢路に入って、眼がさめてメリーの顔を見て、私ははじめそれをまだ夢のつづきのように思っていたのだったが。
その日の夕方、私はいつものようにメリーを連れて池をひとめぐりし、いぬしでの木立のある丘にきて、メリーを解放し、ベンチに腰をおろしてぼんやりしていた。私の胸の中に幽閉されている眠れる王子は、永遠に目ざめるときが来ないのではなかろうかと、私はそんなことをぼんやり考えていたのである。すると不意に「キャン、キャン。」というただならぬメリーの悲鳴がきこえた。びっくりして見ると、一匹の図体の大きな赤毛の犬が、逃げるメリーを追いまわしているのである。私は肝をつぶして、その場にかけつけ、メリーをうしろに庇って、ぐっと赤毛の犬を睨みつけた。一瞬、私とそやつの目が噛みあったが、そのとき私はぞっとするものを感じた。赤毛の犬はいきなり私を目がけて飛びかかってきたのである。私は自分の躯に赤犬がぶつかるのを感じ、はずそうとして思わずそこに尻餅をついた。私はしまったと思い、そのとき脱げた下駄をつかむと、無我夢中に横に払った。手応え充分であった。私は赤犬の横腹をいやというほど擲りつけたらしかった。案ずるほどのこともなかった。赤犬は「キャン。」と一声悲鳴をあげると、後をも見ずに逃げ去った。私はほっとした。やれやれ。見るとメリーは気づかわしそうに私を見守っている。いい塩梅にメリーは恙なかった。気がついてみると、私は負傷をしていた。右掌の小指の下のところにうすく歯型がついて紫色になっていた。赤犬は狂犬ではないだろうか。そうだとすると、ことだと思った。それと同時にメリーの躯のことが気になった。いまのショックはメリーのおなかの中の仔どもに悪い影響を及ぼしはしないだろうか。若しかしたら、流産しはしないだろうか。黒雲がもくもくと立ちこめ、前途が真暗になったような気がした。私はその足で獣医のもとに行った。
獣医は私の話をきき、一応メリーの躯を診察したが、異状はないと云った。私の負傷の方はてんで問題にもしなかった。それはかすり傷にはちがいなかった。それでも獣医は私の気を休めるように、傷に薬をつけ繃帯をまいてくれた。赤犬は狂犬ではないだろうと獣医は云った。
「狂犬でなくとも、ひとを噛むものでしょうか。」
「噛みますとも。恐怖から。憎悪から。嫉妬から、愛情から。」
いやに人間臭いことを云うなと私は思った。横眼でれいの「幸福なる四部合奏」の絵を見ながら。
その夜私は夢を見た。
……私が外出から帰ってくると、メリーの小屋の前に、赤犬が立ちはだかっているではないか。見ると、赤犬は私がメリーのために用意しておいた、肉と野菜のまぜめしをがつがつ頬張っている。メリーはと見れば、小屋の奥の方に小さくなっている様子である。私は足音あらく赤犬のそばにつめより、「こら。」と一喝をくらわした。ふしぎなことに、私の口からは「ワン。」という声がもれた。私は自分がいつのまにか一匹の白犬になっていることを確認した。赤犬は私の方をふりむき、私達は互いに睨みあった。私は赤犬の眼を見つめているうちに、なんだか見覚えがあるなと思った。そう思うと同時に、眼前の赤犬の顔のなかから、私の小学校時代のある同級生の顔が二重写しのように見えてきた。あいつだ、と私は唸った。(あいつ。それは私の小学校時代のある同級生である、五年生のときであった。ある日、私が教室でその日文房具屋で買った新しい雑記帳を机から取り出して、いそいそとひろげてみると、自分ではまだなに一つ書いた覚えのないその真新しい頁のはじめに、鉛筆でまるで蜘蛛の巣を見るようにいたずら描きがしてあった。またある日、私は母の手縫いの仕立下ろしの着物をきて学校へ行ったが、家に帰ってきて見ると、その着物の背なかにガムがへばりついていた。またある日、学校でおひる時間に、私が弁当箱をあけてみたら、おかずの玉子焼を誰かが食い齧った形跡があった。これらの犯人が誰であるか、私にはうすうす見当がついていた。それは教室で私のすぐうしろの席にいる生徒であった。その生徒はある金持の倅であった。彼は私の顔を横眼で見ながら、「玉子焼、玉子焼。」と自分からほのめかすようなことを云ったりしたのである。けれども、はっきりしたことではないので、私は彼に向って抗議を申し込むことは控えていた。ある日私が休み時間に、忘れてきたボールをとりに教室にもどると、人気のない教室の中で彼が私の机の上に屈み込んでいた。そばに行ってみると、彼は私の読本を机の上にひろげて、その挿画にクレヨンで出鱈目なぬり画をしているのであった。私はとうとう現場を押さえたのである。けれども驚いたことには、彼は私に見つけられたことに対して、少しもひるむ色を見せなかった。反ってまざまざと嘲りの色を満面に浮かべて私を見た。私はそのとき子供ながらにぞっとした。彼の眼色は私に対する悪意で燃えていたから。けれども、その後は彼も私に対してわるさをしなくなった。私はいまだに彼がどうして私に対してあんな真似をしたのか、というよりは敵意を抱いたのか見当がつかないのである。(ずっと後になって私は、ある新聞記事に「××首相はきょうは夕食に灘の生一本でまぐろのさしみを食べた。」と書いてあるのを読んだとき、なんとつかず彼のことを思い出した。もとより彼が成長して新聞記者となり、その記事を書いたというように想像したわけでもなかったが。まぐろのさしみが私の玉子焼を聯想させたのかも知れない。)赤犬は、いや、あいつは私が見覚えのある眼色で凝っと私を見つめた。私は子供のとき教室でこの眼を見たときの感情が、自分のうちに甦えるのを感じた。あいつはかつて私の新しい雑記帳をよごしたように、いままた私とメリーの生活にけちをつけにやってきたのだろうか。あいつはあのときのように満面に敵意を浮かべて唸り声をあげた。「お前のような奴がいるから、世の中が住みにくくなるのだ。」私はその唸り声に打ちひしがれそうになった。同時に私の心にはじめてはげしい憤りがこみあげてきた。どこやらの諺にも云うではないか。「女房と城と犬とは他人に貸すな。」と。私はあいつが私に向けて投げつけた言葉を、そのまま熨斗をつけて返上してやろうかと思った。けれども私にはそれが出来なかった。ひとに向ってそんな言葉を云うほどならば、しっぽを巻いて退却した方がいい。私は前にすすめず後にもひけない状態で、あいつの前に立っていた。私は自分が全身すきだらけであることを感じた。いま若しあいつが飛びかかってくるならば、私はのど笛を噛みきられることだろう。
私は眼がさめた。私は全身にびっしょり寝汗をかいていた。危いところだったと私は思わず心の中でつぶやいた。夢の中で白犬になった自分の姿は、眼がさめてからも、私の眼にありありと残っていた。これがいわば自分を客観的に見たということになるのではなかろうかと私は思った。客観的に見た「私」なるものは、どうしてなかなか可愛げのある代物であった。主観的反省では、私はいつも墨汁でもすするような自己嫌悪を味わうのであったが。私には夕方のことも夢のように思われたが、それは夢でない証拠には、私の掌には繃帯が巻かれてあった。雨戸をくると、外はもう明るかった。庭に出て、メリーの小屋の前にゆくと、私の足音をききつけて、メリーは小屋から出てきて、私の足に躯をこすりつけた。私はそこにしゃがんで、メリーの頸を抱きよせ、その眼差しに見入りながら、自分の頭が妄想から洗われていくのを感じた。
メリーのおなかは日ましに膨れてきた。同時に乳房も膨れてきて、ちゃんと乳首が出来てきた。試みに乳首を絞ってみると、白いお乳がじわじわと、わき出すように出てくる。かるくおなかに掌をあてると、なかの仔どもの動くのが、こちらの掌に伝わってきた。メリーの眼はもうすっかり母親の眼になっていた。その眼は、「ね、わかりますか。」と私に問いかけているように思われた。
私はメリーを運動に連れ出すことをやめた。メリーの動作は目に見えて鈍くなってきた。なにをするのもけだるいといった様子で、庭先の陽あたりのいい場所に、ただぐったりとして寝ころぶようになった。お婆さんは不憫がって、そういうメリーのおなかをそっと撫でてやったりしていた。そうされると、いくらか切なさが緩和されるらしく、メリーは眼をほそくして喜んだ。