Chapter 1 of 12

新院崩御

治承五年の正月が来た。今年の内裏の正月の淋しさは又格別で、うち続く兵乱のあとでは、正月を祝う心持にもならず、拝賀の式はとりやめ、主上も出御されず、例年の宴会さえ行なわれなかった。陰気に湿った空気が御所の内々を満たし、正月らしい華やかさはどこにも見られなかった。世間は何となく不穏の気がみちみち、今に何か起りそうだという暗い予感が人々の心をとらえていたからである。

正月五日、南都の僧のうち重立った者は官職を解かれ、又、衆徒の殆んどが射殺され、斬殺され、ここに長い歴史を誇って君臨してきた、東大寺、興福寺も滅亡したのである。しかし、それにもかかわらず、正月八日から十四日まで行なわれる御斎会は例年通りというお布令が出たが、南都の僧の全滅した今となっては、顔ぶれを揃えるのも難しい。それでは、京の僧達にやらせようという気にもなったが、とにかく、南都から一人も出席しないのはおかしいという意見もあり、結局、勧修寺に隠れていた成法已講が探し出されて、御斎会の儀は滞りなく済んだのであった。

高倉院は、一昨年以来うち続いた種々の事件で、心も体もすっかり疲れ切っておられた。とりわけ、法皇の鳥羽移り、高倉宮のご最後、福原への都移りなど、かつてない忌わしい出来事の連続で、年若い院には余りにも心の重荷がかち過ぎる激しい世の移り変りであった。

東大寺、興福寺の滅亡を聞かれて以来、以前からすぐれなかった健康が、どっと悪くなられたようである。正月十四日、ついに、その聖徳と仁智を慕われ、人々から惜しまれつつ世を去られた。齢僅か二十一歳、漸くこれからという花の盛りにご逝去になったのである。

澄憲法印は、新院のなきがらを焼く煙をみながら、

常に見し君が御幸を今日とえば

帰らぬ旅ときくぞ悲しき

と詠んだ。

高倉帝は幼い頃から、心の優しい方で、十歳になった頃から、ひどく紅葉がお好きで、わざわざ御所の内に紅葉を植えさせて、一日中あきることなくご覧になっているのだった。ある夜、突然の嵐で、この紅葉が一夜のうちに散りぢりになってしまった。庭掃除の下役人が、翌朝あたり一面散らばった紅葉をきれいに掃除した。その朝は又ひどく冷えこむ日で、不図思いついて、その紅葉で酒を燗して腹を暖めたのであった。

丁度そこへ、やはり夕べの嵐が気になって、係りの者が紅葉の様子を見にやってきた。

折柄ぱちぱちと気持の良い音をたてて燃えるたき火の前で、下役人が呑気に酒を酌み交しているのにびっくりした。

「やあ、何という心ないことをするのじゃ、あれほど主上が大切にしておられる紅葉をこのようにいたして、お前らは恐らく禁獄になるだろう、管理不行届きの私もどんなおとがめがあるかわからぬ」

と早くも声を震わせている。下役人も今更ながら、わが身のおろかさに気づいたが、灰となった紅葉の前で悄然とうなだれていた。そこへ主上がお出でになったのである。主上も昨夜の嵐が気がかりであったらしく、いつになく早い行幸であった。ところが、ちり一つなく掃き清められた山には一かけらの紅葉の影もない。

「いかがいたした。紅葉は? 風がひどくておおかた、散り尽したと思ったが?」

「はあ、それが」

「まさか一夜のうちに、消え失せたというわけではあるまいに?」

何といっておわびしてよいかもわからず、家来の者は冷汗をかくばかりであったが、今はやむなくありのままをお話するのだった。

「なに、紅葉でたき火、酒を飲んだと?」

どんなおとがめがあるかと体中を硬ばらせていた係の者も、意外に愉快そうな帝の言葉に驚いて顔をあげた。

「「林間、酒をあたたむるに紅葉をたく」という白楽天の詩があるが、よくぞ存じておったのう。これにまさる風流はあるまい」

と目を細めていられるのであった。

また五、六年前の話になるが、あるところに行幸になったとき、夜寒の厳しさに、主上はなかなか寝つかれなかったが、不図どこかで、人の叫び泣く声を耳にされた。早速宿直の者が召されて見てまいれという仰せがあった。

外へ出てみると、この夜更けに長持を持った少女が一人泣いているのである。

「如何したのじゃ?」

「ご主人様のお衣裳を持ってゆく途中を、二、三人ほどの男に取囲まれ、盗まれてしまったのでございます。一体どうしてよいのやら」

と、途方に暮れた面持ちで泣くのであった。

このことを帰って主上に奏上すると、

「何というひどいことを、そういう悪行を働く者がいるのも、わしの力が足らぬためじゃ。何とかしてやりたいが、その衣はどんなものだったのか?」

とお尋ねがあった。これこれしかじかの衣裳だということをきかれると、建礼門院に、

「かようの色の衣裳は持ち合わせはないか?」

と聞き合わせて下すった。間もなく門院からは前よりも立派な衣裳が届けられてきた。主上はそれを少女に与えると、帰りの道が危いからと、お供までお遣わしになって少女を送らせたのであった。

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