Volver
政談月の鏡
Table of Contents
政談月の鏡
三遊亭円朝
Reading Settings
Tamaño de fuente
18px
Tema
Claro
Oscuro
Sepia
Protección ocular
Interlineado
Modo de lectura
Traducción Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 7 of 10

七

えゝ引続きまする依田政談も、久しゅう大火に就いて筆記を休んで居りましたが、跡も切目になりましたから一席弁じます事で、昨日火事見舞ながら講釈師の放牛舎桃林子の宅へ参りました処同子の宅は焼残りまして誠に僥倖だと云って悦んで居りましたが、桃林の家に町奉行の調べの本が有りまして、講釈師丈に能く調べが届いて居る、本が有るから貸して遣ろうと云うので、私は借りて参りまして段々調べて読んで見ますると、依田豐前守は、依田和泉守といい町奉行の時分は僅な間でございます、延享元年の六月十一日御目附から致して町奉行役を仰付けられ宝暦三年の三月廿八日にはもう西丸の御槍奉行に転じました事でございます。して見ると調べの間は長い事ではございません、其の次は曲淵甲斐守という是も名奉行で、宝暦三年四月の八日御作事奉行より転じて依田豊前守と御交代になり明和の六年八月十五日までお勤めに成ったという。大岡越前守、依田豊前守、曲淵甲斐守、根岸肥前守などいうは何れも御名奉行と云われた方で、申し続きましたお筆のお捌は依田豊州公から曲淵甲州公へ御引続になりました一件で、錯雑ましてお聴悪い事でございましょう左様御承知を願います、扨お筆は数寄屋河岸の柳番屋の蔭へ一夜置き位に出て袖乞を致しまするも唯養父を助けたい一心で、恥しいのも寒いのも打忘れて極月ヒュー/\風の吹きまするのをも厭わず深更になる迄往来中に佇んで居て、人の袖に縋るというは誠に気の毒な事で、人も善い時には善い事許り有りますが、間が悪くなると引続いて悪い事許り来るものでお筆などは至って親孝行にして為人も善し屋敷育ちでは有り、行儀作法も心得て居るから誰に会っても誉められる様な誠に柔和な娘で有りますけれ共、板の間を働いたという濡衣を着て、親父に面目ないと思う処から入水致しました処を、助けられたは仕合せで有ったが、その又己れを助けて呉れた米倉屋孫右衞門が零落を致して、京橋鍛冶町の裏家住い搗て加えて長の病気というので、今は最う何も彼も売尽した処から袖乞いに出る様な始末、

筆「今日も夜更けて人も通らず、したが今夜百文でも二百文でも貰って帰らなければ私の命を助けて呉れた大事なお父様に明日喰べさせるものを宛がう事も出来ず、と云ってお腹を空させては済まない、私は喰べなくても宜いから何卒お父様丈にはお粥でも炊いて上げなければ成らないから、もう詮方がない、いやらしい事を云う人でも有ったら誠に道ならん事では有るが寧そ此の身を任しても親の為めには替えられない」

と、覚悟を致し、ヒューという寒風を凌いで柳番屋の蔭に立って居ると、向うから前申し上げた黒縮緬の頭巾を被り大小を落差しに致して黒無地の羽織、紺足袋という扮装えで通りました、白張の小田原提灯が見えましたから、

筆「アヽお武家で有るか、万一したら少しはお恵みが有ろう」

と思いツカ/\/\と来り、もう怖いも恥かしいも打忘れ武家の袂に縋り、

筆「お願いでございます」

武家「ア…はアヽ……誰も居らんかと思ったので大きに恟り致したが、何だえ、女子かえ」

筆「はい…お父さんが長々煩いまして其の日に追われ、何も彼も売尽しましてもう明日は親どもにお米を買って喰べさせる事が出来ません、それ故誠にお恥かしい事でございますが、毎日此処へ参りましては人様のお袖へ縋って聊かの御合力を受けまして親子の者が露命を繋いで居る者でございます、けれ共今晩斯様に風が吹きますので薩張人通りがございませんから、是迄立って居ましたが少しのお恵みも受けませず、今晩此の儘帰りましては親を見殺しに致す様なものと存じまして誠に御無理ではございますが百文でも二百文でもお恵み下さいますれば親子の者が助かります、何卒殿様お願いでございます」

武家「はい…はい、それはお気の毒な事じゃ、むー…」

小田原提灯をこう持上げて見ますると、下を向いて袖を顔に押当て、ポロ/\泣いて居ります。眤とその様子を見て居りましたが、軈て一掴みの金子を小菊に包んで、

武「これを遣わすから、早う帰って親御に孝行を致せ、したが女子の身の夜中と云い、いかなる災難に遇わんとも限らんから向後袖乞は止めに致すがよい」

とお筆に渡すと其の儘往って仕舞いました。お筆は嬉し涙にくれて見送って居りましたが家へ帰って包を明けて見ますと古金で四五十両、お筆は恟りして四辺を見廻し、

筆「はア…何うしたんだろう、心の迷いじゃアないか知ら、先刻彼所を通り掛ったのは武士と思ったのが狐か何かで私を化したのじゃアないか知らん、私がお鳥目を欲しいと思う其の気を知ってつままれたのか知らん」

と足をギイーッと抓ったが痛いから、

筆「夢じゃアないが、ハテ何うしたんだろう、向後袖乞に出るなと仰しゃったから、御親切な殿様で私の戸外へ出ない様に多分にお金を下すった事か、あゝー……私の為には神さま……」

と手を合せて伏拝み何所の人だか知りませんから心の中で頻りと礼を云い、翌日に成りますると先ず此金でお米を買うんだと云う、其のお米を買うたって一時に沢山買って知れては悪いと思いましたから、狐鼠り少し買い、一朱もお金を出せば薪も買えれば炭も買える、又金を一つ処へ仕舞って置いて知れると悪いと思いましたから、彼方此方へお金を片附けて仕舞って置きまして、些とずつ出して使い、

筆「お父さまはお寒かろうから暖かい夜具を着せたい」

と夜見店へ参りまして古着屋から小僧さんに麻風呂敷に掻巻に三布蒲団を背負い込ませ、長家の者に知れない様にお父さんに半纏を着せたいと云うので段々と狐鼠/\買物をして参りますが、世間じゃア直に目が着きます、或る時例の姐子が、

姐「おい勘次や」

勘「えゝ」

姐「奥のお筆さんは良い旦那でも附いたのじゃアねえか」

勘「然うでげすね、此の頃は大変様子が宜いから、ね、お父さんなどは何うも少し顔色が違えやして、此の頃じゃアにこ/\して居やす、私にも此の間手拭を呉れたね」

姐「手拭を貰ったと、何んで貰ったんだい」

勘「何んだって度々水を汲んでやったり何かするんで大きに色々お世話に成るって呉れましたが余り好い心持だから匂いを嗅いだが、些っとも好い香気はしませんね、矢張手拭の臭いがした」

姐「あの娘なんぞに何か貰いなさんなよ、何でも旦那が附いたに違えねえノ」

勘「えゝ、何んだか知りませんが、其の旦那てえのが些とも来るのを見た事がねえ、何でも夜中に来るんでげしょうよ何処かへ参詣に行くって時々出え/\したが、何処か知れない処で逢ってお金を貰って来るんでげしょう、あの親父が此の間髭を剃りましたよ白髪交りの胡麻塩頭を結て新しい半纏を引掛て坐って居ますが大きに様子が快くなって病人らしく無く成ったが、娘さんも襦袢に新しい襟を掛けたぜ、好いもんじゃア有りやせんが銘仙か何かの着物が出来ておつな帯を締ましたよ、宜い装をすると結髪で働いて居る時よりゃア又好く見えるね、内々魚などを買って喰う様子でげすぜ、此の間も魚屋が来たら何が有る、鱈……それじゃア鱈をお呉れって鱈を買いやしたが病人に鱈は宜うごぜえますのかね」

姐「そんな事を気にしなくっても宜いが何うも様子が訝しい」

勘「私も娘さんの顔が見てえから時々行くんです」

此の勘次が毎日の様に来ては手伝いますから気の毒だと思って居ます処へ又来て、

勘「お筆さん水を汲んで上げやしょう」

筆「おや勘次さん毎度有難う」

勘「なにどうせ幾度も汲みに行くんで、宅の姐さんは清潔家でもって瓶の水を日に三度宛も替えねえと孑孑が湧くなんてえ位で、小便にでも行くと肱の処から水をかけて手を洗うてえ大変なものでえへゝゝどうせ序でげすから遠慮するにア及びやせんよ」

筆「誠に毎度有難う」

勘「お父さん今日は……えへゝゝ、いえ何う致しやしてどうせ序が有りやすから、何んでげすねお筆さんは親孝行でお前様はお仕合せで本当に御運が好いんで、えへゝゝ」

孫「なに然うでも有りませんのさ」

勘「此んな好い子を持ったのは貴方の御運が宜いのでさア」

孫「なに運が善い事も有りアしません、今じゃア腰が脱けて仕舞って何の役にも立たなく成ってますから、併し毎度有難うございます、娘一人で何事も手廻りません処を貴方が水を汲んで下さったり、其の上御親切に姐さんが又度々気を注けて下物を下さり、誠に有難う存じますお蔭で親子の者が助かります、貴方姐さんに宜しく仰しゃって下さいまし」

勘「じゃア姉さん汲んで上げよう」

と井戸端へ行って水を手桶に三杯も汲んで遣りました。

筆「ちょいと/\勘次さん少し待って下さい」

勘「え何です」

筆「少し上げたいものが有りますから、手拭の貰ったのがあるんです」

勘「又手拭をかえ……此の間も貰ったのに…」

筆「いえ詰らんのですが持って行って下さいよ」

是から千代紙で張て有る可笑な箱の蓋を取って、中から手拭を出そうとする時、巾着の紐が指に引懸って横になるとパラ/\/\と中から金子が散乱たから慌てゝお筆が之を隠し手拭を一筋に一朱銀を一個出して、

筆「誠に少し許りでございますけれども、毎度御厄介に成りますから」

勘「何う致しまして、是は何うも、えへゝゝ何うもお気の毒で、誠に有難う」

と礼を云いながら心の中で大層金子を持て居やアがると斯う思いました。口々に分けては有りますが下へ落ちたが二十両許りザラ/\/\と云うのを慾張た眼で見ると五六十両も有ろうと思いました「此奴ア成程姐さんの云う通り何でも彼奴は良い旦那どりをしてこっそり金を呉れる奴が有るに違えねえ、彼様なけちな千代紙で貼った糸屑を入れて置く箱ん中の巾着からザクリと金が出るんだからね」と此の勘次と云う奴は流山無宿の悪漢でございますから、心の中で親父は病気疲れで能く眠るだろうし、娘も看病疲れで寝るだろうし、能く寝付いた処へ忍込んであの金子さえ取れば、又西河岸の桔梗屋へ行って繁岡の顔でも見て楽しむ事が出来るという謀叛が起り、其の夜深更に及んでお筆の家の水口を開け忍込んで見ると親子とも能く寝付いて居る様子、勘次は素より勝手を知って居りますから、例の千代紙で貼った針箱同様の糸屑の這入って居る箱の中から巾着を盗み出し、戸外へ出ると直に駕籠に乗って飛ばして廓内へ這入り西河岸の桔梗屋という遊女屋へあがりました。

勘「久しく様子が悪かったので来なかった」

馴染の娼妓か、

△「おや鼬の道や」

勘「なにー篦棒めえ、鼬の道だって、あのなア繁岡さんと喜瀬川さんを呼んで呉んな、揚女郎てえ訳ではねえが、私は少し義理が有るから、旨え物を沢山食れ、なにー、愚図/\云うな、大台を……大台をよ、内芸者を二人揚げて呉んな」

と金の遣い振りが暴い。

亭主「勘次さんは大層金の遣い振りが暴いじゃアねえかのう、喜助」

喜「へえ、何だか博奕に勝ったと被仰います」

と聞いて内証では何うも様子が訝しい、知ってる人だから朝勘定でも宜いんだが、金の遣振りが訝しいから宵勘定に下げて貰え。と下った金を見ますると三星の刻印が打って有る、是は予て巡達に成って居る処の不正金でございますから、

亭主「是は打棄ちゃア置れない、直ぐに……」

と云うので、是から其の頃の御用聞を呼びまして此の事を話すと石子伴作様と云う定巡りの旦那が、

伴「夫は手附かずに出すが宜い」

と云うので、二日流連をさせて緩くり遊興をさせ、充分金を遣わせて御用聞と話合いの上で、ズッと出る処を大門外で、

○「御用」

勘「ハッ……」

と云って恟りする、大抵な者は御用聞が御用と云う声を掛けるとペタペタとなるといいます。直に縛られて田町の番屋へ引かれる、仕様の無いものでございます。

○「勘次汝の身分にしちゃア金遣いが滅法に暴えが、桔梗屋で使用た金はありゃア何処から持って来た金だ」

勘「むゝ、彼ア、…バ……」

伴「何を愚図/\言って居やアがるんだえ」

勘「へい、何んで、賭博に勝ちましたので」

伴「なにー、博賭に勝ったと、馬鹿ア云え、汝の様なケチな一文賭博をする奴が古金で授受をするかえ、有体に申上げろ」

勘「マ、全く博賭に勝ったに違えござえません」

伴「何処の博賭場で勝ったんだ」

勘「ムヽ、カ、カ、神田の牧様の部屋で何んしまして、小川町の土屋の……」

伴「黙れ、尋常に申し上げろい、幾ら隠したって役にア立たねえから、何処で盗んだか云えよ」

勘「いえ全く其のカ、カ、勝ったんで」

伴「これ勘次、汝其様な事を愚図/\云ったって役にゃア立たねえ早く云っちめえ」

勘「いえ……その…全く勝ったんで」

伴「云わねえな、何うしても此奴ア云わねえから打て/\」

○「お慈悲深い旦那だから本当の事を喋って其の上でお慈悲を願え、お前だって万更素人じゃアなし、好い道楽者じゃアねえか」

伴「ええや、しめろ/\」

とピシーリ/\叩かれるから直に口が開いて、実は五斗兵衞市の処に食客に居る中に裏に小間物屋孫兵衞と云う者が居て、孫兵衞の娘のお筆が私に礼をすると云って巾着をすべらし、金の出たのを見て不図した出来心から全く盗んだに相違ございません。と白状を致しましたから直に京橋鍛冶町の小間物屋孫兵衞方へ踏込娘お筆が縄に掛って引かれたは何とも云えぬ災難でございます。何う云う事やら訳が分らず腰の抜けて居る孫兵衞は大屋さん何う云うもんで。と泣いて許り居りますから長屋の者が来ては色々に賺めますけれども中々愚痴が止みません。五斗兵衞市の姐御は気の毒でなりませんから、

○「私の処へ無頼な食客を置いたばかりで斯う云う事に成ったんだが、決してお筆さんに其様な理由はない不正金だというが」

孫「イエ金子などが宅に有る気遣いは有りません、何う云う災難ですか、大屋さんお筆を返して下さいませんと私は小便に行く事もお飯を喰う事も出来ません、お願いでございますから」

とワイ/\泣て居ったのは然もあるべき事でございます。

Chapter 7 of 10
|