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十四
護送役人の下知(げじ)に従いまして、遠島の罪人一同上陸致しますると、図らずも彼方(あなた)に当りパッパッと砂煙(すなけむり)を蹴立(けた)って数多(あまた)の人が逃げて参ります。村方(むらかた)の家々にては慌(あわ)てゝ戸を閉じ子供は泣く、老人は杖(つえ)を棄てゝ逃(にげ)るという始末で、いやもう一方(ひとかた)ならぬ騒ぎでございます。何事か知らんと一同足を止めて見ますると、向うから罪人が四五十人、獲物(えもの)々々を携(たずさ)え、見るも恐ろしい姿で、四辺(あたり)に逃げ惑(まど)う老若男女(ろうにゃくなんにょ)を打敲(うちたゝ)くやら蹴飛(けと)ばすやら、容易ならぬ様子であります。中には刃物を持って居(お)る者もあります。此方(こなた)は数十人の役人、突棒(つくぼう)刺叉(さすまた)鉄棒(てつぼう)などを携えて、取押えようと必死になって働いて居りますが、何しろ死者狂(しにものぐるい)の罪人ども、荒れに荒れて忽(たちま)ち役人も三四人打倒(うちたお)されました。一同何(ど)うなることかと顔を見合せて居りましたが、追々怪我人(けがにん)は増えますばかり、義気に富みたる文治は堪(こら)え兼て、突然(いきなり)一本の棒を携え、黒煙(くろけむり)の如き争闘の真只中(まったゞなか)に飛込んで大音(だいおん)を挙げ、
文「まア/\待て、何事かは知らぬが控えろ/\」
と仁王立(におうだち)に突立(つった)ちました。此の態(てい)を見るより先に立ちたる大(だい)の男が、
「やい、汝(わり)ゃア何者か、邪魔をしやアがると打殺(うちころ)すぞ」
死者狂いの四五十人が異口同音に、「それ畳(たゝ)め、殺せ」と犇(ひしめ)く勢(いきおい)凄(すさ)まじく、前後左右より文治に打ってかゝりました。
文「よし、拙者(せっしゃ)の止めるのを肯(き)かぬのか、さア来い」
と二打三打(ふたうちみうち)打合いましたが、予(かね)て一人でも打据(うちす)える気はございませぬ、受けつ流しつ数十人を相手に程よくあしらって居ります。「えゝ、こんな奴を相手に手間取るは無益だ」と一人の罪人は烈(はげ)しく打合う其の中を掻潜(かいくゞ)って通り抜けようと致しますから、文治は飛退(とびの)きながら、その一人を引留め、「まア/\待った」と声を掛ける途端に、また其の他(た)の者が逃出そうと致しますから、飛鳥(ひちょう)の如く彼方(あなた)へ駈け此方(こなた)に戻って一々引留める文治が手練(てだれ)の早業(はやわざ)に、さしも死者狂の罪人も一歩も進むことが出来ませぬ。隙(すか)さず文治は立直りまして大音を張上げ、
文「どういう訳でお前達が挙(こぞ)って騒ぎ立てるかは知らぬが、見れば喧嘩のようでもなし、御法を破るからにゃア何か仔細があろう、何(ど)うじゃ/\」
罪人「やい、汝(わりゃ)ア何者だ、死者狂いの己(おい)らを何故(なぜ)止めるか、ふざけやアがると其の分には棄置(すてお)かねえぞ」
文「まア/\静かにしろ、己(おれ)はの、只(たっ)た今此の島に流罪の身になって来た罪人だ、仔細を聞いた其の上で共々(とも/″\)味方になってやろう、業平橋の文治という者だ」
と聞いて囚人(めしゅうど)は顔と顔とを見合せて、少しく怯(ひる)みました様子でございます。先に立ちたる二三の者は、
「やア旦那様か、始めてお目にかゝります、予(かね)てお名前(なめえ)は聞いて居りましたがあなたが業平の旦那様ですか、道理で腕に応(こて)えがあると思った、仔細というは外(ほか)でもない、少し訳があって此の島の取締り役人を敲(たゝ)き殺し、一同死ぬ気でございます」
文「その又取締が如何(いかゞ)いたした」
罪「日頃罪人一同の喰物(くいもの)の頭を刎(は)ね、剰(あまつさ)え年(ねん)に二度か三度のお祭日(まつりび)に娑婆飯(しゃばめし)をくれません、余り無慈悲な扱いゆえ、三人の総代を立てゝ只管(ひたすら)歎願(たんがん)いたしました処が、聞入れないのみか、上役人(かみやくにん)の扱いに不服を唱えるとは不届千万(ふとゞきせんばん)な奴だと云って、その三人を庭の樹(き)の枝に縛(くゝ)り上げ、今日で三日半ほど日乾(ひぼし)にされて居ります、たとい悪党にもせよ其の三人を助けなきゃア浮世の義理が立ちません、何(ど)うぞ業平の旦那様、此の儘我ら一同をお通しなすって下せえまし」
文「ふうむ、そうか、そりゃ宜(よ)くない話だ、そういう訳なら斯(か)く申す文治が一身(いっしん)に引受けて、お役人にお詫(わび)をして見ようから、まア暫く静かにして下さい」
一同「旦那、そりゃア兎(と)ても駄目でござんす、訳を云ったところが兎ても分る奴じゃアありません、いっその事に」
文「まア/\待ちなさい、兎も角も己(おれ)が往って詫びて見る、己が挨拶をするまでは決して手出しをしては成らんぞ、悪口(あっこう)しても棄置かんぞよ、いよ/\肯入(きゝい)れなければ兎も角も、血気に逸(はや)って心得違いをいたすまいぞよ」
と一同を制して、其の中の重立(おもだ)ちたる一人(いちにん)を案内に立たせまして、流罪人取締の屋敷へまいりますると、二三の若者が抜刀(ばっとう)で立って居ります。そんな事に恐れる文治ではございませぬから表に一同を待たせ置き、身に寸鉄も帯びず、泰然自若(たいぜんじじゃく)として只(たゞ)一人(ひとり)玄関指してまいりますと、表に居ります数多(あまた)の罪人が、「旦那、危ねえ、危ねえ、抜いてら/\、そうれやッつけろ」と気早(きばや)な連中は屋敷の内へ飛込もうと致します。
文「これ/\無礼を致すな、己にも心得があるから暫く静かにしていろ」
やがて文治は抜刀を携えたる若者の面前に膝を突いて一礼いたしますと、
役人「やい/\貴様は何者か、ぐず/\すると打切(ぶっき)るぞ」
文「はい、私(わたくし)は只今江戸表より流罪になりました囚人(めしゅうど)でござります、只今一同の囚人の大騒ぎを見るに忍びず、一旦鎮め置きまして段々仔細を聞きましたるところ、囚人に有勝(ありがち)の食料のこと、棄置かれませんゆえ、お役人様へお目通り歎願いたしとうござります、宜しゅうお取次を願います」
と落着き払って述立てました。
十五
文治の言葉を聞いて役人は目に角を立て、
役「何(なん)だ新入(しんいり)の囚人(めしゅうど)だ、生意気な奴だ、打据(うちす)えるぞ」
文「これはしたり、囚人一同の者に代り申上げます事故(ゆえ)、御無礼の段は御容赦下さいまして、一度はお聞済(きゝずみ)の上、お頭様(かしらさま)に拝顔の適(かな)いまするようお取計(とりはか)らいを願います」
役「小癪(こしゃく)な奴だ、新入の癖に一同の総代とは何事だ、えゝ面倒だ、切殺せ」
と一人の役人が抜刀を振上げました。此の時に奥に居りました平林が、「これ/\少し待て」と玄関正面に立上り、文治を眼下に見下(みおろ)しまして、
平林「其の方は何者か」
文「恐れながら申上げ奉ります、手前は江戸表本所業平橋の浪人者でござります、此の度(たび)流罪申付けられ、只今御島内へ到着いたした者でござります、もとより島内の御様子を知ろう筈(はず)もございませぬが、数多(あまた)の罪人どもが死者狂いの大騒ぎ、何事やらんと取押えまして様子を承わりましたる所、何かお上(かみ)よりのお手当に就(つ)きまして不服を抱(いだ)き、大勢徒党いたしましたる様子、以(もっ)ての外(ほか)の事、不届至極と一応取鎮め置きまして、歎願にまかり出でた次第でござります、承われば罪人の内三人の総代をお留置(とめおき)に相成り候由、非道のおん事も是れ有るまじくとは存じますが、残り一同の罪人どもは、何(ど)のような扱いを受けて居(お)るかも知れぬと心配いたして居りますに依(よ)って、何卒(なにとぞ)お留置に相成ります三人の総代をお免(ゆる)し下さいまするよう、さすれば一同の悦び如何(いか)ばかりかと存じます、併(しか)し一旦騒ぎ立ち候う段は如何にも不届至極の振舞でございます故、御法に照しての御処分は余儀なき次第でございます、くれ/″\もお慈悲を以(もっ)て偏(ひとえ)に御勘弁の程を願い上げ奉ります」
平「して只今其の方(ほう)が申したお上よりのお手当とは何事じゃ」
文「はゝア、手前は只今島に着きましたばかり、一向島内の御法は弁(わきま)えませぬが、何か一箇年(いっかねん)に両三度罪人どもへ娑婆飯とか申して米の御飯(ごはん)を下され候由、僅(わず)かの事を楽しみに歳月(としつき)を送ります無気力の囚人ども、お助け下され候わば一同悦ばしく存じます、此の儀偏(ひと)えにお汲取り下さいますよう」
平「黙れ、それはな、上のお慈悲を以て下さる事ではあるが、本年は囚人どもが平生(へいぜい)の不届少からぬに依って、白飯(しろめし)のお手当がないのじゃ、虫けら同然の其の方どもとは云いながら、人間の皮を被(かぶ)って居(お)るからにゃア少しは考えて見るが宜(よ)い、然(しか)るに上のお慈悲なきは身に罪ある故と知らず、徒党を組んで乱暴いたすとは容赦ならぬ曲者ども、一人(いちにん)も免(ゆる)すことは相成らぬ、皆殺しに致すから左様心得ろ」
文「お言葉に背(そむ)くは恐入りますが、平生不届の事がございますれば、それ/″\御処分方(かた)もございましょう、お手当を減ずるというは如何(いかゞ)かと存じます、お慈悲を以てお改め下さいますようくれ/″\も願い奉ります」
平「うるさい、いや、貴様も同類だな、者ども縛り上げえ」
文「かくの通りお役人様方抜刀(ぬきみ)の下(もと)に居りますこと故、縛られて居(お)るも同様、此の上お縄を頂戴いたしますとも決して厭(いと)いは致しませぬが、何卒(なにとぞ)右の願いお聞済(きゝずみ)の上にて……」
平「成らぬ、それ打て」
下役「はっ」
と抜刀(ぬきみ)を鞘(さや)に納め、樫棒(かしぼう)を持ちまして文治の脊中(せなか)を二つ三(み)つ打ちましたが、文治は少しも動く気色(けしき)もなく、両手を支(つ)いたまゝ暫く考えて居りました。何思いけん不図(ふと)起き上りまして、又打ち来(きた)る利腕(きゝうで)をピタリと押え付け、
文「無法なことを為(な)さいますな」
役「あいたゝゝ、あいたゝ」
見るより平林は烈火の如く憤(いきどお)り、
「それ、その悪党を切ってしまえ」
役「畏(かしこ)まって候」
と抜刀(ぬきみ)の両人、文治の後(うしろ)より鋭く切掛けました。其の時早く文治は前に押えた腕を捩上(ねじあ)げ、同役二人(ににん)が振下(ふりおろ)す刀の下へ突付けました。はっと思って二人(ににん)が退(さが)る途端に身を交(かわ)して空(くう)を打たせ、素早く掻潜(かいくゞ)って一人(いちにん)の利腕を捩上げ、尚(な)お一人(ひとり)が、「小癪なことを為(し)やがる」と横合(よこあい)より打込み来る其の間(ま)に、以前に捩上げたる下役の腕を反(かえ)して前へ突放したから耐(たま)りませぬ、同役同志鉢合(はちあわ)せをして二人(ににん)ともに打倒れました。残りし一人(ひとり)が又々抜刀(ぬきみ)を取直し、「無礼なやつ」と打掛る下を潜って一当(ひとあ)て当てますと、脂(やに)を甞(な)めた蛇のように身体を反らせてしまいました。此奴(こいつ)容易ならぬ曲者なりと、平林は手早くも玄関の長押(なげし)に懸けてありました鉄砲へ火縄(ひなわ)を挟(はさ)み、文治へ筒口を向けましたから、文治は取って押えた両人を玉除(たまよけ)に翳(かざ)し、
文「さア打つなら打って見ろ」
と袖下に忍んで様子を窺(うかゞ)って居りまする。流石(さすが)の平林も如何(いかん)とも詮方(せんかた)なく、踵(きびす)を反(かえ)して奥の方へ逃込みました。何をするか知らぬと思う間もなく、三日半も干乾(ひぼし)にして庭樹(にわき)の枝に縛り付けてあった囚人(しゅうじん)目がけてズドンと一発放つや否や、キャッという叫び声。最早これまでなりと文治は飛鳥の如く飛上り、平林が振上げて居ります鉄砲の手元へ潜り付き、一当て急所へ当てゝ倒れるを見向きもせず、吊し上げたる三人の縄を解き、疵(きず)を検(あらた)めて見ますると、弾丸(たま)は外(そ)れたものと見えて身体に疵はありませぬ、尤(もっと)も鉄砲の音に胆(きも)を消したものと見えて、三人とも気絶して居りまする。