昭和二十五年 一〇〇句
冬の山虹に踏まれて彫深し
種痘かゆし枯木に赤きもの干され
電柱も枯木の仲間低日射す
滅びざる土やぎらりと柿の種
波郷へ焼酎のつめたき酔や枯れゆく松
大いなる枯木を背に父吃る
寒き田へ馳くる地響牛と農夫
男の祈り夜明けの百舌鳥が錐をもむ
真夜中の枯野つらぬく貨車一本
冬かぶさる家に目覚時計狂ひ鳴る
屋上に双手はばたき医師寒し
鯨食つて始まる孤児と医師の野球
飴赤しコンクリートの女医私室
書を読まず搗き立ての餅家にあれば
冬雲と電柱の他なきも罰
夜の雪ひとの愛人くちすすぐ
年新し狂院鉄の門ひらき
霜柱立つ音明日のため眠る
教師俳人かじかみライスカレーの膜
穴掘りの脳天が見え雪ちらつく
寒明けの街や雄牛が声押し出す
餅搗きし父の鼾声家に満つ
麦の芽が光る厚雲割れて直ぐ
雄鶏に寒の石ころ寒の土くれ
北陸 一〇句わが汽笛一寒燈を呼びて過ぐ
みどり児も北ゆく冬の夜汽車にて
北国の地表のたうつ樹々の根よ
冬青きからたちの雨学生濡れ
日本海の青風桐の実を鳴らす
黙々北の農婦よ鱈の頭買ふ
目守る雪嶺遊ぶ噴水母子のごと
雪嶺やマラソン選手一人走る
冷灰の果雪嶺に雪降れり
雪国や女を買はず菓子買はず
いつまでも笑ふ枯野の遠くにて
寒の狂院両眼黒く窓々に
人を焼く薪どさ/\地に落す
修徳学院 六句みかへりの塔涸川の底乾反り
院児の糧大根土を躍り出し
菊咲かせどの孤児も云ふコンニチハ
少年院の北風芋の山乾く
寒い教室盗児自画像黒一色
孤児の園枯れたり汽車と顔過ぐる
春暁へ貧しき時計時きざむ
坂上に現じて春の馬高し
病者起ち冬が汚せる硝子拭く
病者の手窓より出でて春日受く
わらわらと日暮れの病者桜満つ
病廊にわれを呼び止め妊み猫
病廊を蜜柑馳けくる孤児馳けくる
ボート同じ男女同じ春の河濁り
法隆寺出て苜蓿に苦の鼾
狂院の向日葵の種握りしめ
崖下に向日葵播きて何つぶやく
五月の地面犬はいよいよ犬臭く
コンクリート割れ目の草や雷の下
雷の雲生まれし卵直ぐ呑まれ
種痘のメス看護婦を刺し医師を刺す
診療着干せば嘲る麦の風
うつくしき眼と会ふ次の雷待つ間
黄麦や渦巻く胸毛授けられ
梅雨の卵なまあたたかし手醜し
崖下へ帰る夕焼頭より脱ぎ
荒繩や梅雨の雄山羊の声切に
飛行音かぶさり夜の蠅狂ふ
肺強き夜の蛙の歌充ち満つ
向日葵を降り来て蟻の黒さ増す
星中に向日葵が炎ゆ老い難し
日本の神信ぜず南瓜交配す
梅雨荒れの地に石多し種を播く
梅雨の坂人なきときは水流る
飴をなめまなこ見ひらく梅雨の家
音立てて蠅打つ虹を壁の外に
梅雨晴れたり蜂身をもつて硝子打つ
朝すでに砂にのたうつ蚯蚓またぐ
汗すべる黒衣聖母の歯うがてば
炎天の犬捕り低く唄ひ出す
昼寝の国蠅取りリボンぶら下り
夜となる大暑や豚肉も食はざりし
がつくりと祈る向日葵星曇る
唄きれぎれ裸の雲を雷照らす
敗戦日の水飲む犬よわれも飲む
歩く蟻飛ぶ蟻われは食事待つ
貧なる父玉葱噛んで気を鎮む
無花果をむくや病者の相対し
秋来たれ病院出づる肥車
かゆき夏果てぬすつくと曼珠沙華
満月のかぼちやの花の悪霊達
落ちざりし青柿躍る颱風後
脱糞して屋根に働く颱風後
颱風が折りし向日葵伐り倒す
卵白し天を仰ぎて羽抜鶏
何処へ行かむ地べたの大蛾つまみ上げ
病孤児の輪がぐるぐると天高し
木犀一枝暗き病廊通るなり
秋の夜の漫才消えて拍手消ゆ
石の上に踊るかまきり風もなし
赤蜻蛉来て死の近き肩つかむ
聖姉妹より抜き取りし歯の乾きたり
わが悪しき犬なり女医の股噛めり