七
此方は三年振で逢って、
兼「本当にまア、何うしてまア、好く来てお呉れだねえ」
半「己も茫然して銚子屋に預けられて居るが、もう半年も辛抱すれば新井町の旦那が兄さんに話をして遣るから、少しの間辛抱しろというから、それを楽みに世間に見られねえ様にして居るのよ」
兼「私の方からは、必ず手紙で何時幾日に何うすると、ちゃんと極めて上げるのに、稀に手紙の返辞の一本ぐらいよこしても宜いじゃア無いか」
半「銚子屋のは頑固いからそう/\出歩く訳にもゆかず、そりゃア己だっても心配はして居るけれども、左様はいかねえ」
兼「本当に男と云うものは情のない者と思って居るが、情のある人てえものは凡そ無いもので」
半「そりゃアお前の厄介になって悉皆小遣まで貰って遊んで居るんだから、些とは己だって義理も人情も知って居るから、己が世に出るようになればお前にも芸者は廃めさしてえと思って居る」
兼「私も年は取るし、彼是と考えると蝋燭の心のたつ様で、終にゃア桂庵婆に追遣われるように成るだろうと大抵心配さ、愚痴をいうようだがお前の身が定らないではと極りを付けようと思っても、船でなければ行かれないし、案じてばっかり、本当にお前義理が悪いよ」
馬「旦那、こりゃア寝られませんぜ」
山「大変な処へ来たなア」
馬「御尤もで、実に恐れ入った」
山「黙って寝た振をして居ねえ」
馬「どうも寝られませんな、斯ういう事には時々出合いますが一番寿命の毒だ、まア旦那お寝みなさい」
と一際蕭然とする。時に隣座敷は武士体のお客、降込められて遅くなって藤屋へ着き、是から湯にでも入ろうとする処を、廊下では二人で窃と覗いて居る。
男「貴方そう仰しゃるが、これが間違になるといけませんぜ」
田舎者「宿屋の番頭さんは物の間違にならん様にするが当然で、私が目で見て証拠が有るので、なに間違えば好え、私が脊負って立つ」
番「そんなら屹度宜うございますか」
田「えゝも好えちゅうに」
番「御免下さい」
と宿屋の番頭は障子をさらりと開けて、
番「お草臥様で」
武士「大きに厄介で」
番「先程は沢山お茶代を有難うございます、主人は宿内に少し寄合がござりまして只今帰りましたので碌々お礼も申し上げませんで、えー少々旦那様に伺いますが、此所に入らっしゃるお方はお相宿のお方ですが、お荷物が紛失致しまして、何ういう間違か貴方の床の間に有ります其のお荷物が私のだと仰しゃるので、判然とは分りませんが念の為に改めて見たいとこう被仰るので、誠に失礼ではございますがお荷物の処を」
田舎「へい御免なせえ、お前様だ」
武士「何だと」
田「お前様ア丹波屋で飯アたべて居たが、雨たんと降らねえうち段々人が出て来たが、まだ沢山客が無えうち己と此の鹿の八と斯う斜けえに並んで飯たべて居ると、お前様ア斯う並んで酒え呑んで、お前様ア先い出るとき緩りと食べろとって会釈して、お前様ア忘れもしねえ、なんとお武士様でも身柄のある人ア違ったもんだ、己のような百姓に傍へ参って緩りてえ挨拶して行くたアえらいねえと噂アして、お前さま帰って仕舞った後で見ると置いた包が無えから後を追掛けてお前さまア尋ねたが、混雑中だから知れましねえ、漸く後を追って参りまして、此家へ来るとお前様足い洗って上るところだ、他人の荷物を自分の荷物のように知らぬ顔をして呆れた人だア」
武「怪しからん奴だ、慌てゝ詰らん事をいうな、これ、手前の荷物を失ったと云うのか、これ、能く似た物も有る物だから気をつけて口をきけ、他のことゝは違うぞ」
田「他の事とは違うと、とぼけたっていけねえ、あんでも丹波屋の横の座敷で斜になって飯ア食って居たとき、お前緩くりとって出て往ったから、叮嚀なお武士だと思って居っけが、後に包みが無えから後を追っかけて境内索ねたが知れ無えから、まア此家へ来るとお前さま足い垢れたてゝ洗って上る所、荷物に木札が附いてるから見れば知れる、相州三浦郡高沢町井桁屋米藏と慥かに四布風呂敷に白い切で女房が縫って、高沢井桁米と書いてあるが証拠だ中結えもある、どうも御人体にも似合わねえ、他人の荷物を持って其処へ置いて何だ」
武「これ如何に其の方の荷物が紛失したとて濫りに他人を賊といっては済まんぞ、苟くも武士たる者が他人の荷物を持って己の物とし賊なぞを働く様なる者と思うか、手前は拙者を賊に落すか、他人の荷物を盗んだというのか」
田「盗まねえものが此所に有るものか、己が飯ア喰って魂消て誉めて居た傍に置いた荷物が無え、何より中の品物が証拠だ、麦藁細工の香箱が七つに御守がある、そりゃア村の多治郎、勘太郎、新藏、文吉、藤治郎、多藏、彌五右衞門の七人に買って来て呉れてえ頼まれて、御守が七つ御供物が七つある、それは宜えが金が二十両脇から預かって、小さい風呂敷に包んで金がある」